硝子の間に咲いた火花   作:鈴木颯手

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『嫌いな奴の死ほど嬉しいことはない』


Code51.

 温泉開発部はそれからも数度、同様のテロを引き起こした。全てがトリニティ自治区内で行われており、多くの被害を出している。累計の負傷者数だけでも500人を超えており、そのうち数十人は他校の生徒であった。

 この件を受けてトリニティ総合学園は即座にゲヘナ学園へと抗議のメッセージを送っているが向こうの返答は決まったものだった。

 

———キキキッ。既に温泉開発部の首魁は捕え、身動きが取れないように封じてある。首魁の鬼怒川カスミを欠いた温泉開発部にこれほどの行動をとる事は不可能だ。温泉開発部を語る別勢力の可能性が高い

 

 ゲヘナのトップである羽沼マコトの言葉は的確であったが同時に言葉足らずでもあった。ここで理性的な者であれば温泉開発部が行ったテロではなく、温泉開発部の仕業に見せかけたい相手、つまり、ヴァルグレア統制学院による工作だと気づいたかもしれない。実際、ティーパーティーはその結論に達していた。

 しかし、ヴァルグレア統制学院の脅威をよく知らない生徒からすればそんなものはゲヘナ学園の怠慢や言い訳にしか聞こえなかったのだ。このメッセージは何故か流出し、いつしか様々な加工が施されてトリニティ中で広まる事となった。そして、ティーパーティーが気づいた時には羽沼マコトのメッセージは改悪された者が正式なものとして出回ってしまっていた。

 

———キキキッ。貴様ら羽根つきには丁度良い余興であろう? 温泉開発部は我らゲヘナにとって部活動の一つでしかない。そのたかが部活動の活動で騒ぐなど流石は権謀術数渦巻く魔境、トリニティ総合学園だ。大言壮語はお手の物のようだな。

 

 

 

なんなのですか! これは!!!

 

 ティーパーティーの一人である桐藤ナギサは思わずそう声を荒げてテーブルを叩きながら立ち上がっていた。勢いよく手が叩きつけられた事でテーブルの上に並べられた菓子や紅茶がこぼれ、純白のテーブルクロスを汚していく。そして、そんなナギサに視線を向けずに聖園ミカは優雅に紅茶を飲んでいた。この場でナギサの怒りに震えているのは改悪されたメッセージを報告してきたティーパーティー所属の生徒だけだった。

 

「今すぐにティーパーティーから正式なメッセージの開示とヴァルグレア統制学院の脅威を通達します! 急ぎ準備をしてください」

「で、ですがレクス分派を始めとして一部トリニティ生徒はティーパーティーはゲヘナと裏取引を完了していると噂しており、どれだけの生徒が信じてくれるのかは不明です」

「それでもやらないよりはマシです! いえ、むしろやらなければ益々騒ぎ立てるだけです!」

「わ、分かりました。直ぐに準備をします……」

 

 ティーパーティーでお茶会が開かれる大きな部屋を生徒が出ていったのを確認したナギサあ頭を抱えながら椅子に座った。その瞳には心労の色が浮かんでおり、少し前までの余裕ある姿は何処にも残されていなかった。

 

「何故、このような事に……」

「完全に舐めていたとしか言いようがないね」

「っ! ミカさん! そんな投げやりな事を……!」

 

 ナギサはミカのどうにも真剣になっているようには思えない言動に声を荒げそうになるがそのミカの顔を見て二の句が継げなくなった。

 ミカは何かを決心したような表情をしていたのだ。それはまさに決死の覚悟で何かを挑むかの如き鋭さを見せており、そんなミカを見てナギサは思わず黙ってしまったのだ。

 

「そいつらがヴァルグレアかそうでないかはもうどうでもいいことじゃんね。“次”の被害が出る前に捕まえて素性を吐かせれば全て解決するよ」

「……そう、ですね。既に正義実現委員会が動いています。次の行動があれば即座に鎮圧にあたる事が出来るでしょう。これ以上、被害を出すわけにはいきません……!」

 

 ミカの言葉に続くようにナギサも言葉を紡ぐ。そして、翌日にはティーパーティーから本当のメッセージが公開され、現在出回っているメッセージは改ざんされた物であること、一連の騒動が温泉開発部ではなくヴァルグレア統制学院によるものの可能性が高い事、トリニティがゲヘナと手を結ぶことはこの学院に対する大きな予防策であり、今後の未来に必要不可欠である事を懇切丁寧に記した。

 これによりティーパーティーやゲヘナへの批判はいったんは収まる事となったがそれでも未だ不信感を持つ者は多く、エデン条約締結に賛成する者の声が増える事は無かったのだった。

 

 

 

 一方で、温泉開発部によるテロ行為はこれ以降行われる事は無くなったが復興に関しては現場や上層部との間で意見の食い違いや発注ミス。不良生徒による襲撃などが発生して遅々として進むことは無く、ティーパーティーに対する不満が高まっていく事となった。

 そして、ティーパーティーのホストである百合園セイアが暗殺されるという事件が発生した。

 

 

 

 

 

「百合園セイアが暗殺されただと!? それは本当か!?」

「はい。間違いないようです。ヴァルグレアのスパイが実際に聞いた情報らしいので」

「そうか……。百合園セイアが……」

 

 鏡原レオはティーパーティーのホストの死に目を見開き、驚きを露わにしていた。その様は呆然といった様子が相応しい状況だったがやがてそれは笑い声へと変わっていく。

 

「……ふ、ふふ、フアハハハハハハッ!!!! あの陰湿狐がくたばったのか! ざまぁみやがれ!」

 

 それは歓喜だった。百合園セイアの暗殺に、訃報に、死に、体のぞ個から湧き上がってくる歓喜だった。子供の用にはしゃぎながら彼女は今、百合園セイアという一人の少女が死んだ事を喜んでいたのだ。

 そんな様子に部下たちが反応を示すことはない。かつてであれば恐怖したり眉をひそめて不快に思う者もいただろう光景に今では眉一つ動かすことはない。レクス分派の幹部たちは既にヴァルグレアによって処置が施された後だったからだ。彼女たちはヴァルグレアの為に鏡原レオをトリニティのトップに君臨させる為に忠実に従っている。そのために元々情緒不安定なところに多少の薬剤を吸わせる事で拍車をかけるようにしていた。

 今では彼女はそのカリスマ性を残しながらもかつての面影を辛うじて残す程に思慮深さを無くしていた。理性を失い本能のままに動く。その結果が今の歓喜の舞だった。

 

「ホストは桐藤ナギサが代行するようです。サンクトゥス派は混乱しているのか代理を立てる様子は有りません」

 

 そちらは既にヴァルグレアが手を回していたが。トリニティを降す為にヴァルグレアはアビドスと同様に明確な準備を整えてきていた。元々サンクトヴァリエを通じて敵対していると言っても過言ではない状況にあった為にトリニティ内部には対外諜報局の局員が多数潜んでいた。それこそ一部の局員は各部活や生徒会の上層部に組み込まれそうな程信頼を寄せられる程に溶け込んでいるのだ。

 

「ヴァルグレアはこの百合園セイアの死をゲヘナに擦り付ける形で暴露するようです。その際には百合園セイアの死に哀悼の意を示す事でトリニティ内部の生徒達にゲヘナへの怒りを向けさせるようです」

「成程。ならばこちらも演説でそれを補助してやろう。……んで? 結局のところ百合園セイアを暗殺したのはヴァルグレアか?」

「いえ、そのような手を打った様子はなく、暗殺するという連絡も受けていません。恐らくですが第三勢力によるものと思われます」

「第三勢力……。トリニティの混乱ぶりを見てトリニティを奪えると思ったやつか。シスターフッドか、救護騎士団か、まさか正義実現委員会か?」

 

 トリニティの自治は全てティーパーティーが行い、シスターフッドや救護騎士団、正義実現委員会等のトリニティの組織が政治に介入してくることはなかった。しかし、トリニティの混乱ぶりを見て野心を持ったり逆に義憤に駆られて行動する者が出てもおかしくはない。レオはそこまで考えるとニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「まぁ、どちらにせよアタシらの敵じゃねぇ。ヴァルグレアっつー最強の手札を手に入れたアタシらが最終的にトリニティの頂点に立つ! その時にゃシスターフッドも救護騎士団も正義実現委員会も跪かせて足でも舐めさせて忠誠を誓わせてやる!」

 

 ぎらついた瞳を輝かせながらレオは叫ぶ。そんなレオの様子に部下たちは失笑する。恨みに駆られて悪魔と手を結び、結果的に母校を地獄へと引きずりこもうとしているのに気づかないレオはまさにお山の大将と呼ぶにふさわしい滑稽な姿に映ったのだ。

 そしてそれに彼女が気づく事もないし、気づくころには全てが終わり、レオの価値がなくなった時になるのだろう。

 

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