「まさかここまでなんて……」
ヴァルグレア対外諜報局所属の高槻カナは眼前で行われている正義実現委員会による不審者の一斉捕縛に戦慄していた。ティーパーティーの要請のもと行われていると思われるトリニティ内に潜んでいると思われる裏切り者の粛清はカナの予想をはるかに超えた規模で行われていた。
「ちょっと! いきなり何するのよ!」
「離して! 私は何もしてないわよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!! 食い逃げしたのは謝りますから助けて……!」
一部冤罪も含まれているだろうこの一斉捕縛によってトリニティはちょっとした騒動になっていた。それもそうだろう。なんの脈絡もなく、自分や友達が正義実現委員会によって捕らえられるのだから。脛に傷を持つ者なら余計に、そうでない者も抵抗するのは当然と言えた。
幸いなのはカナは比較的早い段階でトリニティに転校している事、主だった違反行為などの怪しい行動をとった事が無かったためか正義実現委員会に捕縛されるようなことにはなっていないがそれでも心が休まらなかった。今日は大丈夫でも明日、明後日に正実がやってくるのではないか。それはこの粛清が行われている間は続く事になるだろう。
「! あれは……」
その時だった。視界の端に映った人物に心が騒めいた。それはカナと同じ諜報局員の生徒であり、最近転校してきたばかりの生徒だった。そのせいか粛清の対象となったようだった。
「わ、私は何も知りません! こんなことやめてください!」
「ごめんね。絶対手荒な真似はしないから今だけは一緒に来て……」
「いやぁぁぁぁぁっ!!! 誰か! 誰か助けてぇぇぇぇ!!!」
「お願いだから静かにして……!」
正実の生徒がなだめるのも聞かずに涙を流し、恐怖で顔を引きつらせる様子はまさに無実の生徒が強制的に連行されているように見えるだろう。カナは大した役者だ、と思いつつも対象となった諜報局員は同様の演技をしているのだろうと感じていた。
明日にでもこの事はレクス分派によって演説の材料となるだろう。レクス分派は強大な勢力であるためかティーパーティーや正実と言えどおいそれと手を出すことは出来ない。鏡原レオを止める事は不可能に近いだろう。そして、レオの演説を聞く生徒達は脳裏で今日の出来事を振り返り、ティーパーティーに対して不信感を持つ事になる。
「(トリニティ内部のスパイを粛清するつもりだったようだけどこれじゃ逆効果でしょうね。ま、精々利用させてもらうわ)」
数人だが正実にも諜報局の手は及んでいる。捕らえられた者に対する非人道的行為の捏造も容易に行えるだろう。良心が耐え切れなくなった内部からの密告と銘打てばそれだけでトリニティ生徒はティーパーティーを悪と断じる事になるだろう。例えそれが事実無根だとしても。
鏡原レオは人を惹きつける才能を持っている。圧倒的なカリスマ性はヴァルグレアから見ても手放すには惜しいと思わせる魅力を持っていた。故に彼女はレクス分派の大半がヴァルグレアの元で“処置”が施される中で唯一素面を保っているのだ。
そんな彼女はティーパーティーを恨んでいる。自分が、自分たちがトリニティのトップに相応しいと本気で信じており、そのためならばどんなことで行うのだ。その果てが地獄だったとしても。
「(今日はもう帰った方が良いわね)」
情報収集源である阿慈谷ヒフミも補習授業部に入れられたと聞き、カナは納得すると同時に補習頑張ってねと連絡を入れていた。ティーパーティーから離れたヒフミに用はないと会う補習期間中に会うのもどうかと理由を付けて会う気はなかった。カナにとってはヒフミはその程度の価値しか感じていなかったからだ。
「(とはいえあれで自称平凡な女の子と言っているのだからお笑いものね)」
平凡な女子高生は校則で禁止されているブラックマーケットに入り浸ったりしないとカナはヒフミがブラックマーケットでの戦利品を見せつける時や自分を卑下するたびに心の中でそう嘲笑していた。
補習授業次第ではヒフミとの縁もこれまででしょうね、とカナは切り捨てる前提で次の情報収集源を探すべく脳内でシミュレーションをしながら帰宅するのだった。
一方で、友人と思っているカナからそんな風に思われているとは知らないヒフミは最初の特別学力試験の結果を確認して頭を抱えていた。
別にヒフミ自身の点数が悪かったわけではない。むしろ彼女は72点と合格ラインを上回る点数を取っていた。それも当然と言えば当然だ。彼女はテストをサボった結果補習授業部に入部させられたのだから。
問題はヒフミの点数が“最高得点且つそれ以外のメンバーがヒフミの半分以下の点数だった”事だ。そう、ヒフミ以外の3人は軒並み不合格だったのだ。
「どうしてですか……! あんなに、あんなに勉強したのに……!」
「ヒフミ、落ち着いて。大丈夫だ。次は行ける」
「うふふ」
「……」
涙目で頭を抱えるヒフミをアズサが慰め、ハナコは笑い、コハルは気まずそうにあらぬ方向を向いていた。今回のテストの点数を端的に言ってしまえばアズサは32点、コハルが11点、ハナコがなんと2点だったのだ。逆にどこを正解したのかと言いたくなるような悲惨な点数であり、何処か楽観視していたヒフミは現実を突きつけられる事になった。
「あうぅぅ……(ナギサ様には悪いですがさっさと合格してゆっくりとみんなと交流しながら裏切り者がいるかを確認するつもりだったのにこれじゃそんな余裕ありませんよ~~!!)」
自分の計画が脆くも崩れ去っていく感覚を自覚したヒフミに先生も苦笑しながら何と声をかければいいのか分からなかった。
成程、補習授業部が作られるだけの事はある、と。全く持って失礼な感想だが点数を見ればそう言いたくなってしまうだろう。
因みにだが最初の学力試験で不合格だった場合は1週間の合宿をすることが決まっており、合宿中は厳しい制限が付与される事が決まっている為に彼女たちはこれから1週間トリニティの中心部から離れた場所に隔離されるように合宿する事が決まっていたのだった。
無論、これもまたナギサによる裏切り者への対策であり、裏切り者の行動を大きく制限するためのものであったが現時点でそのことに気づいている者はこの通達を行ったナギサ以外に存在していないのだった。