硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『脱走者は逸脱者と変わりない。統制された秩序を乱すウイルスである』


Code32.

 その日は霧が深い夜だった。深夜から明け方にかけて発生したこの霧は歩行を困難にする程の濃密さでヴァルグレアとその周辺自治区を包み込んでいた。

 普通であれば外出をためらう程の濃霧であるが一部の者達にとってこの霧は天からの助けとなっていた。

 

 

 

 ヴァルグレア統制学院自治区第1外環地域。陸八魔アル率いる便利屋68が大騒動を引き起こしたゲートがあるこの地区を中心に警報が鳴り響いた。それは生徒の脱走を示す者であった。

 その警報は瞬く間にヴァルグレア全体に響き渡り、脱走者が出たことを自治区全体に知らせる事となった。

 

「……また、ですか」

 

 その警報を受けて待機していたアレクシア・フェルステンベルクは悲し気な感情を言葉と共に吐き出した。周囲には彼女が率いる部隊の面々が無言で待機しており、アレクシアの命令を待っている状態にあった。

 

「……脱走者を捕えます。脱走者は全て“逸脱者”として扱います。過度な抵抗をする者は……っ! “処分”、する事も許可されています……」

 

 彼女は処置官。制服の黒は“制圧”と“統制”の象徴であり、その名が意味する通りの仕事を、これまで幾度となく遂行してきた。胸の中では自らの在り方に疑問を持ちながらも淡々と自らの役目を全うする。

 

 ヴァルグレアの統制を受け入れられない者の“処置”

 自由はなく、疑問は許されない。

 統制された秩序の為に。

 

 それが任務だった。いや、そう“教えられた”。そしてそれを他者に“押し付けていた”。

 とっくに彼女は限界だった。硝子の間で立ち会って以降最早彼女は処置官としての自分に誇りを持てなくなっていた。

 

「任務を、開始します……」

 

 だが、彼女は脱走者たちのように行動に移すことはなかった。彼女にはそれだけの覚悟も、勇気もなかったのだ。ただ、このままではいけない、という漠然とした“疑問”を持つだけの存在だったのだ。

 故に彼女は同じく疑問を持ち、ヴァルグレアから離れると決意したある意味同じ疑問を持つ脱走者達を狩るべく部隊を動かした。

 

 

 

 初動は迅速だった。

 

「脱走者は既にゲートを越え、エトラ―ジュ分校自治区に入っている。これ以上の逃走を許すわけにはいきません。早急にとらえます」

 

 アレクシアは自らは単独行動をとりつつも部隊員には固まって行動をさせた。その方が手早くとらえる事が出来たから。

 

「(……ごめんなさい)」

 

 アレクシアは心の中で謝罪をしながら全速力で更地と化し、遅々として復興が進まないエトラ―ジュ分校自治区を疾走する。そして20分後、最初の捕縛対象と接触した。

 

「っ!?」

 

 瓦礫だらけの道をかけぬけ、対象との距離をあっという間に詰めた。

 

「止まりなさい。貴方は既にヴァルグレアの規則に違反しています」

「……お願い、やめて……やっと外に……外に出られるのに……っ」

 

 相手は見た目より幼かった。おそらく高等部ではなく、中等部の生徒だろう。少女は恐怖で顔を真っ青にさせながら手に持っていたハンドガンをアレクシアに向けるがそれよりも早く彼女の愛銃が火を噴く。

 

「ぎっ!?」

 

 捕縛用の電撃弾が少女に命中し、痙攣しながら倒れこんだ。泡を吹き、白目を向く彼女は明らかに危険な状態だが“逸脱者”が相手なら例え死んでも問題は無い。故に抵抗できないように電撃の威力は年々上がっていた。

 アレクシアは痺れて動けなくなった少女を容赦なく拘束し、味方に連絡。位置を知らせて回収班を寄こすように伝えると次の対象に向かうべくその場を去った。

 

「あ、も、すこ、し、そと……でた……か……た」

 

 少女が最後にそう言っていた気がする。アレクシアの耳にも入ったそれが何を言っていたのか、彼女にも理解できたがそれをあえて無視した。でなければ心がもたないから。

 

 

 

 二人目の捕縛はさらに早かった。転倒して動けなくなった少女が、アレクシアに発見された瞬間、その目に宿る“絶望”の色。

 

「来ないでぇぇぇっ! お願いだから、処置官さん……わたし、わたし何も悪いことしてない、ただ……!」

「……」

「ただ、自由になりたかっただけなのにっ!!」

 

 アレクシアの手が止まった。銃口がわずかに下がる。

 

「……ヴァルグレアにおいてそれは認められていない。自由を求め、脱走する行為は“逸脱者”と変わりがない」

 

 それは、処置官として勤め上げてきた彼女の表向きの言葉だった。だが、少女はさらに続ける。

 

「なんで? 自由に生きたいって、そう考える事がなんで……、駄目なの? 人なら皆考える事じゃない。それが出来ないなんてまるで機械よ!」

 

 少女の必死な訴えはアレクシアの心に深く響き渡った。それはアレクシアが感じた疑問であったからだ。

 

——命令に従えば希望がある

——逸脱さえしなければ生きていける

——だけど、それは生きていると言えるのか?

 

 その疑問が彼女の中で延々と続いていたのだ。

 

「……気絶させる」

 

 アレクシアはただ、それだけ言って引き金を引いた。電撃弾を喰らった少女が崩れ落ちていった。

 自分は正しい行いをしている。ヴァルグレアの教え通りの行動をしている彼女は最早正しいとは思え無くりつつあった。

 

 

 

 次に見つけた少女はアレクシアを見ると悟ったような、悲し気な微笑を浮かべて抵抗を諦めた。

 

「……わたしは、ここまでかな」

「……」

「みんなの時間を稼げたなら、それで十分だから」

 

 アレクシアは黙って近づき、彼女を拘束する。抵抗する事もなく、すんなりと応じる彼女を無心で拘束していくがふと、彼女が問いかけてきた。

 

「ひとつだけ、教えて」

「……何を?」

「あなたは……、今の自分に誇りをもっている? “正しい行いをしている”って胸を張れる?」

 

 それは……。

 

 ただの問いではなかった。まるで、心に突きつける刃のような言葉だった。

 

「……言える、はずだ。そうでないと、私は……」

 

 何のために彼女達を捕えてきたというのだ。その思いは口にすることはなかったが彼女はまるで聞こえていたように少しだけ驚きの表情を見せた。拘束が終わり、回収班に後は任せて次に向かおうとしたとき、彼女は言った。

 

「きっと、普通の学校だったなら、私達、友達になれたかもしれないね」

「……」

 

 その言葉に、アレクシアは何も返せなかった。

 

 

 

 アレクシアはエトラ―ジュ分校自治区の最東端、つまり他校との自治区の境目から走り去っていく少女の後姿を見送っていた。全ては彼女たちの作戦通りに進んでいた。たった一人を逃す為に時間稼ぎを行った大半の脱走者の犠牲の元、たった一人だけ、自治区から逃げる事に成功してしまったのだ。

 そして、そんな脱走者の少女にギリギリ追い付けなかったアレクシアは呆然と見送る事しか出来なかった。それと同時に、彼女たちの本気さに羨ましいとさえ感じていた。

 何時までそうしていたか、少女の姿が見えなくなったころに彼女の通信機が反応する。

 

『アレクシア高等処置官。直ちに帰還せよ。自治区外への逃亡者は自治区外で活動中の処置官に“処分”を一任することとなった。繰り返す。捕縛した“逸脱者”のみ連れて直ちに帰還せよ』

 

 それは統制AIからの命令だった。このヴァルグレア自治区において全ての人間を支配し、統制の名のもとに人間性を排除する冷酷なコンピューター。

 

「……」

『アレクシア高等処置官。命令に従うように』

「……了解です」

 

 無機質な機械音声による命令にアレクシアは何故機械に淡々と従っているのか、それすら分からなくなりながらも処置官としての任務を全うするべく逃げた少女に背を向けて帰還するのだった。

 

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