「ティーパーティーは今すぐエデン条約を取り消せ!!」
「ゲヘナの横暴を許すな!」
「トリニティを舐めたゲヘナに宣戦布告せよ!!」
建物の前では市民や生徒達が屯して騒いでいた。彼女たちは一様に反ゲヘナ、反エデン条約を叫び、ティーパーティーの生徒達を押しのけて建物に入りそうな勢いになっていた。それはまさにゲヘナへの悪感情が爆発した光景であり、ティーパーティーへの不信感が隠しきれない所まできた証だった。
「“これじゃ入れないか……”」
とはいえそのせいで先生はナギサに会う事が出来なくなっていた。入口は騒ぎが起こっており、入れる状態ではなくなっていた。このままではナギサに会う事も出来ないと考えていた時だった。誰かに肩を叩かれ、そちらを振り返ればティーパーティー所属の生徒らしき少女がいた。
「先生ですね? 私、フィリウス分派に所属する者です。ここにいるという事はティーパーティーに用ですか?」
「“そうなんだよ。何とかして入れないかなと思ってさ”」
「それならティーパーティー専用の秘密の出入り口がありますのでそちらをご利用ください」
「“本当かい? 助かるよ”」
先生は市民たちに見つからないようにティーパーティーの生徒の後に続いて一旦建物を離れた。そして、学校の端にある小さな倉庫に案内された先生はそのまま倉庫内の郭汜通路を通っていく。中は薄暗く、生徒が持っていたライトが無ければ足元さえ見えない程だったがしばらく歩いていると扉に辿り着き、そこを通れば何処かの物置らしき場所に出た。
「ティーパーティーの地下にある倉庫です。ここを上がれば辿り着きますよ」
「“ありがとう。このお礼はいつか必ず……”」
「それならばナギサ様にお願いします。私としても今のナギサ様は少し無理をしているように見えますので」
生徒はそう言うと少し悲し気な表情をした。
「ナギサ様はエデン条約を締結するために寝る間も惜しんで政務に励んでおられます。ですが、最近は何処か暴走しているようにも見えます。前に行われた正義実現委員会による怪しい方々の一斉摘発もやり過ぎだと思います」
「“それは……”」
先生としてはヴァルグレアの動きをよく知っているだけにナギサの過剰とも言える心配も仕方ないと思っていた。とはいえそれは先生だからこその感想であり、身内からはそう見えないのだろう。
「エデン条約まで時間が無いのは重々承知しています。ですが、ナギサ様には一度休んでいただき、万全な状態となって欲しいと考えています」
「“……わかった。君の考えはよく理解したよ。私からもナギサに言ってみるよ”」
「ありがとうございます」
ティーパーティーの生徒のお願いを聞き入れ、先生は倉庫を出て階段を上っていく。生徒がそれ以上ついてくる事は無かったが名前も知らない生徒に感謝の念を抱きながらナギサとの話をするために彼女がいるだろう最上階に向かって歩き続けるのだった。
「……はい。指示通りに先生を誘導しました。少なくとも事を起こしている間、先生が到着することはないでしょう。……勿論です。全てはヴァルグレアによる統制された世界の為に」
全てが先生の動きを封じるためのものだとも知らずに。
同時刻、ゲヘナ学園の風紀委員会が管理する牢獄では4人の生徒が囚われていた。その者達は先日トリニティで騒動を起こした美食研究会の面々であり、それぞれ個別の牢に入れられて反省を促されていた。
ゲヘナ学園が管理する牢は不正が横行していた時期もあったが現在では真っ当に運営が行われており、風紀委員会の厳正な管理によって矯正局に送られる事なく捕らえられた生徒達はここで反省を促されるようになっていた。
「うぅ……。痛い……」
美食研究会の1年生である赤司ジュンコはひりひりと痛むお尻をさすりながら守るようにお尻を上に突き出したうつぶせの状態で敷かれた布団の上で嘆いていた。
空崎ヒナによって牢に入れられる際に蹴り飛ばされたがその痛みは半日以上が経過した現在でも引く事はなかった。
「ヒナさん。何時もに比べて過激でしたわ……」
「暫くは座る事が出来そうにないですね☆」
「痛いぃ……」
他の美食研究会の面々も同様であり、誰もが痛みで涙目となっていた。エデン条約が近いというのに騒ぎを起こした美食研究会に対して空崎ヒナは容赦がなかった。温泉開発部の鬼怒川カスミのように当初は病院送りにしようかとも思ったが結局は牢獄に入れる事になった。その際に蹴り飛ばして入れたことで彼女たちのお尻にはヒナの靴跡がくっきりと残る結果となったが。
「全く……。エデン条約が近いのは分かっていますが少しピリピリしすぎですわ。……これではまるで2年前のようですわ」
「そうですね……」
2年前、という言葉に同じ3年生であるアカリが反応した。2年生と1年生であるイズミとジュンコは何のことか分かっていない様子だったが。
「とにかく、いつも通り期間が過ぎるまでは大人しくしているしかありませんわね。普段よりは長くなるでしょうけどエデン条約が締結される頃までには釈放してもらえるでしょうし」
「うえーん。それ大分長いですよ……」
ハルナの言葉にイズミが泣き言を言った時だった。複数の爆発音が外から響き渡り、怒鳴り声や悲鳴、更に複数の銃声が相次いで発生したのである。それはまさに一瞬にして近くが戦場となったかのような喧騒であり、痛みで悶えていた美食研究会の面々も驚きで顔を上げて何事かとあたりを見回した。
「これは……」
「襲撃、ですかね?」
「え、でもここって風紀委員会が管理する場所でしょ? そんなところに襲撃を仕掛ける奴なんて……」
いくら自由と混沌が売りのゲヘナ学園でも生徒や不良達も風紀委員会の本部や牢獄に襲撃を仕掛けるような真似はしない。そんなことをしても返り討ちに遭うと分かっている為である。それ故にその付近でも余程の事がない限り銃撃戦が発生することはない。
そんな銃撃戦が起こっているという事は余程の事態が起こったという事である。それも爆発音が最初に聞こえたという事は敵からの奇襲を受けた可能性が高いのだ。
「……少し、警戒しておいた方が良いのかもしれませんね」
ハルナはまるで2年前の日々のような心の底から湧き上がってくる嫌な予感を感じ、何が起こってもいいように心構えをするのだった。
「くそっ! 誰かこっちに来てくれ!」
「無理だ! 数が足りない!」
「きゃっ!? 狙撃手がいるわ! 気を付けて!」
一方、風紀委員会が管理する牢獄がある建物の外部では守りを固める風紀委員会のメンバーが襲撃者と熾烈な銃撃戦を繰り広げていた。襲撃は四方から行われており、それに対して風紀委員会は守備隊20人で相手をしなければならなかった。
「どう見ても相手の数は50人を超えているぞ! 5人でどうやって守ればいいんだよ!」
「泣き言言ってないで一発でも多く撃て! ヒナ委員長には連絡を入れた! 直ぐに来てくれる!」
「それまで持ちそうにないから言ってんの!」
牢獄を守る守備隊の練度は実はそこまで高くはない。理由は半数が新人だからだ。ゲヘナという魔境で治安維持部隊に入る気骨のある生徒達とは言え実力が伴っていなければ意味が無い。故に彼女たちは牢獄の守備を行いつつ訓練を行っているのだ。ここに襲撃を仕掛けてくる者等捕らえられた仲間や友達を助けようとする者が大半であり、残り半数のベテランの2年や3年生で対処が出来ていたのだ。
そう、風紀委員会は知らず知らずのうちに慢心していたのだ。ヒナ委員長という強力な存在が率いる風紀委員会に抵抗する者はいれど積極的に襲撃を仕掛けてくるような物はいないと高を括った結果が今だったのだ。
「ぎゃぁっ!?」
「手榴弾だ! よけ……!」
隙を見て一斉に投げ込まれた手榴弾。それらを諸に喰らった正門を守っていた5人があっけなく気絶する。3年生で固めた彼女達も数の暴力の前にはどうしようも無かった。
「今だ! 突入して地下にいるやつを連れ出すんだ!」
襲撃者のリーダーらしき人物がそう叫ぶ。襲撃を仕掛けてきた彼女たちは異質な姿をしていた。正体でも知られたくないかのように私服を着ており、制服ではない為にどこの者かが分からないようになっていた。更に彼女たちが用いる武器もどれもがブラックマーケットで手に入るような物であり、学校を特定できるようなものは何一つ身に着けていなかったのだ。
リーダーや一部の部下たちが外で待機していると建物の方から騒ぎ声が聞こえてくる。
「ちょっと! あんたら誰よ!? 離しなさい!」
「くっ!」
姿を見せたのは拘束された美食研究会であり、彼女たちは拘束する際に抵抗したのか銃弾を受けたらしき打撲痕を体中に付けていた。その関係か、アカリとイズミは完全に気絶しており、4人で運び出されていた。
「よし! 車に詰め込め! 急いで撤退する!」
「隊長! 空崎ヒナが急速に接近しているとの事です!」
「分かった! かち合う前に逃げるぞ! 撤退を急げ!」
リーダーは部下たちにそう叫ぶ。部下たちも迅速に動き、車に美食研究会の面々を押し込むと急発進でその場を後にした。他の方面を攻撃していた者達も迅速に撤退し、後に残されたのは攻撃を受けてボロボロになった牢屋だけだった。
そして、撤退してから僅か数分後に空崎ヒナが駆け付けるもそのころには襲撃者は全員逃げおおせてしまっており、捜索しようにも出来ない状態となってしまっていたのだった。
このことが先生の耳に入ったのはナギサとの会談を終え、ティーパーティーの前でデモを行っていた市民たちを説得して解散させた後の事だった。以降、美食研究会は姿を見せる事は無くなり、彼女たちによる被害が無くなった事でキヴォトスは少しだけ治安が安定することになり、彼女たちが再び姿を現した時、先生たちの間に激震が走る事になるのだった。