エーデルヴァルト中立学園はその名の通り何処の勢力にも従わずに自分達の道を歩む学校である。学校名がこのような事になっているのは隣接する赫灼高等女学園のせいであり、学校名に明記することで誰からも分かりやすく自分達は何処にも属さないと示す為であった。
これはヴァルグレア統制学院が成立し、大頭してきたときにも有効であり、今だ学校としての体裁を保つ事が出来ていた。
そして、それ故に鎖国的な風習が根付くようになり、自治区外の人間に対する警戒度を高める事となっていた。これはヴァルグレア統制学院が送り込んできた諜報員すら入り込ませない鉄壁のガードであると同時にそのヴァルグレア統制学院から守ってくれる勢力すらも追い払う諸刃の剣でもあった。
「……お前、見ない顔だな」
ベルン大通りと名付けられた自治区内で最もにぎわうその場所で、一人の少女が複数人に囲まれていた。その少女は連邦生徒会の制服に身を包んでおり、外部の人間であることは明白だった。
そんな少女を囲んでいるのはこの学校の風紀委員会である境界監察局の局員たちだった。彼女たちの役割は風紀の取り締まりよりも自治区外から訪れる者達の対処に重きが置かれていた。
つまり、監察局からすれば目の前の少女はその対象者なのだ。厳しい視線を送るのも仕方ないだろう。
「わ、私は連邦生徒会長代行である七神リン行政官の命を……」
「知るか。よそ者が神聖なるエーデルヴァルトの地を踏むんじゃねぇ!」
この自治区において連邦生徒会と言えどよそ者というくくりに変わりはない。連邦生徒会からの使いの者だと言おうとした少女は監察局の局員たちの一斉発砲を受ける事となった。まともな戦闘能力を有していない少女が勝てるはずもなく、あっけなく気絶させられると用意されたトラックの荷台に無造作に放り投げられる。
「よそ者だ。いつも通り自治区外に捨てて来い」
「了解です」
トラックの運転手を務める局員はそのままトラックを走らせていき、自治区外を出て少ししたところに気絶した少女を放り投げる。そのまま放置すると自治区内へと戻っていく。
これがエーデルヴァルト中立学園におけるよそ者の通常の対応だった。エーデルヴァルト中立学園の者と話をしたいのならば自治区外に出るしかないのだ。少女のように自治区に入れば最後。このような目に遭い最後には捨てられるように放り投げられて終わる事になる。
そして、それを見て即座に回収に動く者もいた。
「エーデルヴァルトには感謝しなければいけないな」
茂みの中から現れたヴァルグレア統制学院の処置官は気絶した少女を担ぐと準備していた車に乗せて自分たちの学園へと戻っていった。
エーデルヴァルト中立学園を訪れた生徒達を狩るためにヴァルグレア統制学院は学園を囲むように監視網を構築していた。そのせいでエーデルヴァルト中立学園を訪れた者達の大半がヴァルグレア統制学院によって“処置”され、都合の良い駒へと変えられていく事になる。ヴァルグレア統制学院にとってエーデルヴァルト中立学園とは残しておくだけで都合の良い駒を量産できる存在なのだ。
「くそ! 撃て! 撃てぇ!!!」
ヴァルグレア統制学院とサンクトヴァリエ高等学校の間には廃校となった学園跡がそのままの状態で残されている。廃校となって久しいここは不良生徒のたまり場となっていたがヴァルグレア統制学院の大頭によって完全にサンクトヴァリエとの最前線となっていた。
サンクトヴァリエは自治区内にヴァルグレアを入れたくない為にこの学園跡地に拠点を形成し、防衛ラインを構築していた。そして、ヴァルグレア統制学院もセリオ・ルベラ分校を前線基地にサンクトヴァリエへの嫌がらせじみた襲撃を行っていた。
サンクトヴァリエを次の侵攻先と定めているヴァルグレアは連邦生徒会長の介入がなければ既に侵攻しているはずだったが介入によって計画が狂い、現在は再侵攻の為の準備を行っていた。
「うっ!?」
「くそ! 一人やられた! このままじゃっ!?」
「駄目だ! 下がるしかない!」
現在、学園跡地で行われているヴァルグレアの処置官とサンクトヴァリエの防衛部隊の戦いもその一環であり、侵攻の際にスムーズに自治区へと入れるように今のうちに防衛ラインの破壊を目指していた。
戦闘は激しく、廃校とは言えその形を保っていた校舎は度重なる爆破によって破壊されてしまい、完全に壊れかけの廃墟としか言いようがない状態になっていた。
「急げ! 下がるぞ!」
「ま、待ってくれ! 仲間を見捨てていけない! 手を貸してくれ!」
「無理だ! もたもたしてると逃げられぇっ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、たった今サンクトヴァリエが構築した防衛ラインの一角が突破された。元々サンクトヴァリエの生徒の練度は高くはない。トリニティ程ではないがサンクトヴァリエもお嬢様学校であり、本来であれば騒乱とは無縁の学校なのだ。トリニティの支援を受けているとはいえヴァルグレア相手に戦えている時点で健闘しているほうなのだ。
「……状況終了。転がっている奴等は規定通りに」
「了解」
周囲の安全を確認した処置官たちは気絶したサンクトヴァリエの生徒達を連れて行く。彼女たちが目を覚ます頃には逃げ場がなくなり、ただその身に起こる出来事を受け入れる事しか出来なくなっているだろう。そうして、ヴァルグレアを強化するための駒へと変貌していく事になるのだった。
「サンクトヴァリエが形成した防衛ラインの撤去率は43%ですか。まぁ、順調と言える範囲ですね」
セリオ・ルベラ分校に設置された統合作戦指令室、その一角にて指揮を執るラーナ・グリメルトは順調に進む侵攻の準備に満足そうに呟く。来る侵攻の日の為に作戦指令室は完璧に準備が整っており、その施設を最大限活用してサンクトヴァリエの防衛ラインの破壊作戦を行っていた。
指令室には無数のドローンから送られてくる映像や現地の情報をフィードバックした作戦地域のマップが表示された画面が映されており、無数の処置官たちが必死に防衛を行うサンクトヴァリエの生徒達を次々と倒していく姿が映されていた。
「この調子であれば来週中にでも防衛ラインは……おや?」
その時だった。一部の処置官たちの反応が次々と消えていた。それは全体で見ればサンクトヴァリエが反撃をしていると見える程度の被害だが一瞬にして部隊が全滅した様子を見たラーナは眉をひそめた。サンクトヴァリエもそれだけの実力は無いからだ。
「誤作動? それとも……」
ラーナが嫌な予感を感じたのと同時に、反応が消えた付近に展開する処置官たちが同様に消えていく。それはまさに波紋の如き広がりを見せており、異常事態が起こっている事を現していた。
「っ!! 前線部隊に通達! サンクトヴァリエ側に精鋭部隊と思われる敵が現れました! 気を付けてください! 敵数は不明! 左翼にて行動中ですが中央も警戒を厳に!」
ラーナは咄嗟にそう叫んでいた。越権行為であることは理解しているがそう叫ばずにはいられない反応を示していたのだ。そして、それを裏付けるように処置官たちはその後も次々と反応が消えていくがそこで漸く敵の正体が判明した。
『こちらB4小隊。敵を視認した。敵は、SRT特殊学園の生徒……!』
「B4? 応答してください。……やられましたか」
その言葉を最後に通信が帰ってくる事は無かった。しかし、それと同時に得られた情報はありがたいものだった。ラーナはその通信を聞いてここまでの損害に納得が言った。
「SRT……。連邦生徒会の矛とも言うべき学校が出てきたわけですか。連邦生徒会長がいない今その力が振るわれる事はないとの予想でしたが……」
事前の情報から今の連邦生徒会にSRTをうごかすだけの胆力は無いと判断されていた。連邦生徒会長が行方不明の現在、彼の組織を恐れる必要も警戒する必要も無い。S.C.H.A.L.Eを中心に監視をしておくだけで十分だと考えていたがまさかSRTが出てくるとは思わなかったのだ。
そもそも、SRTをうごかせるのは連邦生徒会長だけであり、代行の地位にいる七神リンでさえ動かすことは出来ないというのに出てこれるわけがないと高を括っていたのだ。
「これは急ぎ報告をしないといけませんね……!」
ラーナは厄介な相手が出てきたと思いつつ前線部隊への新たな指示と統括局本局へと緊急報告をするのだった。