様々な学園が存在するこのキヴォトスにおいてトリニティ総合学園のようなマンモス校も存在すれば今にも廃校寸前の学校も存在する。そして、廃校寸前の高校と言えばと問われれば真っ先に上がる高校が存在する。
アビドス高等学校。かつてはトリニティ総合学園、ゲヘナ学園、ミレニアム・サイエンススクールの三大学校にも匹敵、あるいは凌駕する栄華を誇った学校であるが数十年前より発生した大規模な砂嵐により砂漠化が進んでしまっていた。そんな土地に好んで住みたい者はごく少数であり、一人、また一人と生徒はアビドスを去っており、今年には僅か2人にまで減少していた。そして、今のアビドスの生徒数は僅か1人。廃校していると言われてもおかしくはない状況だった。
そんなアビドスの最後の生徒である小鳥遊ホシノ。かつては情けない、先輩としては酷い有様の梔子ユメとともに存続をかけて紛争していたが、今や一人きりの学園を守っていた。
今日も代り映えのしない、一向に改善しない一日が過ぎるはずだったがその日、アビドスには予想外の来客があった。
「……初めまして、処置官セイル=アインです。本日は、ヴァルグレア統制学院からの“支援”の件でお伺いしました」
女性の声は静かだった。整った白銀の髪、整然とした制服、整いすぎた所作。処置官と名乗る彼女は、机の上に書類を静かに並べると、まるで命令ではないとでも言うように、ひとつひとつ丁寧に言葉を選んで話し始めた。顔には張り付けられたような笑顔が浮かんでいる。
「アビドスの現状は、キヴォトスの安全保障上、看過できない水準にあります。生徒数は僅か一人、生徒会を筆頭とするあらゆる行政機能の実質停止……。ですが、私たちは可能性を見出しています。“再教育”と“秩序ある管理”のもとで、アビドスは模範学園に変わることができる」
張り付けた笑みを浮かべるセイルの瞳の奥に確かな感情が宿る。本気でそうなると信じている狂信とも言える瞳だった。
ホシノはソファに背を預け、ぼんやりとその瞳を半開きにしたまま、面倒くさそうに口を動かす。
「……模範って、誰にとって?」
「当然、あなた自身にとっても、です。
精神的安定、倫理観の再構築、供給体制の整備、長年に渡る多額の負債。すべて、私たちが整えてみせます。……小鳥遊ホシノさん。あなたは今、ひとりですよね?」
部屋の空気がぴたりと止まる。ホシノは、何も答えなかった。が、その瞳は先ほどよりも険しい。
「このままでは、アビドスは消滅します。ですが、我々と共に歩むなら、第二の“秩序ある未来”が拓ける。
それは、故人である“梔子ユメ”の意思にも反しないはずです」
言葉の温度は低いのに、内容はあまりに鋭利だった。ホシノの手が、ソファの肘掛けをわずかに叩いた。小さな音だった。
「……あんた、“支援”って言ってるけど、要するに支配でしょ?」
セイルの眉がぴくりと反応する。
「支配ではありません。“統制”です。
混沌に立ち向かうには、明確な秩序と正しい指針が必要なのです。
我々は、力による押しつけではなく、“必要とされる再構成”を行っているだけですよ」
その言葉にホシノはゆっくりと立ち上がると、薄く笑った。ホシノとセイル、立った二人しかいない生徒会室の中に、凛とした声が響いた。
「そっか。じゃあ、その話は断らせてもらうよ。私は必要としてないんだ。たった一人でも、必要としてないんだよ」
ホシノからの明確な拒否の返答。その瞬間、セイルの表情から理性的な仮面が崩れた。
「……“必要ない”? 一人きりの貴方が、今のアビドスが一体何をできるというのですか!!」
「別に何もできないかもしれないけどさ。でもね、“誰かに何もさせないこと”くらいは、選べるんだよ。だから、帰ってよ。処置官さん」
言い切るホシノの目は、どこまでも静かだった。セイルは数秒、唇をわななかせていた。表情には感情というより“計画外”への混乱が滲んでいた。
「……なるほど。では、あなたは自ら“救済を拒絶した”と、記録しておきましょう」
最後の言葉は明確な“処置対象”の暗示だった。彼女は書類をまとめると、無言で立ち去る。扉が閉まったあと、ホシノはしばらく黙って窓の外を見ていた。
遠く、砂嵐が吹き抜けていく。かつて先輩と並んで立ったその廊下を、今は誰の姿もない。
そんな寂しく、悲しい廊下を見ながらも、彼女は決意高くつぶやく。
「……アビドスはね。誰にもくれてやらないよ」
セイル=アインがアビドスから帰還したのは、夕刻を過ぎたころだった。表情にはわずかな疲れ、しかしそれ以上に想定外を許容しきれなかった苛立ちが色濃く浮かんでいた。
「……彼女は拒絶した。再構成の意志は皆無。アビドスは統制不能と判断する」
アビドスでの交渉内容の報告書を統制AIヴァルグレアにデータで転送したセイルは、データ端末を机に置くと、肩を強く揺らした。そんな彼女の近くには同じ高等処置官であるノルド=エンリが静かに、だがどこか楽し気に彼女の様子を観察していた。
無言の数秒後、ノルドはメモ端末に数行を記録する。
---セイル=アイン:交渉能力に重大な感情的偏向の兆候。
---統制命令を“主観”により歪曲し始めた可能性あり。
---本人への通達は保留のまま、“記憶処置対象仮登録”として記録す。
彼はその手を止めることなく、静かに思う。
「(……滑稽ですね。貴方のような“純粋な秩序の代弁者”が、たった一人の生徒に拒絶された程度で、ここまで乱れるとは。まぁ、所詮は抑制された秩序には相応しくはない粗野な面があった人物です。今回の事が決めてではありますが日ごろの行いのせいでしょう)」
それは蔑みとも違った。ただの記録者としての冷淡な観察だった。セイルはそれに気づかず、なおも言葉を続ける。
「アビドスは無視できない。ホシノは暴力を選びかねない。秩序のためには……」
「……もう充分ですよ、セイル処置官殿」
ノルドは静かに遮った。その声には熱はなかった。ただ、“終わりを告げる力”がそこにあった。故にセイルも止まらざるを得なかった。
「貴方の言葉はすでに、秩序の定義から逸脱しています。この調子では処置官は務まりませんよ。ご安心ください。貴方の処遇は統制AIヴァルグレアが公平に、冷血に判断してくれますよ」
セイルは何か言いかけたが、ノルドの眼差しに射すくめられたまま、言葉を飲み込んだ。
「(これは、貴方自身が演説等で声高らかに叫んでいる“秩序”に、処理される瞬間ですよ)」
ノルドはそれを告げなかった。処置官の命運は、往々にして“その沈黙の中で決まるのだから”。
砂嵐の吹きすさぶアビドスの外縁部。夜の帳がゆっくりと降りていく中、黒い制服に身を包んだ影が五つ、六つ、七つ……静かに廃校舎の周囲を取り囲んでいた。
「命令を再確認する。“抵抗があれば拘束”、無力化の優先順位は“現学園関係者一名。……小鳥遊ホシノ”に限定します。
校舎の通信設備は制圧後、即座に撤去。書類は焼却で構いません。対象は説得困難と判断されています」
処置官セイル=アインの声は、かつてより明らかに焦燥と熱を孕んでいた。上層部からの正式な命令ではない。これはあくまで“彼女の指揮下にある見習い処置官たち”を使った私的な行動だった。
「(たった一人の反抗を、秩序が許していいはずがない……!)」
心のどこかで叫ぶように、セイルはそう思っていた。彼女の拒絶が、自分の「正しさ」に罅を入れた。その罅を埋めるように、秩序の実効支配をここに証明しなければならなかった。
「突入、開始」
セイルはそのためにアビドス高校の実力支配をするべく部下を一斉に突入させた。……だが。
それは、“始まっていた”のだ。
その刹那、廃墟の校舎に響いたのは、“重い銃声”だった。突入班の先頭が、一瞬で吹き飛び、一番後方のセイルを越えて後方に倒れこんだ。
「なっ!? 全員警戒……!」
がしゃん、とガラスが割れる。と、同時に校舎の屋根から身を躍らせる影がひとつ。
「……そっちから来ると思った。ほんと、予想通りだね」
砂を踏みしめて現れたのは、小鳥遊ホシノ。右手には、“近接特化の大型ショットガン”。左手には……“ユメの形見である重厚な盾”を装備していた。
その姿は昼間に出会った彼女とはまるで違った。無気力そうな、何処かだらけた雰囲気を見せていた姿はなく、静かに怒り狂う獣がそこにあった。
セイルは知らなかったことではあるが小鳥遊ホシノとは入学して以降、梔子ユメに代わり毎夜現れる不良達を一人で蹴散らし、ゲヘナ学園において警戒される程の猛者。たかが見習いを数人集めた戦力でどうにかなる相手ではないのだ。
セイルはそれを理解するべきであった。疑問に持つべきであった。たった一人しかいないアビドスはその割には治安が良いことを。人が少なく、不良のたまり場になり治安が崩壊していてもおかしくはない事を。
だが、疑問を持つ行為は皮肉にも彼らが信じる“統制された秩序”において生じる事を禁じられている行為だった。
“自由は混乱を、秩序は繁栄を産む。我らは秩序を作り者。その先兵である。全ての指示は統制AIヴァルグレアより下される”
そうして思考を停止した結果が今、広がっていた。
「どこからが“遊び”で、どこからが“仕掛け”だと思ってた?」
ホシノの声とともに、次の銃声が鳴る。遮蔽も、陣形も意味を成さない至近距離での猛攻。次々と撃ち抜かれ、気絶、気絶、気絶。
「か、かかれッ!制圧しろ、相手は一人でsッ!!??」
セイルの指示は、最後まで伝わる事はなかった。最後の一人となったセイルが最後にホシノによって打ち抜かれたためである。ヘイローにより保護され、銃弾では死ぬような怪我を負う事は稀だ。だが、たった今ホシノが放った銃弾はあり得ない程の激痛をセイルに与えていた。
そしてそれを最後に夜の静けさが戻っていた。残されたのは、彼女ただ1人。
アビドスが襲撃を受けた際に盾にする為に設置されたであろうロッカー等の物資が散らばる校舎の中、崩れた備品の上に転がるように座り込むセイル。
靴は片方脱げ、増援を呼ばれないように腕の通信端末は破壊されている。自らの武器である重機関銃は吹き飛ばされ、手元にはない。最早何も出来ない彼女に、ホシノがゆっくりと歩いて近づく。
「……ねえ、セイル=アイン処置官。
何が欲しかったの? わたし? アビドス?
それとも、“支配された学園”っていうお人形?」
「あ、あなたのような……野蛮な……存在は……」
彼女は苦しげに声を振り絞るが、その手も脚も、震えていた。威厳も論理も、彼女から失われていた。痛みが肉体の動きを支配し、ホシノという厄災に精神が摩耗する。
ホシノは盾を肩に戻すと、彼女の顔の前まで歩み寄る。
「二度と、アビドスに近づくな。
統制がどれだけ“正しさ”を並べても、わたしは、ここを“思い出のまま”にしておきたいんだよ」
その目には、哀しみと怒り、そして嫌悪が共に宿っていた。
「……消えて。今なら、命だけは取らない」
それが最後通牒だった。
セイルは這うように立ち上がり、言葉にならない呻きと共に、夜の闇へと崩れ落ちるように走り去っていった。それに続くようにボロボロのセイルの部下たちが続いていく。その姿に秩序の統制者としての威厳はなかった。ただただ現実に敗北したみじめな敗残兵がそこにあるだけだった。
彼女達の足跡は、風に削られ、すぐに見えなくなった。それはまさに彼女たちがアビドスに対して刻んだ痕跡などたかが知れていると知らしめるかのようであった。
ホシノはしばらくその場に佇んでいた。盾に触れながら、ひとつだけ、そっと呟いた。
「……ユメ先輩、まだ守れてるよね。アビドスを」
砂が舞い、星だけが、静かに空を照らしていた。
うちのチャットGPTこればかり調べたせいで大分浸食されてしまっていてブルアカ関係で必ず出るようになってしまった……