ヴァルグレア統制学院はその理念と設立経緯から外部との交流が難しい、若しくは警戒されて出来ない状況にあった。そのために高宮ミウ等の例外を除き、他校の生徒が入学してくる事は基本的にはない。
故に自治区内では食料などを除き全て自立できるように様々な物が作られている。
そんあ中の一つ、ヴァルグレア統制学院中等部に処置官アマリア・エーレンベルクの姿は会った。灰と黒の冷たい構造が、歓声も雑音も許さぬように整然と並ぶその光景にアマリアは少しの懐かしさを覚えた。意外にも自治区内には3つの中等部が存在する。それらは全て同じ作りをしており、個々の違いはない。どこまでもヴァルグレアらしい“個性を排除した外観となってしまっていた”。
「到着時刻、規定値内。処置官殿の到着を確認しました。ようこそ、アマリア・エーレンベルク処置官殿」
「出迎えありがとうございます。アマリア・エーレンベルク処置官、現時刻を持ち中等部視察の命令を遂行、予定通り進行します」
中等部の校門にて待機していた女性を見てアマリアは姿勢を正す。
20代後半でありながら黒い軍服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体からは他を圧倒する圧を感じ、鋭い表情は逸脱者含む反抗する者を逃さないと言わんばかりの威圧感を持っている。
アマリアは初めて対面する相手だがだからと言って知らない相手ではない。むしろ、この自治区で知らない者の方が少ないとさえいえる程の相手であった。
「まさかヤーグナー教官殿直々の案内を受けられるとは思いませんでした」
「私としても自分の教え子を見せるのです。他人任せになどできませんよ」
目の前の女性、グラディス・ヤーグナーはアマリアの言葉にそう返した。
“ヴァルグレア最強の処置官”、“最も秩序ある処置官”、“統制学院の英雄”。彼女を示す言葉は数えきれないほど存在するがその全てが賞賛の言葉であった。彼女は処置官に就任して以降あらゆる戦闘において無類の強さを誇り、2年前に発生した“赫灼戦役”においてはたった一人で敵の精鋭部隊を相手取り、見事返り討ちにする戦果を誇っていた。最終的には前線を突破し、敵司令部を壊滅に追いやり、統制学院を勝利に導いていた。残念ながらその戦役でグラディスは負傷し、現場から離れる事となったが以後は教官として中高両方の生徒に自らの技術全てを教え込んでいた。
アマリアは彼女から直接何かを教わったことはない。だが、彼女が行っている指導と同じ教育を受けたことはあり、“最も模範的な処置官”として彼女を尊敬していた。
「では参りましょう。先ずは校舎内から案内します」
「お願いします」
グラディスの言葉にアマリアは頷き、補佐官としてついてきた二人の少女も彼女たちの後を追う。処置官に就任し、わからない事ばかりのアマリアをよく補佐する彼女たちの手腕は素晴らしいの一言であり、とても同年代とは思えなかった。
だが、それも二人の出自を考えれば当然のこととも言えた。
「(統制児……。ヴァルグレアが赤子乃至幼少期より“統制教育”を徹底して行い、作られし存在。最初は気味が悪かったですが能力を考えればそれも気にならなくなりますね)」
アマリアは後ろからついてきている二人の少女、1013と4450をそう評価する。ゲヘナ学園とトリニティ総合学園の生徒に良く見られる特徴を二人は持っていた。そのことが何を意味するのかをアマリアは理解しているが言葉にする事も、思案する事もない。
“統制された秩序”の為には必要な事だと信じているのだから。
校舎内の視察を終え、アマリアはグラディスの案内のもと、少し離れた位置に存在する戦術訓練場に来ていた。簡易型戦場を模したブロック施設の中、数名の中等部生徒たちが基礎的な訓練に励んでいた。
教官ロボットの号令に従い、淡々とした動作で走り、伏せ、撃つ。その動きによどみはなく、全員がシンクロした動きを見せていた。戦場においてはあまり褒められた行動ではないのだろう。だが、グラディスの報告ではこれから応用的な訓練に入るそうであり、それによって改善される事だろう。
そんな中、アマリアの視線が、ひときわ整った動きを見せる一人に留まる。しなやかな身体運用、指示を待たずとも先を読んだ動作、そして……目。青灰色の双眸が、迷いも怯えも見せずに前を見ていた。
「彼女の名は、リディア・ヴァイスロート。中等部三年。現在、総合評価においてトップの成績を誇り、高等部進学後は処置官への昇格予定候補者です。まぁ、中等部時代の貴方と似た者ですね」
それは将来の後輩を意味しており、かつてのアマリアを彷彿とさせる優等生ぶりであった。そんなグラディスの言葉に、アマリアは小さく頷いた。
「……なるほど」
「ご覧の通り、ほかの訓練生徒と比較しても……」
「……彼女は、逸脱の気配がない。統制された秩序を体現している」
アマリアは短く口にした。リディアの背筋はまっすぐで、まるで命令を待つ刀のようだ。ヴァルグレア統制学院が目指す“統制された秩序”とはどういう物なのかをその身を以て教えているようであり、アマリアと同様に指標として尊敬される未来が待っている事だろう。
「彼女は、私が保証します。早くとも来年には貴官のような処置官となる素質を備えている」
「そうですか。…ならば、いずれ同じ職務に就く日を楽しみにしています。処置官として、共に秩序に尽くせることを」
アマリアは心の底からの言葉を送り、敬意を払った。
「その言葉、彼女に伝えておきましょう」
「いえ、彼女がその時に自ら証明するでしょう。言葉ではなく、行動で」
グラディスは無言で頷き、視線を再び訓練区域へ戻す。アマリアの視線に気づいたのか、一瞬だがアマリアと視線が交わった。互いに無機質で無感情な瞳。だが、お互いに何かを持っている。そう予測できる程似ているがそれも本当に一瞬の事。リディアは直ぐに視線を戻し引き続き訓練に集中し始めた。
視察はその後も行われ、いよいよ終盤に差し掛かった。最後に向かう場所は中等部での異例の存在が集められた区画。中等部でありながら“白化令”を受け人格と記憶を取り上げられた哀れな逸脱者たちが住む寮だった。次に生活区へと移る。
「処置官殿、ご覧ください」
その途中、アマリアはグラディスに呼び止められ、ある一角に視線を移す。そこには先ほどの生徒と同じ幼さの少女たちが淡々と学校を囲む塀の修繕を行っている様子があった。
「彼女たちも白化令を受けた逸脱者です。それも最も重い自治区からの逃亡と抵抗を図りました」
「逃亡……。あの年で……」
グラディスの言葉は信じられないものだった。基本的にこの自治区で逃亡を図ろうとする者の多くは高等部の生徒や大人がほとんどだ。純粋且つ幼さゆえに逃亡するなどとはあまり考える事はない中等部の生徒が逃亡をするとは考えられなかったのだ。
「あの中の一人が外部からの転校生なのです。彼女に感化され一部の生徒が“感染”してしまい、逃亡に及んだのですよ」
グラディスは心底悲し気に話すがこの場に人間として正常な判断を持った人物がいれば絶句してしまうだろう。何しろ、グラディスが語った“感染”とは“自由意思を持ち、自ら行動しようとする”という人間として当たり前の行動だったのだから。
だが、ここにおいてそれは統制された秩序を乱す行為としてウイルスと同様に悪とされた。そして、“感染”が確認された生徒はほぼ全てが処置の対象となった。
「近年では生徒の逃亡が増加していると聞きます。統制AIもこのことを受けて自治区外から来る転校生も“処置”の対象とするそうです」
ヴァルグレア自治区はその行動故に治安の良い場所と称する者もおり、一定数以上の移住希望者がいた。彼らは転校生でもない限り記憶と人格を弄り、統制された秩序を守る市民となってから住むことが許されていた。
だが、生徒に関してはいくらでも教育が可能という事でその処置の対象外となっていたがそのせいで逸脱者が増加する原因となっており、それを重く受け止めたヴァルグレア統制学院のトップである統制AIヴァルグレアは転校してくる生徒にも処置を行う事を決定したのだ。
「私としてもその判断はありがたいことです。これで生徒たちが“感染”し、逸脱者が出る事を最小限に抑える事が出来る。“感染源”さえ事前に潰すことが出来れば、“感染者”が出てくる事はなくなりますので」
「……そう、ですね」
グラディスの言葉にアマリアはきちんと返事が出来なかった。それが何を意味しているのか、それをまだグラディスも後ろで話を聞いている統制児たちも、そしてアマリアも理解できないのであった。