硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『無秩序な物ほど印象操作は容易いものだ』


Code50.

「全く、面倒くさい……」

 

 ゲヘナ学園の風紀委員長である空崎ヒナは目の前で蹲る不良生徒達を見て無意識のうちに呟いていた。幼少の頃より面倒くさがりな彼女のその言葉は口癖のように日に何度も何度も彼女の意思とは無関係に口から洩れる。

 しかし、彼女がそう思ってしまうのも仕方がないだろう。対ヴァルグレア同盟とも言うべきトリニティ総合学園とのエデン条約が間近に迫った現在、不良生徒の活動が活発になってきているからだ。

 元々ゲヘナ学園は不良生徒の集まりとも言うべき自由と混沌を愛する生徒が多く在籍している。そうではない、大人しいと思える生徒はごくわずかであり、他は他人の事よりも自分の享楽に従順な生徒が多かった。

 故に彼女はゲヘナを取り締まる部の長として多忙な日々を送っているのだ。

 

「ワァ……ァァ……」

「カスミ、何か言いたい事はある?」

 

 そして、そんな不良生徒の中でも最も大規模に活動しているのが目の前で泣いている鬼怒川カスミ率いる温泉開発部だ。ゲヘナの部活動の中でもとりわけ危険な存在としてゲヘナどころかキヴォトス中で認知されている彼女たちは温泉の為ならどこだろうと向かう。例え目的地にビルが建っていようと他校の校舎だろうとジャマであれば爆発して解体。温泉を掘り始めるのだ。

 それによってもたらされる被害は卒倒してしまう程だ。生徒が自治を行い、不良生徒が数多く存在するこのキヴォトスでなければ彼女たちは今頃凶悪なテロリストとして刑務所に収監されてしまっているだろう。

 

「別に貴方達が何をしようと何時もの事だから構わないわ。だけど、今は時期が悪いのよ」

「ひっ!?」

「この前何てトリニティでも騒動を起こしたそうじゃない? 暫く暫く大人しくしてもらうわ」

 

 自らの愛銃、終幕:デストロイヤーを付きつければカスミはびくりと体を震わせて顔を真っ青にさせる。既にぼこぼこにされた後であり、彼女には最早抵抗どころか逃げるだけの力が残されていなかった。普段であればここで手を止めて連行するのだが今日は苛立ちのせいで追撃を加えないと気が済まなかった。

 

「一月くらいは病院から出られないようにしてあげる」

「ま、待ってくれ! そんなことをしたら温泉を掘れなくなってしまうではないか!」

「だから病院送りにするのよ」

 

 カスミがこちらの話を聞いてくれるのならばいたちごっこのように何度も鎮圧に動いていない。カスミから温泉を取り上げる事は不可能なのだ。常に温泉の事を考え、周囲の事を気にせずに温泉を掘ろうとする。その気概だけは認めても良いとヒナも感じているがそれとこれとは別だ。

 よって、カスミを大人しくさせるために入院するレベルの怪我を負わせる。そうすればエデン条約が締結されるまでカスミが暴れる事は無くなるだろう。カスミという部長が動けなくなる温泉開発部も大きく動きを鈍らせることは間違いなかった。温泉開発部がここまで厄介な存在となっていたのはカスミの指揮があってこそだったからだ。

 

「問答無用よ」

「や、やめてくれ! そもそもトリニティで何て活動してない! 最近はレッドウィンターの方にぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 カスミの弁明むなしくヒナによってほぼゼロ距離から銃弾が放たれる。キヴォトスでも屈指の実力者であるヒナによって放たれる銃弾一つ一つがカスミの意識を奪うには強すぎる威力を誇っており、その連射を受けたカスミは気絶と覚醒と激痛を短時間のうちに味わう事となった。

 やがて、銃創がからとなり、銃口からは煙が噴き出すだけとなったころにはカスミは上半身を真っ青な痣で彩っていた。意識はなく、白目を向きながらぴくぴくと痙攣しているがヘイローが消えている事から少なくとも気絶はしているだろう。

 これでカスミが直近で暴れる事は無くなったと、安堵の息をつく。それを見て全てが終わったと察した風紀委員の生徒達によってカスミ達温泉開発部のメンバーが連行されていく。連行と言っても重傷者多数の彼女たちが向かう先はセナが待機しているだろう救急医学部だ。そこでセナたちによって温泉開発部のメンバーは治療を受けつつ厳しい取り調べを受ける事になるだろう。

 

「……それにしても」

 

 ふと、全てが片付いた事で力が抜けたヒナは漸くカスミが最後に言ったいた言葉を考える余裕が生まれた。カスミは口が上手く常に他社を煙に巻こうとする傾向がある。それを理解しているヒナがカスミの言葉に耳を傾ける事は無いに等しかった。故に今回もその類と考えて問答無用で叩いたのだがカスミはこの状況でならば嘘をつくようなメンタルを持っているわけでもない事を思い出す。つまり、あの状況で話す言葉は基本的に本心から出ている可能性が高いという事だ。

 その場合、カスミが発したトリニティでは暴れていない。レッドウィンターにずっといた、という言葉に疑問を感じてしまう。実際、トリニティでは温泉開発部による爆破を受けて大きな被害が出ており、トリニティ生の間でエデン条約に対して懐疑的な思いが蔓延しつつあるとの情報が入っていた。

 エデン条約の必要性はトリニティもゲヘナも良く理解しているつもりだった。特に一度同じような“支配”を受けた事があるゲヘナの3年生は特にだ。何時もであればふざけ、突飛な行動を起こし、風紀委員会を目の敵にしているゲヘナ生徒会である万魔殿の議長である羽沼マコトが真剣に進めいている事からもその重要性が分かるだろう。

 実際、今回の温泉開発部の取り締まりも万魔殿からもたらされた情報を基に場所を早急に特定した事で奇襲する形で被害を出す前に殲滅する事が出来ていた。普段からこうであれば面倒くさくなくていいのにとはヒナの感想だったりする。

 とにもかくにも、トリニティで暴れていないのであれば一体誰が暴れたというのか。温泉開発部自体はキヴォトス中に知れ渡っている悪名高いテロリストであり、語る事は容易だ。しかし、態々温泉開発部を名乗って行ったのが寂れた商店街の破壊とは名に反した犯罪の小ささだとヒナは感じる。

 

「……もしかして、ヴァルグレア?」

 

 温泉開発部の仕業ではないのだしたらヴァルグレア統制学院が最も怪しいだろう。キヴォトスの3大校の二校が手を組むのだ。それも対ヴァルグレア同盟として。それを何としてでも阻止したいと考えるのは必然と言えた。

 

「……マコトに話を通す必要がありそうね」

 

 考えすぎならばそれはそれで構わない。このような時期であるために考えすぎによる厳重な警戒は有って困るものではないからだ。むしろここで警戒を怠り、準備不足でエデン条約が失敗に向かう方が困る。それならば今多少無理無茶をする事は苦ではないと、風紀委員に残りの仕事を任せてヒナはマコトのいる万魔殿へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

「爆破だぁぁぁぁっ!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!!!??? 温泉開発部だ!」

 

 一方で、トリニティの中心地からは離れたゲヘナとの自治区境にほど近い、場所で大爆発が発生していた。爆心地は憩いの場として周辺地域の中で最も人気のあった噴水であり、底を爆破したうえで何人もの温泉開発部の部員たちが暴れ始めたのだ。

 

「この地に温泉施設を築く! 邪魔な奴らは追い出して建物は爆破しろ!」

「ゲヘナが誇る温泉開発部の歴史の踏み台になれ!」

「温泉開発部万歳!」

 

 部員たちは口々にそう叫びながら爆弾を手当たり次第に投げまくり建物を破壊し、市民に銃口を向けて発砲していく。その動きはまさにテロリストに相応しい動きであり、戦う術を持たない市民や力の弱いトリニティ生徒、一部の他学園の生徒達が恐怖に顔を引きつらせながら逃げ去っていく。

 そんな彼ら彼女らの様子を見た部員の一人がニヤリと笑みを浮かべると爆破された噴水前に大きな時限爆弾を設置するとさっさと撤退していく。その動きはまさに統率された軍隊のように滑らかであり、技術を持った者達だと分かる程洗練されたものだった。

 

 そんな部員たちが撤退を完了して直ぐ、トリニティの風紀委員会である正義実現委員会が騒ぎに気付いて駆け付けたと同時に、時限爆弾は大爆発を起こし、周囲一帯をクレーターへと変貌させた。

 この事件は大きな被害を出すこととなった。怪我人だけでも100名を超えており、意識不明等の重傷者も10人以上出してしまう大惨事となった。この事件によってトリニティでは温泉開発部への怒りが増すこととなった。そして、そんな温泉開発部が誕生したゲヘナ学園に対する憎悪を沈殿させていく事になり、キヴォトスの情勢とは反してトリニティ総合学園ではエデン条約締結の反対派が増える要因となっていくのだった。

 

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