無限列車の一件が終わり、義勇たちは蝶屋敷で傷の手当てを受けて静養していた。尚、義勇に関しては傷が多いため個室となっている。
「…大方予想はできていたが、上弦の参はまんまと逃げ果せた……」
見舞いに来ていた実弥と天元に対して、義勇は申し訳なさそうに事の顛末を語る。此処で倒せていれば、何れやって来る無限城の戦いで他の上弦相手に人員を増やすことが出来たのかもしれない。
「いや…煉獄が死んでねぇだけで十分だろォ」
「その通りだ。お前のお陰で大事な仲間が死なずに済んだんだぜ。そう悲観するなよ」
そう。杏寿郎が無限列車の任務で死亡するという結末が変わったということが何よりも重要な情報なのだ。
その情報から、自分たちの行動次第で見た未来とは違った道を歩むことができると確信した。
「…ところで……気になったことがある。
あの戦いで……炭治郎は名乗っていなかったし、誰も”炭治郎”とは呼ばなかった。なのに上弦の参は、確かに”炭治郎”と……」
義勇は頭の片隅に残っていた疑問を二人に話す。
その話を聞いて、天元と実弥は頭を悩ませる。
「そいつも記憶が流れ込んできたってわけか…?」
「……知るかよ………。
冨岡…鬼が未来を知った兆候はあったのか…?」
実弥の質問に、義勇はもう一度猗窩座との戦いを振り返る。
最後に放った全方位への衝撃波
終式 青銀乱残光
あの技の後、義勇たちにとどめを刺す時間は確かにあった。間髪入れずに急所を破壊していれば、近くに居た義勇と杏寿郎を殺害することも容易であったはずだ。
何故そうならなかったのか……
「……最後の一瞬……上弦の参は動きを止めた。俺と煉獄と炭治郎を凝視していた……。
特に…炭治郎に対しては……」
あるとすればそれだろう。猗窩座にとって、あの場に居た”強者”というのは杏寿郎と義勇のみ。炭治郎に視線を向ける理由がない。
「上弦の参の頸を斬ったのは竈門だったな。
嘴平には目もくれず、竈門だけを見ていたってことは、まあ…そういうことだろうな」
「鬼側にも何か大きく変わる切っ掛けができちまったってわけか……」
義勇が無限列車に乗ったことで、杏寿郎は命を落とすことなく朝を迎えることができた。だが、懸念していた要素である”記憶よりも鬼が強くなる”可能性が一層高まってしまった。
「…奴の言う”至高の領域”というのは、恐らく”透き通る世界”のことだ。もしそれを会得してしまったら…いよいよ手が付けられなくなる……」
「…それに対抗するために、俺たちも鍛練してんだろォが」
“透き通る世界”に対抗するなら”透き通る世界”を手に入れれば良い。そうすれば、また互角に持ち込むことができる。
そして殺意を閉じた状態で戦うのだから、猗窩座の羅針は全く機能しなくなる。そういう点では、頸を狙いやすくなったと言えるかもしれない。
…その他の難易度が想像を絶するほどに上がってしまうが。
「兎も角、お前はとっとと傷を治せ。俺たちは他の連中も呼んで先に鍛練しとくからな」
実弥は足早に病室から出ていく。その背中を見終わった後、天元はニヤニヤしながら義勇に耳打ちする。
「…あんなこと言ってるが、滅茶苦茶心配してたんだぜ、アイツ…。
それこそ鍛練に集中できないくらいな」
「おい!宇髄ィ!!聞こえてんだよ!!テメェもさっさと来やがれ!!」
「おっと……言うのがちょっと早かったか。
…そんじゃあな、冨岡。今はゆっくりしとけよ」
怒号に誘われ、天元も病室から出ていく。
「…急ぐか…ゆっくりするか…どっちなんだ……」
………………
時を同じくして、炭治郎は杏寿郎の病室へとやってきていた。
「煉獄さん。傷が治った後で構わないんですが、煉獄さんの御家族とお話させてもらえませんか?」
「うむ!構わないぞ!
俺も傷が癒えたら一度帰ろうと思っていたところだ!」
無限列車で命を落としかけたとは思えないくらい、普段と変わらない杏寿郎の雰囲気。これこそが炭治郎…ひいては鬼殺隊士の支えとなっている"柱"なのだと、改めて実感できる。
「ところで、竈門少年。
君が俺の家族に会いたいということは、父上と千寿郎は鬼舞辻を倒した後でも無事に生きていたのだな」
昨日の今日で、炭治郎たちが未来を知っていることは既に疑う余地もない。
「はい。槇寿郎さんとは一度取っ組み合いになってしまいましたが……その後はお酒も止めたみたいで、最後の戦いではお館様の護衛を。千寿郎くんは剣士になることはできませんでしたが、日の呼吸について沢山調べてくれました」
「そうか…。千寿郎は自分に出来ることを…。
そして……父上の心には…まだ火種が残っていたのだな」
あらゆる呼吸が日の呼吸の派生であることを知り、自分の未熟さに打ちのめされ、同時に妻を失った槇寿郎。彼の思いを真に理解できるものなど誰も居ない。それは実子である杏寿郎も例外ではない。
「何度か手紙のやりとりをしましたが……槇寿郎さんが何故お酒に溺れてしまったのかは、ご本人が居ない中で俺から言うべきではないので控えさせてもらいます」
「…何故父がああなってしまったのかは…俺も少し気になっていたから、帰った時に聞くとしよう」
傷も癒え、問題なく出歩けるようになった頃、杏寿郎と炭治郎は煉獄家へと赴いた。
「只今戻りました!」
杏寿郎が声高に帰宅の挨拶をすると、家の中から大慌ての足音が二つ聞こえ始める。
「杏寿郎っ!」「兄上!」
乱雑に開かれた玄関の戸。中からは愼寿郎と千寿郎が出てきた。
「よくぞ…無事に戻った……!」
嬉し涙を流しながらその場に蹲る槇寿郎。そこには柱であった威厳も、酒に溺れた惨めな姿もなく、只々我が子の無事を喜ぶ父親の姿があった。
「竈門くん…君も、私たちと同じなんだな……」
「はい」
槇寿郎は立ち上がり、炭治郎に深々と頭を下げる。それに続いて、千寿郎も頭を下げる。
「ありがとう…!君の…君たちのおかげで、また息子の元気な顔を見ることができた…!」
「ありがとうございます…!」
「あ…頭を上げてください!俺は結局何も出来ていません……。杏寿郎さんを救ったのは義勇さんですから……。お礼なら義勇さんに……」
頭を下げられるとは思っていなかった炭治郎は狼狽し、大きな声で早々と言葉を発する。
「義勇……冨岡殿か。彼もまた…非凡な才覚を持っている青年であったな…。近々感謝を伝えに出向くとしよう……」
玄関口でのやり取りはそこで終わり、槇寿郎と千寿郎は杏寿郎の帰りを喜びつつ炭治郎を家の中へと招いた。
「竈門くん。此処へ来たということは、何か私に話すことがあるということで良いのかな?」
応接室で槇寿郎と話をする炭治郎。隣には杏寿郎と千寿郎も居るが。
何か話したげな雰囲気を感じ取った愼寿郎は、何でも言ってくれと言わんばかりに話す。
「日の呼吸と、痣についてなんですが…。
俺の知る限りのこと、体験したことを話しておこうと」
炭治郎は最終決戦で体験した記憶や、意識不明になった時に見た夢の内容を一つ一つ話していく。
痣と"透き通る世界"について。
始まりの呼吸の剣士…継国縁壱という人物について。
日輪刀の色…黒刀と"赫刀"について。
縁壱と竈門家の…日の呼吸とヒノカミ神楽の繋がりについて。
「日の呼吸は…確かに強力な技でした。食らった鬼は痛そうにしていましたし、再生も阻害されるみたいです。
ただ…俺には全く使いこなせませんでした。適性があっても、連続で技を出すと身体を動かせなくなってしまうんです」
日の呼吸が派生の呼吸とは一線を画す呼吸法であることは間違いではない。だがそれを極めるには、努力ではどうにもならないこともまた事実。
「……竈門くんは生まれついての痣者ではないと、言っていたね。確かに…戦いの後、病室で見た痣とは形が違うようだ」
「はい。俺のこの痣は、最終選別で負ったときに残ったものです。どうしてこれが残り続けているのか分かりませんが…」
炭治郎は目を瞑り、この数日間である程度馴染んだ反復動作をおこなう。頭の中で"心を燃やせ"と念じると、体温と心拍が上昇し、額の痣が形を変える。
杏寿郎はその光景を見て、目を見開く。
「…これが…俺の本当の痣です…」
そう言って数秒後、痣は元の形に戻る。そして炭治郎は少しばかり呼吸を荒くする。身体が出来上がっていない現状では、痣を常時発現させることはできず、すぐ元に戻ってしまう。
「縁壱さんはこの痣が生まれつきあったのはご存じだとは思いますが、どうやら"透き通る世界"も視えていたようです。先祖の記憶を通して縁壱さんの剣技を見ましたが、俺の日の呼吸とはまるで別物でした。…槇寿郎さんが自信を失くしてしまったことが、痛いほど分かるくらいに…」
炭治郎の話を聞いて杏寿郎は、父が剣士を辞めてしまった理由を知る。どれだけ鍛練しようとも、鬼殺隊の中で最高の階級である柱に昇り詰めたとしても辿り着けない領域。代々継がれてきた炎の呼吸を極めたとしても、日の呼吸を越えることは決して無いと知ったら。
更に…そうして打ちのめされていた時に、愛する人が息を引き取ったとしたら。
父の立場であったなら、自分はどのような選択をしたのだろう…。
「でも……貴方がどんな柱だったのか、俺は存じませんが……貴方はご自分で卑下するほど才覚のない剣士ではなかったと…俺は思うんです」
言えなかった心の底からの本音を話す炭治郎。その思いは杏寿郎も同様で、膝を立てて炭治郎の言葉に続く。
「父上。俺は無限列車の前の任務で、昔貴方に救われた人を救うことができました。父上にとっては単なる一つの任務に過ぎなかったのかもしれませんが、貴方が救った人を今度は俺が救うことができて、とても光栄です」
「…杏寿郎……竈門くん………ありがとう……」
この数年間。何のために鬼狩りをしていたのかと、考えては酒を飲んでを繰り返す日々だった。才覚もない癖に…自分なら強い鬼を狩って、人々を守れるなどと自惚れていた。
だがそんな自分を、"これまで立派にやってきた"と言ってくれる息子と少年。
命を賭して人々を守り抜いた息子と、片目と片腕を失ってまでも鬼の首魁を討ち滅ぼした少年。二人だからこそ、その言葉には重みがある。
「……杏寿郎、竈門くん。君たちは任務で手一杯だろう。
……だから私は元柱として、隊士たちを鍛える"柱稽古"をしようと思う。…最終決戦で誰も死なない未来を勝ち取るために」
今の自分にできることを考え、それを意気込む槇寿郎。
長らく見ていなかった父の凛々しい姿に、杏寿郎は自然と目が大きく開き、口角が上がる。
「……ですが槇寿郎さん。お一人で百近くの隊士を鍛えるとなると、相当過酷では…?」
真摯に取り組む者も居れば、その逆も然り。十人十色の隊士たちをまとめて鍛えるのは、さぞ骨の折れる事だろう。
炭治郎の心配を聞き、愼寿郎は少し思案する。
「そうだな………では、育手に回った他の元柱たちにも協力を仰ごう。彼らと協力すれば、隊士たちをまとめるだけでなく、更に強く鍛えることが出来よう」
「…俺からも、
「よろしく頼む」
そうして、記憶より半年ほど早くから"柱稽古"が始まることとなる。
その知らせは鬼殺隊全体に渡り、一般隊士は各地に点在する元柱の下で稽古を受けながら、その場所を拠点として任務を
「元柱の稽古とか……絶対やりたくねえよ……」
「何で急にこんなことし始めたんだ…?」
「俺…続けられる自信ないよ……」
元柱の稽古に否定的な者たちが居る一方で、
「こんなにも早く柱稽古をするのか…!」
「強くなって…少しでも柱の役に立てるようになるぞ…!」
僅か数人ではあったものの、肯定的な者たちも居た。
…………………………
「ご報告に参りました、無惨様」
月明かりもそれほど通っていない真夜中、猗窩座は確定で怒りを買ってしまう報告をするために無惨の居る屋敷へとやってきた。
「例のものは見つかっ……いや、待て」
見つけられていないことなど分かりきっているというのに、敢えて猗窩座の口から聞こうとする無惨。だが無惨は猗窩座の思考…ではなく記憶を覗き見て、質問を途中で止める。
「猗窩座。お前のその記憶は何だ?」
他の鬼であれば思考を読むところだが、猗窩座は無惨の前では何も思考しないため、今猗窩座が何を頭の中で考えているのかは無惨にも分からない。
「不確定な情報でも宜しければ」
「言ってみろ」
「はい。では僭越ながら……」
猗窩座は自身が見た未来を無惨に話していく。
四ヶ月後、遊郭で上弦の陸が倒されたこと。
その二ヶ月と少し後、鬼狩りたちの刀を打つ里で上弦の伍と肆が倒されたこと。
その一ヶ月半ほど後、無限城に鬼狩りを誘い込み、自分が鬼狩りに殺されたこと。
尚、禰豆子が太陽を克服したことについては猗窩座は未来でも知らされておらず、猗窩座が知り得る情報ではなかった。無限城で指示されたことは"鬼狩りの殲滅"だけだったのだ。
「そうか。つまりお前は、本来倒していたはずの柱一人を殺せぬまま報告に来たということだな」
記憶が流れ込んでこなければ、足を止めることなく義勇と杏寿郎にとどめを刺せたであろうことは無惨も分かっているはずだ。しかしそうだとしても柱二人をみすみす見逃したことには変わらない。
「…誠に申し訳ございません」
「もう良い。下がれ」
無惨の
そして遠くへと離れた後、記憶の中にある炭治郎の動きを何度も何度も見る。
透き通る世界…"至高の領域"に達した炭治郎から事細かな情報を見つけ出し、何としてでも己も"至高の領域"へと到達するためだ。
「…………」
記憶を見る度、他にも思い出さなければならないことがあるような気がしてならない。己が強さを求める理由が何かあったような…。だが今の猗窩座には、どう足掻いても思い出すことはできなかった。
「…強くなる……もっと…!」
童磨を、ひいては黒死牟を倒し、数字を繰り上げることが強くなったことの証明に繋がる。
猗窩座は頭の中で"透き通る世界"に入った炭治郎の虚像を作り出し、その炭治郎と戦い始めた。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
折角杏寿郎が無限列車から生存できたので、遺言ではなく本人が直接父親に会う話を書きました。各キャラに対しての知識が乏しいので、皆さんが思うキャラではなくなっているかもしれませんが、そこはまあ…二次創作ということで大目に見て頂けると……。
というか……
気まぐれで書き始めたお話が思いの外反応が良くて驚いてます。
これが映画補正……お気に入りの増える速度が異常だ…!
想像している方も居るかと思いますが、当然原作通りに進むはずはありません。
果てさて今後の展開がどうなっていくのやら…。
大方の流れは字に起こしてまとめてはいますが、その通りに進めるかどうかは少々決めかねております。
誤字脱字があれば、報告していただけると幸いです。