「いやはや。とんでもない相手が来たものですね」
「我々としてもあなた方の事は放置できないのでね」
ヴァルグレア統制学院内にて、リヒト・エーレンベルクは予想外とも言える来客の対応を行っていた。その来客は統制AIが“最も危険”と判断するくらいにはヴァルグレア統制学院にとって無視できない相手であると同時に関わりたいとは思えない相手であり、現在のヴァルグレア統制学院は臨戦態勢に入っていた。もし、目の前の人物が不審な行動を起こせば即座に“殺せる”ように準備が整えられた状態で対応が行われた。
その相手の名はゲマトリア。キヴォトスの裏より暗躍する組織であり、自らの探求、研究の為なら非道な行いも厭わない者達。そして、リヒトの前にいるのは現在はカイザーコーポレーションと手を組みアビドスで暗躍する黒服という人物だった。
「ゲマトリア、でしたね。得体のしれない者が我々に一体何の用でしょうか?」
「得体のしれないとは心外ですね。我々は神秘を探求する者達ですよ。まぁ、その過程で悪ととられかねない事をしてしまうだけで」
普通はそんなことはしないのですがね、とリヒトは心の中でつぶやくが決してそれを表に出すことはない。現状においてなぜ黒服がヴァルグレア統制学院を訪ねてきたのか分かっていないのだ。下手に横柄な態度を取って敵対することだけは避けたかった。
数日前にはミレニアムサイエンススクールによってハッキングを受けたばかりであり、学院内のサーバーがダウンしてしまっていたのだ。統制AIがネットとは繋がっていない独自のサーバー空間を形成している事でハッキングは受けていないが金融や一部インフラが誤作動を起こし、現在もその対応に追われている状態だった。
流石のヴァルグレアもそんな状態でどんな戦力を有し、どのようなつながりを持っているのか不明なゲマトリアと戦うのは不味いと理性が働いている。故に、穏健派のリヒトが対応していたのだ。これが急進派のカシウスが対応すれば開戦することは避けられないだろう。
「さて、お邪魔している身ですので単刀直入に言いましょう。私と手を組みませんか?」
「ほう? それは何故?」
「簡単な話ですよ。私はキヴォトス最大の神秘を宿した小鳥遊ホシノさんを手に入れる為にカイザーコーポレーションと手を組みましたが失敗しましてね。次の対応としてあなた方を選んだのですよ」
黒服の言葉にリヒトは最近発生したアビドス高等学校の生徒によるカイザーPMC基地襲撃事件を思い出した。詳細はカイザーコーポレーション側が秘匿している為に不明のままだったがそこに黒服や小鳥遊ホシノがかかわっているという事だろう。
「私としては先生と敵対したいとは思っていませんが小鳥遊ホシノさん程の神秘をみすみす見逃すのも惜しいと考えているのですよ」
「そのために我々を利用しようというわけですね?」
「利用しようとは心外ですね。私は“取引”を持ちかけているのですよ。貴方方はアビドスを、私は小鳥遊ホシノを手に入れる。双方にとって利のある話だと思いますが?」
「利益については分かりましたが貴方方と手を組む意味はあるのですか? ……我々は、その気になれば侵略すら行える者達ですので」
そう言葉を発するリヒトは少し悲し気な表情を見せた。自分たちの行動に迷いがある、そう思われてもおかしくはない表情だったがそれも一瞬だけであり、直ぐに何時もの温和だが、感情が見えない笑みを浮かべた。
「我々がアビドスを襲撃していない理由は単純です。カイザーコーポレーションとの取引が我々には魅力だっただけですよ。その気になれば彼らと事を構えながら侵略する事も可能でした」
実際、あの頃の連邦生徒会にヴァルグレアを止められる力はなかった。故に、実力はトップクラスだがたった一人しかいないアビドスと悪名高いカイザーコーポレーション両方を相手取り、叩き潰したところで問題は無かったのだ。
「では、こちらからは様々な情報を提供しましょう」
「情報、ですか」
「ええ。内容についてはこちらの方に」
そう言って黒服はタブレットを取り出して中身を見せた。画面には様々なジャンルの情報が乗っており、その中にはカイザーコーポレーションの機密情報まで記されていた。取引前という事で詳細は記されていなかったがこれらを得られることが出来れば確かな利益を得る事が出来るだろう。
「……わかりました。統制AIの判断次第ですがこれを見せれば応じる事は確実でしょう」
「それは良かった。私としてもカイザーコーポレーションの情報を渡す事にはリスクがありますのでね」
そこまでして手に入れたいのか、とリヒトは考えるがそれ以上は何も言わずに黒服を見た。
「ですが、手を組む場合、攻撃方法はこちらに一任してもらいます。カイザーや我々と協力するという事はそちらには武力行使できる兵がいないかいても少数という事でしょうから」
「ええ、確かにその通りですね。こちらとしては小鳥遊ホシノが無事に手に入るのであれば方法について問いませんよ。ただし、出来れば五体満足で捕獲して欲しいですね」
「そこはご安心ください。必ず達成させますので」
小鳥遊ホシノは確かに強大な力を有しているが完全無欠な存在ではないのだ。弱点も弱みもきちんと存在する“人間”なのだ。つけ入る隙はいくらでもある。ましてや一度失敗している相手だ。情報収集を欠かしたことはなかった。
「それと、シャーレの先生についてはこちらで抑えておきましょう。私としては彼に死んでほしくはありませんので」
「先生は確か卓越した指揮能力を有していましたね。彼が防衛に回らないというだけで攻略の難易度が大きく低下します。感謝しますよ」
そう言ってリヒトは手を差し出す。黒服もそれに応じ握手を行い、非公式ながらヴァルグレアとゲマトリアが手を組んだ瞬間となった。
後日、統制AIは黒服と手を組むことを正式に決定した。それを受けて準備が着々と進んでいたアビドス高等学校侵攻作戦が発令。総指揮官にカシウス・レンクロフト、前線指揮官をアマリア・エーレンベルク、副官にリディア・ヴァイスロートがつく事となった。
総数は1000を超え、ヴァルグレアが保有するあらゆる兵器が導入される事となった。占領地が分校として安定し、不穏分子があらかた排除された故の動員であり、アビドスを必ず手に入れるというヴァルグレアの強い意志を感じさせるものだった。
「さて、ヴァルグレアはセイル=アインが暴走した時とは違う大兵力だ。5人に増えたとはいえたったそれだけで悪名高いヴァルグレアを抑えられるのか」
何台もの輸送車に乗り込み、次々とアビドスに向かっていくヴァルグレアの兵士たちをビルの屋上から眺めているノルド=エンリはヴァルグレアらしからぬ、不敵な笑みを浮かべていた。
「アビドス高校、そしてシャーレの先生。貴方方がどのような選択をするのか、“観察”させてもらいますよ」
ノルド=エンリはそう言って“楽し気に”笑うのであった。