アマリア・エーレンベルクはグラディス・ヤーグナーの案内の元、ついに最後の視察地である処置済み、すなわち白化令が適用された元逸脱者たちが住む寮に来ていた。
「現在、白化令が適用された逸脱者は合計25人。彼女たちは中等部卒業後AIが定めた職に就職が決まっています。まぁ、大抵が重労働か清掃業務ですが」
白化令を受けた“逸脱者”は基本的に就職先が決まっている。ヴァルグレアが運営する社会奉仕企業であり、彼ら彼女らはそこで自治区を管理するための様々な労働に就く事になっている。セイル=アインのように高等部以上の人間は即座に就職させられ、中等部までの人間は卒業後の就職となっている。
「……あれは?」
ふと、説明を受けていたアマリアは視界の端で見えた光景に思わず疑問の声を上げてしまう。だが、それも仕方のない事だろう。そこは先ほどの訓練場と同じ空間となっている。だが、先ほどの訓練場とは明らかに違う点があった。
「ああ、あれですか。処分命令が下った逸脱者が逃亡しているという設定での実践訓練ですよ」
銃を構え、容赦なく発砲する生徒たちの先にはバラバラに逃げ惑い、その銃弾に何度も倒れ伏す白化令を受けた逸脱者たちがいた。立ち上がるたびに銃弾が体中を襲い、何度も何度も地面に倒れ伏す。見える範囲だけでも体中が痣で蒼くなり、無事な部分があまりにも少ないその姿は痛々しい以外の何物でもなかった。
だが、そんな彼女達が悲鳴を上げる事はない。恐怖に襲われ、絶叫する者も泣き叫び許しを乞うような者もいない。淡々と、無表情に無感情に銃弾から逃げ惑い、倒れていくだけだ。アマリアがギリギリまで気づかないのも無理はない。音だけではただただ射撃音が聞こえてくるだけなのだから。
「逸脱者への処置後、再配置として現在の使用方法が最も合理的であるとの統括AIからの判断です」
「社会不適合者にして社会の癌である逸脱者に対して最も良き行動だと思われます」
グラディスが話す詳細に1013がそう評価する。その隣では言葉こそ発さないものの、4450が頷き、肯定を示していた。感情を持たず、統制された秩序の為に作られた存在である。1013と4450にとっては労働力として価値のない逸脱者を有効利用する方法で適切であると判断したのだろう。
実際に実行しているグラディスも疑問や不満を持っているわけではないようで、この場においてアマリアだけ、謎の違和感を感じていた。それはセルフェイン技研を処置した際にも感じたもので、あの日以来彼女の中では日に日に大きくなっていた。
銃声と逃げる為の足音だけが響く中、ふと、1人の少女と視線が交わった。顔中あざだらけになり、普通の人であれば痛みで泣き叫びそうな痛々しい姿にも拘わらず、その少女は無表情であり、そんな彼女が持つ灰色の目には感情はもう何も残っていなかった。
「……」
少女は何かを言う事も、それどころか感じる事もなく自らに命じられた職務を全うする為に銃弾から逃れていく。それが訓練が終わるまで、若しくは立てなくなるまで続けられるのだろう。
一瞬、アマリアの心臓が軋んだ。
「(この子は、何を……何を“問う”ことさえ許されず、こうなった?)」
次の視察に向かう名か、何も言葉にせず、歩を進めながらアマリアは考える。だがヴァルグレア統制学院が正しいと信じている彼女の中でそれが答えになる事はなかった。
視察はその後も続けられ、全ての工程を終了する。1013が手に持ったタブレットに何かを打ち込んでいく。“視察の全工程完了。異常無し”。たったそれだけの文字を入力している所を見たアマリアは脳裏に銃弾の雨にさらされる逸脱者の少女達が浮かび上がる。あの光景も異常ではないのかと。
「アマリア処置官。全行程終了です。報告書の提出はこちらで行いますか?」
「……いいえ。私が報告します。報告書だけ、こちらに回してください」
「了解しました」
視界の隅で1013がタブレットを操作している。今頃、自らの机に置かれた仕事用のタブレット端末には1013が視察中に作成した報告書が転送されている事だろう。アマリアの目には違和感を覚える壮絶な出来事が全て“異常なし”と書かれた状態で。
その事に思い至った時、アマリアは初めて処置官としての自らの職務に確かなノイズを不快感が昇ってくるのを感じて眉を顰めるのだった。
“中等部視察報告書”
作成者:統制児1013号
視察日:〇〇年××月□□日
作成日:同日
視察責任者:アマリア・エーレンベルク高等処置官
視察目的:ヴァルグレア統制学院中等部の円滑な運営が行われているかの確認。
……
・模擬戦場において中等部生徒が実戦訓練を行っている様子を確認。
各生徒、命令遵守率、行動反応時間、照準精度すべて統制平均範囲内。
特記事項:リディア・ヴァイスロート(中等部第3号生)
・命令遵守率99.6%(当日訓練内最速、本人最高記録99.8%)
・命中率平均96.5%(本人最高記録98.8%)
・教官グラディス・ヤーグナーより高評価を受領。高等部進級後は高等処置官候補としての成長が見込まれる。
・逸脱傾向・不安定兆候なし。作戦時感情制御、命令遵守において異常なし。
評価:異常なし。今後も続行可
……
・生活面において中等部生徒の逸脱行為は認められず。ただし、一部生徒間において必要以上の感情的交友を確認。今後同生徒の観察が必要と判断する。
・全体として統制率は95%強と判断。一部生徒の記憶処置が必要な可能性あり。
……
・同中等部において逸脱者を用いた射撃訓練を実施ている所を確認。
・中等部逸脱者の有効的な使い道であると判断。ただし、長期的な運用には適さず、短期間における運用で最大の効果を発すると判断する。
特記事項:同中等部における逸脱者
・総数:25体(うち8体が射撃訓練参加)、年ごとの平均値を大きく逸脱している。
・他自治区からの転校生による“感染”の結果であり、既に対処済み。
・ただし、今後は転校生にも記憶処置を行うべきと判断する。
・卒業後の用途:自治区内の清掃業務、簡易労働。
評価:逸脱者の運用、処置後の命令遵守率、感情の抑制、全てにおいて異常なし
その他事項:アマリア処置官に多少の“感染”が見受けられる。しかし、処置官としての運用に問題なしと判断。逸脱者とは判断できず。監視こそ必要なれど処置は必要ないと判断。
また、高等処置官としての職務にも慣れ、一人での職務が可能になっていると判断。補佐官が不要と判断する。
総括:
中等部はかねがね問題ない範囲内で運用されている。多少の“感染”の広がりこそ確認されるが対処済みであり、外部からの指導は必要ないと判断する。
よって、中等部の運営は引き続き継続できると判断する。