「改めてお話ししましょう。先生、私達が貴方を補習授業部の顧問に招いた理由。それは裏切り者を見つけてほしいからです」
第一次特別学力試験を終えたその日の夜、先生は桐藤ナギサの元を訪れていた。ナギサがいるのはティーパーティーのみが使用を許可された一種の聖域であり、先生がここを訪れるのは二回目の事だった。
部屋には前回はいたはずの聖園ミカの姿はなく、ナギサが一人で先生を待っていた。そして、少し話をした後に切り出したのは補習授業部の真の目的だった。
「先生は既にご存じかと思いますが、トリニティには現在ヴァルグレア統制学院のスパイが大量に入り込んでいます」
「“……!”」
「アビドスの一件を通してヴァルグレアの危険性をよく知ったと思います。ですがトリニティの内部においてその危険性を正確に把握している方はごくわずかでしょう。それこそ、ミカさんも正確に分かっていないでしょう。ティーパーティーの一人がそうなのです。一般生徒に至っては……」
ナギサはそれ以上言う事はなかった。しかし、その言葉には現状の危険性を理解していない者達への怒りが静かに込められているように先生は感じられた。
「そのスパイが誰でどれだけの人数が潜んでいるのかは不明です。恥ずかしい話ですがトリニティはそういった諜報戦が得意ではありませんので。その点で言えばゲヘナの方が優秀でしょう」
トリニティは複数の学校が集まって出来た学校だ。それ故に創立当初から内部争いが絶えなかった。トリニティは諜報戦の力を味方の粗さがしに利用したのだ。
「先生の耳にも入っていると思いますが先日からトリニティ内のスパイと思われる生徒の一斉捕縛を実施しました。対象者は1年以内に転校してきた且つ転校前がキヴォトス西部の学校の人間です」
「“ヴァルグレアも確か西にあったね”」
「ええ。最初は転校生全てを対象にしようと思いましたが数があまりにも多くて断念しました。ここ数年でトリニティに転校してきた者は数えきれない程いますので」
ヴァルグレアに侵攻された学校の元生徒や赫灼戦役を逃れた生徒などが中心に他校へと転校していた。トリニティはそういった面では三大校と言われるだけあって誰もが転校を希望したのだ。
「“……捕らえた生徒達はどうするの?”」
「怪しいと思う生徒順に取り調べを行います。まぁ、エデン条約が締結されるまでは牢屋で過ごしてもらおうと考えていますが」
さすがにそれはやり過ぎではないか、と先生は思うも相手がヴァルグレアならば仕方ないという気持ちも存在した。それだけヴァルグレアは危険だと判断していたからだ。
「エデン条約を結ぶことさえ出来ればヴァルグレアがどのような工作を行おうと早々揺らぐ事はありません。何ならヴァルグレアを攻撃する事も可能になるでしょう」
トリニティとゲヘナの戦力を合わせれば数と質の面でキヴォトストップに君臨する事が出来る。いくらヴァルグレアが強大な力を有していようともそうなれば抗う事は不可能だろう。
「“……もしかして、補習授業部にもヴァルグレアのスパイがいると思ってるの?”」
「確実に、とは言いません。ですが全員が何かしらの怪しい部分を持った方たちです。彼女達はただ捕縛する前に補習授業部という枷を填める事が出来たために捕縛していないだけです」
「“……そうか”」
「先生。補習授業部は本来膨大な手続きを必要とする退学、留年、停学などの措置を必要とせずにトリニティから追い払う事が出来るように作られた部活です。先生が例え裏切り者を見つけられなかったとしても最悪の場合には全員を切り捨てる事になるでしょう」
「“……それはヒフミも、含めて?”」
ヒフミはナギサのお気に入りだ。まさかとは自分が可愛がっている子も切り捨てるのかと先生は問うがナギサの答えは決まっていた。
「先生。私は桐藤ナギサという一人の少女ですが同時にトリニティ総合学園ティーパーティーのホスト代理でもあります。私にはトリニティのかじ取りをしなくてはいけないのです。その為に不必要というのであればヒフミさんを切り捨てる覚悟はできていますよ」
それはナギサの覚悟だった。既に賽は投げられ、トリニティの未来を決めるべく動き始めている。そうである以上自分がしなくてはいけないのは最悪の未来を回避し、より良き未来に進む事にある。その過程で大切な物を失おうと進むしかないのだ。
しかし、それは同時に先生にとっては許容できる内容ではなかった。
「“……ナギサ。君の立場上難しいのは分かっている。だけど、そう簡単に大切な者を切り捨てるなんて言ってはいけないよ”」
先生にとってはナギサはティーパーティーのホストである前に自分が守るべき生徒の一人だった。そんな少女が先生でさえ息をのむほどの覚悟を決めているなんて認められるわけがなかったのだ。
「“裏切り者は私なりのやり方で見つけてみるよ。裏切り者、かどうかは分からないけど生徒である以上守るべき対象である事は間違いない。先生としてきちんと導いてみようと思うよ”」
「……そうですか。もとより先生には補習授業部を作るうえでその権力を利用させてもらった負い目があります。補習授業部という枷がはめられている間は先生の思うとおりにしてもらって構いませんよ」
そこまで言うとナギサは一呼吸置き、先生を射抜くように見つめた。
「ですが、覚えておいてください。基本的に試験は私の手のひらにあります。“試験の範囲が大幅にかわる”、“試験直前に試験会場が変更される”、“合格点数が引き上げられる”……。そういった事が発生するかもしれません」
「“それは脅しかな?”」
「いいえ。起こりえる最悪の未来、ですよ。勿論、私もそのような事が起こらないように祈っておりますよ」
「“……そう、だね。私もそんな未来が起こらないように気を付けようと思うよ”」
それは暗に先生が裏切り者を見つける気がない場合には切り捨てると、言っているような物だった。先生はナギサの並々ならぬ覚悟を改めて理解し、厳しい表情をするのだった。