硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『統制無くして秩序無し』


Code31.

 かつてのあの騒々しい日々を、空埼ヒナは今も帳簿の片隅で睨んでいた。破損した備品の補填申請、損傷した校舎の修繕計画、消えた学生の個人所有物リスト……そして一番面倒だったのは、万魔殿から送られてくる「ゲヘナ学園の急激な治安の悪化に関する説明文の提出」を求める書類だった。

 風紀委員会の執務室で、ヒナは煩雑な書類の山に囲まれながら、ひとつ深く息をついた。

 

「……めんどくさい。どこの誰だっけ。あの、軍隊ごっこしてるへんな連中……。ヴァルグレアと言ったっけ?」

 

 机に肘をついて、眠そうな目を薄く開ける。疲労は限界に近い。だが彼女は休まない。休んでる場合じゃない。これでも少し前に比べれば楽になっている方なのだ。一度最悪を経験していると今の状態も悪くはないと思えてきてしまう。

 

「秩序の名の下に、と言って銃撃戦を仕掛けるのは、さすがに頭どうかしてるわ……。ここはヴァルグレアの学校ではないのに。毎日のように騒動を起こして……」

 

 ヒナがそう言って嫌な日々を思い返すように天井を見つめる。きっかけはヴァルグレア統制学院と呼ばれるキヴォトスでも屈指の関わりたくない学校の関係者がゲヘナで騒動を起こすようになったことだった。

 その原因としてはゲヘナでも許されていない起業を行った便利屋68を捕えるためであり、少し前に行った他校からの依頼が原因だと風紀委員会は掴んでいた。しかし、それでもまさかたかが生徒3人を捕えるために他校にまで乗り込んでくるとは思ってもいなかったのだ。

 ヴァルグレアの処置官たちは便利屋68を追い詰めるために様々な攻撃を行った。ドローンによる周辺地域ごとの爆撃から始まり、迫撃砲やグレネードランチャーを用いた遠距離砲撃。火炎放射器による放火を行いながらの近接戦。ヴァルグレアが戦闘行為を行うだけで周辺の被害は無視できない程に高くなっていた。

 それこそ温泉開発部や美食研究会と言ったゲヘナでも要注意とされている部活よりもッ被害は上回っていた。何しろ彼らは毎日のように戦闘を行い、被害を出しているのだから。

 

「こっちは毎日、治安のために寝る間も惜しんで働いてるのに……、なんで余所の学園が、こんなに手間かけさせてくれるの? そんな意味、あるの?」

 

 疲労と苛立ちが、いつものけだるい口調の奥でじわりと滲む。そんな日々を繰り返していれば自然と風紀委員会と処置官たちは対立する。更に言えば明確な違反行為を行っている処置官たちを風紀委員会が見逃すはずがなかった。当然戦闘となるのだが向こうの練度が高く、一部の生徒以外では太刀打ちが出来ない状態になっていた。加えて、彼らはあり得ない程の数を動員しているらしく、毎日同じ数の処置官たちが便利屋68相手に攻撃を仕掛け、風紀委員会はその対処をするのだがあっという間にキャパオーバーしてしまったのだ。

 

「勝手に来て、勝手に撃って、勝手に帰って……。残ったのは瓦礫と、私の仕事だけ」

 

 捕らえられた処置官たちもいつの間にか脱獄し、ヴァルグレアの戦列に戻っている。そんなことを繰り返しているうちにゲヘナの治安は急速に悪化した。重要施設を除けばまともな建物は残されていない程にまで破壊されつくし、病院や救急医学部は常にけが人であふれかえるようになってしまっていた。

 しかし、ゲヘナ学園の生徒会である万魔殿はといえば、やれ「学外の問題児に対する対処が遅い」だの、「風紀委員会の不手際」だのと文句を大量に言ってきていた。もちろん、風紀委員会に丸投げした上で、だ。

 これらの対応はいつも通りではあるのだがまさか学外の、それも他校の組織に属する者による明確な違反行為にも何もしないとはヒナも思っておらず、怒りをあらわにしたのもつい最近の事であった。

 

「めんどうくさい…ほんとに」

 

 そんな激動の日々も便利屋68がゲヘナ学園を追い出されるように去り、ブラックマーケットに逃げ込んだことで終わりを迎えた。ターゲットが他所に移ったことでヴァルグレアの処置官たちは驚くほどゲヘナ学園で見る事はなくなっていた。たまに偵察らしき人物を見かける事があるが戦闘するような事はなく、大人しく情報収集に徹している。

 あまりにも平穏な日々が送れる事でヒナは思わず「彼女たちを差し出した方がよかったかしら?」と考えてしまったほどである。

 とはいえ処置官たちがやらかした爪痕は今も大きく残っている。治安の悪化も深刻であり、処置官の対処で手一杯であり、他者に目を向ける余裕がなくなったことで他の不良生徒が暴れたり、温泉開発部が何時にもまして勢いをつけてテロ行為を行っていた。

 

「……次に勝手に踏み込んできたら、処置官だろうが何だろうが、私が直接、外まで送り返してあげるわ」

 

 ヒナは今日も今日とて積み上げられた書類の束に辟易しながら仕事を終わらせるべくペンを手に書類をさばいていくのだった。

 しかし、彼女はまだ知らない。彼女の後輩たちがもうすぐ処置官たちと同じく他校の自治区に事前通達もなく勝手に攻め入り大騒動を起こす事に。その結果として悲惨な光景を目にしてしまう事に彼女はまだ気づけないのだった。

 

 

 

 

 

 日が昇り、いつもと変わらない日々が始まった。

 しかし、その中でアビドスだけは好調な朝を迎えていた。アビドス高等学校は多額の借金と定期的に襲ってくる砂嵐のせいでまともな学校運営が出来ず、生徒数も僅か5人しか存在しなかった。更に定期的にヘルメット団という不良グループの襲撃もあり、アビドスは日に日に疲弊していたがそれを知ったシャーレの先生が補給物資と共にやってきたのだ。

 更に彼の卓越した指揮によりヘルメット団を追い払うだけではなく、アビドス自治区にあった前線基地を叩く事に成功していたのだ。これにより当分の間はヘルメット団の襲撃に備える必要もなくなり、最大の問題である借金返済に全力を注ぐ事が出来るようになっていた。

 そんな中、いつもの定例会議を終えた先生はホシノに呼び出されて近くの空き教室に来ていた。お茶らけた雰囲気と眠たそうな雰囲気を見せるが戦闘の際には時折強者が見せるオーラを醸し出す不思議な生徒であり、先生としても気になっている人物だった。

 

「ねえ先生ってさ……、ヴァルグレア統制学院って知ってる?」

 

 唐突な言葉に、先生は首をかしげる。聞いたことがあるような、ないような……そんな曖昧な返事に、ホシノは鼻で笑った。

 

「だよね。ま、知らない方が……いいよ」

 

 彼女の口調が、僅かに険しくなる。いつもの脱力した態度の奥から、鋭い何かが顔を覗かせる。そこまで言われて、漸く先生は思いだした。先生としてキヴォトスに来たばかりの頃に七神リンに忠告された学校であった。依頼名前を聞く事がなく、すっかり忘れていた名前をここで聞いたことで先生は軽く驚いていた。

 

「関わらない方がいい。絶対に」

「“……それは、どうしてかな?”」

 

 そう尋ねた先生に、ホシノは直ぐには答えず、ただ視線を向けたままだった。少しの沈黙のあと、重い溜息と共に言葉を吐き出す。

 

「……あそこはさ、他の学園と違って冗談が通じないような場所なんだよ」

 

 言いながら、ホシノは拳をぎゅっと握った。

 

「あそこはね、アビドスをここまで追い詰めた汚い大人なんて比じゃないくらい酷い大人がいっぱいいるんだよ。まぁ、こうして話題を振っておいてなんだけどあまり語りたくはないかな」

 

 先生の表情が少しだけ曇る。ホシノはそれを見て、わざと軽く笑ってみせた。先生が「どんなところなんだ?」と静かに問いかけるととホシノは一瞬だけ迷ったような顔をして、でもすぐに言った。

 

「……銃弾が飛び交って、不良がウジャウジャいるキヴォトスが……まるで平和に見えるくらいには、地獄みたいな場所」

 

 その語り口は、どこか吐き捨てるようだった。忌々しさ、怒り、そして……何よりも“過去に関わったことがある”ような気配。先生が何かを問い返そうとしたとき、ホシノは立ち上がって伸びをした。

 

「ま、今は関係ない話だけどさ。先生も……余計なことには首突っ込まない方がいいよ。」

 

 そう言って、ホシノはいつもの調子で部屋を出ていった。残された先生は七神リンに続きホシノまで関わらない方が良いと断言する学校について興味を持つと同時に、何か言いようのない、うすら寒い感覚を覚え、ごくりと喉を鳴らすのだった。

 

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