「アビドス侵攻は失敗に終わった」
ヴァルグレア統制学院の今後の運営を決める重要な会議の場において、カシウス・レンクロフトはそう話を切り出していた。この場に高等処置官以上の処置官全てに様々な機関の長たちが勢ぞろいしており、全員がカシウスの言葉に耳を傾けていた。
「今回の侵攻は確実にアビドスを手に入れる事が目的だった。そのためにあらゆる準備を整えて挑んだわけだが結果的に失敗した」
カシウスは淡々とまるで当事者とは思えない程無感情に話を進めていく。
「手を組んだ黒服が先生を抑えきれなかったというのもあるがこちらが用意した戦力に対して小鳥遊ホシノを抑えるには不十分過ぎた。それが一番の問題と言える。そうだろう? エーレンベルク処置官」
「……その通りです」
カシウスに声をかけられたアマリア・エーレンベルクは立ち上がると状況を説明した。
「小鳥遊ホシノは突入した我らを相手に単騎で戦える実力を有していました。狭い通路に置いて彼女の武器も後押しした形となってしまったと思います。……結果、我々は先発隊を失いました」
「まぁ、数の上ではこちらが上であり、先生の到着さえ遅れていればいずれは制圧できただろうがな」
しかし、失敗は失敗であり、深く受け止めなければならない。アビドスの侵攻はヴァルグレアの勢力を大きく拡大させるチャンスであったが今後も同様の事が出来るわけではなかった。
「連邦生徒会及びシャーレ、そしてアビドスより今回の侵攻に対する抗議文が送られてきている。向こうは私やエーレンベルク処置官の身柄を要求してきているが聞く必要も無い。それは統制AIヴァルグレアも同意している事だ」
それはこの学院において最も優先される命令だった。AIに隷属を決めた時点で彼ら彼女らに拒否権はない。ヴァルグレアの命令あらば“その命を終わらせる”事だって喜んでやらねばならないのだから。
故に今回の件においてカシウス達を批判する者が現れる事はない。尤も、批判を行うような感情的な行為をする者はこの場にはいないのであるが。
「エーレンベルク処置官。後はこちらで話そう。
……アビドスはカイザーの借金があるために近いうちに潰れる事は確実だ。だがシャーレの先生がそれを座して待つとも思えない。大きくかかわった以上アビドスが安定するまで介入を続けるはずだ。そうなればこちらが手を出すことは難しくなる。
知っての通り先生は高い指揮能力を持ち、今だ全体がつかめていないシッテムの箱も保有している。そして、今だ立証はされていないが先生の指揮下で戦う者は本来よりも高い戦闘能力を発揮する事が確認されている。ヒッケルハイム処置官が持ち帰った情報だ」
アマリアを奪還する際、ナディア率いる特殊部隊はヴァルキューレの生徒達と交戦した。彼女たちは先生の指揮下で戦ったが彼女たちは明確に高い実力を発揮していたのだ。尤も、それでどうにかなる相手ではなかったためにあっけなくやられているが。
「これはこのキヴォトスにおける神秘とかかわりがあると思われているが不確定な情報故に名言するのは危険だ。とにかく、そんな先生が関わる以上アビドスの武力制圧は困難を極めるだろう。
よって、我らは以前より進めていたトリニティの傀儡化計画を本格的に実行する」
トリニティの名を聞き、一瞬だがざわめきが起こる。キヴォトスにおける三大校の一角と言われるトリニティに手を出すのだ。アビドス以上のメリットとデメリットが存在するだろう事は明白だった。
「知っての通り、連邦生徒会長失踪時に起こった不良生徒の乱入や各分校の残党に交じってサンクトヴァリエの連中が侵攻している。以後、彼の学校はこちらへの挑発的侵攻を繰り返している。そのサンクトヴァリエはトリニティの姉妹校とも呼ぶべき学校だ」
トリニティが誕生するきっかけとなった第一回公会議においてホストを務めてトリニティの結成を手助けして以来、両校は遠く離れていても友好的な関係を今日まで築いていた。
「トリニティはサンクトヴァリエに対して武器弾薬などの援助を行っている。奴らがこちらに対して強気なのもトリニティという巨大学園が後ろにいるせいだ。
故にその支援校を潰し、奴らの補給を断つ」
物資が枯渇すればこれまで通りの挑発は不可能になるだろう。そうなればヴァルグレアの前に彼女たちは屈するしかなくなるだろう。
「現在、トリニティにおいては“レクス分派”と接触し、彼女たちを援助する事で現在のトップであるティーパーティーの瓦解を目指している。レクス分派のおかげで対外諜報局の局員数名をねじ込む事に成功している」
彼女たちは普通のトリニティ生を装いながら命令がある日を待っていた。トリニティという巨大な学校に転校を望む者は多く、その中に紛れ込んだ彼女たちを見つけ出すことは至難の業だ。特にレクス分派というティーパーティーに匹敵する勢力の手を借りた状態では。
「そしてその“レクス分派”も筆頭である鏡原レオ以外の幹部たちの“処置”を完了している。レオが使い物にならなくなったとしても問題は無いだろう」
そう、既にレクス分派はヴァルグレアの手によって完全な傀儡勢力への改造が完了してしまっているのだ。定期的なヴァルグレアへの正体をレオは疑わずに応じたことで達成できたことだった。
「現在、トリニティはゲヘナ学園とのエデン条約の締結に躍起になっている。ゲヘナも乗り気という情報が入っており、それが締結されてはレクス分派だけではトリニティを傀儡化させることは出来なくなるだろう。故に、エデン条約が締結される前にこちらも動く必要がある」
カシウスの言葉に誰も口は出さなかった。しかし、誰もが感じる不安点があった。シャーレの先生の存在だ。アビドスに対してかかりきりになっているとはいえトリニティから何かしらの要請があればこちらの思惑を潰してくるのではないかと。
しかし、そんな不安に対してカシウスはニヤリと笑みを浮かべた。
「実際に上手くいくのか、先生の介入があるのではないか。そんな不安を感じているのは理解している。だが、今回は失敗しようと成功しようと問題ではない。我々が動く事でトリニティは明確な損害を受ける。傀儡に失敗したとしてもこれまでのようにサンクトヴァリエに対して支援は出来なくなる」
成功すればトリニティを傀儡化する事が出来、失敗してもその過程で大きな損害を受ける事は確実であり、サンクトヴァリエに対して支援をする余裕は無くなる。どちらに転んだとしてもヴァルグレアにとっては損が無いという事だった。
「既に統制AIヴァルグレアに許可をもらい、綿密な計画が立証済みである。我々はトリニティという天使を気取る集団に対して致命的な一撃を加えるのだ!
これよりトリニティ傀儡化計画をエデン条約に習い、失楽園計画と呼称する」
カシウスはそう言うと獰猛な笑みを浮かべて言った。
「アビドス侵攻では使用しなかった全ての“武器”を状況に応じて使用する事になるだろう。各員、状況の推移に即座に反応できるように準備を進めておくように」
カシウスのその言葉と共に失楽園計画は発動した。エデンを作らんとするトリニティを楽園より引きずりおろさんと今無情の悪魔たちが魔の手を伸ばそうとしているのだった。
第二章 完
パヴァーヌ編は飛ばしてエデン条約編に行きます