硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『土に学び、命に還す』


Code16.

 ヴァルグレア統制学院から見て東、キヴォトスの中心地である連邦生徒会が統治するD.U.から見て西に位置する場所にアルマ=グラン農業高等学校という学校がある。元々二つの農業高校が一つに併合した結果誕生したこの学園はその名の通り農業に特化した学園だった。学園の自治区内はありとあらゆる場所に畑や水田、果樹園までもが作られ、一面緑で生い茂る場所であった。

 そのために農業に関連する事柄には一切の妥協を許さず、様々な技術の取り込みや研究が行われている。それらを持って作り上げられた様々な野菜や果実はキヴォトス中に納品され、彼ら彼女らの腹を満たしている。

 無論、ここまでであれば普通の学校ではあるがキヴォトスにある学校がそんな普通のはずがなかった。このアルマ=グラン農業高等学校も例によって可笑しい事がたくさん存在する。

 例えば、ここでは不良生徒が騒ぎを起こせばその度合いによって“土に埋められる”。中には一月以上体を拘束されて土に埋められる事もあり、そのための専用の土地は常に不良生徒たちの頭が生えている状態にある。

 更にこの学園の部活動の中には人の糞尿に未来を見出し、究極の肥料を作ろうとしている者達もいる。彼女たちは変態の如くトイレで待ち伏せしては用をたしにきた生徒達をターゲットに凶行に及んでいた。

 他にも自治区を飛び出し、キヴォトス中に畑を拡張しようとする部活や、品種改良の末に動物の血肉を餌とする樹を開発し、それで果樹園を作ろうとする狂気の部活などやばいと評される部活は大量に存在していた。

 

 とはいえそういった“危険な奴等”が存在するだけで全ての生徒がそれに準ずるわけではない。例えを上げれば緑山ナオミという今年入学したばかりの生徒がいるが彼女はごく一般的な農業大好き少女であり、土を弄っては汗を流し、笑顔が絶えない普通の生徒だ。彼女が作る野菜はとても瑞々しく、美味いと評判であり、納品先のアビドスを中心に人気となっている。

 

 農業のマンモス校とだけあって生徒は千差万別なのである。良きも悪しきもアルマ=グラン農業高等学校には大量に存在するのである。

 

 

 

 そんなアルマ=グラン農業高等学校が抱える最大の問題。それはヴァルグレア統制学院との関係性であった。実はヴァルグレア統制学院とアルマ=グラン農業高等学校はかなり距離が近い。その近さは自治区一つを挟んだ程度という程であり、更にはその自治区がヴァルグレア統制学院によって占領されている為に事実上勢力圏で見れば隣接している状態にあったのだ。

 無論、アルマ=グラン農業高等学校としてはあまり近寄りたくない相手であるが治安維持機構時代から関係があり、なんだかんだで20年近く野菜を納品し続けていた。大量の野菜を納得できる値段で購入し続けている事から今も関係が続ているがだからと言ってこの状況に危機感を感じずにいる程アルマ=グラン農業高等学校は平和ボケしているわけではない。常にその動向に注意を払ってきたのだ。

 

 

 

 夕焼けにより赤く照らされる大地。アルマ=グラン農業高等学校のとある一角に存在するトマト畑は収穫の時期を迎え赤赤としたトマトが一面に実っている。夕焼けの赤色とトマトの赤色が混ざり合い、畑の隅々まで真っ赤に染まっていた。

 そんなトマト畑の近くには収穫したトマトを梱包するための作業場が備え付けられている。普段は畑仕事をする生徒の休憩スペースくらいでしか使われないここももう間もなく収穫したトマトを梱包するために生徒であふれる事になるだろう。

 だが、梱包する生徒達は知らない。この作業場には地下に繋がる入り口が巧妙に隠されており、その地下には“対ヴァルグレア情報収集委員会”と呼ばれる非公式の部活が存在した。学校側によって秘密裏に設立されたこの委員会は生徒の中でも責任ある立場にある者の多くが在籍しており、ヴァルグレア統制学院に対する情報共有を行ってきていた。しかし、農業に特化した彼女たちに出来るのは精々納品時に学校の様子をちらりと確認するくらいのものであり、本格的な情報収集という面ではあまり成果を上げられていなかった。

 

「……隣の自治区が占領され早5年。最近ではヴァルグレア統制学院の一部と言ってもいい状態に陥ってきている。

最近ではレジスタンスも少なくなり、活動自体が行われなくなりつつある。最早あの自治区が完全に同化するのも時間の問題でしょう」

 

 地下の一角、一番広い部屋では今日もヴァルグレア統制学院に対する情報交換が行われている。100人が一斉に入っても問題ないように作られたこの部屋には20人以上の生徒たちが集っている。全員、何かしらの部活の部長か、学校の委員長、生徒会などに属するメンバーばかりである。

 

「納品する野菜の数も年々増加する傾向にあります。それ自体、我々にとって不都合があるわけではありません。私たちの中にはその、生産する量が増えれば増える程活気が上がる者もいますから」

 

 そう言って少し恥ずかしそうにしながら言った少女だがその中の一人に彼女も含まれている。何故なら今年で3年生になる彼女は入学してからずっと“大量生産効率研究会”という部活に所属して今では部長になっているのだから。

 

「とはいえそれらも過ぎれば考え物だぞ? 知っているか? 直近における納品の量は最初期の5倍近くまで増えている。いずれこちらがパンクするのは目に見えているぞ」

 

 そう言って苦言を漏らしたのは数十人入る生徒会内部の書記を束ねる生徒だった。学校側から正式に納品する物の書類を全て把握、決済する彼女の手腕は100近い納品がスムーズに行われている事で示されている。彼女が今倒れればアルマ=グラン農業高等学校はきちんとした納品を行う事が出来なくなるだろう。

 

「とはいえ向こうが何かをしてこない限りこちらからはノータッチで良いと思うがな? 一々情報共有をするほどの相手か?」

「それは危機感の欠如としか言えませんよ? 悲しいことにわが校にはヴァルグレア統制学院が送り込んだ諜報員が侵入してきています。見つけ次第畑にぶち込んでいますがまだまだ見つけられていない諜報員もいるはずです」

 

 農業が好きでそれに集中したい生徒も多く、危機感のない発言をした生徒もその類の少女だったがそれを是正するかのように直近の様子を風紀委員会の委員長がぴしゃりと言い放つ。

 農業におけるマンモス校たるこの学校は基本的に自治区がでかく、生徒数も多い。故に各学校の諜報員なども良く出入りする事がある。とはいえヴァルグレア統制学院を含めた諜報活動はあまり強いはない。基本的に自治区が大きいために自治区外で騒ぎを起こさず自治区内で突飛な行動をとる者しかいない為である。精々が納品関連で騒ぎを起こす者が一定数存在するくらいである。

 

「しかしよく見つけるな。諜報員というだけあって擬態は上手いんじゃないか?」

「ええ、ですがわが校の生徒ならだれでも知っている農業に関する癖がないことで違和感が出ていましたからね」

「癖?」

「騒ぎが起きた際に真っ先に銃ではなく農具を持つのが我々ですので」

「あぁ……」

 

 風紀委員長の言葉に誰もが納得する。結局、農業が好きな人しかいないこの学園で騒ぎが起き、自衛をする際は基本的に農具を手にする。銃を扱い慣れていないためだ。「銃弾ぶっ放すよりも農具もって飛び出した方が戦える」というのがこの学園の生徒なのだ。故にそうではなく、銃を構えるヴァルグレア統制学院の諜報員はものすごくわかりやすかったのだ。

 

 赤子には野菜ジュース。子供の遊び場は農場。生徒の趣味で真っ先に上がるのが農業。手の指は荒れ地の開拓の証。

 それがアルマ=グラン農業高等学校である。

 

「それで? 諜報員が来ているってことはうちらは狙われているのか?」

「どちらかというと監視の面が強いでしょう。捕らえた諜報員は情報収集を行うようにとだけ指示をされていたようなので」

「だがそれでも油断は出来ないだろう。こちらも諜報員を送るべきだ」

 

 進行役の生徒会長がそういったが問題はその人員である。残念な事にこの学園に諜報員として適した人材はいない。最低でも3日に一度は土に触れていないとストレスが溜まるのがこの学園の生徒だ。適しているとは思えなかった。

 

「向こうがどんな思惑を持ち、次にどんな行動を取ろうとしているのか。最低でもこれくらいの情報は知っておきたい。正直、ヴァルグレア統制学院が攻めてくれば迎撃するなんて我らでは無理だ」

 

 農業のマンモス校とは言え結局は戦う事にはなれていない戦闘のド素人ばかりである。風紀委員会でも三大校の一つに数えられるゲヘナ学園の風紀委員会のような実力はない。例えを出すのならキヴォトス各地で爆破テロを行い温泉を開発している温泉開発部相手に返り討ちにされる程度の実力者ばかりなのだ。

 対するヴァルグレア統制学院は周辺最強と言われていた“赫灼高等女学園”相手に勝てるだけの実力を持っている。その時に動員された戦力はアルマ=グラン農業高等学校には荷が重すぎる数だった。

 

「ではその人員はどうしますか? 正直、生徒では荷が重いと思いまずが……」

「数日で我慢できなくてあっちで畑を作り出す光景が見えるね」

「何なら向かう時に植木を持っていきそうだな」

 

 実際にそうしそうな生徒ばかりなのがたちが悪いだろう。平和であれば問題ないがこういった場面では頭を抱える人材ばかりだった。

 

「……“交換留学”、というのはどうでしょうか? 我らはヴァルグレア統制学院の動きを大まかに知る事さえ出来ればいいわけです。態々コソコソと送り込む必要はないでしょう?」

「確かに。それなら普通の生徒でもできそうだ。向こうが承諾してくれれば農業狂いも問題は無くなるだろう」

「ならば観察眼の強い者を選びましょう。好奇心旺盛な生徒は、除外して」

「下手に好奇心に任せて行動し、“行方不明になりました”。なんてことになったらたまらないからね」

 

 方針が決まれば動きも早い。会議に参加した者達は即座に交換留学をさせる生徒の選別をはじめ、生徒会も交換留学の打診を行うようにした。

 数日後、意外な事にヴァルグレア統制学院はすんなりと承諾した。向こうも思惑は理解しているのかもしれないがデメリットは少ないと判断したのだろう。

 

 交換留学生はそれぞれ10人。両学校は互いの特徴を学ぶとして約1月程を予定して実行される事となった。

 

 

 それ以降の交換留学については終わってから考える事とし、とりあえずは今回の事を成功させる為に全力を注ぐことになった。

 

「……だが、不安がないわけではない」

 

 アルマ=グラン農業高等学校の本校に存在する生徒会室。その奥にある生徒会長室にて生徒会長は見送った交換留学生たちの事を案じた。もし、向かった生徒たちが“あちらに染まってしまったら?” そう考えた時、彼女たちがもたらす情報を信じる事は出来なくなる。例えそうじゃなかったとしてもこうして考えてしまった時点で完全に信用する事は出来ないだろう。

 

「……やむを得ない、か」

 

 生徒会長はそう呟くと奥の手として用意していたこと、外部の協力者を雇う事を決めそういった者達を調べては片っ端から依頼を出していくのだった。

 そうして集められ、バラバラにヴァルグレア統制学院へと向かっていく者達。その中に特徴的な角とピンクの髪をした少女もいるのだがそれによって引き起こされる事になる大騒動をこの時の誰もが分かっていなかったのだった。

 

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