勇者の友達   作:パン3

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第二十八話 禁断の秘薬

 

 (面白いことになっているわね)

 

 

 誘拐犯の拠点の隅で座る黒猫の黄色の瞳が妖しく光った。

 

 魔力操作により、身体強化した少年は、その剣で団員達を打ち倒し、ついには首領であるルシウスと対峙する。子供達を守りながら、徐々に追い詰められていった少年だったが、何かを閃いたのか、ルシウスへと迫っていった。

 しかし、わずかに速度が足りず、魔法が放たれるその刹那、()()()()()()()()()()()()()、少年が首筋へと剣を突き立てたのだ。

 攻撃を仕掛ける少年の瞳には、相打ちする覚悟など微塵も感じられなかった。つまり、少年は知っていたのだ。ルシウスが必ず攻撃を止めることを。

 

「……なぜ攻撃を止めると分かった?」

「僕の後ろには、さっき気絶させたあなたの仲間がいます。仲間思いのあなたなら、射線上にいる仲間に当たる危険は犯さないと思いました」

「なぜ俺が仲間思いだと?しかも、まるで作戦のように話すが、ガイが間に割って入ってこなければ、負けていたのはお前だ」

「そうなるだろうと確信していました」

 

 少年は一度言葉を切り、ルシウスの魔力の流れを見ていた。

 ルシウスの身にはもうほとんど魔力を纏わせていない。もう抵抗する力はほとんど残っていないだろう。ここで気絶させた方が安全だが、そうなると追い詰められたリゼットが何をしでかすか分からないし、少年の魔力も限界に近い。体力だけでも回復させる必要があると踏んだのだろう。

 

「説明します」

 

 少年はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「まず、疑問に思ったのが、あなたたちがなぜ徒党を組めているのか、ということです」

「どういうことだ?」

「ガイは僕のことを『持っている側』と言って敵視していました。それが魔力操作であることに察しはつきましたが、それなら魔法が使えるあなたも同じのはずです」

「単に俺が恐怖で従わせているだけかもしれんぞ」

 

 ルシウスが皮肉まじりに笑みを浮かべて言う。

 けれど、少年は否定するようにゆっくりと頭を振った。

 

「恐怖に従う人間は、その相手のことを呼び捨てにしません」

 

 リゼットがビクン、と身体を震わせた。

 確かに、リゼットは言っていた。『ルシウス、本当かい?』、と。

 

「あなたもまた、僕が魔力で身体強化できると分かった途端に、ガイとリゼットを下げました。二人が攻撃している間に魔法を打ち込めば、もっと簡単に僕を倒せていたかもしれないのに。それをしなかったのは、仲間を巻き込まないためだと思いました」

「単に、駒が減るのを嫌っただけかもしれんぞ」

「それも考えましたが、違うと思いました」

「なぜ、そう言い切れる?」

風の刃(ウィンド・カッター)です」

「?」

「二度もあれだけの数の刃を乱れ打ちながら、あなたの仲間には一度も当たっていなかった。魔法とは数式のようなものと聞いています。あれだけの数を緻密に制御するとなると、それ相応に魔力を消費し、今のように魔力切れ寸前になる危険さえあるはずです。それでもあなたは仲間にかすり傷一つ負わせなかった。そこには、確かな情があるんだと思いました」

 

 なるほど、と猫は思う。

 あの魔法の軌道からして、少年が捌き損ねても、ギリギリ子供達が致命傷にならないようになっていることには気づいていたが、すでに倒れた仲間にも当たっていなかったことには気づかなかった。

 

「待て。お前はまだ俺の最初の質問に答えていない。お前が俺たちの仲間意識を逆算して、作戦を立てたことは理解できた。だが、お前の最後の攻撃に対して、ガイが妨害してこなければ、その作戦は成り立たない。それに、万が一作戦通りに事が進んだとしても、俺が省略詠唱できていた可能性だってある。そうすれば、風の矢(ウィンド・アロー)ではなく、風の刃(ウィンド・カッター)でガイを避けて、お前だけを狙えたかもしれないとは思わなかったのか?」

「思いませんでした」

 

 少年の言葉をルシウスは待っていた。リゼットは、一歩も動く様子を見せず、後ろで怯えていた子供達も今ではすっかり震えが止まっていた。

 いつの間にか、この場にいる皆が少年の言葉に魅せられていた。

 そして少年はゆっくりと答えた。少しだけ顔を俯かせながら、けれどはっきりと。

 

「なぜなら……あなたにそんなことはできないからです。一つの魔法の詠唱にすら、時間を必要とするあなたには」

「!?……」

 

 ルシウスは答えない。

 目を見開き、拳を握りしめるが、それ以上は何もしない。

 自分よりも年下の子供にはっきりと侮辱されたにも関わらず、何もしない。

 まるで、言い返す誇りすらもう失われているかのように。

 その姿が、何よりも雄弁に少年の言葉が真実であると伝えていた。

 

「……なぜ、気づいた?」

「あなたが連続して魔法を詠唱してこなかったからです。一度目に子供達に放った風の矢(ウィンド・アロー)も、その後の二回の風の刃(ウィンド・カッター)でも。僕は魔法を捌くのに精一杯で、その後は隙だらけでした。そこに連続で魔法を詠唱していけば、簡単に倒せたはずなのに。それなのに、あなたは魔法を撃った後に、いつも僕と会話していました。最初は、ただの余裕なんだと思いました。けれど、あなたには何の利益もなく、それどころか時間をかければ、僕の手の痺れが回復するかもしれないのに、それはおかしいと気づきました。理由が当てはまらないのなら、そこには別の理由があるはずです。あなたにとっての利益となる理由が」

 

 時間稼ぎ。

 少年の会話に対し、そう言い放ったルシウスこそ時間稼ぎが必要だった。だからこそ、あえて少年の言葉に乗るようなフリをして、うまく時間稼ぎが必要なことを隠していた。

 彼は間違いなく、『持たざる側』の人間だったのだ。

 

「……あの距離では、風の刃(ウィンド・カッター)を詠唱するための時間は足りない。風の矢(ウィンド・アロー)も正確に照準を合わせる時間はない。確かに、お前の読み通りに行けば射線上にガイがいた俺は、魔法を放つことができず、お前の勝ちだろう。だが、それも確実ではないはずだ。読みが外れていれば、お前は魔法を捌けずに死んでいた。お前ならば、無理に戦わずとも一度逃げて援軍を呼ぶこともできる。そのほうが確実だろう。なぜ、わざわざ危険を侵していけるんだ」

「僕には、大切な友達がいます。その友達は、いつも無茶ばかりで自分の命なんて顧みてくれない。だから、僕が彼女を助けられるくらいに強くならなければいけないんです。ここで逃げるようなら、僕は強くなれません。何より、ここで子供たちを見捨てて逃げてしまったら、僕はもう二度とその友達の隣にはいられない。それは嫌だと、そう思ったんです」

「たとえ死んだとしても、か」

「はい。死んだとしても、です」

「……そうか」

 

 少年の言葉は、静かな覚悟が滲んでいた。

 その言葉と、困難に立ち向かうその姿はかつての『あの人』を思わせて……少しの間だけ、猫は過去に思いを馳せた。

 だから――だからこそ、ルシウスの手が懐に潜っていることに気づく事が一瞬遅れた。

 

「なっ!?」

 

 もう魔力切れで動けないはずのルシウスが、身体をのけぞらせるように大きく後方へ距離を空ける。

 驚いた。

 ルシウスは魔力切れ寸前のはず。魔力の枯渇は通常の疲労とは違う。完全に空になってはいなくとも、激しい倦怠感に襲われ、あんなに俊敏には動けないはずだ。それを、まさか気合だけで動かしているとでも言うのか。

 

「俺も、お前の言葉で思い出した。こんな落ちこぼれた俺にも、失いたくない仲間がいるのだと」

「くっ!」

 

 少年がルシウスに向かって走る。

 

「リゼット!ガイたちを連れて何としてでも逃げ切れ。俺も、正気を保っていられるか分からん」

「ルシウス、あんたまさか……?」

「させない!」

 

 ルシウスが懐から何かを取り出していた。

 それが口元まで近づいた。

 ばらばらと、勢い余って幾つかの粒が地面に落ちる。

 けれど、それよりも早く少年の剣が喉に達するだろう。

 

「俺もお前同様、今までの戦いで分かった事がある」

 

 少年が剣を振りかぶり、そのまま横なぎに振り払う。

 

「っ……!!!」

「お前、人を殺す覚悟ができてないな?」

 

 言葉通り、少年の剣はルシウスの前でピタリと止まっていた。

 今までの戦いでもしや、と思っていたがやはり……

 

「俺はできてる」

 

 ゴクリと、ルシウスが口に何かを入れ、そのまま飲み干す。

 一瞬の静寂。

 そして――

 

 

  ルシウスはその身を魔道に堕とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Ugyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy!!!」

 

 そして、怪物が産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何なんだ、これは?

 

 目の前の光景に意識が追いつかない。あまりに異様な出来事に、脳が理解を拒んでいた。

 異様。

 まさに、その一言に尽きるだろう。

 何かの薬のようなものを服用したルシウスは、その身が爆発するように一瞬、大きく膨らみ、肉の繭のようなものを形成した。ドクン、ドクンと心臓の鼓動のようなものが振動し、次の瞬間にはその繭が溶け出し、新たな姿へと変貌していく。鍵爪のような指。鋭利で長く太い手足。背中には薄い羽のようなものが右半分に生えている。顔には虫のような複眼が顔面の右側を覆っており、逆に左半身は人と昆虫が半端に融解していて、まるで羽化に失敗した成虫を見ているようだった。その全長が三メトルを超える大きさでなければ、の話だが。

 

「る、ルシウス……?」

 

 あまりに異様な姿に仲間であるはずのリゼットもまた、驚愕したような表情で固まっていた。

 その身体は小刻みに震え、石像のように一歩も動けていない。

 仲間の変貌にすっかり足がすくんでしまっていた。

 

「あ、あんたなのかい?」

「gy……」

 

 リゼットの言葉に、ルシウスが反応した。

 首は動かさず、複眼の中にある無数の瞳が、リゼットの恐怖に歪んだ表情を映し出す。

 そして――

 

「危ない!」

「えっ――」

 

 僕がリゼットを突き飛ばし、彼女が惚けた声を出したその直後。

 リゼットが先ほどまでいた場所に昆虫の触手が鞭のように振るわれた。

 速度に比べて、どこか緩慢にも思えるその動き。実際には攻撃ですらなく、ただ獲物に舌を伸ばしただけかもしれない。ただそれだけ。それだけの攻撃にも関わらず、その速度は彼の風の矢(ウィンド・アロー)すら遥かに上回り、その舌が通った空間は抉れたように空間が歪んだ。その衝撃は壁を突き破り、その軌跡が地面に裂け目となって刻まれた。

 あらかじめ思考を加速していなければ、気づくことすら出来なかっただろう。

 

 明らかに、先程までとは能力(レベル)が違う。

 

「皆を連れて逃げてください!」

「あっ、えっ……」

「お願いします!子供達やあなたの仲間を連れて逃げて下さい!彼はどう見ても、あなたが知っている彼じゃない」

「っ……分かったよ」

 

 彼女も、腐っても裏の人間なのだろう。すぐに決断すると、ガイたちを叩き起こしたながら、子供たちを先導していった。

 正直、誘拐犯だった彼女に子供たちを任せるのは不味い。だが、この状況ではそんなことも言っていられなかった。

 ギョロリ、と無数の複眼が僕を見る。

 

 不規則に動く複眼の動きはあまりに無機質で、不気味で、ただの餌としてしか認識していないのかもしれない。

 これまで戦ってきた敵は、こちらを殺そうとはしてきても、食べようとはしてこなかった。

 

 自分が食べられるかもしれないという恐怖に竦みそうにになる。逃げろ、と頭に浮かぶ命令をねじ伏せ、自分を必死に奮い立たせながら剣を構えた。

 意識を集中させると、だんだんと周囲の雑音が鎮まり、複眼の動きがゆっくりと静止していく。心臓の鼓動だけが、世界を支配した。

 

 ――見ろ

 

 瞬き一つでも命取りに思えるほどの重圧。

 一瞬の動きも見逃さないように意識を集中させる。

 

 ――見ろ

 

 意識をこれまでの何倍にも深く沈める。

 一秒を何十倍にも希釈したような時間の中。鼻から血が垂れて地面に落ちた。

 

「え――」

 

 グチュグチュと、ルシウスの口が何かを咀嚼するように動いた。

 

 何を食べているのか。

 

 その正体は、遅れてやってきた激痛とともに判明した。

 

 

 

「が、ああああああぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 左腕が――正確には、左腕があったはずの場所から血が噴き出していた。

 肩から先がなく、剣を握った左手首だけが残っていて、どこか滑稽にも見える。まるで出来の悪い人形のようだと、何の益体もない思いが麻酔のように痛みに支配された脳裏に過ぎった。

 

 まるで見えなかった。

 

 灼熱のような痛みとは裏腹に、失っていく血に比例して頭は冷静になっていく。

 そうでもしなければ、痛みのせいでとっくに気絶しそのまま命を手放してしまっていただろう。

 

 甘かった。

 

 先ほどのリゼットへの攻撃。

 強化された一撃の速度から見て、これなら何とか対処できると思い上がった。

 けれど、今の一撃はその速度を遥かに凌いでいた。

 根本から間違えていたのだ。おそらく先ほどの一撃は加減された一撃。仲間であったリゼットに対して、わずかに残ったルシウスの心が攻撃の手を緩めていたのだ。そして敵が僕に変わり、加減する必要がなくなったために本来の速度が発揮された。

 

「ぐ、おお……」

 

 倒れ込みそうになった身体を、両足で何とか踏みとどまらせる。

 血を失い、朦朧とする意識を舌を噛んで何とか繋ぎ止めた。

 その姿に、まだ死んでいないのかとまだ原型を留めていたルシウスの瞳が驚いたかのように少しだけ見開かれた。

 

「あ、きらめる、わけには……いかない」

 

 そうだ。

 こんなところで死ぬわけには行かない。

 生きて、『彼女』の元へ行かなければ。

 意を決して再び意識を加速させていく。

 

 深く、深く――

 

 音が止み、あらゆる時が静止していく。

 心臓の鼓動だけが世界を支配する。

 

 まだだ、もっと深く――

 

 鼻だけでなく、目や耳からも血が溢れるように流れていく。

 やがて心臓の音すら消え、空間に漂う粒すら見えるほどに意識が深く沈み、研ぎ澄まされて――

 

「ごふっ……」

 

 ――あれ

 

 足に、ちからがはいらない。

 手からは剣が溢れ落ち、鈍い音を立てて床に転がった。

 口から、吐瀉物のように血が勢いよく溢れ出ていく。

 そのまま、抗うことも出来ず地面へと倒れる。

 慌てて起きあがろうとするが、もはや指一本たりとも動かない。

 

 どうし、て――

 

 その答えは、脳が溶けるのではないかというほどの痛みと熱が教えてくれた。

 もし、声を上げられたなら確実に悲鳴をあげ、のたうち回っていたであろうほど今まで感じたことのない痛み。

 思考を加速することで脳に思った以上の負荷がかかってしまっていたらしい。

 

 痛みを紛らわせるように原因を考えていると、ルシウスがゆっくりと近づいてきた。

 口からは涎を垂らし、それが地面に落とされるたびにジュワリ、ジュワリと音を出し煙が舞う。その後には小さな穴が空いていて、強力な毒性を備えていることが嫌でも分かった。

 

 触れれば、確実に死ぬ。だというのに、もうどうすることもできない。

 ルシウスの口が開かれる。

 

 ――ごめんなさい、スネイルさん。あんなに時間をかけてもらったのに、無駄にしてしまいました。

 

 舌が槍のように迫る。

 

 ――ごめん、ルナ。君を守るって約束したのに。ごめん……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷鳴剣!!!」

 

 ルシウスへ雷の剣が振り下ろされた。

 夜の闇を斬り裂くような青白い光に僅かな間目が眩んだ。

 

 その光の中、現れたルナは観劇の際に借りたドレスを身に付けていて、まるで絵画からそのまま現れたようだった。

 

「ウィル!大丈夫?」

「る、な……」

「これ、どういう状況?怪物の声が聞こえて飛んできたんだけど」

 

 ルナは聖剣を握ったまま聞いた。

 こちらを心配しつつも、目の前の異形の存在に視線を外さない。

 その先には、雷を受けたはずのルシウスが苦しみながらもルナを睨んでいた。

 その姿からは、ダメージを受けている様子が全く感じられない。

 

「ゆうかい犯が……薬をのんで、すがたをかえて……ごふっ」

「薬?元は人間ってこと?この凄まじい魔力にあの姿。とても同じ人間には思えないけど」

「ご、めん。ぼくが、隙をあたえた、ばっかりに」

「謝るのは、あと!あとは勇者(わたし)任せて」

 

 霞む視界の中で、ルナは聖剣に雷を込めてルシウスへと対峙した。

 

 




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