硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『感情とは秩序を妨げるノイズである』


Code02.

 ヴァルグレア統制学院。

 学園都市キヴォトスにおいてその学園は“異質な存在”であった。

 ヴァル学とも評されるその学院は建てられて20年程の歴史しか存在しない。だが、生徒数はトリニティ総合学園に匹敵する程に多く、自治区も他の追随を許さない程の面積を誇っていた。

 本来であれば学園が乱立するキヴォトスにおいてそれだけの面積は残っていなかった。そう、本来であれば、である。

 ヴァルグレア統制学院が存在する地域は元々は治安が悪く、学園の統治が崩壊した結果、ブラックマーケットを超える最悪の地域となり果てていた。それは少しずつ広がり、連邦生徒会が対処を行おうとした時には広がりを阻止するだけで手一杯までに拡大していた。

 最早連邦生徒会にはこれを対処する力はなかったのだ。そこで、彼女たちは“緊急治安維持機構ヴァルグレア”を結成。地域の安定化を委託する事にしたのである。ヴァルグレアはミレニアムより譲渡された制御AIが司令官となり、彼女の手足として各地の不良達があてがわれた。

 結果だけを見れば治安維持には成功し、その地域の安定化は図られる事となった。だが、それを聞いた連邦生徒会はそこで“間違い”を犯してしまったのだ。ヴァルグレアに、制圧した地域の統制を任せてしまったのである。

 通常ならばその自治区を持つ学園が統制を行うべきであったがそれらは既に滅び去った後であった。ただでさえ忙殺されつつある現状でこれ以上の案件を抱え込むことを嫌った連邦生徒会はヴァルグレアに引き続き治安維持を任せる事にしてしまったのである。

 その結果、ヴァルグレアは自らを学園長としてヴァルグレア統制学院を建設。軍事独裁政権の如き管理と徹底した秩序を追求するディストピアが完成してしまったのである。そこに住まう人々は一人一人に市民コードが配布され、常にヴァルグレアによる監視が行われ、不平不満を言う者や治安を損ねる行為をする者には容赦の無い“殲滅”と“再教育”を実施する事となった。

 連邦生徒会がその行き過ぎた治安維持に気づいた時には既に遅く、ヴァルグレア自治区は“徹底された秩序ある統治”が完璧に遂行される状態になってしまっていたのである。

 ヴァルグレア自治区において生徒が許可なく発砲する事はなく、市民は自らの言葉が破滅にならないように口を閉ざし、生活音すら最低限の街を治安維持機構の成れの果てである“ヴァルグレア統括局”の生徒たちが行進する。キヴォトスとは思えない徹底された秩序がそこに存在してしまっていたのである。

 

 だが、だが。それでもキヴォトスという銃弾が常に飛び交う世界においてそこは一種の理想郷とさえ見えるだろう。善良な市民にとっては銃弾におびえなくていい場所であり、駆け込み寺のように移住する者が後を絶たなかった。そんな彼らはこの理想郷を作り上げたヴァルグレアを、連邦生徒会を賞賛した。無論、そんな彼らの笑顔は大半が消えてしまう事になるが入る事は緩くとも出る事には異様に厳しいヴァルグレア自治区では外にそのことが漏れる事はほとんどなかった。

 

「自由は混乱を、秩序は繁栄を産む。我らは秩序を作り者。その先兵である」

 

 自治区の中心に建てられた学院総本部の地下深く、何人もの侵入を拒むそこに鎮座するAIヴァルグレア。それは今日も変わらない秩序の為に自治区全体を監視するのだった。

 

 

 

 

-06:00-

「……」

 

 朝日が差し込む中、アマリア・エーレンベルクは目を覚ました。目覚まし音は鳴らない。アマリアは、予定された“起床時間の1分前”に目を覚ます為である。

 彼女が起きて1分後には部屋と廊下に設置されたスピーカーより目覚まし代わりの校歌が流れる。校歌と知らない者が聞けば十中八九軍歌にしか聞こえないその校歌を聞きながら彼女はいつも通りに身支度を整える。

 機械的な所作でベッドを整え、制服に袖を通す。ボタンのズレ、襟の歪み、リボンの傾き――それらは許されない。例え学院のルールでなくとも彼女の性格上許す事はないだろう。

 

 全てが完璧。全てが正確。

 それがアマリア・エーレンベルクという少女であった。

 

「本日、予定行動:学科訓練、戦術模擬演習、統制理論論述、最終考査下準備。

予定外要素……ゼロ」

 

 

-06:30-

 学院の中央ホールには、500名を超える生徒が“音もなく整列”している。

 誰一人喋らない。笑わない。

 そこに、友情も憧れも存在しない。

 

 彼女たちが見つめる前方には巨大なモニターが設置され、ヴァルグレア統制学院の校章が映し出されていた。そのモニターより音声が響きわたる。

 

「秩序とは従属、思考とは忠誠。感情の芽生えを拒絶し、規律の中に安寧を見出せ」

 

 その言葉と共に毎朝の恒例である統制朝礼が始まった。ヴァルグレアの理念、生徒はどうあるべきなのか、そして違反する者の末路が淡々と告げられる。

 最後には一切の乱れの無い敬礼を生徒たちが行う事で朝礼は終了する。無論、その中にアマリアの姿もあった。それは“命令に応じた自我の凍結”であり、彼女にとって日常の一部だった。

 

 

-08:30-

 朝礼後は自由行動であり、各々が授業までに好きな事をする。大半が朝食をとる為に食堂へと向かう事になるが一部生徒は混雑する学食を嫌って自室で食事を済ます者もいた。

 そして、教室では一人の欠席者もなく全員がPC越しに授業を受講する。アマリアも今回は「戦略構築論」や「群体統制術」と言った“特等佐官”向けの講義を受講していた。発言は指名制であり。挙手は禁止されている。私語等した暁にはその者は“再教育”の対象となり、最適化された生徒へと生まれ変わる事になるだろう。

 

 PCより講義をするAIの声が淡々と聞こえてくる。

 

「仮に反乱因子が出現した場合、対話による解決は推奨されない。優先すべきは“統制下への復帰”あるいは“排除”である」

 

 アマリアはAIが発する講義をノートに一字一句を書き写していく。教室にはアマリア同様にノートにペンを走らせる音だけが響いていた。

 

 

-12:00-

 午前の授業が終わり、昼食の時間となった。ヴァルグレア統制学院において食とは活動に必要な栄養の摂取行為であり、味わいを楽しむものではなかった。食事への追及は秩序を乱す行為であり、混乱を生み出す自由の一種であると教えられている為である。故に食堂では栄養素のみで構成されたカロリーバーや栄養ゼリーを摂取する。それが毎日行われる日常だった。生産性のない談笑は禁止され、黙食が義務となっている。

 故に食事時間も短くなっており、時間は30分以内。それ以上の滞在は禁止されていた。アマリアもそれに従い黙々と食事を進めていった。

 

 

-15:00-

 授業の間の休憩時間においては普段は静かな教室も多少の雑談が行われる。どれだけ統制されたとしても彼女たちも普通の少女である。ヴァルグレアも休憩時間における私語を禁止する事はなかった。

 

「……聞いた? 今月末、アマリア様が“実戦統制任務”に出るって」

「聞いたわ。ついにアマリア様も特等佐官に昇進されたし当然よね」

 

 ふと、アマリアの耳に自分の話をするクラスメイトの雑談が耳に入った。だが、その言葉にアマリアは一切の反応を示さない。そのような物に耳を貸す予定はなく、次の授業の準備を黙々と進めていくだけだった。

 

 

-17:00-

 週に3度、月水金には実戦方式の模擬戦が行われる。特等佐官及び尉官は指揮を執り、それ以下の生徒は彼女たちの指示に粛々と従う。数名~数十名までのチーム戦を行うがこれは実力を高める訓練ではない。いかにどれだけ“指示通りに動けるのか”を見るものである。佐官尉官にとってもどれだけ優秀な指揮を執れるかをみられており、直接の成績に関わってくる者であった。そして、成績が悪い者に訪れるのは“再教育”であった。

 

 今回のアマリアは3名編成の小隊長として出撃した。場所は倒壊しかけたビルが乱立する廃墟エリアであり、ミッションは“自分達以外の敵の排除”。生き残った時間と排除した敵の数で成績が振り分けられるものだ。

 アマリアにとっては慣れ親しんだ模擬戦内容であり、5分以内に最初のチームを“排除”判定に追い込んで以降廃墟を回って敵チームを制圧した。誰一人味方傷つけず、誰一人敵を逃さずに。

 作戦終了後、最初から最後まで詳細を見ていた教官型のAIが記録を読み上げる。

 

「エーレンベルク特等少佐、Sランク想定時間内完遂。残虐傾向・共感傾向:共に“最低水準”。理想的な統制官評価」

 

 周囲が感嘆の眼差しを向ける中、アマリアだけは目を伏せていた。

 

「……想定どおり。特筆事項なし。心拍数:安定。……心動かず」

 

-20:00-

 この時間帯になり生徒たちは自由な時間を得られる事になる。消灯時間の11時までなら何をしても良いことになり、生徒たちは思い思いの時間を過ごしていく。

 そんな中でアマリアの姿は図書室の個人資料閲覧ブースにあった。ブースに備え付けられたパソコンに表示されるのは“感情学の抑制理論”。ヴァルグレアが支持する“秩序に必要な情報”であった。

 

『感情は統制を妨げるノイズである。その出現傾向は“不純な思考”と“接触による感染”によって加速する』

 

 ページをめくるためのマウスの動きが、一瞬だけ止まる。

 なぜか、“感染”という単語に、ほんのわずかな違和感を抱いた。だがその疑問は、即座に消される。

 

「私には関係のない言葉。……そう、私は秩序を作り上げる先兵。私は、正しくある」

 

 彼女はそう呟く。何度も何度も。自分の奥底にある、自身も気づかない違和感を押さえつけるように。

 

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