硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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前回の話の補足話です。


Code35.5.

 ゲヘナ学園の風紀委員会がアビドス自治区に侵攻してきて一夜が明けた現在でも、先生はあの時に発生した悲劇を鮮明に覚えていた。というよりもあの時の光景を直ぐに忘れる事は出来ないだろう。

 それはキヴォトスにおいても、外の世界においても禁忌とされる行為。実際に目にする事は普通に生きていればまず見ないだろうそれを思い出すたびに先生は胃から登ってくる吐き気を堪えながらトイレへと駆け込んだ。昨日から既に何度目ともしれない行為に吐き出せるものは無くなり、血すら吐きそうな勢いで便器の中に放り込んでいく。

 

 昨日、先生は一人の少女が殺される所を目撃した。それも本来であれば守るべき生徒が、である。下手人はヴァルグレア統制学院の生徒。人間とは思えない程に感情が無い彼女の瞳にはさすがの先生も恐怖を覚えたほどだ。

 

 風紀委員会もその光景を見て吐く生徒が出てくるほどに悲惨な光景であった。必死に助けを求めていたというのに何も出来ないと自分にすら怒りを感じてくるほどだ。

 しかし、それ以上に怒りを覚えるのはヴァルグレア統制学院についてだった。キヴォトスにやってきた際に七神リンから、アビドスを訪れた際に小鳥遊ホシノから話を聞き、理解していたつもりだった。だが、それがただただ理解していたつもりになっていただけで、何も理解していなかった事を様々と教えられたのだ。

 ヴァルグレア統制学院という異様とも言える学校。キヴォトス基準でもディストピアとさえ感じさせる程にあそこは異常であったのだ。

 

「“はぁ……、はぁ……”」

 

 何度繰り返しただろうか。先生は漸く落ち着きを取り戻し、トイレの床に力なく座り込んだ。額にはびっしょりと脂汗を流し、体中は震えていた。顔面は真っ青を通り越して真っ白であり、まるで死人の如き様相をしていた。

 

「“……行かない、と……”」

 

 深呼吸を繰り返して心を無理やり落ち着かせた先生は心配するアロナに大丈夫だと返事をするとアビドスに向かう為に着替えを行う為にシャーレの休憩室へと向かっていった。それでも、いつもよりも動きは鈍く、アビドスに到着したのはお昼間近になる頃だった。

 

「あ、先生。おはよ~」

「“ホシノ? おはよう”」

 

 いつもメンバーが集まる対策室へと足を踏み入れた先生を出迎えたのはいつも通りにぐでーという音が似合いそうな様子の小鳥遊ホシノだった。他のメンバーは誰一人としておらず、先生は思わず部屋の中を見回してしまった。

 

「みんなは今日は欠席だよ~。……流石にアレを見た後だししょうがないよね」

「“そう、だね……”」

 

 先生の心中を察したのだろう。ホシノは普段の様子を変えて真剣な表情でそういった。そして、その言葉に先生も同意した。自分でさえ朝はああなってしまったのだ。まだ子供である生徒達の衝撃は計り知れないだろう。

 

「まぁ、シロコちゃんとかは普通に来ようとしていたみたいだけど私が止めたんだよ。あんなことを目撃したんだし今日くらいは休んだ方が良いってね」

 

 まぁ、その後サイクリングに行くって返信が来たけどね、とホシノは苦笑する。しかし、直ぐに表情を戻し、真っすぐな視線で先生を見た。

 

「それで先生? ヴァルグレアの恐ろしさはこれで分かったでしょ?」

「“……そうだね。私は本当の意味では理解していなかったんだと思うよ”」

 

 ホシノの言葉に先生は誤魔化したりしないで素直に答える。今のホシノに対して嘘偽りを答える事はいけないと先生は感じていたからだ。故に先生は自分の中の思いを答えた。

 

「“でも、ここで理解できたからこそ私は先生としてやっていけると感じているよ。あの学校の事を知らないでこのまま進んでいれば、きっと私は立ち直れない程のショックを受けていたかもしれない”」

 

 実際、先生はそう感じていた。まだ赴任して日が短い今だからこそ知れて良かったと。あれほどの刺激をもっと後から見ていれば今のように先生として立っていられたとは思えないからだ。

 

「“私は、出来る事ならヴァルグレアの生徒達も救いたいと思っている”」

「……それは止めた方が良いと思うよ。中途半端に手を差し伸べれても、アイツらはその手を取るとは思えない」

「“そうだね。きっと関わるときは後戻りが出来ない程に関わる事になると思う。それこそ、私の全てを賭けないといけない程に。

だからこそ今は関わらない。関われないね。悲しいけど”」

 

 今の先生はやる事が山積みだ。それに加えて信用や信頼を構築しきれていない。そんな状態でヴァルグレアと関わってもいいことはない。先生はなんとなくだがそう感じていた。そして、それが間違いとは決して思えなかった。

 

「……そっか。凄いね、先生は」

「“先生だからね。生徒を導く大人としては当然だよ。むしろ、ヴァルグレアを放置してしまう今の自分が情けないよ”」

「そんなことないよ。私だったらきっと関わらない。目の前でヴァルグレアの生徒が助けを求めても私だったら放置する。視界にすら入れないでね」

 

 だからこそ必ず何とかすると考えている先生にホシノは笑みを浮かべた。そして、そのまま真剣な表情を崩していつもの調子に戻ると椅子に座りなおしてぐでーんとし始めた。

 

「そんなわけだからさ。先生も今日くらいは休んでみたら? 明日からまた先生にはアビドスの問題解決に奔走してもらうからさ」

「“……そうだね。それじゃお言葉に甘えて少しだけ休ませてもらおうかな”」

 

 先生はそう言って近くの椅子に座る。先生となって以来初めてとも言える何もしない休みの時間。それを先生は満喫し、心の中にくすぶる様々な感情に整理をつけていくのだった。

 

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