「お、お待たせしました。カナちゃん」
「んーん。そんなに待ってないから大丈夫だよ」
ナギサとのお話を終えたヒフミは話をする前に約束をしていたカナの元へと向かった。時間はそれほど経っていなかったとはいえ少し遅れてしまったかもしれないと考えたが当の本人は特に気にした様子を見せる事は無かった。
「それにしても、ティーパーティーのお偉方と知り合いなんてヒフミちゃんは凄いよなぁ」
「え、えへへ……そうですかね?」
「普通は顔を覚えてもらう事も難しいと思うよ」
ヒフミはそれほど気にしたことも無かったが改めて考えてみれば確かにその通りかもしれないと思う。入学して以来ナギサにはよくしてもらっていた為異常という事に気づく事が出来なかった。その点を指摘してくれる人もいなかったため、カナにこうして言われるまで気づかなかったのだ。
「それで? ナギサ様は一体どんな用事で?」
「あ、えっと、それは……」
カナの言葉にヒフミは言いよどんだ。ヒフミがナギサに頼まれた事はトリニティの内部に大きく関わる事であり、友人であるカナにも言う事は出来ない事だったからだ。
そして、それは言いよどんだヒフミの様子を見たカナも察する事が出来た。短い付き合いとはいえヒフミは顔に出やすい性格をしている。表情を見れば言いたくない、もしくは言えない事であることは分かったためにカナはそれ以上は何も言わなかった。
「まぁ、言えない事なら別にいいよ。気になっただけで興味は無いからね」
「あうぅ。ごめんなさい……」
「だから気にしてないからいいよ。ほら、遊びに行こうよ」
友達相手に言えない秘密を抱えている事にヒフミは若干の心苦しさを感じるもカナがそんな様子を見せない事からそんな心苦しさも次第に薄れていく事になる。
「……これは少し調査した方が良いかもしれないな」
その裏でカナはヴァルグレアの諜報員として冷静な判断を下しているという事も気づかずに。
「トリニティのティーパーティーは何やら怪しげな動きを見せているようです」
ヴァルグレア統制学院統括局の一室にて二人の男女が向かい合って座っていた。そこは話をしている片方、カシウス・レンクロフトの執務室であり、もう片方の訪問者、対外諜報局の副局長である桜井ミホが報告を上げてきた為に話に応じていたのだ。
「……ティーパーティーが不審な動きをするのは今に始まった事ではないだろう。ティーパーティーはサンクトヴァリエ経由で我らの情報を常に入手し、牽制を続けてきた。今さら何があろうと可笑しい話ではない」
「ですが今回は少し特殊です。局員たちからもたらされた情報を精査した報告書を読めば分かります」
そう言うとミホはカシウスに報告書を手渡した。万が一も無いとはいえネット上から情報が流出する危険性を考えて紙媒体以外には記されていない物だった。
そして、それを呼んだカシウスの表情が険しくなった。
「……事実か?」
「少なくともこちらを騙す為の欺瞞ではないのは事実です。ティーパーティー、というよりも桐藤ナギサは我らを本格的にトリニティから一掃するつもりなのでしょう」
報告書の内容を端的に表せば「トリニティに潜む裏切り者の粛清を企んでいる」というものだった。そしてそれはトリニティを始め各学園にスパイを送り込んでいるヴァルグレアにとって他人ごとでは無かったのだ。
「諜報員の存在が露呈されている可能性は?」
「それは低いかと。ですがトリニティ内部に“複数人入り込んでいる”とは思っているのでしょう。粛清の為の準備を見ればなんとなく予想がつきます」
広く浅く、裏切り者と思われるものを隔離してボロを出したところを捕らえる乃至全員追放処分にする。ナギサは選んだ人間を丸ごと切り捨てる覚悟でトリニティの是正を図ろうとしていたのだ。
これは校内にスパイがいなければ疑心暗鬼の末の愚行と嘲笑されて終わるだろうが現実は友好的な手だった。確実にヴァルグレアの諜報員が巻き込まれる事は明白だったからだ。
「レクス分派に指示を出せ。ナギサの動きを妨害せよと」
「既にそう命じています。ですが秘密裏に行われているものであり、どの程度効果があるかは不明です。最悪の場合止める事は不可能と考えるべきかもしれません」
「……」
ナギサがこの時期にこの動きをした理由についてカシウスは予想が出来た。ゲヘナ学園とのエデン条約が近いせいだろうと。何としてでも条約の締結を阻止したいヴァルグレアにしてみればこの時期に諜報員がいなくなる、もしくは身動きが取れない状態になるのは大きな痛手だった。そして、それを阻止する方法は今の段階では無いに等しい。
「……少し甘く見ていたかもしれないな。桐藤ナギサ。成程、厄介な政治家というべきだな」
「どうしましょうか? 確実な事は言えませんが諜報員の半数はこの粛清に巻き込まれると想定していますが……」
「9割、粛清されると考えた方が良い。下手な動きを見せるのは危険だ。諜報員には迂闊な行動はしないように命じておけ。今後はレクス分派を使って諜報活動を行う。幸いにもレオを除く上層部は既に“処置”が完了している。諜報員と同じ成果が期待できる」
「了解しました」
レクス分派にとってヴァルグレアと手を結んだことは大きな支援を得るきっかけとなったがその代償として鏡原レオを除く上層部が傀儡となってしまっていた。レオはそのことに未だ気づいておらず、トリニティのトップになるために猛進し続けていた。既に己の手足が腐りきっているとも知らずに。
「それともう一つ。ミレニアムにおいてシャーレの先生が活動していたようです」
「先生か。あれも面倒な奴だ。今度は何をしたんだ?」
「それが……。ゲーム開発部という部活の廃部を阻止したと……」
「廃部の阻止? まるで学校の青春物語みたいだな。……いや、ここはキヴォトス。学園都市だったな」
一般的な学校とは程遠い位置に存在するヴァルグレアでは一生起こる事も無いだろうイベントにカシウスは嘲笑するように笑った。アビドス侵攻で先生が明確な危険人物だと認識したために先生の同行は追うようにしていた。そして、今回の件を即座に報告出来たようにミレニアム内部にも諜報員は多数紛れ込んでいた。というよりもキヴォトスの主要な学校には諜報員が入り込み、情報収集などの工作活動を行っているのだ。
「ミレニアムに動きは?」
「少なくとも主だった動きはありません。強いて言えばセミナーの会長である調月リオが建設している要塞都市は既に完成目前であり、ミレニアムとの戦争になれば苦戦は免れないでしょう」
「調月リオか。敵としてみれば厄介な奴だ。今まで通りミレニアム内で反リオ感情を高め、いつでも失脚できるようにしておけ。いざという事態にリオは厄介な存在となるからな」
「分かりました。そちらも進めておきます」
ミレニアムにはヴァルグレア統制学院の心臓にして頭脳である統制AIヴァルグレアを製造してもらった恩もあるがそんなものは自分たちの理念の前には関係ないとミレニアムにも諜報活動を行っている。しかし、それの進行は芳しくない。元々ミレニアムは秀才の集まりであり、そのレベルの諜報員を用意するのが難しく数を揃えられていないという事と下手に手を出す事で発生する報復を警戒して主立っては手を出しては来なかった。
実際、少し前にはミレニアムによるハッキングも行われており、油断できる相手ではないのだがその中で最も警戒しているがミレニアムの生徒会であるセミナーの会長、調月リオだった。彼女の合理的な思考はヴァルグレアにとっては厄介であり、彼女の力が十全に発揮できない環境を少しずつ作り上げていた。
そのおかげでミレニアムではセミナーに良い感情を持つ者はあまりおらず、特に調月リオを嫌う生徒が多数を占めていた。それでも調月リオが会長としてやっていけているのは彼女の実力を誰もが認めているせいだろう。リオが明確な失態でも犯さない限り彼女を失脚させるのは難しかった。
「報告は以上になります」
「分かった。トリニティを除き今後も諜報活動を継続してくれ。それと、分かっていると思うが諜報員が統制に疑問を持っていないかの調査も忘れるなよ?」
「勿論です。諜報員が裏切るような事態は引き起こさせはしませんよ」
ミホとて諜報員が外の活動で“汚染”されやすいとは理解している。かつて諜報員としてキヴォトス中で活動していた経歴を持つミホ自身だからこそ“汚染”されていないかの調査は厳重に行っていた。
それがヴァルグレア統制学院が孤立気味でありながらキヴォトス中の情報を手に入れ、裏で暗躍できる理由の一つとなっているのだ。
対外諜報局が健全に機能している限り、ヴァルグレアを止める事は難しいだろう。