「酷い有様だな」
リディア・ヴァイスロートは復興班と共に焼け野原と化した分校の一つであるエトラ―ジュ分校の自治区に来ていた。あちこちに焼けた死体が転がるこの自治区を見て、数日前まで人の往来が激しい場所だったとは思えないだろう。
アマリア・エーレンベルクの徹底的な爆撃によりエトラ―ジュ分校自治区はその八割以上の区画を更地か焼け野原に変えていた。最早勝枝の面影は残されておらず、学校としての機能は完全に排除されてしまっていた。
「これが“逸脱者”達の腐敗臭か。こうはなりたくないものだな」
だが、そんな光景を見てもリディアの感情は一切動かない。彼女にとってこれは必要な事であり、不良生徒の侵入を許した時点で確実に起こる未来でしかないのだ。むしろ、このような逸脱者としての最後を迎えたくないと気を引き締める程だった。
「うっ!」
「げぇ……!」
だが、リディアとは違い復興班の面々は直ぐにこの悲惨な光景を見て吐き気を催してしまった。彼女たちは統制児ではなく、ヴァルグレア統制学院から連れてきた生徒であり、このような光景は生まれて始めてみる者ばかりであった。
さすがに統制され、感情を表に出さないようにしている彼女達でもこの悲惨な光景を前に吐き気を感じずにはいられなかったのだ。
しかし、そんな“怠慢”をリディアが許すはずがなかった。
「何をしている? そのような行動は許されていない。命令に従い“ゴミを処分”せよ」
「っ!」
冷酷且つこの状況をなんとも思っていないリディアの言葉に流石の生徒達も絶句する。この光景を前に何も感じない人物はここまで異常なのか、と。生徒たちは改めて周囲を確認する。
「遺体の損傷が激しい。識別はしないで良いと命令を受けている。このまま他の物と処分するぞ」
「燃え切っていない遺体は改めて焼いたうえで灰にして地面に埋め立てる。そっち用の穴堀も進めてくれ」
「っ! ちっ。ガス爆発か。一部の遺体はガスが溜まっている。気をつけろ」
周りでは淡々と“清掃”に従事する大人たちと統制児の姿があった。吐き気でまともに動けていないのは連れてこられた生徒くらいだ。
「……」
生徒たちはいずれ自分たちもあのような大人になっていくんだろうと絶望とも言える未来の姿が幻視出来てしまった。それを忘れるようにリディアの命令を受けて彼女たちも“清掃”作業に従事していくのだった。
しかし、この清掃に参加した者達の大半は“逸脱者”の判定を受けて近いうちに硝子の間に連れていかれるようになるのだがそれをこの場の誰もわかる事がなかったのだった。
かつてのエトラ―ジュ分校跡地。
焦げた鉄骨の影に、焼け焦げた学生鞄が半分、土に埋もれている。
「……これが、ヴァルグレア統制学院に歯向かった者達の末路、という事か……」
ヴァルキューレ警察学校・公安局の局長に就任したばかりの尾刃カンナはそう呟いていた。背後では、青い制服をまとったヴァルキューレの生徒たちが立ち止まり、焼け跡を呆然と見つめていた。中には吐き気を催してその場に蹲る者もいるがそれを咎める事は出来ない。彼女たちの目の前に広がる光景はそれだけ悲惨だったからだ。
人々が往来していただろう大通りは黒く焼け焦げ、至る所に黒い“何か”が転がっている。人の営みを現していた建物は一つ残らず燃え尽き、炭の瓦礫として並んでいる。
ここは最早町ではない。炎に焼かれ、逃げる事も出来なかった“死んだ町”であった。
そして、そんな街にカンナ達は入る事が出来ていない。何故ならば彼女たちと街の間には横1列に並んだ者達によって隔てられている為である。黒い制服に外套を羽織った彼女らはヴァルグレア統制学院が誇る最悪の存在。処置官である。キヴォトス全土の治安維持を担うカンナも知っている恐怖の存在。彼女達がいてこそヴァルグレア統制学院はその恐ろしい統制された世界を実現できているのだ。
それでも自分たちの任務はこの先で行われる。カンナは部下を数名連れて彼女たちの下に歩み寄る。
「……こちら、ヴァルキューレ警察学校、公安局の尾刃カンナだ。この前発生した市街地騒乱の調査を要請します」
彼女の声には抑えた怒気と、正義感が込められていた。表情もいつもよりも硬く、見る者が見れば恐怖で泣いてしまうだろう程だ。だが、そんな彼女に対して処置官たちが動じる事はなかった。
「……ここより先は、我らヴァルグレア統制学院の勢力圏である。ヴァルキューレの立ち入りは認められていない。即時退去せよ」
そして、処置官たちの対応もカンナが“事前に予想していた通りの対応”だった。ただでさえ普段からヴァルキューレの出入りを許可しない彼女たちが非常時だからと言って、ましてや“この虐殺を引き起こしたのが自分達である”のにカンナを通すはずがなかった。
だが、それでも彼女たちはヴァルキューレとして引き下がるわけにはいかなかった。
「今回の騒動は明らかに大事だ。ヴァルグレア統制学院はヴァルキューレによる調査を受けてもらう」
「そのような命令は受けていない。即刻退去せよ」
機械のように淡々と返す処置官にカンナの表情はより険しくなっていく。予想はしていた、理解はしていた。だが、ここまでとはさすがに思っていなかった。人間が、ここまで機械の如き冷徹さを持つことが出来るなど信じられるわけがなかった。
そうして対峙するカンナの耳に一人の女性の声が入ってきた。
「……ふふ、まさか本当に来るとはね」
声の正体は処置官の後ろより現れた処置官らしき女性の者だった。ここに並ぶ処置官よりも高い地位にいると思われる女性は他の処置官同様に無表情だが何処か楽し気な様子を醸し出していた。
「高等処置官のイオナ・ツェルニよ。この地区の最高責任者、と言えば分かってもらえるかしら?」
まさかの最高責任者の登場にカンナも驚くが好都合だと考える。しかし、カンナが口を開くよりも先にイオナが話し出す。
「ヴァルキューレ警察学校の尾刃カンナさん? 調査というけど一体何を調査する気でいるのかしら?」
「それは、今回の放火の原因や犯人を……」
「本気で言っているのかしら?」
カンナの言葉を遮りイオナは冷たい声で言った。表情が無い彼女だがその瞳にはカンナを嘲笑し、見下す感情があった。
「エトラ―ジュ分校を含む各地のヴァルグレア統制学院で発生した不良生徒の襲撃。それによって発生した放火とはわかっているわね?」
「……ああ」
「それ、“何日前”だと思っているの?」
「それは……」
「“1週間前”よ。1週間前。鎮火作業が終わり、片づけがある程度終わったこの時期に調査? 笑わせないでくれる?」
そう無感情に言うイオナの視線は、冷たかった。人間ではなく、道端のゴミを見るような目つきだった。
「改めて聞くわ。あなた達は“今更”何をしに来たのかしら?」
「……」
カンナはその言葉に何も言えなかった。彼女も今更過ぎる事は重々承知の上だった。カンナとて出動するのはもっと早くするつもりだった。しかし、彼女が動くために書類を提出し、許可が出され、それが書類として回ってくるまで待つしかなかったのだ。それをしないで動く事はヴァルキューレには出来なかったのだ。
そんなカンナの内心を理解しているのか、口元だけで笑いながら、イオナはわざとらしく肩をすくめる。
「ふふ……、失礼。ヴァルキューレの動きの鈍さなど今に始まった事ではなかったですね。なので安心してください。ヴァルキューレが行いたかった“調査”は既に終わっています。首謀者や事件の流れ、目的などは全てこちらの調査で判明しております。そちらが望むのなら後でその資料を届けましょう」
「……」
その資料に一体どれだけ“真実”が記載されているというのか。ヴァルグレア統制学院にとって都合のいい改ざんされた内容しか書かれていない事は明白だ。そんなものを受け取っても意味はない。
「それでも、我らもヴァルキューレ警察学校としての責任があります……!」
「責任? 責任ですって? 貴女たちの“責任”が、今さらどれだけの情報を得られると?」
すっと目を細めたイオナの言葉は、鋭い刃のようだった。
「聞いた話では貴方達は最新装備を身に着け、キヴォトスの治安維持を担う立場にありながら不良相手にも舐められる程無様な姿をさらしているそうね? そんなあなた達の“責任”、さぞかし素晴らしいモノなのでしょうね。貴方方のその制服のように」
何処からともなくクスクスと笑い声が聞こえてくる。それが周囲の処置官たちからの物だと理解するが何も言い返せない。
「そういうわけだから貴方達に調査をさせる許可は出せないわ。尤も、許可を出しても今更分かる事なんてないでしょうけどね」
「……ヴァルグレアは、既に“終わらせている”というわけか」
「どうでしょうね? まぁ、私程度ではヴァルキューレの調査許可を出す事なんて出来ないから最初から無駄骨だったけど。精々その動きの鈍さを改善できるように改革でもしてみたらどうかしら? まぁ、無理でしょうけど」
一歩、イオナがカンナに近づく。
「貴女たちがここで何を語っても、もう誰も聞かない。いい子はもう寝る時間。さ、帰った帰った」
その言葉は決定的だった。悔しさに拳を握りしめるカンナ。しかし彼女には、もう押し返す手立てはなかった。
「……我々ヴァルキューレ警察学校はキヴォトスの治安維持を担う学校だ。いずれその力が貴様らに届くぞ」
「ふふ、ならばその時が来ることを楽しみにしていましょうか。絶対来ないだろうその時を、ね」
「……局長! このまま黙って帰るんですか!? 現場はもう目の前だというのに……!」
「分かってるッ!!」
イオナに追い返されたカンナについてきていた部下の一人が食って掛かる。局長の邪魔をしてはならないと我慢していた彼女もついに限界に達して思わず声を張り上げたがそれを上回る声でカンナが叫ぶ。
「……分かってるんだよ。これだけの被害を出した現場を前に調査もせずに追い返されて素直に逃げ帰る。それが悔しいし、ヴァルキューレとしてはダメな行動だと分かっているんだ」
風が吹く。焦げ跡に残る鉄粉が舞う。
「だけどな、私たちは“警察”だ。感情で殴れば、それはただの暴力屋と同じだ」
生徒たちは黙った。目を伏せる者、拳を強く握る者、それぞれだった。そして――カンナは誰にも聞こえぬよう、心の中で呟く。
「(これが正義か? ヴァルグレア統制学院が目指す秩序か? ふざけるなよ……。あんたら、何もかも燃やして、消したつもりか。完全に消す事なんて出来ない。必ず“終わり”が来る。だから、その日が来るまで私は、何時までも待ってるさ)」
カンナは背を向け、生徒たちに指示を出した。
「撤収する。……この現場は、今日のところは奴らのものだ。だが、このままにはさせない。ヴァルキューレは必ず真実を暴く。それが、我々の役目だ」
カンナの言葉に生徒達は頷くがその表情は納得がいっていないと語っていた。だが、ヴァルグレアによって全てが“隠蔽された後”ではどうしようもない。カンナは無駄足になった事に奥の歯をかみしめる程の悔しさを感じながらいつの日かこの横暴を終わらせると心の中で誓うのだった。