「コハル、うまくやれているようで安心しました」
「ハスミ先輩……」
正義実現委員会の副部長を務める羽川ハスミは補習授業部できちんと勉学に励んでいるコハルにほっと安堵の息をついた。目をかけていた後輩が赤点を取り、補習授業部に送られる事になった際には心配したものの、他のメンバーたちや顧問を務めている先生からの言葉もあり、安心する事が出来ていた。
補習授業部に入れられた者は勉学に集中するためにそれまで属していた部活動には一切顔を出すことが禁止されている為に中々状況把握が難しかったが今回の一件でハスミの心配は一つ減った事になる。
そして、そんな話をしている場所がトリニティでは外出禁止の時間帯且つ特大パフェが存在するカフェの中でなければ完璧だっただろう。更に言うならダイエット宣言をしたハスミの前にその特大パフェが3つも並んでいるせいで色々と台無しであったが。
「ここ最近はトリニティ内も不穏な雰囲気が漂っています。皆さんも気を付けてくださいね」
「勿論です。ありがとうございます」
現在のトリニティはエデン条約が差し迫っているという事もあって不穏な雰囲気が漂っていた。桐藤ナギサによって怪しい生徒の摘発が行われてからというものティーパーティーに反発した生徒が暴動を起こすようになっていた。更にそんなティーパーティーの暴挙にレクス分派が過剰反応を起こし、過大解釈した話をばら撒いているのだ。
——曰く、ティーパーティーはエデン条約にかこつけて自分達にとって不都合な生徒を消そうとしている。
——曰く、ティーパーティーのホストである百合園セイアが病欠を理由に表に出てこないのは桐藤ナギサに殺されたからである。
——曰く、エデン条約は桐藤ナギサが絶対的な権力を握るために強引に進めている独りよがりのものに過ぎない。
一部を大げさに言っているだけで本当の事が多分に含まれたそれらはトリニティ内で瞬く間に拡散され、ティーパーティーの不信感を高める材料とされてしまっていた。更に悪いことに正義実現委員会の中にもその話を真に受ける生徒が出始めており、勝手に捕らえた者達を解放するなどハスミを悩ませる行動をとりつつあった。
そうした中で久しぶりに会ったコハルとの会話やその中で知れた成長はハスミにとって癒しをもたらしていたがそんな彼女の心労を激増させる事件が発生する。
『ハスミ先輩、大変っス』
「イチカ? どうかしたのですか?」
それは正義実現委員会のメンバーである仲正イチカからの報告から始まった。
『ゲヘナの美食研究会がアクアリウムを襲撃したっス。何でも展示されていたゴールドマグロを奪い取ったとかで……。今はトリニティの中心部で大暴れしてるっス』
「なんですって? 直ぐに向かいます! 急いで部員たちを終結させて……!!!」
ゲヘナが誇る二大テロリストの一角、美食研究会。その悪名はハスミの耳にも届いている。もう一つの温泉開発部は風紀委員会によって捕らえられたと聞いているが未だ美食研究会は野放しになっており、最悪のタイミングで騒動を起こしてくれたとハスミは痛み始めた胃を抑えながら現場へと向かうのだった。
とはいえ結末だけを言えば騒動は一晩で解決した。先生と補習授業部が協力を申し出てくれたためである。シャーレの権力を大いに利用する形となったがおかげで無事に美食研究会を捕らえ、風紀委員会に引き渡すことが出来ていた。
その引き渡しもシャーレ主導で行う事でゲヘナとトリニティで余計な小競り合いが起きないようにすることが出来ていた。
「それじゃ、先生。久しぶりに話せてよかったわ」
そう言って引き渡しに同行してきた空崎ヒナは一時の先生との会話を楽しみ、美食研究会を乗ってきた車に押し込もうとした時だった。
「……っ!」
何かがヒナへと投げられた。咄嗟に弾けばそれは石であり、ヒナとて当たれば怪我は免れない程の大きさの物であった。
「誰!?」
明確に悪意を持った行動にヒナは愛銃を構えて飛んで来た方を見れば顔を憎々し気に歪ませた市民が立っていた。その顔は憎悪に歪み、ヒナを睨みつけていた。
しかし、驚くべきはそこではない。投げた市民は一人だったがその周りには大勢の市民がいたのだ。皆同じように顔を憎悪で歪ませていた。それはヒナでさえ向けられた事の無い本気で殺したいと思っている人の目であり、一瞬だがたじろいでしまった。
「お前らゲヘナのせいで俺の店は破壊された!」
「あたしもだ! 逃げるゲヘナの奴に突進されて怪我をさせられた!」
「俺の妻はゲヘナの奴に撃たれて病院に運ばれた!」
「ゲヘナめ! 二度と来るな!」
「トリニティから出ていけ!」
口々にそう叫ぶ市民の方々は我慢できなくなったのか手に持った石や空き缶を投げ始める。慌ててヒナは先生を抱えて車の陰に隠れるが市民の憎悪がそれで消えるわけではない。窓ガラスが割れ、中にいる救急医学部の氷室セナもどうすれば良いの変わらないと言った様子で銃を構えたりおろしたりしている。流石の彼女も市民への発砲ははばかれるようだ。というよりもゲヘナ生である彼女がここで発砲すればより事態は悪化するだろう。
「先生! 乗って!」
「“ヒナ!?”」
「セナ! ゲヘナに戻ろう」
「分かりました」
ヒナは先生を抱えて車に飛び乗り、セナに指示を出す。ここで先生を置いて行っては危険だと判断してゲヘナに行ってから返そうと考えたのだ。
その結果、車は急発進して逃げるように去っていく。憎悪の対象がいなくなったことで市民たちは肩を落としてそれぞれの帰路へとついていくがその様子をパシャリと、カメラで撮る人物がいた。
「作戦通り……」
その人物はそう呟くとニヤリと笑みを浮かべて裏路地の陰の中に消えていくのだった。
——ゲヘナのテロリスト、美食研究会。逃亡中に市民を襲撃か!?
——美食研究会の襲撃によってトリニティ各地で被害者続出!!
——補習授業部の顧問として雇われているシャーレの先生、ゲヘナ風紀委員会によって拉致される!!
——エデン条約に懐疑的な声が続出。ティーパーティーの決断は!?
翌日、先生が補習授業部へと戻ってきたときにヒフミによって見せられたネットニュースはそう言った見出しの記事が多数上がっていた。それらの記事は昨日の夜の美食研究会の騒動を扱ったものであり、トリニティで暴れる彼女たちの様子が写真付きで説明されていた。
「私もさっき知ったんですが似たような記事がいくつも上がっていて、コメント欄も凄く荒れてます!」
「“これは……!!”」
記事の内容はどれもこれもが酷いものだった。まるで美食研究会がトリニティで傍若無人に暴れ、市民たちを次々と襲ったかのように書かれていたのだ。更に言えば逃走中のものらしい、市民とぶつかったところや流れ弾が当たった場面らしき写真も掲載されており、まるでそれが主体で行われたかのような形にされていた。
「ネットのコメント欄ではゲヘナに対して批判するコメントが多数上がっていて……! 私もどうすればいいのか分からなくて……」
「“直ぐにナギサに会いに行ってくるよ! ヒフミは待っていて”」
「わ、分かりました!」
先生は急遽ナギサの元に向かう事にした。ゲヘナを批判されているとはいえ同時にそんなゲヘナとエデン条約を結ぼうとしているナギサも批判される可能性が高かった。嫌な予感を覚えた先生は慌ててティーパーティーのある建物へと向かうがそこには案の定と言える光景が広がっているのだった。