ヴァルグレア統制学院に潜入した便利屋68はこれ以上の依頼続行は不可能と判断した。原因としてはヴァルグレア統制学院が鬼方カヨコを見つけ、人海戦術でとらえようとしたことだった。幸いにも異変に気付き、幸運にもカヨコを発見したアルとムツキによって助けられたがこの調子では街に繰り出すことも出来ず、次に捕らえられそうになった時に助かる保証はない。むしろ今回はあまりにも運が良すぎると感じる程だった。
「準備良いわね? さっさとこんな場所から逃げるわよ!」
時刻としては夜の10を少し回ったくらいの時間であり、あたりは完全に暗くなっていた。だが、アルは今すぐにでも逃げ出そうとするくらいにはここの環境を嫌っているようでムツキとカヨコに急かすように声をかけている。とはいえそれは二人も同じであり、アルの言葉にうなずくと拠点としていた廃ビルを出て出入り口であるゲートがある場所に移動を開始した。
アルとムツキは不明だがカヨコの顔は割れている可能性が高い為に3人は軽く変装して移動をする。幸いな事にヴァルグレア統制学院は周辺の自治区に比べてゲヘナ学園のような悪魔の特徴を持つ生徒や市民が多くおり、それだけで判別する事はない状態にあった。
「……やっぱ人がいないねぇ」
「ここじゃ夜間は出歩いてはいけないのかもね」
街に出てきた3人だが人通りが一切ない街並みに恐怖心を抱いていた。日中にはそれなりの数の人が歩いていたがそんな景色などまやかしと言いたげに目の前に広がる光景は静寂であった。
カヨコの推察通りであれば変装する意味はない。出歩いている時点であり得ない光景なのだから。とはいえここまで来た以上引き返すことは出来ない。3人は早歩きでゲート付近にまで到着するがそこには複数の処置官によって守られたゲートがあった。潜入時には開いていたそれも今は硬く閉ざされ20人を超える武装した処置官により守られた場所となっていた。
上空には複数のドローンが常に旋回し、入り口前には重装甲な戦車が1台待機している。エンジン音からいつでも戦闘できるように準備は万端であることがうかがえる。
「期待はしていなかったけどこれじゃ普通に通るのは無理そうだねー」
「すんなり通れるとは思っていなかったし問題ないよ」
「そうね。ムツキ室長。“プランB”を開始して頂戴」
「了解―!」
アルの指示に従いムツキはポケットから取り出したスイッチを押す。すると拠点としていた廃ビルがある方で爆発が起こる。遠く離れた彼女たちの元まで辛うじて聞こえる程の爆発であり、処置官たちの通信に何かが入ったようで耳に手を当てていた。
「これで少しは減ってくれればいいけど……」
“プランB”。変装状態で脱出する“プランA”と違い陽動の爆発を起こし、人員を割いて強行突破するというものであり、3つ用意したプランの中で最も成功率が高いと踏んだ作戦だった。ゲートの処置官が減ってくれればいいがそうではない場合も敵は爆発音の方にも人員を割かざるを得ないと思われ、増援としてやってくる数は減るだろう。ちなみに、“プランC”は廃ビル群を北上してそのまま赫灼高等女学園経由で逃げるというものだがそれを警戒してここ以上の厳重が警備が敷かれていた為に断念していたのだ。実際、そちらに向かっていればヴィオラ・アイゼンシュタインによる火炎放射器の餌食になっていただろう。
「……駄目だ。誰も持ち場を離れない」
そして、そこから数分程様子を見てみたが処置官は通信を受け取って以来特別な行動を起こすことはなく、再び警備任務に戻ってしまっていた。その眼光に爆発音に気をそらされる者はおらず、徹底された命令遵守の姿勢を見せつけられていた。
とはいえヴァルグレア自治区に数日だが住んでそのことをなんとなく理解していたカヨコには当然とも言える光景にしか思えていない。どうせ人員が減ろうが減るまいが突撃する事に変わりはないのだから。
「計画に変更はないわ。ムツキ室長! やりなさい!」
「それじゃぁ、いっくよー!!」
ムツキは再びアルの指示に従い物陰から一気に飛び出し持っていたカバンごと処置官、特に戦車に向かって投擲する。突如として現れた不審者に処置官たちの銃口が一斉にムツキを捕え、発砲しようとするがその前に宙に浮いたかばんに視線をやってしまい、そこに移る光景に思わず固まった。
「イヒヒ! 持ってきた爆弾をほぼ全部プレゼント!」
鞄のチャックは開いており、そこから手りゅう弾や爆弾などが大量に飛び出してきたのだ。ばら撒かれたそれらに処置官も回避行動をとる。そしてそれは、明白な隙となった。
「今!」
鞄が地面に落ちる寸前、狙いを定めたアルが見事に打ち抜く。射撃という衝撃を受けた爆弾は一瞬で起爆条件を満たし、連鎖的に大爆発を引き起こした。戦車を中心に爆発が起こり、戦車は破壊され、ゲートは粉々に吹き飛んだ。手りゅう弾に詰められた破片が逃げ出し、倒れこんだ処置官たちに容赦なく襲い掛かり、少なくないダメージを与えていった。流石の彼女たちも苦痛は感じるようで破片を受けた彼女たちの動きは大幅に鈍っていた。
無論、便利屋68を相手にする処置官たちの少女とてヴァルグレア統制学院及び統括局の厳しい訓練を耐え抜き、処置官の座を勝ち取った猛者たちである。更にカイザーコーポレーションとの取引で得られた技術で武器の品質を向上させ、そこにヴァルグレアらしい機械的な戦術により高い戦闘能力を有している。
しかし、1年後にはゲヘナ学園にしてキヴォトスでも屈指の実力者である空埼ヒナがいない風紀委員会ならばなんとでもなると豪語するだけの実力を持つ彼女たちの前には意味がなかった。ムツキの爆弾や銃撃、アルの狙撃、カヨコの支援攻撃は数で勝り、戦車すら有していたはずの処置官たちを圧倒していく実力を見せたのである。
「これで! 最後よ!」
「っ!!!」
そして、僅か10分で便利屋68はゲートを守備していた処置官の無力化に成功した。痛みすら怯える事無く戦い続ける処置官たちを知っていたがゆえに昏倒させる事で戦いを制した彼女たちは無事に通れるようになったゲートへと足を運ぶ。
だが、ヴァルグレア統制学院はそこまで優しい学校ではない。
「っ!? 伏せて!」
「え? きゃぁっ!?!?」
一番最初に気づいたのはカヨコだった。彼女は近くにいた二人に飛びつく形でその場に伏せさせた瞬間、彼女たちの回りをいくつもの手りゅう弾が転がり、爆発を起こす。それだけではなく、グレネードランチャーの砲撃も加わり、彼女たちの回りを破壊していく。
爆発が収まり、アル達が恐る恐る顔を上げればそこにいたのはヴァルグレアの増援。大量の処置官たちだった。
「増援!? 嘘でしょ!? 早すぎないかしら!?」
「最初から動く準備はしていたって事でしょ。その証拠にほら……」
「うわぁ、いっぱい……」
冷静に分析したカヨコが周りを見渡すように誘導すればゲート以外からの三方向から処置官が列をなして近づいてくるのが見えた。最前列の兵士は頑丈な装甲盾を持ち、その背後にアサルトライフル、最後尾にはグレネードランチャーを構えた兵士が凡そ10層ほどで向かってきている。ざっと見まわしただけでも100人は軽く超えているだろう。とてもではないがたった3人を相手にするだけの戦力とは思えなかった。
「どうやらヴァルグレアは本気で私たちを潰す気みたいね」
「どうするのアルちゃん? このままじゃジリ貧だよ?」
「……」
最早絶句する事しか出来ない。よくよく見れば周囲の建物には狙撃手らしき兵士が銃を構えて態勢を整えており、もう少しすれば一斉に攻撃が始まるだろう。
「こりゃ、本当に駄目かもしれないね」
「……」
ムツキが引きつった笑みを浮かべてそんな言葉を口にする。カヨコもそれに反対する言葉が出てこず、言葉を詰まらせる事しか出来なかった。ヴァルグレアがここまでの過剰な反応を見せている以上自分たちが無事に逃げられる保証はない。更に言えば逃げたとしても地の果てまで追いかけてくる可能性すらあった。
「(囮……)社長、こうなったら……」
カヨコは最善と思われる提案を口にしようとする。こういった事には場慣れしている自分が囮となり、その間にアルとムツキが逃げるという物だ。その方が逃げられる可能性があると。だが、そんなカヨコの提案をアルは手で制した。
「いやよ。カヨコ課長。そんな提案は受け入れられないわ。私はアウトローに憧れるけど外道になりたいわけじゃないわ。こんな状況でも仲間を助けられないで真のアウトローになんてなれるわけないでしょ!」
「っ! だけどこの状況は……!」
既に敵の配置は完了し、一斉攻撃のタイミングを計っている状態だった。破壊されたゲートにも敵が集まり、折角開いた穴は使い物にならなくなっている。時間の経過は便利屋68の敵であった。
「ふふん! 逃げる方法はいくらでもあるわ! これを見なさい!」
「っ!? これって……!」
「ね? 使えるでしょう? 後はこれで逃げたことを悟られない為に偽装するだけよ!」
アルが見せたそれを見たカヨコももしかしたらという気持ちが芽生えた。無論、これを用いたからと言って助かる保証はない。むしろヴァルグレアが手を打っている可能性が高い。それでも、この状況で逃げるよりはマシだった。
カヨコはアルのやりたい事を理解し、覚悟を決めて頷いた。隣で見ていたムツキも不敵な笑みを浮かべて賛同した。アルはそんな二人に頷くと威勢よく立ち上がり啖呵を切る。
「私たちは便利屋68! ヴァルグレアなんて敵じゃないわ!」
瞬間、彼女たちに止めを刺すべくヴァルグレアによる一斉攻撃が開始した。それを便利屋68の3人は堂々と迎え撃つのだった。