無事と言えばいいのか特に何事もなくアビドスの校舎に辿り着いたアマリア達地上部隊は校舎を包囲するように展開し、攻撃のタイミングを見計らっていた。
相手はたかだか5名、それも厄介な存在となりえると判断されている先生は不在。対する地上部隊の戦力は数百は超えており、続々と包囲に参加している。余程の奇跡が重ならなければ負けるはずがない状況だがキヴォトス人はヘイローを持ち、数発程度の銃弾が当たった程度では戦闘不能に追い込めるか否か程度の力しかなかった。
そして、間違いなく小鳥遊ホシノならその状況でも何の支障もなく経戦出来るだろう。万が一、後輩たちを見捨てて逃げる事に徹すればアマリア達では追う事は難しいだろう。
「ドローン部隊とタイミングを合わせて攻撃を開始します。幸い、敵はドローン部隊によって校舎の内部にくぎ付けになっています。ドローン部隊が健在の内はこちらの包囲を破って脱出することは難しいでしょう」
『了解した。小鳥遊ホシノ以外はどうなっても構わないが奴だけは必ず生きたまま捉えるように』
アマリア・エーレンベルクはカシウスにそう報告を行った。カシウスもアマリアの指揮に任せて自分は大まかな命令を下すのみにとどめていた。普通ならば手柄の為に多少のひと悶着はありそうだがそれは既に“赫灼戦役”での反省を生かして是正されている。そもそも、ヴァルグレアの統制を信じる彼らに個人の手柄など不必要なのだ。
「エーレンベルク指揮官。まもなく包囲が完成します」
「分かった。敵からの反撃はないか?」
「勿論です。とはいえ敵を発見しても発砲できないのは少し辛いものがありますが」
副官のリディア・ヴァイスロートの言葉にアマリアは苦笑した。アマリア以上に統制を信じている彼女は行動派であり、即座の鎮圧を得意としている。そんな彼女からすれば気長に包囲し、タイミングを合わせて攻撃するこの作戦は遅く見えるのだろう。
「相手は分校の反乱者達とは違う。あんな烏合の衆ではなく全員が精鋭の中の精鋭だ。たった5人で学校を守り抜いてきた実力は伊達ではないのだ」
「私も事前に情報は読んでいるので同意しますがゆえに相手が本気で抗えば攻撃前にこちらがやられるのではないですか?」
「その点に関してはドローン部隊が封じ込めをしてくれている。十数程度のドローンなら即座に撃ち落とされておしまいだが空を覆いつくすあの数ではそれも難しいからな」
実際、アビドス生徒達はゲヘナやトリニティからの援軍を受けていたとはいえ小鳥遊ホシノを欠いた状態でカイザーPMC基地でドローン部隊相手に完封している。黒服経由でその時の戦闘データを受け取ったヴァルグレアはカイザーと同じ轍を踏まない為に大量のドローンを急遽用意したのだ。
「加えて、アビドスを更に強固にする先生は黒服が抑えてくれている。電波妨害もフル稼働している現状では気づく事はまずないだろう。例え気づいたとしても今からでは間に合わない」
シャーレの先生は確かに卓越した指揮能力を持ち、烏合の衆でも即座に精鋭部隊にしてしまえる程に優秀な指揮官と言えるがそれもきちんと指揮を執れる状況になければ意味がない。先生が間に合ったとしても生徒達と先生の間にヴァルグレアがいる以上先生の力では突破は困難だ。
……そもそも、ヴァルグレアにとって先生への思い入れも無ければ必ず必要ともしない相手だ。戦場で見つければ真っ先に射殺する事が決定されている。その場合は連邦生徒会からの糾弾は免れないだろうが戦場の場では流れ弾が発生するのは当然であり、何の対策もせずに戦場に現れた先生が悪いと言い逃れをするつもりだった。
「故に今は包囲の完成を急がせろ。早ければ早いほど攻撃のタイミングも早くなるからな」
「了解しました」
とはいえ最大限の警戒をしているがアマリアもリディアも自軍の勝利を疑っていなかった。勝てると信じてこの作戦を取っているとはいえ不確定要素を排除した現状においてアビドスが何か手を打ったとしても返り討ちに出来る自信があったのだ。万全の準備を整えて全ての不確定要素を排除したうえで作戦通りに進んでいるヴァルグレアと奇襲を受ける形となった上にまともな迎撃も出来ない状況に追い込まれた結果、逃亡さえ不可能になったアビドス。この状況で負けるかもしれないと不安になる方が可笑しいだろう。
アマリアは警戒しつつ笑みを浮かべた。それが勝利を確信したがゆえのものであった。
それから少しして包囲は完成し、ヴァルグレアは何時でも攻撃できる準備が完全に整った。それを受けて、アマリアは全軍に攻撃開始の命令を下すのだった。
「いやはや、先生ともあろう人がこうも簡単に話に応じてくれるとは思いませんでしたよ」
「“私もこんなに早く連絡を取ってくるとは思っていなかったよ”」
話は少し遡り、黒服はヴァルグレアの要請通りに先生を封じ込める事に成功した。とはいってもシャーレの近くにある廃ビルに先生を呼び出しただけであるが。アビドスにて発生している事は電波妨害もあり、わかっていない状況の先生は警戒しつつもそれに応じたわけである。
「さて、今回呼んだ理由に関してですが先生はヴァルグレアについてご存じですかな?」
「“……よく知っているつもりだよ。皆が警戒する理由も理解しているつもりだ”」
黒服の言葉に先生の表情は一瞬で険しくなった。治安が終わっているキヴォトスにおいても最も危険という他ない者達。先生は統制児2983と出会って以来周囲の反対を押し切ってヴァルグレア統制学院について調べ始めたのだ。その結果として先生はヴァルグレアの危険性を嫌という程理解したのだ。
むしろ被害がこの程度で収まっている事が不思議とさえ感じるほどだった。それだけ、ヴァルグレアは先生の目から見ても危険だったのだ。
「ならば話は早いですね。先生は生徒を救うと仰っておりましたがヴァルグレアに属する者達もまた生徒。貴方は彼女たちも救えますかな?」
「“……”」
黒服の嫌味とさえ感じるその質問に先生は黙ってしまう。確かに、ヴァルグレアに属する彼女たちも生徒であり、先生として守るべき存在である。だが、それ以上に彼女たちが行っている事はその辺の不良以上の重罪である。庇う事は難しいだろう。
「“……無論。救うよ。彼女たちは今間違った道を歩んでいる。私は必ずそれを正すつもりでいるよ”」
「ほう? 先生にしては厳しい言葉ですね」
「“間違った道を歩んでいる生徒を指導するのも先生の役目だからね”」
だが、その程度で止まるようであれば最初からここには来ていない。キヴォトスは外の常識が通用しない無法地帯とも呼べる場所なのだ。多少は覚悟していたのだ。
「“話はそれだけかい? ならば帰らせてもらうよ。アビドスの皆が待っているからね”」
「くっくっくっ。やはり先生は素晴らしいですね。ますます敵対する相手ではない」
そう言うと黒服は指を鳴らす。瞬間、部屋に静かに響いたそれを合図に周囲の扉が開き、黒い軍服を着こんだ少女たちが一斉に現れて先生に銃口を突き付けたのである。数は10人。戦闘力が低い生徒でも負けてしまう人数だった。
「“っ!? 君たちは……!”」
「彼女たちはヴァルグレア統制学院は処置官として働く少女達ですよ。“協力”するにあたり少しばかり戦力を借りているのですよ」
「“協力? ……まさか!”」
「想像通りですよ。私はあきらめが悪いのでしてね」
先生は漸くここに来て最悪の状況になっている事を理解した。そしてアビドスが今まさに攻撃を受けているという事も。慌てて手元のタブレット、シッテムの箱を起動しようとするが目の前の銃口が更に至近距離で突き付けられたことでそれも断念せざるを得なかった。
「先生、あまり不用意な行動はおすすめしませんよ。彼女たちは処置官というヴァルグレアの闇を濃縮した組織に属しています。その辺の生徒以上に先生を特別視しておらず、その辺の不良よりも冷酷です。私が命じて殺さないように厳命していますが場合によってはそれも淡々と行えてしまえるような者達ですよ」
「“……”」
その言葉に先生は完全に身動きを封じられる形となった。キヴォトス人はヘイローを持っている為に普通の人間よりも頑丈であり、平気で銃撃戦を繰り広げるがその一方で倫理観は常人と変わりはない。怪我をさせれば狼狽えるし殺しには躊躇する。
だが、目の前の生徒達からはそう言った感情が全く感じられなかった。そして黒服の言う通りであれば先生はとても危険だろう。一応、シッテムの箱の力によるバリア機能を持っているがそれに過信する事は出来ない。電源が切れればバリアも使えなくなり、身を守る術は無くなるのだから。
「安心してください。先生が何もしなければ明日には解放することが出来るでしょう」
「“……アビドスを占領するのに1日もあれば十分だと?”」
「えぇ。ヴァルグレアならば可能でしょう。今回、彼らは本気で動いています。ゲヘナ風紀委員会やカイザーPMCなど比較にはなりませんよ」
「“っ!”」
黒服のその言葉に先生は顔をしかめた。こうして足止めを喰らっている間にもアビドスは危機に瀕しているというのに自分には打開策がないことに。自分の無力さに彼は体を震わせる事しか出来なかった。
……“普通”のキヴォトスであれば先生は成す術なくアビドスの終焉を見送る事しか出来なかっただろう。だが、この世界は違う。ヴァルグレアという異物が存在するこの世界では普通のキヴォトスではないのだ。無能だと見下されるだけの連邦生徒会ではないのだ。
故に、まだ先生には希望があったのだ。
「っ!」
瞬間、突如として窓ガラスを突き破り、何かが入って来た。それらは地面に落ちると同時に煙をまき散らし、全員の視界を奪い去った。突然の事態に混乱する中、この状況を作り上げた人物が窓より侵入し、ぽつりとつぶやいた。
「RABBIT1。これより制圧を開始します」
瞬間、部屋は戦場と化した。