「調査結果はどうだ?」
「すごいの一言ですよ」
ヴァルグレア統制学院総合研究所にてカシウス・レンクロフトは研究者からシッテムの箱の解析結果を聞きに訪れていた。生活に必要なものから軍事に至るまで学院内の全ての研究を全て行うここはかなりの規模を誇っており、その中でも選りすぐりのエリートたちが解析を行っていた。
「正直に言って解析は出来ませんでした。というか電源を起動する事さえ不可能でしたよ」
「……それの何が凄いというのだ? ただのポンコツという訳ではないのか?」
「ええ、最初はバッテリー切れや本体の故障とも考えられましたが充電しようと電源を差し込んだらこちらがハッキングを受けてしまいましたのでそれは無いでしょう」
「なんだと?」
研究員の言葉にカシウスは驚愕する。ヴァルグレアで用いられているOSはすべて独立した端末であり、既存のネットとは繋がっていない。その為にハッキング等をするにはこちら側の端末を利用するしかない。そう言った強みでヴァルグレアはハッキングなどを対策していたのだ。
「被害は有りませんよ。ですが電源を落としてもハッキングを受けて一部のサーバーが破壊されました。幸い誰も使用していないゴミフォルダでしたので被害は有りませんがこちらをハッキング出来る能力からみても統制AIヴァルグレアに匹敵、あるいは凌駕する性能を持っているでしょう」
「……」
あまりにも桁外れな性能にカシウスは何も言えなくなった。それほどの強大な力を先生は意のままに操り、使用しているのだ。それがどれだけ恐ろしいのかをカシウスはよく理解していた。
「……破壊は?」
「物理的な破壊は可能でしょう。まぁ、それを行った事によるシャーレとの本格的な対立は避けられないでしょうから推奨はしませんが」
統制AIヴァルグレアもどういう訳か丁重に返却する事を推奨している以上実際に破壊するつもりはカシウスにもなかったがそれだけの性能があると知ってしまった以上その命令に逆らってでも破壊するべきかもしれないと思ってしまったのだ。
「……発信機等をつける事は?」
「内部を開けられない為外付けになるので目立つかと。解析だけしてそのまま返却するのがよろしいでしょう」
「……そうか」
研究員の言葉を聞き、カシウスはシッテムの箱を受け取る。電源は落ちた今の状態を見てもただのタブレットにしか見えない。だが、実際にはこの内部には自分たちのOSを無力化できるだけの性能がある。その危険性にカシウスは表情を険しくしつつも研究所を後にする。
そして、外で待機していた部下にシッテムの箱を押し付けた。
「対外諜報局経由でシャーレの先生に返却しておけ。間違っても局員の素性がバレないように気をつけろ」
「了解しました」
そう言って渡すカシウスの姿はまるで汚いものを他人に押し付けているかのように見えた。
アビドスの問題が一応の収束を見た事でシャーレへと戻って来た先生だがそんな彼は現在書類の束に圧殺されようとしていた。理由は単純であり、シャーレの業務を半ば犠牲にしてアビドスの問題に取り掛かっていた為にその間の分の業務がこうしてのしかかってきているのだ。
「“無理だ……。これ以上は死ぬ……!”」
「先生、口よりも手をうごかしてください」
「そうだぞ。私達も手を貸しているんだから先生は私達では裁可が難しいものを中心にやってくれ」
「くひひっ……」
「……」
嘆きの声を上げる先生の周囲では護衛役のRABBIT小隊の面々が手伝っていた。アビドスでともに帰還してからというもの護衛に選ばれたRABBIT小隊と先輩であるFOX小隊はシャーレの地下にある使われていない部屋を拠点に活動していた。普段は護衛としてシャーレの入り口や屋上から不審人物が近づかないように監視をしており、それは日毎の交代をしていた。今日はFOX小隊が外の監視任務に就き、RABBIT小隊は先生の近くで護衛しつつ書類整理の手伝いをしていた。
普段であればここに当番の生徒が参加するのだがシャーレは未だ始まったばかりで認知度は低い。週に3人が当番に来る週があればいい方だった。そのため、RABBIT小隊やFOX小隊の手伝いは先生にとってありがたいものだったのだ。
「“ごめんね……。溜まっている業務が片付けばここまで忙しくは無くなると思うから……”」
「とはいえ生徒に呼ばれるたびにこうなっては面倒だぞ? 連邦生徒会に何とかしてもらえないのか?」
「“リンちゃんたちも忙しいみたいで……。これでもかなり減らしてもらった方なんだけどね”」
連邦生徒会長の代理をこなしているリンは先生たちの何倍もの業務に追われているのだ。それを平気で処理していた連邦生徒会長の規格外っぷりがよくわかるというものだった。
「先生、ちょっといいかな?」
そんな時だった。入口の警護についているはずの天神山オトギが先生たちの前に姿を見せたのだ。手には小さめの段ボールを持っており、宅配を受け取ったらしかった。
「先生宛に荷物が届いたよ」
「“ありがとう、オトギ。中身は確認した?”」
「いや? 先生も見られたくない物もあるだろうなぁって思って見てはいないよ」
「“アハハ……。そう言う類の物じゃないと思うよ”」
オトギの言葉に苦笑しつつ先生は荷物を受け取り、中身を確認した。とはいえ先生は何かを注文した覚えがないのでなんだろうと思いつつも開けて固まった。中にはシッテムの箱が入っていたのだ。
「“これ!?”」
「え? これって先生のタブレットだよね? 一体なんで……」
「“オトギ! これを持ってきた人って誰!?”」
「え? 配達員だよ? まぁ、生徒っぽかったしアルバイトだと思うけど……」
よく分かっていない様子のオトギの言葉を聞きながら先生は取り出すと何化されていないかを確認して起動する。画面はなんともなく、数日ぶりのシッテムの箱のOS、アロナとの再会を果たす事が出来た。
「せんせー!」
「“アロナ! 無事だった!? 何かされていない?”」
「はい! むしろ何かしてきそうになったんでやり返してやりました!」
元気にそう答えるアロナに先生は安堵の息を吐きつつ無事にシッテムの箱が戻って来た事を素直に喜んだ。その後もアロナの話を聞き、ヴァルグレア側が何もしていないことを改めて確認して本当の意味で安心する事が出来た。
「せ、先生? 大丈夫?」
「“……ああ、大丈夫だよ。ごめんねオトギ、急に詰め寄ったりして”」
「いや、私は構わないけどさ……」
アロナとの会話を終えた先生はオトギに対してそう答えた。オトギも危険があるようなものではないのならと自らの任務に戻っていく。そこで漸く、RABBIT小隊が心配そうにこちらを見ている事に気づいた先生はとりつくように彼女たちへと話を始めつつ自らの業務へと戻るのだった。