「ゲヘナめ……! 面倒な事をしてくれる……!」
レクス分派リーダーである鏡原レオは反ゲヘナの機運を高めるために利用していた温泉開発部が全員病院送りにされたと聞き苛立ちのままにテーブルに手を叩きつけた。ドン! という音と共にテーブルに乗っていた小物が倒れて地面へと落ちていった。
現在、トリニティ内部で反ゲヘナの感情は過去最高にまで高まっていると言えた。加えてティーパーティーによる裏切り者と思われる者の一斉粛清によってティーパーティーへの不信感も高まりつつあった。現状こそティーパーティーが強固な統制の元そう言った感情を押さえつけている為に表面化する事はないがあと少し、何かしらのきっかけでエデン条約を破談にさせる事が出来る状況まで来ていたのだ。
しかし、それを行う為に用意していた温泉開発部はゲヘナ風紀員会の手によって予め病院送りにする事で動ける状態ではなくなっていた。特に部長のカスミは一月はまともに動けない程の重傷であり、彼女無しでは温泉開発部がその力を発揮する事は難しかった。
「このままではエデン条約が締結されてしまう! それだけは、それだけは何としても阻止しないと……!」
「リーダー。代案ですが彼女たちを使いましょう」
レオが焦りを見せる中幹部の一人が数枚の写真を見せて提案した。写真にはゲヘナの制服に身を包んだ4人の生徒が映っていた。そしてそれらにレオは心当たりがあった。
「……美食研究会か。だが奴等だけでは不十分だろ?」
美食研究会。それはゲヘナが誇る二大テロリストの一つとも言われている部活であり、その名の通り美食を研究する部活だ。しかし、流石はゲヘナ生の部活という事もあり活動は過激だ。自治区内外問わずに美味しいと噂される店に行っては自分たちの求める味覚以下の料理だったなら店を爆破し、食材の為なら窃盗強奪等なんのそのという者達だった。
彼女たちは僅か4人ながら被害は温泉開発部に匹敵していたが如何せん人数の少なさと美食しか狙わないという事で温泉開発部よりも使い勝手は悪いと判断されていたのだ。
「ご安心ください。トリニティとゲヘナの境界沿いにある水族館。そこに餌を用意しておきました。彼女達ならば見事食いつき、トリニティで大暴れをしてくれるでしょう」
「ふむ……。成功する見込みがあり、なおかつ代案が無いのならば受け入れるしかないな。よし! 好きなように動いて構わない。見事起爆剤として機能させて見せろ」
「分かりました」
レオは幹部の案を受け入れ指示を出す。失敗してもまだエデン条約までには時間がある。焦りこそあれどチャンスはある。成功すればそれはそれで問題無いとレオは判断したのだ。
幹部の少女は頭を下げつつ内心でほくそ笑む。
「(リーダー。お任せください。我らが全力でリーダーをトリニティのトップにしてみせます。そして、トリニティの全てをヴァルグレアの思いのままにするのです)」
彼女もまたヴァルグレアの“処置”を受けて其の在り方を変えられた一人だった。最早レクス分派の上層部でヴァルグレアの処置を受けていないのはレオ以外に存在しない。レクス分派はヴァルグレアの都合の良い駒としてトリニティを脅かす存在として動き続けているのだ。
「それと補習授業部についてはどうしますか?」
「監視はしておけ。ただしそれだけだ。あいつらが何かしようとあたしらの障害になる事はない」
補習授業部。トリニティではありえない迅速な動きで設立された部活。当初はシャーレが関わっているという事で警戒もしていたが今ではそれも無駄だったと判断していた。
「先生も想定よりも脅威とはなりえない事が判明した。補習授業部自体も裏切り者をあぶりだすための部活のようだからな。奴らがどうなろうと問題は無い」
「……そうですか」
レオの言葉に幹部の少女は僅かに返事を漏らすだけだった。ヴァルグレアを通じてシャーレの先生の危険性は理解しているつもりであり、幹部の少女はレオにも内緒で先生と補習授業部に対して警戒を厳にする事を決めた。
「ティーパーティー。今は呑気に紅茶を楽しむと良い。それもあとわずかで不可能となるのだから……!」
一方のレオはそう言ってニヤリと笑みを浮かべるのだった。
「ゴールドマグロ、ですか」
「そうです。これは手に入れる以外にありませんよ」
美食研究会の会長を務める黒舘ハルナは部員の鰐渕アカリが持ってきた情報に思わず眉をひそめた。その内容とはゲヘナにほど近いトリニティの水族館にて伝説のゴールドマグロが展示される事になったというものである。伝説と言われるだけあってそのマグロはとても美味であり、食べた者に至福のひと時を与えると言われていた。
ハルナ達美食研究会も未だ食したことのない正真正銘の美食。普段であれば飛びつかないわけがない情報だがハルナはそれに飛びつく事は無かった。
「……ハルナさん? どうかしましたか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
アカリが不思議そうにこちらをうかがってくるのを見てハルナは首をフルフルと振るうと何でもないと返事をした。
ハルナは何処か嫌な予感を感じていた。それは2年前のとある人物のせいで身についてしまった本能レベルの直感によるものであり、これで何度も窮地を逃れてこれた事もあり、今回もまたそれに類するものだと感じたのだ。
「(確かゲヘナとトリニティにおけるエデン条約が間近に迫っているのでしたね。……まさかとは思いますが今回の情報は罠という事でしょうか?)」
ハルナは思案するも明確な答えは思い浮かばない。思考を巡らせるには何もかもが情報が足りていなかった。所詮は自分の直感とアカリからもたらされた情報しかないのだ。たったそれだけで回答を見出す事はハルナには出来なかったのだ。
「(……最悪の場合はトリニティ内を逃げれば問題は無いでしょう。例えヒナさんが出てきたとしてもトリニティでは何も出来ない。懸念点は正義実現委員会ですが……それで美食を諦める理由にはなりませんね)」
しかし、美食の前にハルナは諦めるという選択肢が浮かぶ事は無かった。美食の前では全ては些事。そう結論付けるとアカリに言った。
「今すぐジュンコさんとイズミさんを呼んできてください。私はゴールドマグロを調理してもらう為にフウカさんを拉致……連れてきますので」
「分かりました☆」
「(ふふ、ゴールドマグロ。どれほどの美食なのか味合わせていただきましょう)」
ハルナは内心でまだ見ぬ美食を期待し給食部のフウカの元へと向かうのだった。全ては仕組まれた通りに、ティーパーティーを蹴落とすための駒として彼女たちは知らず知らずのうちに滑稽な踊りを見せる事になるのだった。