「態々お時間を作っていただき感謝しますよ。ナギサさん」
「えぇ、私としても忙しい中時間を作ったのです。それ相応のものであると願っています」
風紀委員会の牢獄の襲撃を受けた日の夜、桐藤ナギサはサンクトゥス分派の暫定リーダーとなっている少女、筑厘ミキから共有しておきたい情報があるとして呼び出されていた。それもトリニティの裏切り者に関わる重要なものだと。そう言われてしまえばナギサとしては受けるしかなかった。今彼女が最も警戒している者に関する情報ならばたとえ相手がいけ好かないとしても応じるほかなかったのだ。
「……あまり好かれていないみたいですし単刀直入に言いましょう。実は、今日の午前中に発生したゲヘナの風紀委員会の牢の襲撃。あれの犯人を捕まえました」
「っ! それは本当ですか?」
「勿論ですとも。もしかして、疑っています?」
ミキは小馬鹿にするような口調で聞いてくるが正直に言ってしまえばその通りである。ミキだけが特別とはいえサンクトゥス分派も荒事が得意という訳ではない。風紀委員会の施設を襲撃するような者達を捕らえた等信じられなかったのだ。
「まぁ、私も最初はそうでしたよ。ただ、奴等トリニティにも逃げてきていたようでたまたま会合に向かっていた方たちと接敵してしまい、何人かを捕らえたとの事です」
「そうですか……。犯人は?」
「分かりません。学籍もなかったそうなのでその辺の不良でしょう。ですが、面白いのはここからですよ」
そう言うとミキは一枚の紙を取り出す。そこにはいくつもの電話番号が書かれていた。
「これ、捕らえたやつが持っていたスマホの通話記録です。どうもリーダー役との連絡係を任されていた奴らしく誰かと頻繁に連絡を取り合っていたとの事ですよ」
「……それで?」
「その相手、全部公衆電話からでしたよ。補習授業部が合宿をしている施設近くのね」
「っ!」
それはつまり、補習授業部の誰かがこの襲撃を計画したという事である。でも何のために? ナギサの脳内が疑問で膨らむ中、ミキは続ける。
「他にも面白いことを言っていたらしいですよ。何でも、襲撃を仕掛けたのは次に起こす襲撃の視線をゲヘナに引き付ける事らしいですよ」
「次ぎに……。まさか……!!??」
「ええ。ティーパーティーホストの暗殺。つまり、ナギサさんの暗殺です」
それを聞いたナギサは今度こそ冷静ではいられなくなった。これが普通の、百合園セイアが生きていた頃のナギサではあればおかしな点に気づき、これほどあっさりと信じる事は無かっただろう。しかし、セイアが殺され、トリニティにはヴァルグレアの魔の手が迫ってきている現状ではナギサはそれを簡単に信じてしまう程に摩耗していた。
「流石に何時、襲撃を仕掛けるのかは分からないですが聞いた話によるとこの公衆電話から指示を出すのは今日で最後になると言っていたとの事。次の指示は別の電話でかけるとも。これってつまり合宿が終わるから合宿所から移動してしまうから同じ電話で掛けられないって事ですよね?」
「……そう、ですね」
「相手の声は変声機を通した声だったので分からないそうですが電話の時間は決まって夜です。昼間は勉強をしているのであれば当然でしょう」
「……」
ミキの言葉を聞き、ナギサの脳内ではピースが次々とハマっていく。そして、同時にもう時間がないことも理解してしまった。
「……ミキさん。今回は貴重な情報を共有していただきありがとうございます。おかげで対策を取る事が出来ます」
「私としても従姉妹のセイアの友人であるナギサさんが傷つくようなことが起こらずに済みそうで安心したよ。ご武運を」
「えぇ」
それだけ言うとナギサは部屋を出て自分の部屋へと戻らずにティーパーティー保有のセーフハウスに向かう。最早残された時間は少ない。いつ自分が暗殺を受けてもおかしくは無いとナギサは行動を起こす。ナギサは電話をかけフィリウス分派のメンバーに次々と命令を出していく。その一つに補習授業部に対するものもあった。
「……ヒフミさん。申し訳ございませんが貴方にも一度辛い目に遭っていただく事になりそうです」
ナギサは指示を出し終えた後で友人として可愛がっている阿慈谷ヒフミを辛い目に合わせてしまうと自分が出した指示に対する罪悪感やこうする事しか出来ない自分の不甲斐なさを嘆くのだった。
「……ククク、ナギサさんは本当に馬鹿ですねぇ」
ナギサが去り、一人残されたミキはこらえきれないと言った様子でナギサを嘲笑う。今回の話をあんなに簡単に信じるとはミキも予想外だったがいい方向に転んだので良しと考えていた。
「トリニティのホストの宿命だろう。こんな歪な学校の統治者だ。摩耗してもおかしくはない」
「あら、レオさんじゃないですか」
その時、ガチャリとナギサが出ていった扉とは反対側の扉が開き、レクス分派の鏡原レオが姿を見せた。レオは先ほどまでナギサが座っていたミキの対面のソファにどかりと座ると改めてミキに聞く。
「美食研究会の奴らはヴァルグレアに引き渡したな?」
「えぇ。勿論です。ヴァルグレアの方々も喜んでいたようですよ」
「行動はともかく実力者4人だからな。無効としても最高の戦力確保になっただろうぜ」
ミキとレオは互いに笑う。今回の襲撃は美食研究会を手に入れるのとナギサの疑心暗鬼に止めを刺すためのものだった。美食研究会はその行動に注目ばかりされているがその実力もまた高く、先のトリニティでの騒動でも正義実現委員会の剣先ツルギが出てくる事で漸く捕らえる事が出来たのだ。ヴァルグレアはその高い知名度と戦闘力に注目したのだ。
「美食研究会を処置して更生したように見せかけてヴァルグレアの知名度を上げる、か。今さらヴァルグレアがそんな手を取ってくるとは思わなかったぜ」
「トリニティでの暗躍が失敗した時に備えてでしょう。ティーパーティーの権威が失墜し、貴方が権力を握ったとしても反発してくる生徒は出てくるでしょう。そうなればトリニティは荒れ、内戦へと至るのは目に見えています」
「そうしてトリニティの喧騒を嫌ったやつをヴァルグレアが引き受ける。そんな簡単にはいかないだろうが情弱な市民ならタイミングよくテロリストを更生する学校は天国に見えてもおかしくはないわな」
二人は予測を話し合うもその中で美食研究会を気遣う言葉が出てくることはない。ゲヘナを嫌う二人にゲヘナの中でも最悪のテロリストと言える美食研究会に対して同情する気は一切起きなかったからだ。
「それにしても以外だよ。お前が協力してくれるとはな。いいのか?」
「今更何を言っているんですか。貴方が作る新生トリニティのナンバー2を約束してくれると言っているのに応じないわけがないでしょう」
そう、筑厘ミキはヴァルグレアに協力するレオの仲間となっていたのだ。彼女がセイアに代わりサンクトゥス分派のリーダーとなっていた時には既に内通しており、サンクトゥス分派はレクス分派の協力の元既にミキの支配下に置かれてしまっていたのだ。
元々、セイアはその言動や病弱な点からリーダーに相応しくないと反感を買っており、そう言った者達を中心に抱き込んだことでセイアの影響力は完全に喪失していたのだ。
「そう言えばセイアが死んだ直後に声をかけた時、お前はあまり動揺してなかったな。セイアの従姉妹なんだろう? 悲しくなかったのか?」
「ふふ、おかしなことを言うのですね。……あんな女狐嫌いですよ」
瞬間、彼女の瞳が憎悪に包まれる。藪蛇だったことにレオが気づくも既に手遅れだった。
「母方の従姉妹という事で常に比べられて育ちました。お前は何でセイアと比べてこんなことも出来ないんだ。セイアは出来たのにお前は出来ていない。もっとセイアと同じように努力をしろ。
……周りはそうやって比べ、優れたとしても病弱なセイアに勝って嬉しいか? 人の心は無いのか? 従姉妹をいじめて楽しいですか? ……本当に嫌になりますよ」
そう吐き捨てるように言うミキの様子をみてレオはコンプレックスをこじらせているな、と思いつつも自分も同じようなものか、と考えなおした。レオもまたティーパーティーに対して憎悪を抱いているのだから。
「トリニティに入学してからは実力を出すことをやめましたよ。それをしても無意味だと理解させられましたから。セイアもそんな私に失望でもしたのか何も言わなかったですよ。それはそれで気楽で良かったですがセイアが死んだなら別です」
無能の革を被っていたミキは即座に動き、その類まれな知力をフル活用してサンクトゥス分派を瞬く間に掌握したのだ。そして、セイアが生きていた痕跡全てを消すように行動をとっていたのだ。
「百合園セイアというティーパーティーのホストが統治をしていたトリニティを破壊し、貴方と私が統治をするトリニティに作り直す。そうすればセイアの生きた痕跡を完全に消すことができます」
「ならなおさら失敗は出来ないな」
ミキが強い感情を持っているようにレオもまた失敗できない程の感情を持っている。そう意味では互いに似た境遇と言えた。
「ええ。ヴァルグレアとは違う勢力がいるようですしそれを利用してティーパーティーの権威を失墜させます。エデン条約など結ばせませんよ」
「その通りだ」
そう言って二人は笑う。互いに目指す夢の為に。例えその夢の先がヴァルグレアという傀儡子に操られる哀れな人形としての未来だとしても。もう二人には引き返す道は残っていないし、引き返す意思も持っていなかったのだ。