絶対的な管理体制を敷くヴァルグレア統制学院であるが完全な統制を敷けているわけではない。ごくわずかであるが“統制が及ばない地域”が存在する。そういった場所はヴァルグレア統括局によって調査・“整地”が行われるのだがそれまでの間は統制から逃げ出したいものにとってのオアシスとなっていた。
そんなヴァルグレアのオアシスの一つにて制服の乱れた生徒たちが屯していた。彼女たちの手にはヴァルグレアにおいて入手する事は困難な菓子やジュースと言った禁止されら嗜好品が存在していた。様々な防衛線を掻い潜り持ち込むことが出来た数少ない彼女たちの宝であった。
そして、その中心にはこの辺では珍しい、天使の羽根を持った生徒がいた。その名はミウ。かつて陰湿ないじめを受け、トリニティから転校してきた少女である。新天地としてヴァルグレアに引っ越してきた彼女だがトリニティすら霞む程のディストピアに馴染めず、監視網の目をかいくぐり、夜な夜な脱線行為を繰り返していた。
「なあ、もういい加減バカらしくないか? いつまでも“従ってるフリ”して、何になるってんだよ……」
「あんなもん秩序じゃねぇ、ただの服従だろ」
「私も、そうですわ。ここに引っ越してきたことを後悔しています……」
同じようにヴァルグレアに不満を抱く少女たちと共に彼女は何年かぶりの美味しいお菓子を口にする。すっかり忘れてしまった美味しいという感情に涙を流す彼女だがそれが最後の晩餐である事を直ぐに理解させられた。
「逸脱者12名、発見。対象:E号600番。反統制思想確定。処置準備に入る」
その言葉と共にミウの後ろに一人の女性が降り立った。ヴァルグレアの背後に立っていたのは、処置官――アレクシア・フュルステンベルク。黒い制服に身を包み、感情を一切帯びていないその瞳は、夜の中で不気味に光っていた。
「っ……う、嘘だろ……!? なんで……!」
「“なぜ”を考えるのは処置後で構いません。既に遅いですが」
ミウを始めとする逸脱者と呼ばれた生徒達が逃げようと背を向けた瞬間、地面に閃光弾が直撃した。唐突の出来事に目をつぶった瞬間、アレクシアの影が迫る。
「命令第C-16条:逸脱者に対し、再教育不能と判断された場合、肉体的停止・記憶除去を含む制圧措置を許可する」
「に、逃げようとしただけで……!? ウソだろ……!?」
「逸脱は秩序の乱れ、自由というノイズを生み出します。あなた方の行為はそれだけのものなのですよ」
ミウの瞳に浮かぶ恐怖。その手からスナックの袋が落ちる。
アレクシアは無言で、制圧用の大口径銃を彼女の額に押し当てた。
瞬間、周囲に何発もの銃声が響き渡った。
「命令第C-16条。執行完了。機能停止者は“処分”、生存者は“再教育”へ」
「了解しました」
銃声の後数分でやってきた処置官補佐達。彼女たちにアレクシアは淡々と任務完了を宣言すると後処理を任せるのだった。
ズルズルと引きずられていく生存者たち。その中にはミウの姿もあり、彼女たちはヴァルグレアが用意したトラックに詰め込まれると処置官の居城にして“再教育”を実施する“硝子の間”が存在するヴァルグレア統括局本部へと向かっていくのだった。
「高宮ミウ。……元トリニティ総合学園生。同校でのいじめを機に我が高に転校。統制された秩序を受け入れられずに逸脱者となりC-16条の適用者となり再教育へ。何とも哀れとしか言いようがない人生だ」
ヴァルグレア統括局本部の廊下。そこから外を見下ろしていたノルド=エンリは記憶処置が行われ、完全な“統制下”に置かれたミウを見ながらつぶやいた。処置官の中においても上層部に位置する高等処置官に当たる彼は処置官としては異端とも言える興味を持った瞳をしていた。
「だが、それ故に観測する価値がある。彼女が今後どのように過ごすかで“統制”の力が高まっていくだろう」
しかし、だからと言ってミウの力になれる人物ではない。むしろ彼女は今後ありとあらゆる行動が観測・データ化され永遠に記録として残り続ける運命を背負ってしまったのである。それを抜け出すには身を投げるくらいの覚悟が必要だが記憶処置が施され、感情と記憶を失った彼女には行う事が出来ない、思いつかない事だった。
「後でドローンを飛ばすとして、浮かない顔をされているようですね。アクレシア処置官?」
「ノルド高等処置官殿……」
ノルドが誰もいないはずの廊下の隅に向けて声をかければそこから姿を現したのはミウを捕まえた張本人であるアレクシアだった。彼女はミウを捕えた時には見せなかった弱弱しい表情、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「何か懸念する事でもありましたかな? 彼女は貴方のおかげで立派なヴァルグレアの市民となる事が出来たのですよ? 喜ばしい事であれ、そんな悲しむ事ではないと思いますが?」
「それは……、そう、ですが……」
あまりにも弱弱しく、歯切れが悪い彼女の様子にノルドは内心でため息をつく。
「(所詮は現場を任されるだけの二等処置官ですね。残念です)そういえば貴方の元同期、アマリアが特等少佐の地位を手に入れたとか」
「え、ええ。その通りです。私とは違い彼女は処置官として順調に歩んでいます」
特等少佐という地位はノルドに匹敵する一等処置官と同等の地位にある。これはアマリアのように成績優秀な人物のみが得られる地位であり、アレクシアのように“記憶処置を受けた人物では一生なれない”地位でもあった。
「私は一度失敗してしまいましたが彼女なら……」
「アレクシア処置官」
「は、はい?」
ふと、アレクシアの言葉をノルドの鋭い言葉が遮った。先ほどまでの軽薄そうな雰囲気はなく、まるで自身を観測する研究者の如き雰囲気にアレクシアは思わずたじろいでしまう。
「気を付ける事ですよ。貴方は記憶処置が必要なほど感情に支配されているように見受けられます。あまり記憶処置を受ける事はおすすめしませんよ? 初期に比べればマシとは言え“何度も施されれば脳に障害を残してしまうかもしれませんからね”。
では、私はこれより他行との交渉の為に校外遠征をしなければなりませんのでこの辺で失礼しますよ」
それだけ言うと最早要はないと言わんばかりにその場を後にする。一人、残されたアレクシアはノルドの言葉に言い返せず、ただただ黙る事しか出来ないのだった。
次はブルアカで有名なあの人が出ます