硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『我らの前に敵はない』


Code37.

「っ!!!!!」

 

 “それ”に気づけたのはやはりというべきか小鳥遊ホシノだった。日課となっているアビドス自治区の夜の見回りを終えて部屋で眠りにつこうとしていた時、“それ”に気づいたホシノは一瞬で飛び起きて窓を開けた。そこにはいつもと変わらない自治区の姿があった。朝日が昇り始めたばかりであり、静かな自治区だがホシノはいつもとは違う雰囲気に気づいていた。

 

「……ついに、ってわけ」

 

 思わず歯を食いしばる。窓枠に置いた手は痛いと感じるほどに握りこまれる。だが、今のホシノにとってそんな者は気にならなかった。

 

「2年ぶり……。いや、この規模なら初めてだね」

 

 ホシノは険しい表情のままスマホを手に取ると後輩である奥空アヤネに電話を掛ける。数コールのうちに眠そうな声が聞こえてきた。

 

『ホシノ先輩……? こんなじかんに一体……』

「アヤネちゃん。寝起きで悪いけど急いで学校に向かって。カイザー襲撃以上の緊急事態だよ」

『先輩? それってどういう……』

 

 未だ理解できていないアヤネにホシノは外を眺めながら言った。

 

「ヴァルグレアが本気で攻めて来たよ」

 

 

 

 

 

 ヴァルグレアの動きは迅速かつ唐突なものであった。他校はヴァルグレアを最大限に警戒していたというのに彼らの動きを全く把握できていなかったのだ。それもそのはずでヴァルグレアにとってこの程度の動きは見慣れたものであり、監視をしている者はこれを何時もの行動としかとらえられなかったのだ。もし、勘の鋭い生徒がいればいつもに比べて戦闘車両の多さや動きの違和感に気づけたかもしれないが生憎そういった生徒は存在しなかった。故に、アビドス侵攻部隊は誰にも気づかれる事なくアビドス自治区にまで侵入することが出来てしまったのだ。

 

「なんだあれ?」

「さぁ? またゲヘナの風紀委員会か?」

 

 アビドス自治区に住まう人々は突如として雪崩れ込むように現れた戦闘車両と輸送車両の列に不思議そうにしていた。キヴォトスではこういった風景はよく見る光景であることと、少し前に風紀委員会やカイザーPMCの襲撃を受けたことで彼らは事の重大性を理解できていなかったのである。

 

「現地に到着。現時刻を持って作戦を開始する」

「了解。電波妨害を開始します。ドローン部隊展開」

 

 カシウスの号令によりアビドス侵攻作戦は開始された。最初の段階として電波妨害を行い、相手のドローンや通信機器を使用不能にした。そこへ対電波妨害を施したドローン部隊が展開。自治区への空爆を開始した。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「に、逃げろ!!」

 

 市民はそこで漸く襲撃であると気づき逃げ出し始めたが手遅れだった。指名手配犯を捕えるために行った風紀委員会も立ち退きを強制するカイザーコーポレーションもしなかった“殺害を前提とした攻撃”が行われたのだから。

 

「歩兵部隊を展開します。現場指揮はアマリア・エーレンベルクに一任。直ちに行動を開始してください」

『了解した。これより自治区の早期制圧を開始する』

「ドローン部隊は先行して都市の爆撃と校舎の偵察を行ってください」

 

 後方の戦闘指揮車ではカシウス・レンクロフトが命令を下していた。彼の徹底した指揮は部隊が通った後に生命体を残さない程であり、アビドスの街はその洗礼を受けていく。ヴァルグレアの処置官たちは銃を発砲して市民を次々と撃ち殺していく。一人につき10を超える弾丸が放たれ、血の海が出来上がり、その上を悪魔の軍隊が進む。

 

「グレネードランチャー、発射」

 

 前線指揮官アマリア・エーレンベルクの命令によってグレネードランチャーが放たれ、人々を爆殺していく。車の後ろや建物の陰に隠れた者達に容赦なく放たれるそれらは逃げ出す市民以外を確実に殺していった。

 

「……」

 

 あまりにも悲惨な光景にアマリアの表情は“曇った”。ここまでの惨劇は彼女も初めてであり、自分がその指示を出している事に吐き気がこみ上げてくる。

 

-これは、本当に正しい行動なのだろうか?

 

 いつかの企業襲撃時から感じている疑問。それは日に日に大きくなってきており、アマリアも無視できない程内心で占める割合が多くなっていた。それはこうして指揮を執っている間にも膨れ上がっており、目の前の光景と合わさって体が震えてしまう。

 

-私ね、大きくなったら○○になりたいんだ!

-○○の人達みたいに私も……。

 

 ふと、知らない光景がアマリアの目に飛び込んできた。顔は黒塗りでつぶされており誰なのかは分からないが幼い少女は何かを言っている。それはアマリアの心を大きく締め付けるものであった。どこか懐かしい、忘れたくない尊いものに思えたが後ろから声をかけられたことでそれは霧散した。

 

「エーレンベルク指揮官」

「っ! どうした?」

「この地域の“掃討”が完了しました。まもなく偵察ドローンによるアビドス校舎爆撃も開始されます。次の地域に移動しましょう」

 

 声をかけてきた人物、リディア・ヴァイスロートの言葉にアマリアは無意識のうちに周りを見回した。そこには血だらけで倒れるアビドスの市民の姿があった。“掃討”が完了したという事は彼らは、そういう事なのだろう。

 

「……」

「指揮官? どうかしましたか?」

「……なんでもない。部隊に前進の命令を出せ」

「了解しました」

 

 アマリアはそう呟くとリディアに短く指示を出した。疑問は強く感じるが最早手遅れに近いのだ。この手は血で汚れきり、平穏な生活を送ることなど不可能だ。アマリアは内心でそう言い訳じみたことを考えながら部隊と共にアビドス校舎に向けて進軍するのだった。

 

 

 

 

 

 

「先輩! お待たせしました!」

「大丈夫だよ。まだ校舎は無事だから」

 

 奥空アヤネはホシノからの連絡を受けて慌てて自分たちが通う校舎にやってきていた。そこには既に他の生徒、小鳥遊ホシノを筆頭に砂狼シロコ、十六夜ノノミ、黒見セリカの姿があり、自分が最後になってしまったと反省した。だが、流石にこのような事態は完全な想定外だった。まさか、カイザーコーポレーション以外の襲撃を、それも大規模で受けるとは思っていなかったのだ。

 

「それじゃ改めて説明するね。さっき、自治区が襲撃を受けたよ。相手はヴァルグレア統制学院」

「ヴァルグレア……! それってあの?」

「うん。前に話したあの学校だよ」

 

 アヤネ達にはヴァルグレアがかつてアビドスをわがものにしようと交渉、襲撃を仕掛けてきたことをホシノは話していた。その時は小規模且つ一部の独断専行だったこともありホシノ一人で片付ける事が出来たが今度はそうはいかないだろう。

 

「多分だけど今度はあっちも本気だと思う。ヘルメット団やカイザーPMCの時よりも厳しい戦いになると思う。アヤネちゃん。先生とは連絡が取れた?」

「いえ、それが……」

 

 向かってくる途中で先生に連絡をしていたアヤネが少し話しづらそうに言った。

 

「先生とは連絡が取れませんでした。モモトークには既読がつかないですし電話をしても何故か電源が切られていると……」

「……それは最悪だね」

 

 ホシノの顔が歪む。いくら早朝とは言え先生と連絡が取れない、それも電源が入っていない状態など最悪の状況を想像してしまう。それに加えて、彼の卓越した指揮の恩恵を受けられないのは戦いが厳しいものになる事を意味している。

 

「仕方ない。皆、校舎の防衛準備をしようか。幸い、先生が持ってきてくれた物資で戦う事は出来るし……」

 

 そこまで話した時、ホシノは上空を見て表情を硬くした。だが、次の瞬間には近くにいたノノミとアヤネを突き飛ばした。

 

「伏せて!」

「っ! セリカ!」

「え? きゃぁっ!?」

 

 ホシノの言葉に即座に反応したのはシロコだった。シロコはホシノと向き合う形で立っていた為にホシノが何を見たのかは分からかなったが荒事にはホシノの次に慣れている彼女は即座に反応することが出来たのだ。そして、今だ状況を理解できていないセリカに抱き着くように地面に倒れこんだ。

 

 

 瞬間、彼女たちの回りを銃弾が通り過ぎる。更にいくつもの爆発が周囲に吹き荒れ、5人の体に衝撃を与えていく。それらは連続していくつも起こり、舞った砂が覆いかぶさってくる。

 1分近い衝撃が収まるとシロコは恐る恐る顔を上げて回りを確認する。周囲は爆発によるクレーターがいくつも出来ており、校庭に設置されたバリケードを吹き飛ばしていた。ヘルメット団対策で置いていたそれらは銃弾や手りゅう弾程度なら防げても先ほどの爆発の前では無力に終わったようだった。

 

「っ!」

 

 シロコはそれを行った犯人を見つけるべく視線を上空に向ければいくつものドローンや戦闘ヘリが上空をわがもの顔で飛行していた。カイザーPMCが使用していた物と似ているが細部に違いがあるそれによりどこの所属かは容易に想像できた。

 

「まさか、空爆までしてくるなんてね……。予想以上に相手は本気みたいだね……」

「ん。このままじゃ危険」

 

 バリケードの破壊を目的としていたのか幸いにも5人にケガはない。精々がホシノに突き飛ばされたノノミとアヤネがしりもちをついて尻を強打したくらいだろう。

 だが、今の空爆はそれ以上の衝撃を彼女たちに与えていた。例え校舎に立て籠もったととしても相手は校舎を空爆できるという事だ。それはつまりまともな籠城戦が難しいことを意味していた。彼女たちが持つドローンはアヤネの偵察ドローンとシロコが用いる対地攻撃用のドローンのみである。つまり、制空能力は皆無という事だ。ドローンや戦闘ヘリを撃ち落とすには彼女たちの銃火器で行うしかない。たった5人しかいないのにそれでは防衛すらままならないだろう。

 

「これは……、本当に不味いかもしれないね……」

 

 あまりにも絶望的且つ敗色濃厚な防衛戦を強いられることになるだろう未来が見えてしまい、ホシノは険しい表情でそう呟くのだった。

 

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