アルマ=グラン農業高等学校の依頼を受けてヴァルグレア自治区へと潜入を果たした陸八魔アル率いる便利屋68。だが、ゲヘナでしか活動したことがない彼女たちはヴァルグレア統制学院という何もかもがゲヘナとは正反対の徹底された監視社会、統制された秩序、そして同じように潜入した他の生徒達が捕まっていく様子に陸八魔アルは倒れこんでしまった。
アウトローに憧れ、ゲヘナ学園ですら許されていない起業をしてまで便利屋68を立ち上げたアルも本来はアウトローには適さない穏やかで優しい性格をしているのだ。そんな彼女は初めて見るヴァルグレアの様子にキャパシティーを越えてしまったのだ。
同じようにあまり元気がない浅黄ムツキに看病を頼み、一人残った鬼方カヨコはヴァルグレア統制学院の情報を探るために一人で探索を開始した、のだが……。
人通りのない、完全な裏路地。そこをカヨコは歩いていた。理由としては簡単なものであり、表通りを歩くよりこういった裏路地を歩いた方が見つかりにくいだろうと考えたためである。“かつての経験”から偽装されていても表通りには大量の監視カメラがひしめいていたことを確認した彼女は少しでもバレるリスクを減らすために裏路地を歩いているのだ。
しかし、その行動をカヨコは後悔しつつあった。建物が並ぶ以上ヴァルグレアとて裏路地はどうしても形成される事になる。こういった場所はキヴォトスだけではなく、何処においても不良や人に言えない過去を持つ、暗い人間のたまり場になりやすいのだ。しかし、ヴァルグレア統制学院ではそんな生徒は一切存在しない。
ヴァルグレア統制学院の手がここまで入っているわけではない。ただ、ここに入り浸るような生徒が出るようなら逃げ込む前に捕まっているだけである。それを思わせるように裏路地は人の往来を感じさせない薄く溜まったほこりやゴミで表面が覆われていた。でかいがもう使われていない蜘蛛の巣が行く手を塞ぎ、虫たちがカヨコに気づいて地面を譲っていく。
「(不良生徒どころか人の気配すらない。ヴァルグレアの統制は完璧ってわけね)」
まさかここまで厳しい依頼になるとは思わなかったカヨコは軽く息を吐き、裏路地を出ようとした時だった。先程まで一切の人気がなかったはずの裏路地から複数の気配がし始めたのである。それらは自身を追いかけるようにゆっくりと移動をしており、一定の距離でついてくる。
明らかにこちらに害を与える存在の動きだった。カヨコは眉を顰め、自分が失敗したことを悟った。自治区外のように気配に感情が籠っている事はない。だが、その動きは何ら追跡者と変わらない動きであり、決して逃がさない狩人のようであった。
そしてこれらは便利屋68で培った者ではない。“かつて最悪な存在の者の下で動いていた時代に自然と学んだもの”だ。あまりいい思い出の無い、それこそ忘れてしまいたい記憶の数々だがそこで得られた経験と技術に助けられるのは皮肉としか言いようがなかった。
「唯一あそこにいてよかった点、だね」
吐き捨てるように言葉を出すと動き方を変えた。散策するようにゆっくりとした動きから裏路地に出る為に、そしてこちらを追跡できないように複雑に、それでいて早足で動き始める。当然相手の動きも早くなり、一定の間隔でついてきた。
気配の様子からカヨコが監視に気づいたとは思っていないのが救いだった。カヨコは直ぐにでも逃げるために足を速めていくがそんな中で前方からも別の気配がしてくることに気づく。後ろからついてきている気配と同じような物、追っ手であった。
「(囲まれてる……!)」
カヨコの内心では次第に焦りが生まれ始めていた。気配は増え続けており、最低でも10人以上の気配がカヨコを追っている事が分かっている。その動きは統率され、少しずつカヨコを追い詰めつつあったのだ。
裏路地且つ初めて入る場所で土地勘など一切ないカヨコに対し相手は全体が見えているのか動きに迷いがなく、逃げ切るどころか引き離す事さえ出来ていない。むしろ、少しずつその距離が縮まってきていた。
「(……不味い)」
カヨコは曲がる瞬間に見えた陰にもうすぐそこまで近づいてきている事に表情を歪める。向こうもカヨコが逃げている事に気づいているのだろうが焦りはなく、淡々と追い詰めている。数の上でも向こうが上で、カヨコの体力を確実に削ってきていた。
走っているせいで息は上がってきており、訳も分からない裏路地をがむしゃらに進む。出入口には処置官らしき女性が複数人立っており、逃げ場が無くなっていた。そうなれば必然的に裏路地の内部を逃げ惑う事しか出来ない。立ち止まれば一気に相手は距離を詰めてくる。走るしか道は残されていなかった。
「……っ!!!???」
そして、当然ながらそれが行き着く先は終幕である。カヨコはついに袋小路に追い込まれた。来た道以外に道はなく、超えるのも難しい壁が3方向に存在した。
「……ここまで、か」
カヨコはせめてもの抵抗として自らの愛銃である拳銃のデモンズロアを取り出した。複数で向かってきている処置官相手にどこまで出来るかは分からないが一人でも多く道連れにしてやると武器を構える。
「そこまでだ」
目の前にあるT字路。その両方から処置官が一斉に姿を現した。数は6人。両方から来たことも考えて相手はここに来るように誘導していた可能性も高い。最初から逃げる事は出来なかったとカヨコは考えながら武器を構える。それを見て処置官たちもアサルトライフルを向けてくる。全員が同じ形、同じ色のそれらはヴァルグレア統制学院らしい武器と言えるだろう。
「(感情がない。だから“個性”もない。他と違う事は異端であり忌むべきこと。みんな揃って皆良いを過剰に体現した見たい)」
最後の最後でヴァルグレア統制学院の姿が分かったが最早意味はない。そう考え銃の引き金を引こうとしたその時だった。
「お待たせー!」
突然、頭上で聞き慣れた声が聞こえてきた。それと同時に何かがカヨコと処置官の間に落ちてくる。キヴォトスでは銃と共によく見かける手榴弾。だが先ほどの声と合わせてただの手りゅう弾ではない事はカヨコは知っていた。
「今!!」
その声と同時に手りゅう弾は爆発する。だが、現れるのは全てを切り裂く破片でも爆風でもない。視界を真っ白に染め上げ、目を封じる煙幕である。
それと同時にカヨコの腕を誰かが掴み上げ上へと引っ張られる。その数秒後には処置官がむやみやたらに発砲を始めたようでカヨコがいた場所を幾度も銃弾が通っていく。中には同士討ちを始めた者もいるようで悲鳴と共に銃弾の数が減っていった。
「立って、カヨコ! 逃げるわよっ!」
「社長……」
カヨコは引き上げられた屋上の上でここにはいないはずの、陸八魔アルと再会した。ゼェゼェと息を切らせつつもその瞳には分かれるまで見せていた弱さはない。
「倒れてたんじゃ……」
「もう大丈夫よ! それに、仲間を見捨てるなんて、真のアウトローなんかじゃないわ!」
アルは強くそう言って笑顔を見せた。そんな彼女の後ろから、ムツキが声をかけてきた。
「街の様子がヘンだったんだよ。検問が急に厳しくなって、往来も制限され始めちゃってさー。明らかに何かを意識していたからもしかしたら、と思って」
「それでたまたまカヨコを見つけたってわけ!」
強運としか言いようがないだろう。もし、大通りに処置官が溢れ、通る事が困難ではなく、屋上を通って様子を見ていた彼女たちが、見つけられていなかったら、カヨコは再開を果たすことは出来なかったかもしれない。
「……ありがとう」
「当然でしょ? 私たち、便利屋68だもん」
カヨコのお礼の言葉にアルはふふんと鼻を鳴らし、不敵な笑みでそういった。カヨコがついていきたいと、一緒に居たいと思った少女の姿だった。
「それじゃあそろそろ逃げないとね。いい加減煙幕も切れちゃうし」
「そうね。一旦戻りましょう。ここにいても直ぐに見つかってしまうわ」
三人は急ぎその場から退散する。屋上を伝って逃げている事には途中で気づいたらしく、いくつものドローンが飛びあがり、三人を追跡するがアルとカヨコの射撃、ムツキによる煙幕によって無事に逃げ出すことに成功した。
そしてこのことはヴァルグレア統制学院に対して強烈な印象を与える事となる。たかが便利屋風情、それも1人を捕まえるための大掛かりな包囲網さえ突破されて逃亡を許すなど初めての事だったのだ。モニター越しに観察していたカシウスは怒りの感情を覚え、作戦に参加こそしていないが“観測”をしていたノルド=エンリは三人の行動に興味を持つこととなる。
そして、絶対に逃がすものかとヴァルグレア統制学院は大規模な捜索を開始する事になるのだった。
そんなことを知らないカヨコたちは無事にアジトに戻ってくると撤収準備を始めた。こうなった以上調査なんて不可能である。アルマ=グラン農業高等学校が回収する後3週間も逃げ続けるなんて難しいと判断して依頼は失敗として逃げ出すことにしたのだ。
「私としては依頼を失敗で終わらせるなんて嫌だけど、こればかりは仕方ないわね……」
アルは少し残念そうだが背に腹は代えられないと同意した。
数少ない荷物を片付けながらカヨコは考える。この異常な自治区に対して。
「(私だけを狙ったとは思えない程の包囲網。ヴァルグレアは、そうまでして“今を守りたい”のか。だけど、そのためにここまで過敏になるようじゃ……)」
崩壊は近いかもしれないと予想を立てるのだった。
実はこの前ドレス姿のアルちゃん手に入ったんですよ。後はムツキが揃えば便利屋68が全員そろいます。
だからアルちゃんにはいっぱいやらかしてもらわないと……