硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

23 / 33
『裏切りに答えるのは対話ではなく処置だ』


Code23.

 便利屋68がヴァルグレア自治区を抜け出して凡そ一週間後、ついにヴァルグレア統制学院は便利屋68の捜索を止めた。最終日には全員体力の限界を迎えていた為に倒れる者が続出し、捜索どころではなくなったことが原因の一つだった。

 しかし、そのことはヴァルグレアにとって屈辱以外の何物でも無かった。何しろ実力者とは言えたった3人を捕らえるために100人もの人数を動員したにも関わらず、捕らえることが出来なかったのだから。

 総指揮を執っていたカシウス・レンクロフトは今回のことを受けて怒りを露わにした。その怒りは凄まじく、感情を出すなと注意をされるほどだった。

 統制AIは便利屋68はなんならかの方法を用いて脱出したと考え、瓦礫に埋もれていたとは言え真下にあったマンホールから逃げたと仮定。再び内部に侵入されないようにしている警備を強化しつつ便利屋68に多額の懸賞金をかけてブラックマーケットを中心に発表した。更に処置官を多数自治区外に派遣して便利屋68の足取りを追うこととしたのだ。

 

「対外諜報局と協力して便利屋68を追う、か……。ヴァルグレア始まって以来の大失態だしな。仕方ないですね」

 

 自治区全体が慌ただしく動く中、一人静観していたノルド=エンリは愉快そうに口元を歪めながらモニターに映る昨夜の便利屋68の戦いぶりを確認していた。たった3人とは思えない程の実力で襲い掛かってくる処置官たちを倒し、最終的に煙幕を張ってしまう所で終わっている。監視カメラの映像からではこの後彼女たちがどうやって逃げ出すことに成功したのか判別する事は出来ないがそれでもヴァルグレアでは出来る人物は限られる芸当だった。

 

「統制された秩序を体現する処置官たちが自由と混沌を愛するゲヘナの生徒に負ける。これはこの学園を壊しかねない起爆剤ですね」

 

 今回の件は市民どころか参加した者以外に情報が漏れないように徹底した緘口令が敷かれ、隠滅に諮っている。更に参加者全ては一度検査を受け“感染”、つまり自由に対する意識が生まれていないか、ヴァルグレアに不信感を持つに至っていないかを調査する事になっていた。それはカシウス・レンクロフトやアマリア・エーレンベルクも例外ではなく、入念な検査を受けている頃だった。

 

「ラーナさん」

「どうしましたか? ノルド=エンリ処置官殿」

 

 ノルド=エンリは最近補佐官として配属されたばかりのラーナ・グリメルトを呼ぶ。ノルド=エンリに似た感性を持つ彼女とは相性がよく、ノルド=エンリは彼女を手足として重宝していた。

 

「ブラックマーケットの監視カメラを発禁してください。こちらと関係があるカイザーコーポレーション関連のカメラはする必要はありませんがそれ以外は徹底的に行ってください」

「了解です。見つけ次第報告をした方が良いでしょうか?」

「いえ、まずはこちらに回してください。向こうの様子を少し確認してから報告しますので」

「……了解です」

 

 ノルド=エンリの言葉にラーナは少し不満げな様子を見せたが反論することなく素直に指示に従った。ノルド=エンリとラーナ・グリメルトの唯一の違いは観測した結果の行き先である。ラーナ・グリメルトは徹底的な監視社会を是と考えており、それを目指している。その主張の強さはカシウス・レンクロフトと同じ急進派に位置するだろう。

 

「(あれだけの実力を持つ相手です。ただ報告し、追ってを送っても返り討ちにされてお終いでしょう。100人を相手に善戦した彼女たちが数名程度の追っ手にやられるわけがありません)」

 

 ノルド=エンリは“口角を上げながら”思考を巡らせる。ヴァルグレア外では数少ない“観測するに足る人物”である便利屋68をどうすれば出来るだけ長く観測できるかを考える。

 

「(便利屋68。ゲヘナ学園でも許可されていない企業という側面を利用してゲヘナから追い出しましょうか? さすがにゲヘナ相手にハッキングは容易ではないでしょう。観測が容易な場所であるブラックマーケットにうまく誘導できるように偽情報の流布を……)ふふ。楽しくなってきましたね」

 

 ノルド=エンリはこれから起こるだろう様々な出来事に心を躍らせながら調査と並行して行われる“とある者達の処置”の様子を見るのだった。

 

 

 

 

 

「ぐっ! 離せよ!」

「なんで、こんな……!」

 

 ヴァルグレアの重要な場所、硝子の間には10名の生徒が拘束されていた。彼女たちはヴァルグレアの制服を着ているがあり得ない程の感情を表に出して抗議の声を上げていた。感情を出さず、無表情が徹底されているヴァルグレアの生徒とは思えない彼女たちだが当然である。彼女たちはアルマ=グラン農業高等学校から来た交換留学生であるからである。

 ヴァルグレアは交換留学を通じてアルマ=グラン農業高等学校が自分たちの情報収集を行おうとしていた事を理解していた。しかし、それでもこれまでの付き合いと食料生産地であることから目をつぶる方針でいたのだ。交換留学生は既定の1月の間存分にヴァルグレアの生活を堪能してもらうはずだった。

 しかし、それも便利屋68の大暴れでそうもいかなくなった。統制AIヴァルグレアは今回の被害の報復として交換留学に来ている生徒達を“処置”する事に決定したのである。それも第4処置、記憶どころか人格を抹消される“白化令”が、である。

 

「お前達には何の関係もないが学校側が雇った便利屋によりヴァルグレアは少なくない被害を受けた。キミたちにはその代償を身を以て払ってもらう事になった」

「はぁっ!? ふざけんな!」

「さっさとこの縄ほどけよ!」

「畑作っている最中なんだから返せよ!」

 

 理不尽としか言いようがない宣言にアルマ=グランの生徒たちは声を上げるがそれを黙らせる為に一人の生徒が控えていた処置官が動き出した。彼女は警棒を取り出すとそれを振り上げ、容赦なく一番端の生徒に振り下ろした。

 

「ぎっ!?」

「ひっ!?」

「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 鈍い音と共に崩れ去る生徒に処置官は無表情に何度も警棒を振り下ろす。その動きは淡々としており、生徒を撲殺しているとは思えない程機械的な動きだった。

 鈍い音だけを響かせる警棒も幾度となく振り下ろしているうちに肉を潰す音に代わり、周囲に血をまき散らす。頭部は損傷し、二度と起き上がる事もないその生徒にただただ警棒を振り下ろすその姿に誰もが絶句する。中には吐き気を覚える者もいるがそこまでして漸く処置を担当する職員は処置官に静止の声をかけた。

 

「もう大丈夫です。死体はこちらで処理しますのでそのまま放置してください」

「了解しました」

 

 たった今、一人の少女の命が潰えたとは思えない程淡々とした二人の短いやり取りに生徒たちは理解した。させられた。ヴァルグレアではこれが普通など言う事に。

 

「こ、こんなことをしたらあんたらの生徒も……」

「ああ、大丈夫ですよ。あちら側への報復として向こうに滞在している生徒には生徒会への“自爆特攻”を行ってもらい、無事に全員目標を達成しました」

「は?」

 

 職員の言葉に今度こそ何も言えなくなる。それどころか今言った言葉の意味さえ理解する事が出来なかった。生徒が爆破? それを淡々とこなし、それを淡々と記録する? 狂っていると生徒は心が折れるのを感じた。

 

「残念ながら主導したであろう生徒会長は健在ですがこちら側の意思は十分理解してもらえたでしょう」

 

 職員はそう言っているが生徒会長は10人の生徒が一斉に行った自爆により重傷を負っており、予断を許さない状況に陥っている。更に生徒会は区画ごと吹き飛び、重要書類事消し飛んでいる。そのためにアルマ=グランの自治は一時的に混乱状態に陥っていた。

 

「さて、おしゃべりはこの辺で良いでしょう。では順番に“白化令”を適応していきます。処置後は労働体として肉体労働に従事してもらいますが農業が好きな貴方達なら何の問題もないでしょう」

 

 職員はそう言って処置の準備を開始する。ヴァルグレアの恐ろしさを間近で知り、心が折れた生徒たちはそれに抗う事も出来ずに一人残らずヴァルグレアの生徒となるのだった。

 

 以降、ヴァルグレア統制学院に間違っても交換留学を打診する学校が現れる事は無くなり、ヴァルグレア統制学院の恐ろしさはキヴォトス中に更に広がっていくことになるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。