ブラックマーケット内のレクス分派の拠点。その防音室にてレクス分派の長である鏡原レオはカシウスが拠点から離れた報告を側近から受けて大きく息を吐いてソファに深々と座り込んだ。先程までの勝気な笑みは無くなり、安堵と歓喜で表情は崩れ去っていた。
「……はーっ! 見たか? あのヴァルグレアの処置官、カシウスとか言ったな。悪くねぇ面構えしてたじゃねえか!」
側近の一人にレオはそう言った。側近の目に映るレオは無事に交渉を纏めたことで歓喜に支配されているように見えていた。
それ故に側近たちは不安だった。本当にこれでいいのかと。
「……本当に、良かったんでしょうか。ヴァルグレアと……その、手を組んで。」
側近の一人がそう声を上げる。慎重な性格をしている事で知られるその少女の言葉にレオは気分を害されたように眉を顰めた。
「言い方は悪いですが、ヴァルグレアは……その、思想的にも体制的にも、トリニティとはまったく異質な学園です。協力関係を築くには、あまりに……」
「はああぁぁぁっ!?!?!?!?」
レオがソファから跳ね上がるように立ち上がり、懐に仕舞っていた黄金のリボルバーを取り出して向けた。大口径のマグナム弾が装填されたそれを見て側近は顔を青くした。
「お前ら、あたしがどれだけの覚悟で今日の場を設けたかわかってんのか!? 三大分派に入れねぇ“格下”の分派が、黙ってティーパーティーの下に甘んじるとでも思ってんのかよ!!」
声は怒鳴り声に変わり、防音材に吸収されていく。だが、至近距離でレオの怒りを受ける側近は涙目になり、体を震わせていた。
「サンクトゥスも、パテルも、フィリウスも、結局はたまたまその時にデケェ派閥だっただけだろ!? あたしらだってそうだったはずなのに結果は!? 偶数になるから入れなかった!? たったそれだけなのにふざけるなぁっ!!!!」
「ひっ!」
レオの怒りはレクス分派が長年抱いてきた気持ちそのものだった。くだらないとさえ言える理由で生徒会に加えられなかったレクス分派はその怒りをずっと抱き続けていた。他の分派が部活としてその系譜をわずかに残っていたり、ティーパーティーの三大分派に轡替えする中レクス分派の者達は何処にも轡替えせず、その命脈を保ち続け、その野望が叶う直前まで来ていたのだ。
「でも……もし裏切られたら? ヴァルグレアは、あまり良い噂を聞きません。一部では、楽園とか理想郷とか、不良がいない治安が良い場所って聞きますけどその信ぴょう性がないですし……」
「はっ。裏切る? するもんならしてみろってんだ! それに、向こうに裏切る理由なんてねぇだろ」
レオは手を広げ、獰猛な笑みを浮かべた。
「あたしらはもう、ただの“外様”じゃねぇ。ヴァルグレアっていう、三大分派ですら正面からは殴り合えねぇような怪物と手ぇ組んだんだ。今までのアタシらじゃねぇ! それに、だ。エデン条約っつー、対ヴァルグレア同盟とも言うべき条約を結ぶこのタイミングで手を組むんだ。現状のトリニティを裏切っていると言っても過言じゃねぇんだ。だから、ここまで来た以上最後までやるしかねぇんだよ!」
声を荒げながら、レオは机を拳で叩く。木製の机はたたきつけられた拳を中心に罅が入り、砕け散った。
「ティーパーティー? あんなもん、次の代で“レクス”が取ってやるよ。見てろ、あたしがトップ取ってやる。レクスの名でな!」
レオの言葉に側近たちは顔を見合わせた。前々からレオは独善的な性格をしており、そのせいで内外に敵が多くいた。それでもレクス分派の長をする事が出来るのはそれを補って余りあるカリスマ性があったからだ。
しかし、それでもなおヴァルグレアという強大な相手との同盟はレオを狂わせるには十分すぎたようだ。レオは狂気を宿しているとも言えそうな目をしている。
「さあ! ヴァルグレアばっかりに任せるつもりはねぇ! あたしたちも準備するぞ!」
「は、はい!」
レオはそう言って部屋を飛び出していった。側近たちは慌ててその後を追いかけるが心の中ではこの同盟や自分たちの未来への不安からレオへの不信感を少しずつ積もらせていくのだった。
レクス分派の拠点を出たカシウスは迎えの車に乗り込むと懐からスマホ型の通信端末を取り出した。それはネット上にはつながっておらず、ヴァルグレア独自の電脳空間に入るための専用端末だった。
そして、その電子空間を支配する主こそカシウス含めたヴァルグレアを統治する存在、統制AIヴァルグレアであった。起動した端末はいくつもの数字が画面を凄い速さで駆け抜けていき、やがて黒い画面で止まった。電源が落ちたわけではなく、“通信相手とつながった”事を意味していた。
「交渉は、完了しました。」
彼の声は冷静かつ端的だった。あの場での狂気じみた圧は見る影もない。だが、相手を考えればそれが当たり前と言えるだろう。
カシウスの言葉に端末が静かに反応する。黒い画面にパソコンで文字が撃ち込まれるように文字が浮かんでくる。
《確認。鏡原レオの反応は?》
「はい。彼女は我々を完全に味方だと信じています。側近たちも、多少の不安はあるようですが……」
そこでカシウスはわずかに笑う。くぐもったような、乾いた笑いだった。
「問題はありません。レオも、その側近たちも、今や自分たちが“選ばれた”と信じ込んでいる。三大分派への劣等感が、ちょうどよく我々への信仰にすり替わったようです。例え我らへの不安があれどエデン条約を控えたこの状況で同盟を結んだのです。引き返すことは出来ないでしょう」
《理解した。引き続きカシウス・レンクロフトはレクス分派との交流を維持せよ。それと並行し、レクス分派の側近をヴァルグレアに招待せよ。可能か?》
カシウスは表示された命令を見て、再び唇をわずかに吊り上げる。
「簡単です。彼女たちには我らとの同盟における詳細を詰める為、とでもいえば簡単です。それに、こちらを不快にさせるような行いを向こうがするはずがありませんよ。まぁ、実力行使で連れてくる場合もブラックマーケット内でなら可能でしょう」
《ならば即座に実行せよ。エデン条約締結前には側近の大半を“処置”しておく必要がある》
「了解しました。全てこのカシウス・レンクロフトにお任せください」
カシウス・レンクロフトのその対応に通信相手である統制AIヴァルグレアは満足したのかそれ以上を語る事はなく、端末の画面はすっと消え、再び闇へと還った。統制AIヴァルグレアの意志は沈黙し、命令だけがカシウスに残された。
カシウスは端末を再び懐に戻し、沈黙した。ヴァルグレアに戻るべく車はブラックマーケット内を進む。カシウスは車窓から見えるブラックマーケットを不快そうにしながら眺める。ゲヘナ学園とお同様に“統制されない無秩序”な世界を目にし、いずれはここもと考えレクス分派の取り込みのための策を練っていくのだった。
所詮はレクス分派もヴァルグレアにとっては信頼、信用する同盟相手にはなりえない。何故ならば、彼女たちもまた、“統制された秩序”には程遠い存在なのだから。