「し、失礼します。ナギサ様……」
「待っていましたよ。ヒフミさん」
ティーパーティーのホスト代理を務める桐藤ナギサが待つ部屋へと足を踏み入れたヒフミはいつもよりもピリピリとした雰囲気を感じながらおずおずとナギサの元へと向かう。今日は同じくティーパーティーのミカやセイアの姿も見えず、この部屋には護衛の生徒すらおらず、完全に二人だけとなっていた。
「少し、長い話になりますので、どうぞ座ってください」
「え? そ、そんな私なんかが……」
わたわたと、ナギサの提案をヒフミは断る。流石に自分のような平凡な少女がトリニティの中枢であるティーパーティーの部屋にいるだけでも緊張するというのに同じ席に座るなどヒフミにはとてもではないが出来る事ではなかった。
「……仕方ないですね。ではなるべく手短に話をしましょう。ヒフミさん。貴方には近いうちに設立される“補習授業部”の部長になってもらいます」
「補習、授業部……ですか?」
そんな部活動はヒフミは聞いたことが無かったがそれも仕方ないだろう。ナギサもそれは理解しているのか簡単に説明をする。
「これは成績不振の生徒を集めて補習授業を行う部活です。特殊な状況でのみ成立する部活です」
「えっと、それはつまり……」
「ヒフミさん、つかぬ事をお聞きしますが、前回のテストをサボったそうではありませんか」
「うっ!!」
ナギサの言葉にヒフミは顔をすぼめる。痛い所を突かれたからだ。前回のテスト日、ヒフミは何とサボったのだ。正確にはテストの日を勘違いしていた彼女はテストの日に学校をサボってペロロ様のライブに行っていたのだ。
「通常であればヒフミさんは赤点にはならない成績だったはずです。テストを受けて赤点ならともかく、テストをサボってぺろぺろ様だかのライブになど許される事ではありませんよ」
「ペロロ様です。ナギサ様」
「今はそんなことはどうでも良いのです。ヒフミさん。貴方にはテストをサボったために補習授業部に入部することとなった、という訳です」
「あ、あうぅぅ」
そう言われてしまえばヒフミも言い逃れは出来ない。どんな事情があったにしろヒフミがテストをサボった事に代わりは無いのだから。
しかし、それはナギサの言いたい事ではない。本題はここからだった。
「そして、ヒフミさんには補習授業部にいると思われる“トリニティの裏切り者”を探して欲しいのです」
「トリニティの、裏切り者……? それは一体……」
「詳しいことは言えませんが現在、トリニティ内部では様々な者達が暗躍をしています。その最たる者がヴァルグレア統制学院です」
「ヴァルグレア……」
その名はヒフミも聞いた事があった。キヴォトスの遥か西に位置し、徹底した管理社会を構築している異色の学校だと。銃社会のキヴォトスでは珍しくもない犯罪行為が一切存在しない理想郷とも言われている事を。
ヒフミはそんな社会に興味は無かったがクラスメイトがそんな安全な場所に憧れていると言っていたのを思い出す。騒動に巻き込まれないという安心感があるのならば憧れるのも仕方のない事だろう。
「ヒフミさんは知っていますか?」
「い、いえ。あまり。理想郷と言われているという事くらいしか……」
「……そうですね。あの学校を知らない者からすればそう思ってしまうのも無理はないでしょう。私も、トリニティに入るまではその噂を信じていましたので」
物理的に距離があるトリニティを含む東側の学校で詳細を知っている一般生徒は多くはないだろう。興味がなければ特に。
「あの学校は危険以外のなにものでもありません。あの学校の前ではカイザーグループもゲヘナも安心安全と言える程です」
「それほどですか?」
ヒフミは正直に言って信じられなかった。ゲヘナはピンからキリまであるが危険というか他人を気にしないで自由に生きる生徒が多い。故にゲヘナ外でも騒動をよく引き起こしている。カイザーグループについては言うまでもない。ひょんな事から知り合ったアビドス高等学校の生徒達との交流でなんとなくだがその危険性を理解していたからだ。
そんな二つが安全と言えるなんて噂からでは信じられなかった。しかし、そう語るナギサの表情はこれまでで一番真剣な表情をしていた。
「連邦生徒会長がいた頃はあの方の手腕によって主だった動きは見せなかったですが不在となった現在は活発に活動をしています」
そこまで言うとス、っと一つの報告書を見せた。そこには最近発生したヴァルグレアによるアビドス侵攻の事が事細かに記されていた。
「これは……?」
「最近発生したアビドス高校へとヴァルグレアが侵攻した時の報告書です」
「なっ!? どういうことですか!? 私、そんなこと知りませんよ!?」
「それも仕方ありません。侵攻は半日で失敗に終わり、その後は緘口令が敷かれましたので」
アビドス侵攻時にはシャーレの先生が援軍を率いてやってきたことでヴァルグレアはまだ戦うべき時ではないと撤退した。その際の援軍にはティーパーティーの勢力も混じっていた。
「結局一発の銃弾も放つことなく終わりましたので表向きはティーパーティーの演習という事になっています」
「……私にも、声をかけてくれても……」
現状でアビドスと最も深い関係を築いているのはヒフミになるだろう。アビドス高校がカイザーグループに囚われた小鳥遊ホシノを救出すると言った際にはティーパーティーと協力してアビドスの援軍に向かっていた。
そんな自分は今回は何も知らされていなかったことにヒフミはショックを受けていた。そんなヒフミを察してナギサは言った。
「あの時は急な事でしたのでヒフミさんに声をかける暇は有りませんでした。実際、援軍はヴァルキューレ警察学校が主体となっていましたので」
「……」
まだ納得は言っていない様子だったが過ぎたことである以上これ以上何かを言ってもしょうがないだろう。ヒフミがそれ以上何かを言う事は無かった。
「……話を戻しましょう。このように、ヴァルグレアはキヴォトス東部でも積極的に活動しています。特にアビドスに対しては何度も介入を試みているようです」
「……」
その言葉にヒフミは思いだした。アビドスの生徒達と知り合った日にホシノが言っていた事を。あの時は借金問題をティーパーティーに報告すれば助けてもらえると言ったヒフミにホシノは真剣に無理だと言ったのだ。
——今のアビドスはトリニティやゲヘナのようなマンモス校のアクションをコントロールする力は無いからね。支援という名目で何かされても私たちでは阻止は出来ないからさ。
——考えすぎ、って思うかもしれないけどアビドスは一度支援という名目でこちらを乗っ取ろうとした奴らの接触を受けているからね。過剰な反応だとしても誰もがあのヴァルグレアのような野心を見せないとは断言できないしこっちも信用できないから。
あの時のホシノの言葉をヒフミは理解できなかったがこうして話を聞いてようやく理解できた。ホシノのあの時の警戒も仕方なかったのだ。
「現在、トリニティにはヴァルグレアのスパイが入り込んでいると思われます。レクス分派という不安要素がある今のトリニティは容易に入り込めてしまうでしょう」
「そのスパイを補習授業部で探せ、という事ですか?」
「正確にはヴァルグレアを含むトリニティに仇名す者達の発見、ですね。補習授業部入りが決まっている生徒達は皆怪しい者ばかりです。それ以外の怪しい者達は別に対処しますのでヒフミさんは補習授業部内の様子を見てほしいのです」
「わ、私がですか? 私ではそんな大役務まるとは思えないのですが……」
いくらティーパーティーとのつながりがあるとはいえヒフミはただの一般生徒だ。そんな大役を熟せるとは思っていなかった。しかし、ナギサは断言する。
「ヒフミさんしか出来ない事ですよ。恐らくティーパーティーの人物が接触しても相手は警戒して隙を見せてくれないでしょう。ですが一般生徒のヒフミさんなら? 相手も何かしらの隙を見せてくれる可能性が高いです」
「そんな……」
「現状、ティーパーティーの生徒すら完全には信用できません。そうである以上一般生徒は更にです。そういう意味ではヒフミさんだけが信用できるのですよ」
「どうしてですか? 私は信用されるような事なんて……」
ヒフミの言葉にナギサは今度は別の資料を取り出し、それをヒフミに渡した。そして、それを見たヒフミの顔は引きつった。
そこに書かれていたのはトリニティでは校則で禁止されているブラックマーケットに立ち入っている事やアビドス高校の生徒達と共に銀行強盗をしたことなどが事細かに記されていた。
「ティーパーティーの諜報部があげた報告書です。ブラックマーケットにはヴァルグレアの生徒が出入りしているので調査をしていたらヒフミさんの事が分かりました。アビドスを助けるために銀行強盗の真似事。ここはお見事、と言った方が良いでしょうか?」
「あ、あ、あ、あうぅぅぅ……!!」
その場にへなへなと崩れ落ちるヒフミだが確かにこれだけ調査されていればヒフミを信用できるだけの情報が得られたとしてもおかしくはないだろう。そして、このことを咎めない理由もヒフミは察する事が出来た。
自分の提案を受け入れてくれるならばこのことは不問にする。政治家らしいナギサの手腕にヒフミは何も言えなくなってしまった。
「ヒフミさん……。この件、引き受けていただけますね?」
「は、はいぃ……」
何処か圧を感じるナギサの笑みを見ながら、ヒフミは涙目でそう答える事しか出来ないのだった。