硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『自己を捨てよ。他者と混じるな。ひとつの命として“正しい列”に並べ』


Code24.

 便利屋68の襲撃も半月前となった今日この日。アマリア・エーレンベルクの補佐官の任を解かれた1013号と4450号は二人で東側のゲートの守備任務についていた。浅黄ムツキの爆弾により派手に破壊されたゲートは既に復旧作業に取り掛かっているのだがそれまでの間無防備でいるわけにもいかず、急遽、任を解かれたばかりの二人が見張りとして立つ事になったのだ。

 仕事内容は簡単である。指定された範囲内に入った目標物を問答無用で撃つ。ただそれだけである。現在、ヴァルグレア統制学院は便利屋68との一件で厳戒態勢に入っており、許可なく近づく者は発砲する許可が下りていた。現状でゲートを通れるのはアルマ=グランの定期的な野菜の納品のみである。それも今月行われるの不明ではあったが。

「……4450号、お前は笑う事を練習しているか?」

「唐突に何ですか? 1013号。私語は慎むべきです」

 しかし、この任務が始まり5日が経過した為かついに1013号は口を開いた。それまでは機械のように淡々と監視を続けるだけだった1013だが4450に話を振ったのだ。

「我々統制児は赤子の頃より処置が施されている事により笑う事のない完璧な市民となっている。だが、それ故に統制されていない自治区外ではそれに違和感を覚えるらしい」

「それは知っています。故に対外諜報局の方々を中心にその中に紛れる訓練をしている事も」

「だがそうなれば我らも練習をした方が良いと思ってな」

「そうですか。わたしに言わせれば何故今頃になってその話を? 処置官補佐官になる前に教育を施されているはずですが?」

 1013号の言葉に4450号は嫌悪感を隠そうともせずにそういった。ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の生徒を彷彿とさせるように二人の関係は悪い。1013号こそ苦手意識を持つだけであるが4450号に至っては視界に入れる、耳に入れる事すら嫌がる嫌悪っぷりであった。

 無論、そんな“個人の感情”に振り回される程二人は軟ではない。赤子の頃より処置が施され、この歳になるまで徹底された教育を施された統制児はヴァルグレアが目指す理想の人間を体現した存在なのである。

「私は苦手だ。笑おうとすると顎が痛くなってしまう。使っていない筋肉を無理やりに動かすために筋肉痛のような症状となってしまうのだ」

「それは怠けすぎですね。その調子ではいずれ体中の肉体が痛みで悲鳴を上げるのではありませんか? そうなっては邪魔なので消えてください」

「極端すぎる。どちらにせよ一度笑ってみたが自分でも失敗だと分かる不格好な出来となってしまった」

「そうなのですか? では是非とも披露してください。冷静に評価をしてあげましょう」

 実際は評価と言いつつ酷評する気満々であったが1013号はそれに気づく事はなく笑って見せた。

「フッ……、クク……、あはは……」

「……すいません、言った私が間違っていました。今すぐやめてください。貴方のそれは不快感を伴います」

 どう考えても演技が下手な者が一生懸命に言い逃れをする際に出しそうな不格好な笑い声に4450は本気で不快そうな顔をする。

「自分も評価は失敗だ」

「どうせ練習するのであれば上品な笑い声を推奨しますわ」

「それは苦手だ」

 とはいえ簡単に言えばゲヘナ生がトリニティのように上品な笑い声をあげているのを聞いても違和感しかないように1013号は、これはこれでいいのか知れなかった。

 それを最後に二人の間には会話が途絶え、再び静寂が戻った。気配すら音を出しそうな静寂の中、後方より足音が聞こえてくる。地面を叩く規則正しいブーツの音が、自治区の中から響いてくる。

「……誰か来るな」

「ここは現在封鎖指定のはず。ならば一般市民ではない」

 二人は音から市民ではない事を理解する。それはゲート前だからではなく現在の時刻が真夜中であるためだ。この時間、市民の外出は禁止されている。出歩くのは処置官やそれに関係する者、そして緊急の用向きで出ている者のみである。

 そして、二人の予想通りに現れたのは、一人の統制児であった。青い髪にエルフの耳をしたその少女は初めて見る顔だが彼女が着る服には彼女の番号が刻印されたナンバープレートが存在した。それによれば統制児第2983号となっている。

 全身を濃灰の外套で包んだその少女は、顔を上げると、感情のない声で言った。

「ゲートに到着。識別コード、統制児第1013号と第4450号を確認した。……こちら、統制児第2983号。処置官独立任務により、自治区外へ出発する」

「了解した。確認は取れている。……それと、会話は初めてだな」

「“後続体”か」

 2983の敬礼に二人も敬礼で返す。

「一応確認させてもらう。どのような用向きで自治区外に?」

「取り逃した便利屋68の捕縛乃至処分の為である」

 内容に不備はなかった。二人には事前に便利屋68の捜索任務に出る統制児が通る事が通達されている。余程の事がない限りこれは形式的なもので済まされ、出入りを阻むような事はしない。

「統制児1013号だ。現在、4450と共にゲートの見張り任務に従事している」

「“仕方なくですが”隣の悪魔に同意します」

 一瞬だが1013の目が鋭くなった。“仕方なく”を強調する物言いに何か言いたいのだろうがぐっとをこらえている。

「了解した。私はこれより便利屋68の捕獲乃至処分任務に出る」

 2983は淡々とそういうが二人にはそれが難しい事が重々理解できていた。何しろ二人ともあの時の戦闘に参加しており、実際に銃を突きつけあったのだ。狙撃班として配置されていた1013は建物ごと破壊された際に辛くも脱出し、戦闘に参加するもアルの狙撃によって一発も発砲できずに地に伏し、タンクとして最前線に飛び出した4450はムツキとカヨコの連携プレイの前にあっけなく倒された。

 正直に言って相手が格上とは言え無様としか言いようがない故に二人ともこの件について何かを言うことはなかった。流石にお互い醜態を晒した以上どちらも言われたくなかったのだ。

 

「……あの戦闘に貴方は参加したのか? とても戦闘に参加した者の発言とは思えなくてな」

「肯定する。あの時私は別任務に従事していた。便利屋68の性能はデータで閲覧したことがあるだけだ」

 

 2983のその言葉に二人は沈黙した。とてもではないが2983の意識は低いと言わざるを得なかったからだ。だが、口を開こうとした瞬間、彼女が発した言葉に何も言えなくなった。

 

「……私はあの戦闘記録を三十七回閲覧した。100人を超えるヴァルグレアの誇る処置官たち。カシウス・レンクロフトという傑物とアマリア・エーレンベルクという次世代の英雄が率いる最強の軍勢は僅か3人の有象無象に破られた。正面から押し切られた。だというのに、私はそれに関与すらできなかった。それが溜まらなく私の中を掻き立ててくる」

 

 拳をぎゅっと握りしめる2983に1013が眉をわずかに上げて尋ねた。

 

「君は怒っているのか?」

「わからない。だが、“今度こそ”という意志は、確かに存在している。必ずこの手で、便利屋68にヴァルグレアの力を思知らせてやる」

 

 その言葉に、1013も4450も、言葉を返さなかった。しばしの静寂の後、2983は自治区外に向けて足を向けた。

 

「次に帰還する時、私は便利屋68を連れて来よう。それまでは帰還しない心づもりでいる。次に会う時、吉報を届らられるようにしよう」

 

 それだけ言い、2983は任務の為にゲートを出て自治区外に向かって歩き出す。その背中を見送りながら、4450が小さくつぶやいた。

 

「後続体のくせに、感情的ですね。……まるで、 “逸脱者”のようです」

「……そうだな。君に嫌悪されてる私としては、ちょっとだけ親近感を覚えたよ」

「やめてもらえますか? バディを組む相手が“逸脱者”候補等吐き気がします」

 

 明確な拒否反応に1013は少し沈み込みそうになるがそれをこらえた。

 

「どちらにせよ彼女がこの任務を通してどうなるかは分からないが少なくともあの様子では“再び会う可能性は低い”だろうな」

「そうですね。私もそれには同意しますよ。さぁ、引き続き監視任務を続行しましょう」

「了解だ」

 

 2983というイレギュラーもあったが二人の警備任務は続く。そうして今だ騒がしいヴァルグレアの夜は更けていくのだった。

 

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