※閲覧注意。キャラの死亡描写があります
砂漠に飲み込まれるのも時間の問題と言われているアビドス自治区だがこの日に限っては空には砂ではなく、煙と灰が舞っていた。
アビドス自治区において最も活気のある大通り、そこはまさに戦場とでも呼ぶ程の悲惨な光景となっていた。道路は砕け散り、店は破壊され、街の活気を見せていた看板は崩れ落ち、人々の交通の道具であった車は廃車が確定する程ボロボロになっていた。ここが1時間前には活気ある大通りだったと言われても信じる者はいないだろう。
そんな戦場とも見まがう大通りの中心部には3つの勢力がいた。
一つはこの自治区の学校の生徒達、アビドス高等学校の廃校対策委員会の4人、シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネと彼女たちの救援を受けて駆けつけ、ともに問題解決にあたっている先生たち。
二つ目は数日前に対策委員会の面々と戦闘したなんちゃってアウトローの便利屋68の4人、アル、カヨコ、ムツキ、ハルカ。
そして最後が、この状況を作り出した張本人であるゲヘナ学園の風紀委員会達である。銀鏡イオリと火宮チナツを筆頭に大軍とも呼ぶべき数でこの場に破壊をもたらしていた。
『……そういうわけですので、先生にはエデン条約締結時まで我々ゲヘナ風紀委員会の方で保護したいのですよ』
ゲヘナ風紀委員会の突然の侵攻。戦争と取られてもおかしくはないこの行動は行政官である天雨アコの独断によるものだった。風紀委員長である空埼ヒナはこのことを知らず、故に知られる前に事を終わらせたいと考えていたのだ。
「“……悪いけど、それは出来ないよ”」
『残念ですが先生に拒否権は有りませんよ? エデン条約はゲヘナにとってもトリニティにとっても重要不可欠なものです。それを失敗させてしまう要因は少しでも減らしておきたいのですよ』
通信映像越しにそう話すアコの目は本気であった。本来ならば彼女はここまで積極性を見せる事はなかったが“この世界”では違う。ゲヘナにとっては対極に位置していると言っても過言ではないヴァルグレア統制学院が存在する。
正直に言ってゲヘナ学園上層部はヴァルグレア統制学院をかなり警戒していた。ただでさえ便利屋68のせいでヴァルグレアの処置官がゲヘナで暴れていた時期もある上にその戦力は未知数である為にゲヘナとしてはヴァルグレアと事を起こす際に
少しでも戦力をかき集めておきたかった。
その点、うまく締結することが出来ればトリニティ総合学園という強力な戦力が手に入ると考えれば躍起になるのも仕方のないことだった。
「“……私は、今はアビドスの皆の先生だからね。君の保護を受け入れる事は出来ないよ”」
『……そうですか。ではこちらは強引にでも保護させてもらいましょう。総員! 構え!』
アコの言葉に風紀委員会も武器を構え、銃口を先生およびアビドス廃校対策委員会に向ける。アコの命令次第で彼女たちは一斉に発砲が行われるだろう。風紀委員の数は最低でも100人は超えているだろう。しかし、対する先生とアビドス廃校対策委員会は僅か5人。加えて、アビドス最大戦力である小鳥遊ホシノはこの場にはいない。アヤネがいくらモモトークで呼びかけても返信は無い状態で救援に駆け付けてくれる可能性はとても低い状態にあった。
「……」
しかし、そんな状況でこの戦場を冷静に眺める者達がいた。それはアル率いる便利屋68だ。とある人物からアビドス高校を占拠する依頼を受けた彼女たちは一度失敗して以降機会をうかがってアビドス周辺に滞在していた。その結果として風紀委員会に先生捕縛のついでと言わんばかりに攻撃を受けたのだ。
「どうする社長? あの娘たちに協力する?」
「えぇ、そうね。この状況を乗り切るには彼女達の力を借りる方が確実ね」
「なら軽く仕込みをしてこよっか?」
「あ、アル様の為ならいつでも行けます……!」
車の陰に隠れ、風紀委員会の視界から逃れた4人はアビドスに協力するつもりで準備をしようと動こうとしていた。ゲヘナ最強と言われる風紀委員長の空埼ヒナの姿は今の所見られないがいつ出てきてもおかしくはない。そのためにも戦力が大いに越したことはないと早速動こうとしたときだった。
「っ!? 待って!」
「カヨコ?」
最初に気づいたのはカヨコだった。特殊な経歴を持つ故なのか、彼女はもの凄い形相をすると飛び出そうとしていた3人を止めた。それはアル達でさえ怖気づく程の圧が込められており、絶対に行かせないという気迫が感じられた。
「一体どうしたのよ」
「……奴等だ」
「奴等、ですか?」
「……カヨコちゃん。まさか……」
ぼそりと呟くカヨコに困惑するアルとハルカだがムツキはその様子に理解したようで険しい表情になっていた。
「社長。奴等だよ。私たちがゲヘナを出る直接の原因となった……」
そこまで言った時だった。丁度アビドス側と風紀委員会の中間地点、両者の銃弾が飛び交うだろうそこに裏路地から誰かが飛び出してきたのだ。
「はぁっ! ……はぁっ! ……ぐっ!」
ボロボロの、服というよりも布切れに近い程服としての機能をほぼ維持していないそれを身にまとい、体中を怪我で覆いつくしたその少女はこの緊迫した場面に気づかないのか必死に“何か”っから逃げようと必死になっていた。
……そして。
ズガアアァァァァアアン!!!
「ぎっ!?」
発砲音とは思えない程の爆音。砲撃でも行われたかのような巨大な音を引き連れて少女の脚を銃弾が通過した。音さえ遅れて到来する程の速度で放たれた銃弾は少女の太もものちょうど真ん中を貫通。衝撃波と共に太ももを吹き飛ばすとその勢いのままに少女を前方に吹き飛ばした。血が両勢力の中心部を彩り、真っ赤に染め上げる。
「い、痛い……! 痛いよぉ……」
「……目標に命中。逃走の可能性、限りなく0に低下」
なまじヘイローを持つ少女たちが銃撃戦を繰り広げている事で忘れがちであるがキヴォトスでも殺傷は忌避されている。普通ならば痣が出来る程度しかダメージはないがそれも何度も、それこそ対物ライフルのような人に向けて撃つことを想定していないような物ならば話は別である。そんな彼女たちでさえ忌避する光景が目の前で行われていた。
『なっ!? 一体何を……!!!!』
突然の事に驚くアコだが裏路地から出てきた発砲した人物を見て絶句した。アコはその人物を知っているわけではない。だが、彼女が着る服によって“所属”は分かっていた。この半年で嫌という程目にしてきた最悪の組織。
『……まさか、ヴァルグレアの処置官がここにいるとは思いませんでしたよ』
「……ゲヘナの風紀委員会か。面倒な奴等だ。……! 了解。“逸脱者の処分”を優先する」
耳につけた通信機から命令を受け取ったらしきその少女、統制児2983はアコに気づくと一瞬顔をゆがめるがすぐに自身の目的を達成するために足を失った少女に近づいていく。
この場にいる誰もがその光景を忘れる事は出来ないだろう。2983が行おうとしている事。それが分からない程察しが良くない者はいない。あの先生でさえ根本的な理解はできなくとも良くない事が起ころうとしている事だけは察し、硬直する体を必死に動かした。
「“何を、するつもりだい?”」
「……? 誰だ? ……見たことがない顔だが、邪魔をするなら容赦はしない」
先生はゆっくりとまるで何かに操られるように2983に近づくが彼女と視線が合うとその歩みも止まってしまう。
その少女が浮かべる表情はなかった。どこまでも“無”が広がり、“個性”も“性格”も、ましてや“感情”すら感じさせないその表情に先生は絶句してしまった。
目の前の少女は生徒だ。だが、自分が守るべき生徒とは根本から違う。それを理解させるだけの衝撃が2983にはあった。
「……、成程。連邦生徒会が用意した新たな“抑止力”ですか。ですが私の優先度は“命令”が上です。“逸脱者”の“処分”を継続します」
「ひっ!」
通信機にぼそぼそと何かが聞こえ、そこで漸く2983は先生の続柄を認識した。しかし、それでもなお彼女を止めるには至らなかった。動けなくなった先生を無視し、ゆっくりとs脱走者の少女の元に近づくと構えていた対戦車ライフルを額に当てる。弱り切り、死にかけの少女にこれを耐えるだけの力は残されていない。このまま撃たれれば“死”が確実に訪れるだろう。
「や、やめて……! 殺さないで……!」
「自治区を出た時点で起きるこの未来は確定していた。“統制された秩序”に貴方は白化個体としても必要は無くなったのですよ。来世があればこのことを糧に秩序の為に生きる事をお勧めします」
「まっ!」
再び、彼女のライフルが火を噴いた。……少女の額の目の前で。音速を軽く超え、象すら殺すその暴力が少女に降りかかった。
ヘイローで守られていた肉体は何の抵抗もなく銃弾を受け入れ、はじけ飛ぶ。脳は完全に破壊され、頭蓋骨はバラバラに砕け散る。血は周囲にまき散らされ、近くにいた2983や先生を生暖かい液体が包み込んだ。
そして、その衝撃的な光景に少しの硬直ののち、周囲を阿鼻叫喚の絶叫が包み込んだ。
「あ、あいつ本当にころ……!」
「う、うえぇぇぇっ!!」
「あ、ああ……!」
「落ち着け! 一旦離れろ!」
「大丈夫ですか!」
風紀委員会のメンバーたちはあまりの惨状に絶叫し、吐しゃ物をまき散らし、その場に蹲る者であふれ始めた。イオリとチナツが中心となって落ち着かせようとしているが効果は薄い。更に通信越しとは言え最前列でその光景を見たアコも絶句し、2983を睨んでいた。
『……やはり、貴方達のような頭の可笑しい者達は理解できませんね』
「処分完了。……お前らには言われたくはない言葉だな」
吐き捨てるようなアコの言葉に2983はそれだけ返し、頭部が吹き飛んで消えた逃亡者の遺体を掴み、引きずり始めた。行き先は出てきた路地の方。赤い線が先生たちと風紀委員会を分断するように引かれていく。
「“……なんで……!”」
「?」
その時、口を押えていた先生が体を震わせながら言葉を出す。介抱しに近寄ってくる対策委員会を見ずに先生は厳しい表情で問いかける。
「“……なんで殺したんだ! 何も殺す必要なんて……!”」
「……? 何故そこまで感情をあらわにしているのか不明ですがこれは命令ですので」
先生の感情の高ぶりを理解できないのか2983は首を軽くかしげながらさも当然のように言いのけて見せた。それは先生を更に驚愕させるには十分だった。キヴォトスの人々も発砲する事に躊躇は無いがそれでも人を殺す事への忌避感はきちんと持っていた。だが、目の前の少女はどうだろうか? そんな感情などないように、さも当たり前のように殺していく。
そんなものが同じ人なのか? 自分よりも若い少女なのか? 先生はここに来て漸くみんながヴァルグレアとの関りを持つことに拒否感を持っている理由が分かった気がした。
「……そういうわけですので私はこの逸脱者の処分を行うのでここで撤収させてもらいます。……便利屋68についてはまた後日」
最後に言った言葉。それは彼女も便利屋68がこの場にいる事を知っている事に他ならなかったが命令を優先しているのか交戦の意思はなかった。そして2983はなんともないように遺体を引きずって路地へと入っていく。後に残されたのは混沌とした殺人現場だけだった。
結果だけを言えばこの後両勢力は戦う事も無く、空埼ヒナの登場もあって風紀委員会は撤収していった。尤も、どちらもあの様子を見た後に銃を発砲する気分になれるはずもなく、自然とそうなっていただろう。
今回の事は風紀委員会も先生も、対策委員会も心に傷を負う結果となった。風紀委員会ではあの時の光景がトラウマとなり、銃を発砲する事も出来なくなる生徒が続出し、風紀委員会を去る者達が続出する結果となり、風紀委員会の負担が更に上がる事となった。対策委員会は初めて見るヴァルグレアという存在に触れ、それが何なのかを考えるようになった。
そして、先生はキヴォトスに来て初めての挫折を感じていた。キヴォトスの生徒は皆助けたい。その思いは最早達成することは困難と言えよう。先生は最早2983のようなヴァルグレアの生徒を警戒しないで接することは不可能だろう。
だが、それと同時に思うのはヴァルグレアが何故あんな風になってしまったのか、だ。結局先生は先生であり、生徒を一番に考える事は変わっていないのだ。例え相手がヴァルグレアだったとしても。
故に、先生の心の中でとある決意が出来つつあったがそれが実行に移されるのはまだまだ先の話であった。