硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『自由とは、無力な者が抱く幻想。統制こそが、全ての命に価値を与える』


Code10.

 ヴァルグレア統制学院の事をよく知っている者からすればここに住むどころか訪れる事さえ嫌っている。一度住み始めれば二度と自治区外に出てくる事はなく、例えあったとしてもその人物は別人と言える程に変わり果てると言われている為である。

 実際、この自治区どころか周辺にはキヴォトスの事実上の警察機関であるヴァルキューレ警察学校の生徒でさえ寄り付く事はなく、最寄りの拠点がかなり離れたアルマ=グラン農業高等学校の遥か東側という有様であった。

 しかし、それはあくまヴァルグレア統制学院をよく知らない者に限られる。高宮ミウのようにヴァルグレア統制学院を“楽園”と評して移住する者は一定数存在する。そんなバカなと思うだろうが実際年に100人程ずつこの自治区に流れてきているのである。

 無論、そんな彼らが自治区の外に出てくることは絶対にないのだが。

 

 

 

 バスの車窓から見える街は、整然としていた。直線的に区画された街路、対称性を持つ居住ブロック、同じ高さに並ぶ街灯。一つとして銃弾が当たった後さえないそこはキヴォトスにおいてはあり得ない程整った姿をしていた。道の端に設置された花壇には、全く同じ種類の花が咲いていた。まるでコピーしたかのように。

 

 ここはヴァルグレア自治区、第9外環地域。今日、バスに乗って移住してきた者達が住む地域の名前であった。

 バスは連邦生徒会が直接統治するDUから直接やってきており、途中幾度かの攻撃を退けて無事に自治区に到着した。北部で隣接する赫灼高等女学園の領域は赫灼戦役のせいで未だ緊張状態にあるために通る事は出来ず、アルマ=グラン農業高等学校を通っての到着だった。

 

「ようこそ皆さま、ヴァルグレア統制自治区へ! ヘルメット団による襲撃もありましたが無事に自治区内に入る事が出来ました! ここまでくればもう安全! 皆様は生徒同士の銃撃戦におびえ、何処からか飛んでくるかもわからない砲弾に怯える心配はありません!」

 

 バスの最前列、運転席の隣に立ち、マイクを手に取ったのは、処置官オルト=メーゼル。

白銀の髪を後ろで束ね、完璧な制服の皺一つない姿。人のよさそうな笑みを浮かべ、彼らをここまで連れてきた責任者であった。

 彼女の言葉にバス内では拍手が起こる。乗車しているのは20人程の団体である。家族連れの若い夫婦が1組に定年を迎え、第二の人生を歩みだそうとしている老夫婦が4組、他は一人でやってきた20代から30代の男女9人であった。年代も種族もバラバラな彼らの共通点はただ一つ、希望に満ちている事である。荒廃した地域から救われるという期待、秩序のある暮らしへの渇望が、その目に光を宿していた。

 

「現在、このバスは皆さまが暮らす事になる“第9外環地域”を走行中です。これより地域庁に向かい、そこで移住の手続きを行ってもらいます。事前にお伝えした通り、そこで簡単な説明を聞いていただき、健康診断を実施。それらが全て終わり次第このバスで皆様の住居であるアパートに向かう事になっております」

 

 オルトがそういったとき、バスに向けて手を振る女性の姿があった。銃火器を持ってこそいるが肩に担ぎ、何かを警戒している様子ではなく、純粋にバスに手を振っているだけのようだった。

 

「ああ、ご安心ください。彼女はヴァルグレア統制学院の生徒です。見たところ彼女は自治区管理局の局員のようですね。簡単に言えば自治区内の治安維持を担当する生徒です」

 

 オルトは丁寧に説明を行い、移住者たちに不安を与えないように配慮を続けていた。これから仲間となる者たちに余計な不安を与えないために。

 

「あ! 皆様、まもなく“地域庁”に到着します。お荷物はそのまま、手ぶらで構いませんので降車の準備をお願いします」

 

 バスの中からも“地域庁”と思われる建物が見えてくる。敷地内に入れば出迎えと思わしき職員たちが笑顔で待っていた。その顔に不満げな様子は一切見えず、彼らを心から歓迎しているように見えた。

 その様子に乗客の誰かがぼそりと呟く。「すごい……」「ここが楽園か……」と。それはこのバスに乗る移住者たちの総意でもあり、この中だと唯一の子供である少女が大はしゃぎをしていた。だが、車外の建物には、鋼鉄製の施錠扉と、監視ユニットの小型ドローンが、車内からは確認できないようにさりげなく配置されていた。

 

「それでは皆様、職員の指示に従い手続きの方をお願いします。

 なお、指示に従われない場合には申し訳ございませんが自治区からの退去を行ってもらう事になりますのでくれぐれも職員の指示には従うようにお願い致します」

 

 バスの後方で、一人の男性が小さな声で「えっ?」と呟いた。夫婦で移住してきた者だがオルトの言葉に何かを感じ取ってのか不安そうな表情をしていた。

 だがオルトはその反応に全く動じず、満面の笑顔で言葉を続ける。

 

「さあ、それでは皆様手続きと健康診断、説明を行いますのでバスからの“速やかな”降車をお願いします」

 

 彼女の声は柔らかい。だが、バスの停車と共に入ってきた職員はまるで張り付けたような笑みを浮かべている。それはオルトの笑顔とは違う見るものを不安にさせるものだった。

 

「それでは皆さま。どうぞ、楽園での最初の一歩を、心ゆくまでお楽しみくださいね」

 

 移住者たちは職員に確認されながら一人ずつ降りていく。ふと、バスの後部で笑っていた子どもが、窓の外の“異常に静かな街”を見て、笑いを止めた。

 

 どこかおかしい。

 けれど、言葉にはならなかった。

 

 そして彼らもバスを降り、残ったオルトは先ほどまでと同じ、張り付けた笑みを浮かべたまま優しく告げた。

 

「ようこそ、統制された幸福へ」

 

 彼女の笑顔は、完璧だった。まるで、人の感情を知らない機械のように。

 

 

 

 最初は、本当に夢のような風景だった。区画された美しい住宅群、整った街路、笑顔で手を振るヴァルグレア統制学院の生徒たち。

 窓の外に広がる「争いがない楽園」は、自分がこの地に家族を連れて来た判断を肯定してくれるように思えた。

 

「な? やっぱり、来てよかったろ?」

 

 横に座る妻にそう言えば、彼女は微笑んで頷いた。キヴォトスに生まれ、キヴォトスで育った彼らだが娘が生まれた事で治安の悪いこの国に嫌気がさしてしまった。安全な場所で娘を育てたい。そういう思いから楽園と称されているヴァルグレア自治区への移住を決めた。

 不安がなかったわけではない。このキヴォトスでは学校や生徒がいない田舎でさえ存在するヴァルキューレ警察学校の拠点が一切ない。全体主義的側面を持ち、市民は人間扱いされていないという噂。

 だが、そんな確証がない噂よりも娘の安全を取った。万が一酷い所なら自治区を去ればいい。そう気軽に思って移住した彼らは町の様子を見て安堵していた。

 

「(ここでなら娘を穏やかに育てられそうだ)」

 

 学生時代から争いを好まない性格だった彼は不良生徒だった妻に迫られる形で結婚し、子供を持ったとはいえ二人を幸せにしたいと常に考えていた。それが漸く叶いそうだと案内役であるオルトの説明を聞きながら“地域庁”に就くのを待っていた。

 

「(……あれ?)」

 

 ふと、何かが引っかかった。建物。どこもかしこもまったく同じ設計。

 歩いている人々も、同じ色の服。同じ間隔。話し声が……しない。

 

「(誰も、しゃべってない?)」

 

 街から見える生活の様子に音はなかった。人が住んでいれば何かしら発生する生活音。それが異常なほど感じられなかった。目に映る景色はまるでモデルタウンのようにきれいすぎた。

 1度疑問を持ってしまえば後は何もかもが可笑しく見えてしまう。例えば、先ほどから笑顔で説明をしている女性、処置官という変わった役職に就く女性の笑顔は完璧だった。

 何ひとつ乱れがない。でも……、そこに温度がない。言葉の抑揚も、まるでAI音声のように均されていて、妙に耳に残る。

 

「(この街……、何かが可笑しい。なんなんだ?)」

 

 その時、娘が不意に手をぎゅっと握ってきた。

 

「パパ……、こわい」

 

 そこに先ほどまではしゃいでいた天真爛漫な娘の姿はなかった。外では地域庁の職員たちが待機しており、全員が“張り付けたような笑み”を浮かべている。具体的に言えば人の笑顔の仮面をかぶった者達。そういう風にしか見えない笑みだった。

 それを見た瞬間、背筋を冷たい何かが走った。窓の外、地域庁の前にある交差点に制服を着た少女がこちらを見ていた。だが、その生徒に表情は、なかった。無表情で無感情。何も考えていない感じていない無機質な表情でこちらを見ていたのだ。

 

「さあ、それでは皆様手続きと健康診断、説明を行いますのでバスからの“速やかな”降車をお願いします」

 

 バスが止まり、職員が入ってくるとオルトが笑顔でそういった。他の移住者たちは特に疑問も持たずにその指示に従い降りていくが男性はこのまま指示に従うのは危険だと判断した。

 様子が可笑しい夫に妻が不安そうに話しかけてくる。娘も夫にしがみつき、何かに怯えているようだった。こういう時、子供は危機に敏感だ。

 

「(だめだ……。これは、だめだ)」

 

 本能が警告していた。心臓がバクバクとなっている。脂汗がにじみ出てくる。ここにいたら、もう戻れない。このまま進んだら、“家族を守る”こともできない。

 

「……ここで、暮らすのは止めよう」

 

 思わず口に出していた。

 

 「え?」と妻が振り返る間もなく、彼は娘の手を握って席を立った。通路に出ようとしたその瞬間、彼の進路を職員がふさぐ。

 

「……申し訳ございませんが職員の指示に従って行動してください」

 

 道をふさいだ職員の後ろからひょっこりと顔を出したオルトが淡々と伝える。相も変わらない笑顔に優しい声。だが、声も、目も、笑っていない。薄っぺらい、形だけの笑顔が貼りついている。

 

「い、いや……。すこし、具合が……」

「安心してください。すぐに対応いたします」

 

 職員が彼の手を取り引き摺り下ろすように妻と娘から離す。「あなた!」という妻の叫び声が聞こえるがそれは直ぐに聞こえなくなった。

 

 バチィ! という音共に首に感じる痛み。意識を保っていられなくなり、床に崩れ落ちる。何とか妻と娘の方に目を向ければ同じように地面に倒れ伏していた。職員の手には警棒が握られており、それで何かをされたと理解するが最早どうする事も出来なかった。

 

 意識が薄れる瞬間、オルトがゆっくりと近づき、彼と視線を合わせる。そこに先ほどまで浮かべていた笑顔はなく、怖くなるほどの無表情で彼を見下ろしていた。

 

「……大丈夫ですよ。貴方の選択が無駄にならにように、我らはきちんとあなた方に“処置”を施しますのでどうかゆっくりとお休みください。それが貴方が最後に感じる本当の睡眠になるでしょうから」

 

 オルトのその言葉に男は理解は出来なかった。だが、ただ一つだけ分かった事だけはある。

 

 それは、自分は間違えたという事だけだ。

 

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