コツ、コツ、と廃工場の床を靴底がリズムよく叩く。時折床が腐り落ちて地面が露出した箇所を踏み、土の感触が足から伝わってくる。
過疎化が進むアビドスの中でも今では誰も使っていない半ば砂に埋もれた団地跡。そこにひっそりと建てられた廃工場内を小鳥遊ホシノは歩く。隣では付き添いのシャーレの先生が並び、先導役としてヴァルキューレ警察学校の生徒が歩いている。
無事に怪我が治り晴れて退院したホシノは約束通りにヴァルグレア統制学院の処置官にしてアビドスへと侵攻をしてきた部隊を前線で率いていたアマリア・エーレンベルクとの面会へとやってきていたのだ。既に彼女以外の捕らえたヴァルグレアの生徒はヴァルキューレが矯正局へと連れて行っており、それから取り調べが行われるだろう。尤も、彼の学校の特性を考えれば得られる情報などたかが知れているだろう。
それだけに部隊長であるアマリアを逃すわけにはいかないとヴァルキューレは本気の警備を敷いていた。廃工場は簡易的なバリケードで移動経路を制限し、十数人体制で見張りを厳としていた。
本来であれば彼女らの上司である尾形カンナが指揮を執るはずだったが各地で起こる事件の対応に追われてそれもならず、先生の要請で救援に駆け付けた部隊で対応に当たっていた。
「うへぇ。先生。改めて言うけど無茶を聞いてくれてありがとうね」
「“ホシノのお願いだからね。いざという時は私が責任を取るから大丈夫だよ”」
生徒のお願いを無下には出来ないとアマリアの連行を遅らせ、ホシノが望んだ彼女との対話を実現させた先生に対してホシノは改めて感謝の言葉をつぶやいていた。
本来であればアマリアの身柄は他の生徒よりも優先度が高く、さっさと連行するべきだったが先生の必死の説得で何とかなっているのだ。ホシノとの面会が終わればヴァルキューレは直ぐにでも連行する用意が出来ており、廃工場の前には護送車とそれを警備する車両が列をなしている状態だった。
「ここです。拘束は厳重にしていますがもしもの事を考えて1対1での面会は出来ませんのでご了承ください」
「うへぇ、おじさんは構わないよ」
「“私も問題ないね”」
「ではどうぞ中に」
ヴァルキューレの生徒に促されるままに二人はアマリアが収監されている部屋へと入る。そこは廃工場の中でも設備が整った部屋だった。元は事務室か何かだったのだろう。壁際には急遽どかしただろう椅子や机が並んでおり、部屋の中央では四肢を椅子に拘束されたアマリアが座っており、四方の壁に警戒しているヴァルキューレの生徒が立っていた。
「2週間ぶりだね。エーレンベルク処置官さん」
「……」
ホシノはそんなアマリアに対して淡々と話し始めた。その雰囲気は先ほどまでの、後輩たちに見せる浮ついた雰囲気ではなく、鋭いナイフの如き剣呑な雰囲気であった。その変わりようは初めて見る先生も驚きを隠せないものだったが声をかけられたアマリアは声に反応して顔を上げただけだった。
「知っていると思うけど君の仲間たちは捕まるか逃げるかしてここにはもういないよ」
「……」
「どう? あれだけの大部隊を率いていながら無様に敗走し、あまつさえ自分はこうして捕まっている気分は?」
「……」
ホシノの煽るような言葉の数々に対してアマリアが反応を示すことはなかった。しかし、その瞳には隠し切れない怒りと、この状況に対する冷静な分析を行っている思考が見え隠れしていた。
腹芸は苦手みたいだね、とホシノは内心で思いつつも話を続ける。
「なんで負けたと思う? あれだけの戦力を用意していた所を見るとずっと準備はしていたんでしょ? 恐らくだけど最初に接触した時点では既に計画を練っていたんじゃないかな? なのに負けた。先生っていうイレギュラーがあったとはいえそちらも対応していたのにね」
「……」
「なんでだか分かる? お前達が間違っているからだよ。統制? 感情を無くす? そんなことをして本当に平和になると思っているの? AIに委ねる? 委ねた結果がこれなら失笑ものだね」
「……っ」
ぴくり、とアマリアは反応を示した。そして、そこからぽつりぽつりと話し始める。
「……失敗ではない。ヴァルグレアは正しいのだ。これを糧に次はもっとうまくいくだろう。計画の修正は既に済み、準備が完了次第アビドスはヴァルグレアのものになる」
「……来ないよ。そんな未来は。私達が必ず阻止するから」
「不可能だ。抗うな。委ねろ。ヴァルグレアに……」
「無様だね。委ねた結果がそれなら最後まで抗うよ」
ホシノの見下した冷たい声。普段は絶対に出さないような声色がきっかけだった。アマリアは目を見開き、声を張り上げた。
「小鳥遊ホシノ! 貴様に何が分かる! ヴァルグレアが正しいと信じ! ここまで来た我らを! それ以外の道を知らない我らを! 貴様ごときに馬鹿にされるいわれはない!」
ふー! ふー! と肩で息をしながらホシノを睨みつける。突然の豹変に見張り役の生徒は驚き銃口を構えている。拘束は厳重であり、椅子でさえ地面に固定されて動かすことは出来ない。アマリアは治療こそ受けたが未だ消耗しており、拘束を解く力は残されていない。
それでも、拘束を引きちぎり、ホシノにつかみかかると思わせるだけの覇気が今のアマリアにはあったのだ。そして、そんなアマリアを見てホシノは言った。
「……アマリア・エーレンベルク。気付いてる? ヴァルグレアでは感情も抑制されるんでしょ? なら、そんな風に声を張り上げる事はしてはいけないんじゃない?」
「それは……」
「戦っている時にも感じたけどさ。ヴァルグレアの人間とは思えない程に優しい性格をしているよね」
ホシノのその言葉にアマリアは今度は固まってしまった。優しい? 自分が? これまで多くの市民や生徒を処置官として処理してきた自分が?
「気づいていないみたいだけどさ、戦っている時も常に仲間の事を考えて行動していたよ。作戦も重要視していたけどそれよりも仲間を大切にしているように思えたんだ。だから話をしてみたくなったんだよ。
君って、ヴァルグレアが正しいと思っているの?」
「わ、たしは……」
ホシノの真っすぐなまなざしから向けられる疑問にアマリアは声が出なかった。理性では正しいのだと胸を張って言える。しかし、なぜかそれが出てこない。まるで、本能では否定しているかの如く。
「私は……」
目を見開き、体を震わせながらうつむき、それ以上の言葉が出ないアマリアを見て、ホシノがもう聞きたい事は無いと先生に言おうとした時だった。
連続した爆発音とそれによって発生した地響きが大きく部屋に響き渡った。