〜TS転生コキリ族ハイラルを往く〜 ゼルダの伝説 FAIRY OF THE MAGIC 作:ジュミ・ベラウ
遅くなりましてすみません。
その分文字数は多めです。
sideティリア
数日かかって、ミファちゃんの力量はだいたいわかった。
いやー、やばいネ。純粋な出力、生命力たるフォースは子供相応? に見せかけて同年代の一般ゾーラの倍はあるってカンジ。
ただ一番すごいところはだヨ、力の影響範囲の広さと精密性だネ。ドレファン王を超えてるってのはここんトコジャラ。
そもそもライネルの攻撃を弾いたあの水のバリア。あれだけの水分どこから持ってきたって、魔力を変換したのと、空気中から集めたのが半々くらい。
空気中の水分で数リットル分集めようと思ったらかなり広くから集めないといけない。いくらゾーラの里周辺の湿度が高いといってもネ。
そして精密性だケド、これは浄化のチカラがどこまでいけるか実験してみた。水に泥とか薬品とか混ぜたりして、どのくらい分離できるかなって。
時間はかかったケド、どれも貯水湖の水と同じくらいかそれ以上の純度にまで浄化できた。それだけじゃない。もっと時間をかけたらかなり純水に近づけられた。
これは僥倖だと思ったネ。
ゾーラ族はとにかく電気に弱い。……電気に強い生き物の方が少ないってゆーのは置いといてだネ、電気属性の武器を自分で使うことすら困難なほどだヨ。『電気の矢』とか、『雷電の剣』とか、ゾーラ族はこれらの余波でさえ痺れちゃう。余波だから直撃よりよっぽど弱いし、ハイリア人ならまず気にならないその程度でさえ、ゾーラ族には危険なんだヨ。
ライネルと戦ったゾーラ兵士サン達に殉職者が出なかったのは本当に幸運だったジャラ。
「それでネ、実は水って電気を通さないんだヨ。」
「え⁉︎」
「ビックリでしョ。でもほんとジャラ。」
純粋な水、H2Oだけのそれは電気抵抗がメチャメチャ高い。だからこれで水のバリアを作れれば電気を無効化できるよネ。
あとは、水を操ると言うのがどこまでの範囲かも気になるケド、あんまりやり過ぎて身体が能力に追いつけないのは危険だから考えるだけに留めてることがあってネ。ズバリ、水の状態変化は操れるか否かってトコ。水を氷にしたり水蒸気にしたりができるのか……
水を動かせるなら、水分子の振動を制御してうまくできそーなものだケド……そもそも分子や原子はシーカー族の研究者でもないと知らない単語ジャラ。もう少し大人になったらやってみようかな。
……そういえば空気も電気を通しにくいんだよネ。雷がジグザグに進むのは、点在する空気の薄いところを通ってるから。
むむむ、リト族に関してあんまり手助けできてないケド、このこと教えておいた方が良かったかな……風を操って空気の層を作ったら雷を避けられるかも? ひこうタイプはでんきタイプに弱いからネ、対策法はいくらあってもいいジャラ。
ガーディアンのビームが
「まぁ、ミファちゃんはこれから滝登りとか、ゾーラ流の訓練を積むことになるだろうから、水の扱いについてはこれからドンドン上達するジャラ。だから技術は心配しなくてもいいと思うヨ。だからその分は沢山座学で勉強すべし、だネ。」
なんたって、賢者は賢き者なんだから、知恵がないとネ。……ボクのこれはカリモノだケド。現代日本人なら簡単に入手できるだけ浅知恵だヨ。ハイラルとの文明レベルの差で圧倒的に賢いように見えるだけで。どれだけ知識があってもそれを応用して実践に持って来れるかが課題サ。単なる猿真似の知恵者止まりか、真の賢者に至るかはその差なんだろーな……ボクももっと精進しなきゃァ。
とにかく、厄災復活まで10年ちょいだからネ。これより早くなることはあっても遅くなることはないと考えられるジャラ。ゾーラ族は長寿だから、やろうと思えばボクみたいに100年の修行だってできるケド、今回その猶予がない。あとは、ボクもそうだけど、長寿ゆえに成長が遅いからネ。
フォースは≒生命力だから身体の成長や鍛錬で一緒に増える。フォースだけを伸ばすこともできるケド、ゾーラの里は水のフォースが豊富だからその点もやりやすいハズ。魔力については、器に頼らない鍛え方でも十分増やせる。実際、ボクの魔力は殆ど鍛錬で増やした分で、女神の加護はハートとがんばりに集中させてる。特にがんばりゲージは肉体的なスタミナに直結してるから、成長の遅いボクはどーしても自力で伸ばし辛いジャラ。
「などなど、もろもろ役立ちそーな知識や技術をまとめて置いたので、是非役立てて欲しいジャラ。」
ゾーラの里を離れる前日に、玉座の間にてドレファン王に手記を手渡した。ボク直筆のそれだケド、一応大分キレイな字になるよう書いたから、読めなくって困るってことはないハズ……気を抜くと日本語で書いちゃいそうになるんだよネ。読み書きをきっちり仕込んでくれたデクの樹サマとスダジイには感謝しなきゃァ。
頼まれたのは制御法だけだったんだけどネェ……ミファちゃんってばチカラの制御が殆ど完璧で、暴走の心配なんてカケラもなかったヨ。おかげで途中からは強化プランばっかり考えてたジャラ。……現状では伸ばす方向にシフトするには早いからやんなかったケド。
ドレファン王は何ページかパラパラめくって中身を確認した。紙のノートだケド、とーぜん防水加工は完璧で水没させてもシワひとつ付かないヨ。……しかしハイラルの文明レベルで綺麗な白い紙が庶民でも手が届く程度には流通してるってゆーのはスゴいコトだヨ。これも古代シーカー族の技術の名残りなんだろーネ。
「これほどのモノ、何の対価も無しに受け取っていいものゾヨ?」
パタン、と閉じて一言。結構な困惑顔で。
むしろ受け取ってくれないと困るジャラ。厄災復活後にミファちゃんやゾーラの人々が生き残れるかがかかってるんだからネ。
「モチロンだヨ。あ、それと一般のヒトでも読めるようにして欲しいジャラ。」
「これほどの知識を……」
「不都合な部分があるのなら、その部分は省いてでもいいジャラ。来る厄災に備え、少しでも生き延びる手段を増やしておきたいんだヨ。」
「なんという高潔な意思……わかったゾヨ。ソナタの望む通りにしよう。」
「恩に着るジャラ。」
やっぱり偉大な王様は話が早くて助かるヨ。城下町の貴族の中にはけっこーな俗物もいたからネ。ノブレスオブリージュはいずこへ……ってカンジの連中サ。原作でいうところのゼルちゃんの陰口叩いた連中と同じだろーなァ。
そもそも王国で王族の悪口言ったら普通は不敬罪でギロチンなんだヨ。厄災前のゴタゴタで人手は少しでも欲しいから見逃されてただけなんだろーサ。中にはボクの知識とかネームバリュー利用したくてそれとなーく求婚してきた大バカ者も……
嫌なこと思い出しちゃったヤ……脂ぎったオトコはお呼びでないヨ! あとボクの中身はオトコノコだヨ! ……たぶん。
*
ゾーラ王ドレファンは、森の賢者の深い見識と、その善性に感服していた。ハイラルの未来を見据え、その知恵を惜しげもなく差し出すことへ、大いなる敬意と、そして僅かばかりの危機感を抱いて。
もし彼女がこのハイラルを見捨てたならば。あるいは絶望し、恨むようなことがあれば。古代のハイラル王家が犯した愚、シーカー族の追放によって生まれたイーガ団。彼らのようにティリアが敵に回れば、一体誰が彼女を止められるのか。
だからこそ彼女の心が闇に近づかぬよう見定めねばならない。そして彼女が人々に失望しないよう振る舞わなければならない。そういう覚悟を持って王はその手帳を受け取った。
「どうやらミファーは料理も教わっていたらしいゾヨ。胃袋を掴みたい相手ができたようであるな、ムズリよ。」
ニヤリ、と形容すべきイタズラっぽい笑みを彼は側近に向けた。
ムズリは昨日食べたミファー特性のフィッシュパイを思い出した。里の周辺で獲れた新鮮な『ハイラルバス』や、香草をサクサクのパイ生地で包んだ絶品で、ミファーが自ら調理した品であった。
当然ムズリは喜んだが、しかしその料理が誰を一番に想って作られたかを考えると、やはり複雑なものが込み上がる。
「……あのハイリア人の少年ですか。」
ムズリはハイリア人を好いていない。厄災から国を守るためとはいえ、わけの分からぬ古代のカラクリを掘り起こすなどと、その作業中に水源が汚染されはしないかという不安もあった。だがそれ以上に、やはり根本から異なる種族。どうしても擦り合わせ、相容れないところもあるだろう。それ自体は別段悪いことでもないのだが。
ハイラル王家はこのハイラルの大地全てを統べる者と思っているかもしれないが、ムズリにしてみれば己の王は古くからの友でもあるドレファンただ1人。ハイラル王家の振る舞いは、彼には些か傲慢に見えているだろう。
「なかなか見どころのある子ゾヨ。ティリア殿が気にいるほどにな。」
森の賢者が弟子入りをノータイムで受け入れた、というのはすでに里中に知れている。それを見ていた他のハイラル兵や騎士、ゾーラ兵士の何人かも志願したが、
「この子をつきっきりで見てあげたいからネ。」
と断られてしまったのである。無論、演習などは呼んでくれれば可能な限り付き合う、とフォローはしたが、それでもリンクを優先すると言い切った。
「何よりミファーの命の恩人でもあるゾヨ。ワシとしては娘の恋路は応援してやりたいと思っておる。……古のゾーラ族にも、ハイリア人に恋したものがおる故にな。」
「ルト姫は結ばれなかったはずですぞ。……それに、ゾーラ族とハイリア人とでは寿命が違い過ぎます故……」
「ジャブフッフッフ! そう頑なになるでないゾヨ。……ただ、
「ミファー様に想われておきながら、他の女を選ぶようなヤツは姫様にふさわしくありませぬ。」
とんでもないことを口にするムズリだが、それもこれも可愛い姫様を案じるが故であった。
しかしミファー本人はまだ自覚していないのに、彼らのなんとせっかちなことであろうか。あるいは女の子はすぐ大人になるということを知っているからこそなのかもしれないが。
*
そんな話がなされているとはつゆ知らず、ティリアは宿の料理鍋を借りて料理に興じていた。すでにゾーラの里を立って半日。『コポンガ村』で宿をとっている。無論リンクと同室だ。部屋代がもったいない、が彼女の言い分である。
果たして彼女は幼気な青少年の脳みそを理解していない。かつては自分もそうであったのにも関わらず。
100年以上も性別が意味を成さない環境で暮らせばこうなるのも無理はないかもしれないが。
ともかく彼女は今、消毒した木の板を膝に乗せ、即席の調理台としながら湯掻いたカニを剥いているのだ。それはもう無心に。カニを剥くときは無口になるのが世の摂理。それはハイラルでも同じであった。
「ティリア?」
「や、リンク、素振りはもう終わり?」
宿の外で自主練に励んでいたリンクがひょこりと戻って来る。彼はティリアの問いに頷きを返すと、彼女の手元を覗き込んだ。
「何作ってるの?」
「カニチャーハンだヨ。食べるでしョ?」
「食べるっ!」
元気よく返事をする少年が、果たして未来の勇者であるなど森の賢者以外に誰が知るだろうか。今、ここにいるのは並の大人を凌駕する実力があるだけの腹ペコ少年である。
ゾーラの里近くの水場で捕まえた野生の『ガンバリガニ』。淡水のカニでありながら、これがかなり大きく可食部も多い。
綺麗な銀色をしていた甲羅は、湯に通したことでオレンジがかった赤色に変じてある。この色は何か別なもので例えるより、湯掻いたカニの色とだけ言う方が相応しい色だ。それが一番食欲をそそる。
「ダメだヨ。」
木の板に積まれたカニにそぅっと手を伸ばすリンクを嗜めつつ、その口に豆を突っ込む。当然目線はカニから外さずノールックで。
「ポリポリ……何これ?」
「『魔法のマメ』だヨ。枝豆の品種改良してたら偶然できちゃったジャラ。」
どうしても前世日本の味を再現したくて探し求めた大豆。シーカー族の醤油は、なんかチガウ、となった彼女が独自にシーカー族の大豆を品種改良する過程で、ちょっぴり魔が差したのだ。「魔法のマメはいらんかね?」と。その結果生まれたのがこれ。アメリカのお菓子かというほどにはカラフルで大粒な豆である。
「ポリポリ……」
「見た目の割にフツーな味でしョ。」
「これ、どこが魔法なの?」
「柔らかい土に植えて、たっぷりの水を注ぐとあっという間に芽が出るジャラ。」
ツタが伸びるか、低木に育つか、あるいは空とぶ葉っぱになるかはマメの気分次第である。なんにせよ高いところに行きたい時には役に立つ。すぐ育つ分枯れるのも早いせいで、次のマメが生るのは稀だが。
などと話しているうちにカニもあらかた剥き終わった。殻は捨てずにポーチの中にしまう。後日、出汁を取るのに使うのである。ハイラルでは出汁という概念はあまり一般的ではないが、しかし彼女はことあるごとに出汁をとる。日本人の生み出せし食文化の極みである。出汁さえ注げば大抵のものは旨くなるのだからやらない手はない。
「それは?」
「こわいご飯ジャラ。」
「怖い?」
「訛りが出ちゃったヤ。硬いって意味だヨ。何日か前に炊いたのが保存中に乾燥したヤツだネ。」
「傷んでないの?」
「冷蔵してるから大ジョーブ。」
魔法様々である。
油入りのビンから中身をたっぷり料理鍋に注いで火にかける。パチパチと小気味よい音を立て始めると、そこへ冷えたままのご飯を入れて混ぜ始める。
そこへほぐしたカニの身に、刻んだ『ガンバリ草』の葉を入れる。このガンバリ草はハイラルの大地に自生しておらず、わざわざ空島からとって来たものを、コログの森の家庭菜園で試行錯誤しながらティリアが手ずから育てたものだ。もし彼女の名とともに市場に出ようものなら最高級食材である『大マックストリュフ』を遥かに凌駕する高値がつくことだろうが、彼女はその辺り無自覚である。ただ刻みネギの代わりだとしか思っていない。
米と、カニとガンバリ草とが油で跳ねてパチパチいうところに、これまたビンに収めた濃厚な出汁のエキスをとろりと垂らして絡ませる。これは『特上トリ肉』からとった出汁である。いわばコンソメの代わりだ。ただし鶏の肉ではない。ハイラルの鶏『コッコ』はタマゴしか食べることはできない。一体誰が勇者にも牙を剥くハイラル最強の生命体を屠殺できるというのか。
特製の魔法のマメ醤油を垂らして焦がし、馴染ませる。鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが当たりいっぱいに広がった。食欲をそそり、自然と涎が込み上げてきて、リンクは慌てて口元を拭った。未来の騎士としてだらしなく涎を垂らす無様を見せるわけにはいかない。
「できた?」
「最後の仕上げがまだだヨ。」
「仕上げ?」
「たららら、たららら、たららら、たらららたらららたらららたららら……
謎のファンファーレを口ずさみ、もったいぶって取り出されたのは小さなビンだった。
「塩?」
「お塩だヨ。」
無論ただの塩ではない。彼女の発明した『特上ロース塩』そのものである。小瓶一つ15gで100ルピーはする希少品である。
それを惜しげもなくぱっぱと振りかけ、鍋を振ってかき混ぜれば完成だ。
「ガンバリカニチャーハン、おあがりヨ!」
皿の上に山盛りのそれは、まさにラネール山が如し。
食べ盛りのこの4歳児が十分満足するには、成人男性と同じくらいよく食べるのである。そしてティリアも結構よく食べる。
一体全体、2人の薄い身体のどこに入るのか、というスピードでチャーハンが消えていく。食事の時でもティリアは仮面をずらすだけで外さず、隙間から器用にスプーンをねじ込んでいく。このスプーンもティリアのこだわりによって作られた木製のレンゲであった。
「おいしい?」
「うん。」
リンクの口数は少ないが、しかしその目を見れば確かにキラキラと輝かせていた。その輝きは、里からの去り際、ミファーにもらった『銀のウロコ』のそれに負けずとも劣らないものであった。
(……自分の身体の一部を持っていてって、中々重くないかなァ。いーね。すごくいい。新鮮なリンミファが見れてボクは満足だヨ。)
なお、この妖精近い内にゼルダにもリンクを会わせることでヒロインレースをややこしくしようとしている悪いやつである。
『銀のウロコ』といえば持っていると泳ぎ、特に潜水が得意になる代物で、上位互換に『金のウロコ』がある。それもそのうち贈られてくるかもしれない。
「大事にしなよー。なんなら割れないように加工したげよっか?」
「できるの?」
「アクセづくりは得意だヨ。ホレ。」
そう言って手渡されたのは真っ赤なピアスであった。デスマウンテンの霊岩を削って作った『耐火のピアス』である。
「旅をしてるとネ、色んな特殊環境に行くことになるケド、そのつどクスリを飲んだり、服を着替えたりはとっても面倒だからサ、どんな服とも合わせられるアクセサリーを作るんだヨ。」
ゲームのように装備枠3つだけなどという不便極まりないことはないが、しかし大妖精の加護を受けた装備の『セットボーナス』は無視できない。例えばティリアの普段着『葉っぱ』シリーズは帽子、服、ズボンと揃えて着込めば『森林移動速度アップ』の効果が現れる。森や林の中での移動速度がかなり速くなるのでとても便利だ。ハイラルの街道沿いにはちょっとした林が多い。街道沿いをかなりのスピードで進めるのはとても都合がよく、そしてまたそういうところには魔物が潜んでいたりもするため、被害が出る前にさっさと駆除してしまうのである。
「特にうっとーしィのは『森オクタ』だネ。まァ、森の妖精相手に森でかくれんぼなんて無謀でしかないケド!」
えっへん、と彼女は胸を張った。小ぶりだが、ほのかに膨らんでいる。子供体型、といえども今のリンクよりはよっぽど成長していて、大人ぶる。その癖時折、随分と子供らしい振る舞いをする。そしてそれらが矛盾なく彼女という人格を形成しているのだろう。リンクはそんなことを、本来はもっと子供相応な言葉で、考えた。首周りの緑の葉っぱ飾りから覗く彼女の胸元、その膨らみを
「ごちそうさまでした。」
「はい、おそまつさま。……明日の朝ごはんどーしよっか? パン? おコメ?」
「うーん……パンがいい。」
「わかったヨ。」
食後は顔を洗い、歯を磨けばあとは寝るだけである。ハイラルには毎日の入浴の文化はない。ゆえに風呂場付きの家や宿は殆どない。なんならトイレも屋内にはない。トイレが水回りにカウントされるのは現代日本人の文化、価値観に過ぎないので、別におかしくはないが、ティリアは最初このギャップに戸惑った。ハイラルの文明レベルでは基本穴を掘って埋めるだけである。お尻を拭くのも紙ではなくボロ切れだ。布を使い捨てるのは勿体無いと最初は思ったものであるが、ハイラルでは紙の方が高いのだ。庶民の手に届くとはいえども、無駄遣いなどできない程度の価値がある。
ともかく、ティリアは特製の蒸しタオルで身体の汚れを拭き取り、寝巻きに着替えるとふかふかのベッドへとダイブした。奮発していいベッドの部屋をとったのだ。もちろんツインベッドである。流石にそこは弁えていた。
「つけたままで寝るの?」
「そだヨ。」
どう見ても寝苦しそうだが、彼女はムジュラの仮面をつけたまま眠るのだという。なおこの仮面の下に、さらにホットアイマスクが付けられているので、実は前が見えていない。
「勝手に外しちゃやだヨ。」
「しないよ。」
「そっかァ。おやすみィ。」
彼女のベッド脇には加工された夜光石の飾りが置かれている。真っ暗では寝れないが、しかしこの世界に豆球などないので、蓄光の灯りと色合いが近い夜光石のライトを彼女は愛用しているのだ。
「大ジョーブ? 明るいと寝れない?」
「平気だよ。」
「そっかァ。」
そそくさとベッドに潜り込み、彼女はすやすやと寝息を立て始める。
リンクもまた己のベッドに潜り込み、そして柔らかな寝息を立て始めた。
*
翌朝、リンクが目を覚ますと、目の前にオレンジ色のギョロ目が2つ、並んでいた。
「ウワッ!」
「ふにゃッ!」
びっくりして飛び上がると、その双眸からも驚きの声が聞こえ、2人同時に動いたので頭をぶつけてゴチンと鳴った。
「ひぃん。ごめんネ、ケガはない?」
「平気。……なんで覗き込んでたの?」
「いやァ、よく寝てるなァ、って……」
そんでもって顔が良いなァ、とも思っていた。
「ホントに大ジョーブ? けっこー大きな音なったケド。」
「大丈夫。」
「カオ、赤いよ?」
「……そう?」
「うん。ホラ、おいで。」
『ネールの哀』で作った氷をタオルで包んで即席の氷嚢にしておでこに当てると、リンクは心地よさそうに目を細めた。
(これしきでケガするとは、まだまだ成長途上かも? ライネル相手にかすりキズで済むレベルまでは大事に育てにゃァならんネ。)
氷嚢を自分でもたせ、凍傷にだけ気をつけるようにと言い渡し、ティリアは部屋を後にした。その服装はすでに普段の葉っぱの服である。リンクが寝ている間に着替えていたのだろうが、そのことに気がついたリンクはなぜだか頬がさらに紅潮するのを感じた。
*
塩パンにヤギのバターを塗ったものを数切れと、ケモノ肉の燻製と目玉焼き、『ヨロイ草』のサラダを食べ、2人はコポンガ村を後にした。
「ティリアのご飯は美味しいね。」
「そう? 素材がいいからだヨ。このハイラルの大自然が育んだ食材たちはどれもこれも栄養満点で美味しいんだ。」
「魔物も?」
「ありゃムリだヨ。」
爆速で手のひらを返すのも仕方がないだろう。何を言ってるのこの子は、みたいな表情を彼女が浮かべるのも無理はない。
「魔物はマジでダメ! ホーント……一回オクタでタコ焼き作ろーってしたケド、ウン……」
アンモニア臭くて食べられたものではなかった。オクタロック系統だけではない。どんな魔物も等しくまずい。なぜかはわからない。肉体が瘴気で構成されているタイプでも肝などは残る場合があるが、それらと死体が残るタイプの肝は同じ味、同じ不味さであった。調理次第では『不味い』から『微妙な料理』までもってはいけるが、微妙止まりだ。
「試したの?」
「解体に手間かかるんだから有効活用したいなってェ……」
2度とするつもりはないが、試みや思想そのものは間違っていないと彼女は今でも思っている。
「倒した魔物の死体が残ったらちゃんと荼毘に伏さないとイケないヨ。」
「だび?」
「燃やすんだヨ。骨が粉々になるくらいがベストだネ。」
埋めるだけでは骨が残ってスタル系の魔物と化してしまう。夜間しか現れず、頭部に一撃入れればそれだけで倒せるが、一般人には脅威であることに変わりはないのだ。
「まァ、燃やしたケムリがスッゴク臭いんだケド……」
だからといってこれを怠るのも良くはないのである。
街道沿いを行くので魔物はそう多くはない。しかし時折ちらりと目に映ると、彼女はスキップしながら向かって行って、そして剣を抜く。こちらから見えるということは向こうからも見えるということ。ボコブリンはそこまで目が良くないとはいえ、豚鼻ゆえに嗅覚はそれなりに鋭く、動体視力ならまぁまぁある。旅人が襲われないとも言い切れない。
「ドーモ、魔物の皆さん。
「ぷぎゃ?」
『!』と浮かべる前に見張り台の弓矢持ちが首を刎ねられた。そしてかつて青ボコブリンの頭だったはずの肉塊を蹴っ飛ばしてモリブリンの足元へ。異変に気がついてバットを手に歩き出そうとした瞬間、それを踏んづけてバランスを崩す。強靭な体幹ゆえにそのまま倒れることはなかったが、やや仰け反ったタイミングで空中のティリアと目が合う。
瞬間、脳天を矢で穿たれる。その威力はモリブリンの首から上を吹き飛ばすのに十分であった。
「ぎゃぎゃ!」
「ぎゃぁぱ!」
「赤と青ばっかりだヨ。……せめて黒以上じゃないと足りんネ。」
金に輝く刀身は、魔物の身体を容易く切り裂き、分断する。
屍山血河を築き上げ、それをまとめて『ディンの炎』で焼き尽くす。
「うー……くしゃい。」
ハンカチで鼻を覆いながら、汚いキャンプファイアーを眺める。祈りは捧げない。彼らは天に還ることもなく、ただ彷徨い、そしていつしかまた魔物として生まれ変わるだけ。永劫の魔道から抜け出すことはない。
「本当に臭いね。」
「だったら来ることないじゃんヨ。……ボクの戦いぶりはどーだっタ?」
「騎士様の戦いじゃなかったよ。」
「まぁネ。だからオニなんだヨ。」
「でも綺麗だった。」
「ッ……照れるヨ。」
照れ隠し、口にしてしまったので隠せていないが、とにかく彼女はリンクの頭をわしゃわしゃと撫でた。
*
コポンガ村を出た後は『ハイリア川』の『花の中洲』を望む小さな木製の橋である『イグルス橋』と『ホーネル橋』とを続け様に渡り、『草笛の丘』を沿ってやや南西へと下り、『コモロ池』に隣接した『コモロ駐屯地』の前を通る。
「これはこれは、森の賢者様ではありませんか!」
1人の兵士が彼女の姿に気がつくと、小走りで駆け寄ってきた。
「やァ、コンニチハ。」
「お久しぶりであります。……そちらの少年は?」
「面倒を見る約束でネ、ざっと10年くらい。」
「なんと、お弟子を取られたのですか!」
「見込みあるヨ。きっとボクよりずうっと強くなるサ。何せ、ボクの奥義は勇者のための技だもン。」
「この子が、今代の退魔の騎士だと思われるのですか?」
「それを選定するのは剣自身だヨ。でも、ボクが何年彼女といっしょに暮らしたと思う?」
男の趣味はバッチリ知っているヨ、とティリアは笑みを浮かべる。仮面越しでも伝わるくらいに。
「勇者?」
「勇敢なる者。リンクのことだヨ。命懸けでミファちゃん助けにきてくれたでしョ。」
「おれが勇者……」
リンクはきょとん、と首を傾げた。まだ4歳だ。勇者に憧れはしてもそれに付きまとう重荷までには考えは至らない。しかし、不思議と、すとん、としっくりくる響きであった。まるで、今までに何度もそうであったかのように。
「まァ、まごうことなき
「なれるかな?」
「じっくりたっぷりみっちりと教え込んであげるサ。」
知恵、力、勇気。バランス良く身につけなければ意味はない。
知恵と力を欠いた勇気は単なる蛮勇だ。それだけ抱えていては早死に無駄死に一直線。
知恵と勇気なき力はただの暴力だ。人はそれを魔王と呼ぶ。
力も勇気もない知恵は人を臆病にさせる。なまじ知っているが故に恐れて動けなくなるのだ。
「勇気はたっぷりあるんだ。力も素質じゅーぶん。あとは、知恵だネ。たっくさんお勉強しなくちゃァ。」
「おれ、考えるのは好きじゃない。」
「なーに。そういうヒト向けのやり方だってあるヨ。ボクだって戦いながらあれこれ考えはしないもの。臆病に繋がるからネ。賢者だなんだと言われてるけども、ときにはおばかさんの方がいいこともあるヨ。」
「?」
「リンクにはまだ早かったかァ。」
よく分からないが、なんとなく小莫迦にされているように感じたので、彼はむっつりと唇を尖らせ、頬を雨の日のオクタの如く膨らませた。
しかしその無言の抗議は、彼の可愛らしい様相が為に全くの無力であり、ふわふわの髪の毛をわしゃわしゃ撫でられるだけの結果となった。
可愛いリンクが描きたいのです。
コポンガ村からハテノ村まではティアキンではカカリコ村を通るルートがあるんですが、100年前時点では開通してなさげです。
とはいえこっち方面に来た理由もちゃんとございますので。