このキヴォトスにおいて最も無秩序でありながら秩序だった場所、ブラックマーケット。ヴァルグレアの処置官が流れ込んだことで一時期は大混乱に陥っていたここも今では彼女たちすら組み込んだ新たなビジネスが始まり、かつての活気を取り戻していた。
便利屋68の居場所を教える事で利益を得る者。便利屋68に依頼を出すふりをして処置官の元まで誘導する者。逆に便利屋68と組んで処置官を追い出しにかかる者。ブラックマーケットはヴァルグレア相手にもひかない逞しさで今日もたくさんの利益と暴力と貧富の差を生み出していた。
その中でも、比較的処置官が訪れる事が少ないことで平穏を保っている一角、そこにはトリニティ総合学園の“ある勢力”が私的に所持する隠れた拠点が存在した。トリニティの生徒なら利用するとは思えない陰湿且つ廃墟と間違えそうなその建物だが中身はきちんと整えられ、生活するにも困らない快適な空間となっていた。
その拠点の奥、防音材がふんだんに使われ、決して中の会話を外には漏れさせないその部屋で本来なら関わる事はないだろう二人の存在が対峙していた。
「……よく来たな。まさか本当に来てくれるとは思ってもいなかったぜ」
ハスキーボイス且つ荒い口調。男とさえ間違えそうなその言葉を吐いた少女、鏡原レオは、乱れ気味の金髪を無造作に後ろで束ね、袖を無遠慮にまくり上げていた。ソファに深々と座り込み、まるで威圧するようにソファの肩に手を置いた少女は目の前の男を見て不敵に笑っている。
それに対し、対面の男は微動だにしなかった。
「態々トリニティの生徒が我らに接触してきたのだ。統制AIヴァルグレアとしては相手の真意を探っておきたいと考えている。その故の来訪に過ぎない」
そう淡白に切り捨てる男、カシウス・レンクロフト。ヴァルグレア統括局に属する高等処置官にして急進派を率いるヴァルグレアの大幹部。穏健派に属し、統括局の局長を務めるリヒト・エーレンベルクよりも時には発言力を持つ男だ。
「よく喋るな、“処置官”さんよ。知ってるか? トリニティじゃ、あんたらは“冷血”って呼ばれてんだぜ? 人間の皮被った鉄くず、ってな」
「所詮は伝統を重んじるだけの腐敗が進む学校だ。そこに属する塵芥が何を言おうと問題は無い。ピーピー騒いでいるだけの間、我らは冷静に目的を達成するのだからな」
明らかなレオの挑発。それに対するカシウスは気にも留めずに淡々と言い放つ。口だけの奴が何と言おうと構わないと。そんな彼の言葉にレオはニヤリと口角を上げた。
「ハッ、気に入ったぜ。その鉄面皮。なるほど……これが噂に聞くヴァルグレアの“統制された秩序”ってやつか」
「むしろ我々としてはお前たちのように感情をあらわにし、不必要な行動をとる方が理解できない」
「そこは学校の違いだ。気にしないでくれて構わないさ」
レオは威圧するような座り方をただし、前のめりになる。
「……本題に入ろうぜ。あたしは、トリニティをひっくり返したい。そのために“力”が要る。お前ら、戦力は相当だって聞いてる。まさか、学園一つくらい潰せねえなんて言わねえよな?」
「戦力は潰すためにあるのではない。“逸脱者”を“処置”し、あるべき姿に戻す為にある」
「ま、言葉はどうでもいい。要は“潰せる”ってことだろ」
カシウスは、初めて微かに口角を上げた。
「……君の単純明快な帰結は、好ましい」
「……じゃあ、話は早えな。あたしら“レクス分派”は、ヴァルグレアに協力する。あたしの条件は一つ、“あたしがトリニティの頂点に立つ”こと。あんたらの目的が何だろうと、それさえ保証してくれりゃ、それ以外は譲ってやるよ」
その瞬間、カシウスの眼が僅かに光を帯びた。レクス分派。トリニティの三大分派に匹敵する勢力を持っているがティーパーティーが偶数になるわけにはいかない。そんなくだらない理由でティーパーティーに入れてもらえることはなく、今まで一般の生徒と同様の待遇を強いられてきた。故に彼女たちはトリニティでありながらトリニティを憎み、恨んでいる。
数ある派閥が部活に姿を変え、事実上の解散している中で部活として存続ではなく分派という確かな形で形成する彼女たちは現在のティーパーティーよりも明確な派閥を有しているだろう。
それ故に彼女たちは結束が強く、ティーパーティーと言えどおいそれと手を出すことは出来ない。ティーパーティーに反抗し、その座を虎視眈々と狙う目の上のたん瘤として認知されていた。
「鏡原レオ。君は、本当に面白い。その飽くなき野心は我らヴァルグレアと相いれる事はないが手を取る事は可能だろう」
「その堅苦しい言い回しはやめろって。良いって言ってるなら、それでいいんだよ」
「それが我らだ。それにこの話し合いは最初から結末が決まっていた。我らは鏡原レオの野心と目的を理解している。故にどのような提案をされるかも想定済みだ。そして事前に用意した想定にこの筋書きもあった」
「っち! こっちの事はお見通しってわけか。だが、それで手を組んでくれるなら問題ねぇな! んじゃ、これからよろしくな!」
「無論だ。どれだけの付き合いになるかは分からないが“我らは長く続く事を望んでいるよ”」
彼女が手を差し出す。鋭い爪。反逆者の手。それを、機械のような動作で握り返す、処置官の手。両者の手は硬く握りあい友好を示す。
そしてこの一手はティーパーティーで進められているある条約を潰しかねないものになった。
連邦生徒会長の主導で進められていたトリニティ総合学園とゲヘナ学園の不可侵条約、エデン条約。ゲヘナに存在したかつての生徒会長や対ヴァルグレアを見据えたこの条約はレクス分派の予想外の暗躍によりエデンとは名ばかりの更なる混沌の場所へと変貌していくのだった。