「“な、なにが……!”」
「シャーレの先生だな?」
突然視界を奪われた形となった先生が驚いているといつの間に近くまで寄って来たのか青い制服を着た少女がいた。兎を模したと思われるヘルメットを着けた彼女に尋ねられた先生はこくりと頷くとそれを確認した少女は誰かと通信を行った。
「こちらRABBIT2。目標を確保した。派手にやってくれ!」
「了解です! RABBIT小隊の実力を見せます!」
瞬間、銃撃戦が開始された。先生はRABBIT2と名乗った少女によって体を伏せるように指示されながら近くの扉から部屋を出た。あまりにも唐突過ぎる流れに少女がビルの入り口に向かいながら説明をしてくれた。
「すまない。私はSRT特殊学園の空井サキだ。今回は連邦生徒会の命令を受けて先生救出の任務につく事となった」
「“救出? 一体……”」
「先生には悪いが“不測の事態”を想定して先生の私物に発信機と盗聴器を仕掛けてある。一部はとある生徒の独断だったらしいが連邦生徒会はこれを利用して先生の警護に利用することにしたらしい」
本来であれば既に解体されているはずのSRTだがヴァルグレアという目に見える脅威が存在する以上解体するような愚か者は流石に存在せず、手続き等の問題で時間がかかってしまったが一部の生徒を先生直属の護衛部隊として配属させる事が決まっていた。
そして、先生のシグナルがロストしたことを受けて連邦生徒会は直ちに動き、護衛部隊になるはずだった“2つの小隊”を最後に確認された位置に派遣したというわけだった。
「そういうわけで今後は私達“RABBIT小隊”と先輩の“FOX小隊”が先生護衛の任務に就く事となった。よろしく頼む」
「“そういう事ならよろしくね”」
流石の先生も護衛をつける事に対して大げさとは言えなかった。今まさに命の危機を感じていたところなのだ。余計なお世話とも言えなかったし今後の事を考えれば必要不可欠と言えるだろう。
「とにかく、今はこのビルから離れよう。室内にいたやつは他のメンバーに任せておけば大丈夫だ。私達はこういう状況の訓練も行っているからな」
「“ありがとう。あ! だけど少し力を貸して欲しい事があるんだ!”」
「ん? なんだ?」
先生は歩きながらサキにアビドスがヴァルグレア統制学院の襲撃を受けている可能性が高い事を伝えた。実際、タブレットを起動してみればモモトークにはアヤネからの救難要請がしきりに届いていた。少し前からその連絡が途絶えているが最悪な事になっていないことを今は祈る事しか出来なかった。
「“……そういうわけでどうか力を貸して欲しい”」
「了解した。私達は先生の護衛だからな。先生の願いは極力かなえたいと思っている。ただ、ヴァルグレアが相手なら“最悪の事態”も覚悟した方が良い」
「“……わかったよ”」
最悪の事態が何を意味するのか、それを理解できない先生ではない。一瞬とは言えその未来を予想した先生だがそうならないようにと覚悟を決めつつ他の護衛のメンバーとの合流を急ぐのだった。
「突入せよ! アビドス校舎を占領するのだ!」
アマリア・エーレンベルクの言葉に従い処置官たちが一斉に校庭に侵入を開始した。
アビドス校舎に到着した処置官部隊は迅速に包囲網を形成し、万全の準備を整えた。この時点でアビドス生徒に逃げ場は無くなっており、上空のドローンと合わせて身動きが取れなくなってしまっていた。
そんな状況でついに攻撃の命令が下り、処置官たちが一斉に校庭へと侵入を開始する。先制攻撃で校庭の障害物は破壊されており、罠の形跡もない。障害物がない広い校庭を通るのは危険ではあるが攻撃の為に身を乗り出せばたちまちドローン部隊が攻撃を仕掛ける事になっている。その中で何十人も一斉に攻撃する事など不可能だった。
「正面入り口に到着。……罠及び奇襲の気配なし」
「良し。行くぞ」
柱に背を合わせ、内部を素早く確認し、安全を確認すると一斉に突入する。ドローン部隊や戦闘ヘリの攻撃が行われ、ボロボロの校舎だが一階部分はそういった形跡もなくきれいなままだった。
それ故に攻撃を仕掛けてくるとすればこのタイミングだろうと処置官の一人が考えた時、それは実行された。
「ぎっ!?」
「先ずは一人」
ドカン! という衝撃が先頭を走っていた処置官の頭部を襲い、一瞬で意識を奪い取った。それと同時に体が吹き飛び、後方の処置官たちを巻き込んでいく。それを確認し小柄な少女、小鳥遊ホシノが天井裏から姿を見せ、躍り出た。昇降口というそれなりに戦いやすい空間でホシノは次の得物に武器を構えた。
そんなホシノの姿は処置官たちでさえ圧倒される雰囲気と圧を放っていた。重武装のボディアーマーを着込み、盾を持たずに攻撃に特化したその姿はこの校舎に侵入してきた者達を一人も逃さないという気迫が感じ取れた。普段気だるげな表情で怠けている少女の姿は無く、かつてアビドスを一人で守り切っていた少女を彷彿とさせる真剣なまなざしをしていた。
「っ!! う、撃て……!」
「二人目」
ハッとした一人が指示を出した瞬間、それが引き金と言わんばかりに頭部に銃弾がめり込んだ。白い閃光が彼女の視界を覆い、痛みさえ感じぬほどの激痛が彼女を襲う。だがそれも一瞬であり、彼女は最初の一人目と同様に一撃で戦闘不能となり、壁にたたきつけられた。
それを皮切りに両者の間で銃撃戦が開始される。処置官たちの統制が取れた動きに対してホシノはまるで獣の如く動き回り銃弾を回避しながら一人ずつ一撃で沈めていく。昇降口での戦いは外の処置官たちにも分かり、続々と増援が集まってくるがそれらはホシノの前では敵にさえなりえなかった。
「想定以上だ……!」
誰かがそう呟いた。目の前のあまりの惨状にその者は呆然と、あり得ない光景に脳が理解する事を拒否してしまっていた。
ヴァルグレアでは小鳥遊ホシノを最大の脅威と認識していた。彼女がいる限りアビドスを手中に収める事は不可能だと。故に万全の状態且つ圧倒的な戦力で小鳥遊ホシノを叩き潰そうとしたわけだが彼女の戦闘能力はヴァルグレアの想定をはるかに上回っていた。
それもそのはずだ。現状で小鳥遊ホシノはキヴォトスでもトップに位置する強者となっている。特に1対多であれば彼女に敵う存在は絶対にいないと断言できる程の実力者となっているがこれには理由がある。と言ってもヴァルグレアがいるからであるが。これがヴァルグレアの存在しない、平和な世の中であればここまで彼女が力をつける事はなかったはずだ。しかし、アビドスを狙い、明確な危険な存在とされるヴァルグレアがいる事で小鳥遊ホシノは自分を鍛え続けた。ヴァルグレアがやりそうな戦術を予想し、それを基に模擬戦を繰り返し、来る日、すなわち今日に備えていたのだ。
その鍛錬はヴァルグレアの予想をはるかに上回る戦闘能力をホシノに与えていた。加えて、人数が制限される狭い屋内での戦闘である。爆発物も使用しづらく、数の暴力を生かしきれないここはホシノに有利に働いていた。
「ぎゃっ!?」
「ごはっ!」
「まだ、まだ!」
ヴァルグレアがアビドス自治区を襲撃して凡そ半日。幾人もの市民の犠牲と校舎の半壊という損害を出しつつも未だアビドスは陥落していなかった。アビドスの結束とキヴォトス最強の実力は圧倒的な数と狂気でアビドスを圧倒するヴァルグレアの攻撃から守り切れていたのである。
そして、その抵抗は実を結ぶことになった。
「ヴァルグレア統制学院に告げます! 今すぐに攻撃を止めなさい!」
日が暮れる寸前、ホシノも荒い息を吐き、倒れる寸前まで来た頃にその声はアビドス中に響き渡った。アマリアがその方向を見ればそこにはS.C.H.A.L.Eの先生を筆頭とした大量の生徒達の姿があった。
それが示すのは、ヴァルグレアのアビドス侵攻が失敗に終わった事を意味していた。