硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『これは終わりではない。全ての始まりである』


Code42.

「シャーレの先生が……。くそっ! 想定外ばかりが起こる……!」

 

 カシウス・レンクロフトは戦闘指揮車の中で悪態をついた。アマリア・エーレンベルクより小鳥遊ホシノが想定以上の戦闘能力を有していると報告を受けた時から何もかもが狂い始めていた。場所が場所だけに小鳥遊ホシノのスタミナ切れを狙うしか方法がなく、時々けん制のように出てくる他のアビドス生たちの対応もしなければならず、ヴァルグレアの侵攻計画は完全に破綻してしまっていた。

 

「先生側の戦力は?」

「確認できるだけでヴァルキューレ警察学校を主体としつつSRT特殊学園、ゲヘナ学園、トリニティ総合学園の生徒の姿も確認しているそうです。総数で言えばこちらが上ですがこの状況では……」

 

 数の上ではまだ優位だが処置官たちはアビドス校舎を包囲するように展開している。一点に集中している援軍相手に数の有利は生かせない状況だった。

 

「……こうなっては仕方ない。全滅覚悟で敵と相打ちを……!」

 

-……ジジ……

 

「っ!」

 

 カシウスは何かに気づき胸元の通信機を取り出すと画面を確認した。ノイズが走るそこから発せられる文字列に目を通したカシウスは眉を顰め、苛立ちを現しながら命令を下した。

 

「……撤退する。アマリア・エーレンベルクは部隊を率いて殿を務めよ」

『了解しました』

「リディア・ヴァイスロートは撤退する部隊の指揮を行え」

『……了解です』

 

 前線指揮官であるアマリア・エーレンベルクが殿を任される理由。それが分からない者はこの場にはいない。カシウスは動き出す戦闘指揮車の中で自分の席に座ると憎悪のこもった視線をまだ見ぬシャーレの先生に向けた。

 

「……やはり、邪魔だな」

 

 カシウスのその言葉はエンジン音が響き渡る車内でかき消されて誰の耳にも届く事は無かったのだった。

 

 

 

 

 

「A小隊は我らと共に味方の撤退を援護する! B小隊は敵増援の足止めを実行せよ!」

 

 一方の現場では撤退に向けてアマリアが声を張り上げて指示を出していた。ヴァルキューレ警察学校を主体とする増援部隊はアビドス市街地を駆け抜け、既に近くまでたどり着いていた。速度を第一としたためか数は少ないが全員が装甲車と車両に搭乗してきている為に速度は速かった。

 

「小鳥遊ホシノはどうしますか?」

「……厳しいですが我々で抑えましょう。どちらにせよ彼女を止めないと撤退すらままならない。満身創痍とはいえこの状況で追撃を仕掛けない程愚かではないでしょうしね」

 

 ホシノによって戦闘不能にされた処置官の大多数は見捨てる形となるが仕方がないと校舎の方に視線を向けた時だった。アマリアに向かって走っていた処置官が吹き飛ぶように倒れこんだ。それと同時にホシノが校舎が飛び出してきて逃げる処置官たちの背中に銃弾を叩きこんでいく。

 ホシノは体中がボロボロであり、今にも倒れそうな程疲弊していたがその瞳にはまだまだ闘志が宿っていた。

 

「やはり、ですね。総員! 弾幕を張れ! 逃げる隙を作るんだ!」

 

 アマリアの命令に従い殿部隊の隊員たちが一斉にホシノに向かって発砲した。20人の一斉射撃だがホシノはそれを俊敏に回避する事で一発として当たらなかったがそのせいで足を止める事となった。

 アマリアはそれでいいと自身もアサルトライフルを構え、交戦に備えた。彼女たちの目的は殿であり、最後の最後までこの場に留まって味方の撤退を援護することだった。そして、撤退を完了後は“最後の一人になるまで敵を道連れにする”事で彼女たちの役目はまっとうされる。ヴァルグレアにおける殿部隊とは決死隊であるのだ。

 アマリア自身カシウスから命令された際に覚悟を決めている。この命令が侵攻作戦の失敗の責を負うものだと分かっていてもアマリアはそれを甘んじて受け入れていた。

 

「(とはいえたかが20人では大した時間稼ぎも出来ない、か)」

 

 アマリアの隣にいた処置官がホシノの弾丸を受けて倒れた。味方部隊はそれなりに離れたところまで撤退に成功しているが殿部隊はホシノを止め切れていなかった。現に、6名がホシノの弾丸で倒れている。このままいけば増援部隊の足止めさえ難しいだろう。

 

「総員さがれ! 私が相手をする!」

 

 カシウスの温情故か、ドローン部隊は撤退することなく健在であり、他のアビドス生の足止めをしてくれている。後はホシノだけだとアマリアは自らが前に出る事を決め、アサルトライフルを発砲しながら接近した。

 

「っ! お前が、指揮官か!」

「くっ!」

 

 他とは違ういでたちのアマリアを指揮官と断定したホシノは怒りの感情を浮かべて吶喊する。その動きは先ほどよりも素早く、アマリアではとらえきれない程の動きであったが時間を稼ぐべくホシノに対応する。

 吶喊してきたホシノは銃を向ける事さえ難しい、完全な肉弾戦の範囲にまでやってくるとそのまま四肢を用いた格闘戦を開始した。それらの攻撃の一つ一つを銃で防御するが幼い肉体から繰り出されるとは思えない程高い威力の攻撃の数々にあっという間にアサルトライフルは中心から曲がってしまった。

 

「っ! (強いとは聞いていたが格闘戦もここまでできるなんて……!)」

「(普通の処置官の動きじゃない。さっき命令を出していたしこいつを倒せれば……!)」

 

 ホシノは自らの銃でアマリアのアサルトライフルをひっかけるとそのまま上空に弾き飛ばした。代償として自らの銃も吹き飛ばされてしまったがそれに構う事なく胸元に取り付けていた拳銃を取り出してアマリアの顔面に向けて発砲する。

 

「くっ!」

 

 だが、それを間一髪のところで躱し、ホシノの右腕をはじくように押しのけると腰に差していたナイフを取り出してホシノへと突き付ける。ボディアーマーがない肩付近を狙った攻撃であったがホシノはそれを簡単に躱して見せアマリアの懐に入り込み、至近距離から銃弾を叩きこむ。

 

「っ!」

 

 キヴォトス人と言えど至近距離の弾丸は痛みを発生させる。そうなれば思考は痛みで中断され、動きも鈍ってしまう。アマリアであればそれが一瞬であり、即座に立て直しが可能だが小鳥遊ホシノの前では大きな隙となっていた。

 

「っ!!」

「ぐっ!?」

 

 小鳥遊ホシノは渾身の力を込めた蹴りを放つ。アマリアの頭部を狙って放ったそれは見事に命中し、アマリアの頭を大きく揺すった。あまりにも致命的な一撃のそれはアマリアの意識を刈り取るには十分すぎる威力があり、光を失った目を開いたまま彼女は地面に倒れこんだ。

 

「……っ!」

 

 それと同時にホシノの体も力を失ったように崩れるようにして地面に倒れこんだ。元々疲弊していたところにこの激戦である。ホシノの体は限界を迎えてしまっていたのだ。

 

「……だめ、か」

 

 幸か不幸か、アマリアの上に覆いかぶさるようにして倒れこんだホシノに処置官たちは襲い掛かってくることはなかった。彼女たちは指揮官を失ったがそれでも代理を立てたようで倒れたホシノを一瞥すると去っていったのだ。彼女たちの役目はあくまで殿であり、ホシノを倒すことでも連れていく事でもない。ホシノが動けない以上それ以上執着するつもりは無かったのだ。

 

「とりあえず、後は……、まか、せ……て……」

 

 遠くから聞こえてくる複数台の車両の音、先ほど聞こえてきた言葉、そしてヴァルグレアの撤退から危機は去ったと判断したホシノは安堵の笑みを浮かべながら意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 黒服の誘いに応じる形で始まったアビドス侵攻作戦は小鳥遊ホシノ含めたアビドス生徒の予想以上の抵抗と先生を筆頭とする増援部隊の到着により失敗に終わった。

 今回の一件で50名を超える処置官たちを捕え、前線指揮官であるアマリア・エーレンベルクを捕縛する事に成功した。しかし、それ以外の面々、総指揮官たるカシウス・レンクロフトや副指揮官のリディア・ヴァイスロート等取り逃した者達も多かった。更にアビドス市街地も可なりの被害が出ており、アビドスの過疎化は更に進んでいく事になるのだった。

 

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