第一次特別学力試験の結果を受けて補習授業部は合宿を行う為にトリニティの外れにある今は使われていない別館へと来ていた。暫く使われていないとはいえ見た目はとても立派な建物であり、傷んでいる様子もなかった。何も知らなければ補習授業部という落ちこぼれをここまで優遇するのかと疑問に思う者も出てくるだろうが先生やヒフミだけは理由を理解していた。
「(ナギサは裏切り者がいるかもしれない補習授業部を少しでも隔離しておきたいんだね……)」
トリニティでは怪しい経歴を持つ者を次々と捕えており、補習授業部の面々も捕らえこそしないが合宿という形で隔離しておきたいという意思がありありと感じられた。実際、先生の予想は外れておらず、彼女達からは見えないがティーパーティー所属の生徒が遠くから監視を行っていた。不審な動きを見せれば即座にナギサに連絡するために。
「(出来ればナギサには普通の生徒のようにのびのびと青春を送って欲しいけど……)」
キヴォトスは生徒が自治を行う特殊な場所だ。先生のそんな願いも難しい事は理解していた。故に、先生は自分なりの方法で裏切り者の有無を確認し、もしいれば穏便に解決しようと心に誓っていた。
「先ずは掃除からしましょう。こんなに埃だらけでは勉強も満足に出来ないと思うので」
「そうですね。ここまで汚いなら最低でも寝る場所と教室だけでも綺麗にしないとですね」
「うむ、確かにそれは士気に関わるからな」
「普通に掃除するなら、まぁ……」
先生が誓いを新たにしていると方針が決まったのか掃除をする事になっていた。荷物を置き、生徒達が着替えるのを待っている時、こつこつと誰かの足音が聞こえてきた。
「“……誰?”」
「失礼しました。連邦捜査部シャーレの先生でお間違いないでしょうか?」
そう声をかけてきたのはトリニティの生徒だった。しかし、先生は彼女と会った記憶がなく、彼女の言葉からも初対面だという事が分かる。
「“そうだよ。君は?”」
「初めまして。私はトリニティ総合学園レクス分派の鏡原レオと言います」
そう言って生徒、鏡原レオは先生へと挨拶を行う。にこり、と笑みを浮かべる彼女は服装も合わさってまるで宝塚歌劇団の団員を思わせる男装の麗人のようだった。その瞳に好意的な感情が一切込められておらず、敵対すら感じさせる様子でなければ能天気に受け答えをしていただろう。
「“……ごめんね。まだトリニティについてはそこまで詳しくなくてね。レクス分派って何かな?”」
「……レクス分派を知らないと? ……そうですか」
その言葉に何処か侮蔑を感じさせる雰囲気を感じさせた。まるで知らない事が可笑しいと言わんばかりの様子に先生も好意的には思われていないと感じていた。
「簡潔に言ってしまえば本来であればトリニティを統べる立場の勢力ですよ」
「“……トリニティはティーパーティーが統治しているんじゃないのかな?”」
「今は、ですよ。近いうちに我々がトリニティの生徒会となります」
まるでそう未来が定まっているかのような物言いに嫌な予感がした。ティーパーティーに代わりに彼女たちが統治する事になるとはつまり……。
「言っておきますが別にクーデターをするわけではありませんよ。トリニティの生徒の総意の元でいずれ入れ替わるだけです」
「“……それで? そんな時期生徒会長の君が一体何の用かな?”」
この話をここでこれ以上続けても意味はない。そう感じた先生は本題に入る事にした。レクス分派については後でナギサやヒフミに聞けばいい、と。
そして、先生の言葉にレオはニヤリと笑う。
「別に用事という用事は有りませんよ。今回はただの挨拶です。今キヴォトス中を騒がせている先生とやらがどんな人物なのか気になったので」
「“……そう。だけどどうやらお気に召してはもらえなかったみたいだね”」
「こちらにも選ぶ権利はありますよ。特に誰を好きになるかなんて言う個人の感情なら殊更に」
貴方の事は嫌いだ、と伝えてくるレオに先生はキヴォトスに来て初めて直接嫌いだと言ってくる生徒に会ったと感じた。なんだかんだこのように直接言ってくる相手は出会った事がなかったな、と先生は内心でおもった。
「“そうだね。私だって好き嫌いはある。それを咎める事は出来ないよ”」
「それに連邦生徒会長が連れてきた人物と言う割には随分と能力を感じさせないと思いますしね。特別な力を得た凡人のようだ」
「“……手厳しいね”」
嘲笑されている。先生は口が引きつりそうになるのを必死に我慢する。トリニティらしい陰湿な言動をしてくるレオはくるりと背を向ける。
「そういう訳ですので今日はここまでにしておきます。たかが落ちこぼれごときに手を差し伸べるお優しい先生の手を煩わせるわけにはいきませんからね」
「“……彼女たちは落ちこぼれなんかではないよ”」
先生は本心からそう思っていた。確かに成績は良くないがそれで人の全てが決まるわけではないし何より彼女達には確かな才能を感じているのだ。少なくともよく知りもしない彼女にとやかく言われる筋合いはなかった。
「……落ちこぼれに必死に構う先生ですからね。似た者同士という訳ですね。理解できましたよ。精々彼女たちの成績が向上するように頑張ると良いでしょう」
そう言ったレオは既に先生への興味を失ったようだった。最初の方に感じていた敵対的な感情はなく、大した障害にもならない相手だと認識したようだった。
「時間を無駄にした。我らレクス分派がトリニティのトップになった暁にはあんたらの努力など無意味だったと思えるように全員退学にしてやるよ」
「“横暴だね”」
「正当な評価だよ凡愚」
それだけ言ってレオは帰っていく。そんな彼女の背中を見ながら先生はトリニティが思っていた以上に不安定なのかもしれないと感じ、補習授業部やトリニティの裏切り者など、決して簡単には終わらないだろうと感じ始めているのだった。
「(あれが先生か。話に聞いていたよりも大した奴じゃなかったな)」
先生と話をしたレオはそう評価し、完全に興味を失っていた。ヴァルグレアと対立したという話を聞いたために自分達にとっても敵の可能性がある以上強大な障害である可能性を考慮していたがそう思う必要も無いと感じていたのだ。
「(確かに大人としての余裕が感じられた。先生という事で生徒の為に動くのも本当だろう。そして、それによってアビドスでは大活躍をした、と)」
ミレニアムの依頼に関しては依頼内容が内容だけにレオの耳に入る事はなかったがアビドスの一件はカイザーグループ相手だったこともあってレオも詳細を把握していた。
「ま、所詮はそれだけ。脅威にはなりえないな」
だが、レオには先生に対してそこまで脅威を感じられなかったのだ。彼女の野望の為には先生と敵対する可能性が高いだろう。故に先生がどのような人物なのかを把握し、事前に対策を練っておきたいと思っていたがそれも必要ないと判断した。
「(あれならばまだカシウス・レンクロフトの方が恐ろしいな)」
かつてヴァルグレアと同盟を組むときに出会った男性。キヴォトスでは珍しい彼は“先生と同様にヘイローを持たない大人”だった。比較対象を知っているがゆえにレオは先生を脅威とは思えなかったのだ。
「まぁいいさ。あたしはあたしの道を行く。その過程で邪魔をするというのならば容赦なく踏みつぶすだけだ」
レオはニヤリと笑みを浮かべる。自らの野望の為に、レクス分派の悲願の達成は目前に迫ってきている。今さら止める事も止められもしない。レオは手に届く範囲にまで近づくトリニティのトップの座に座る姿を幻視しながら帰路へとつくのだった。