硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『言葉より命令。感情より結果』


Code15.

 ヴァルグレア統制学院に通う生徒の一人、天乃シオリは典型的なヴァルグレア統制学院らしい生徒である。感情は表には出さず、命令されるままに動き、日々を無感情で過ごしていく。

 処置官になれる程の実力もなければ他の公的機関で腕を振るえる能力もない。ただただ一般的なモブとして終わる程度の存在でしかなかった。

 そんな彼女であるが以外にも確固たる趣味を有していた。それは読書であり、学校が終わってから図書館が閉館するまでの3時間ほどの間、籠って本を読むことが好きだった。誰にも邪魔されず、日当たりの良い机で好きなだけ本を読み続けるのだ。

 

 無論、この学校の図書館である以上置いてある本も偏っている。英雄譚や自由に生きる人物が大々的に登場する本は一切置かれておらず、それどころか小説自体ほとんど存在しない。精々がヴァルグレア統制学院の理念を肯定するような哲学書ばかりであり、面白みは一切なかった。

 

 それでも、天乃シオリは現実から離れられるこの時間が好きであった。小説もレパートリーの少なさを物足りなく感じる事はあれどそれに不満を覚える事はない。

 

「……あ、もうこんな時間」

 

 ふと、シオリはいつも通り閉館時間ギリギリまで読書を続けていた。日は完全に沈み切り、閉館時間が近づいたことを知らせる音楽が鳴り始めていた。シオリ以外でこの図書館を利用している者はおらず、事実上彼女に退館を促す音楽であった。

 シオリは急いで本を元の棚に戻し、図書館を後にする。今年の春に入学したばかりであるがシオリは既に図書館の本を半分近く読了する程入り浸っている。この調子でいけば上半期には図書館の本を全て読み切る事が出来るかもしれない。

 

「……あ」

 

 ふと、訓練場の方から射撃音が聞こえてくる事に気づき、思わずそちらを見ればそこには生徒たちが自主練らしき模擬戦闘を行っていた。シオリからでは詳細は分からないが幾度となく授業の中で行った模擬訓練と変わりがないように思えた。

 両者の数は凡そ20人ほど。攻撃側の勢いがかなり高いようで防御側は全く対応が出来ていなかった。その中の一人に、シオリのクラスメイトがいた。クラスの中では上位、それもトップに近い成績を持つ優秀な生徒であり、将来は処置官になるのが確実と言われる程の実力者だった。

 そんな彼女が全く対応できず、後手後手に回っている。普段の授業では決して見ない焦りと思われる感情をむき出しににして目の前に迫る敵を対処しようと銃弾をばら撒くように放っている。

 

 だが、それも長くは続かなかった。彼女のものとは違うたった一発の銃声が響く。その瞬間彼女が後方に倒れこみ、そこを狙って攻撃側の生徒が複数突撃してくる。慌てて対処しようにも突撃してきた生徒によって気絶するまで銃弾を叩きこまれる。いつもいつもシオリ達戦闘が得意ではない生徒に対して彼女が行っているリンチのような行動が自身に返ってきており、その様子にシオリは何となく、すっきりとした“何か”を感じる。

 

「すごい……」

 

 そして、それを皮切りに防衛側の戦線は完全に崩壊した。攻撃側の勢いに完全に飲まれ、まともな戦闘は行われなくなっていた。その様子は完全に掃討のようであり、戦闘では決してなかった。

 そんな、攻撃側の中心には、シオリも一度は目にしたことがある少女がいた。白銀の髪をたなびかせ、戦場を駆けるその少女は無表情な様子も合わさって死神の如き恐ろしさと、女神の如き美しさを兼ね備えていた。同性且つ、そういった感情を全く持たないシオリでさえ思わず唾を飲み込む程の美少女の彼女はヴァルグレア統制学院で支給される普通のショットガンで次々と生徒を倒していく。その動きに無駄はなく、まさに機械のような正確さで戦場を支配していた。

 

 彼女の名はリディア・ヴァイスロート。今年入学した新入生の中でトップに君臨する実力者にして既に処置官補佐への就任が決まり、来年には処置官となる事が決まっているエリートであった。ヴァルグレアの英雄たるグラディス・ヤーグナーの弟子と言える程熱心な教育を受けている事は周知の事実であり、それに相応しい戦闘能力を有していると言われていた。

 

 歩兵をやらせれば全ての敵を薙ぎ払う英雄となり、

 指揮を執らせれば全ての敵部隊を壊滅させる知将となり、

 暗殺を任せれば誰にも知られず、悟らせず、目標を一撃で仕留める狩人となる。

 

 一つ上の先輩であるアマリア・エーレンベルクの時よりも話題が豊富な彼女の戦闘。シオリは初めて見たが噂にたがわぬ実力を持っていた事が理解できた。決して誇張された事実ではない。自分では手の届かない遥か頂点に君臨する雲の上の人物と言えよう。

 

 ふと、模擬戦が終わり、片づけをしているリディア・ヴァイスロートとシオリは目があった。それなりの距離があったとはいえ彼女にとっては関係程度の距離であったようだ。

 しかし、リディアと目が遭ったシオリは思わず息をのんだ。感情がないはずのシオリは心の中で“恐怖”が生まれ、全身を覆う感覚に襲われる。呼吸の仕方を忘れたように口をパクパクと動かし、何の表情もなかった顔は恐怖で引きつり、足は小鹿のようにガタガタと震わせた。

 

「……」

 

 シオリと目が遭ったリディアには同じように感情がなかった。だが、戦闘後故か、感情がないはずのリディアは覇気の如き何かを纏い、それをシオリにぶつけていた。ただそれだけ、それだけのはずなのにシオリはこれから命を奪われる処刑人のように感じてしまった。抵抗する気力を奪い、生きる事を諦めるその視線はシオリに恐怖の感情を生み出すには十分すぎる代物であった。

 

「……」

 

 一体どれだけの時間、リディアと目が遭っていただろうか? だが、気づいた時にはシオリの視線の先にリディアの姿はなかった。それどころか模擬戦をしていた生徒たちすらいなくなり、完全に真っ暗になっていた。少なくとも、シオリは生徒たちが帰っていなくなるまで固まり、動けなくなっていたのだ。

 それを理解したシオリはへなへなとその場に崩れ落ちた。止まっていた呼吸によって心臓が激しく動き、必死に酸素を得ようと呼吸を必死に行う。吐き気がこみ上げてくるのを必死に我慢しながらシオリは体は抱きしめて震えた。

 

「あれが、同じ学年……」

 

 嘘だと言いたかった。同い年が放っていい圧ではない。シオリは一度だけ特別授業をしてくれたグラディス・ヤーグナーを思い出す。彼女の圧はその時に放っていたグラディスと同等の圧を放っていた。少なくともシオリはそう考えていた。

 

「……あ」

 

 ふと、彼女が座り込んだ地べたが温かい事に気づき下を見れば彼女を中心にぬるい水たまりが出来上がっていた。思わず周りを確認し、人通りがないことに安堵する。流石に感情がないとはいえ年頃の女性らしく羞恥心は持ち合わせていた。

 

「……ど、どうしよう……」

 

 だが、それもこうしていれば見つかる可能性は高くなる。シオリは動けなくなっている体を何とか起こして地面に出来た水たまりの処理方法を悩むのだった。

 

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