勇者の友達   作:パン3

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第三十四話 第二章 エピローグ

 

 ――学院都市・都市門付近にて

  

「うう、もう駄目ですわ」

「リ、リリィ。元気出してよ。大丈夫だからさ」

「全然大丈夫ではありません!!!」

 

 こちらに背を向けて、顔を俯けるリリィさん。

 それに対してルナが何とかしようとするがどうして良いか分からずあたふたとしていた。

 

 こうなったのには訳がある。

 リリィさんが正式に仲間になることが決まり、ルナは正体を明かすことにした。

 仮面を取り、正体を現したルナの前でリリィさんは固まってしまっていた。

 

 リリィさんはルナと学院で交流していたということだったが、そこで勇者ルナリアスに対して好意を抱いていることを、よりにもよって本人であるルナの前で仄めかしてしまっていたらしい。

 ここに憧れだった勇者ルナリアスの正体が実は少女だったという衝撃も加わり、リリィさんは立ち直れずにいた。

 正直、リリィさんの気持ちは痛いほど分かった。

 もし自分が逆の立場なら、ああなっていたのは間違いない。

 

 

 

 

 ……あれ、どうして今僕はルナのことを――

 

 

 

「終わったか?」

 

 沈みかけた思考が、門から出てきたスネイルさんの声によって遮られる。

 スネイルさんはフォルクス学院長や他の貴族や商人たちと旅の資金や消耗品などの交渉を行なってくれていた。

 かなり難航したのか、少し顔色が悪かった。

 

「いや、それがまだ」

「まあ、しゃーねぇか。今回はルナが悪りぃしな」

「ちょっ、あれは不可抗力で……」

 

 リリィさんをそっちのけに、ルナとスネイルさんが言い合いになっていく。

 それはだんだん激しさを増していき、落ち込んでいたはずのリリィさんが仲裁に入らなければならないほど、大きなものになっていった。

 賑やかで、どこか楽しそうな仲間たち。

 ふと、疑問が脳裏を過った。

 

「リリィさん、そういえば学院長や他の方々とのお別れは済んだんですか?」

「ええ。学院長は大層喜んでくださいましたわ。他にもお世話になった先生方。屋敷の使用人たち。そして、父と母にもご挨拶をしてきました……私の話が通じたかは分かりませんが」

 

 そこまで言われて、リリィさんの家族の話を思い出した。

 死んでしまった優秀な姉と、かつての栄華を忘れられずに夢の中の幸せに閉じこもっていることを。

 

「すみません、不躾なことを聞いてしまいました」

「いいのです。それに良いこともありましたのよ。ヨハンナさん達が」

「まさか、謝りに来たの?」

 

 ルナが驚いたように声を上げた。

 知らない人だが、何かあったのだろうか。

 

「いいえ。私を認めつつも、最後まで恨みの籠った目で睨んでいましたわ」

「あいつら……」

「ですから、思いっきりぶん殴ってやりましたわ」

「えっ?」

「ぶん殴ってやりましたわ!」

「いや、二回言わなくてもいいよ。えっ、本当に?」

「ええ、もちろん。おかげで心のモヤモヤが晴れました。姉様のことは確かに申し訳ないことですが、私には関係ありませんもの!」

 

 笑顔で握り拳をあげるリリィさん。

 よく見ると、わずかに血痕らしき物がついていた。

 その姿に僕らは僕らは少しだけ後退りしていた。

 

「彼らとは、学院に帰ってからしっかりと話し合いたいと思います。まずは昼食でも一緒に食べながら、ね」

「ふふっ、そうだね」

 

 リリィさんが微笑みながら片目を瞑り、ルナが笑顔でそれに応えた。

 その姿に少しだけ胸がチクリと痛む。

 すると、今度はリリィさんがこちらを向いた。

 先ほどとは違う真剣な表情だった。

 そしてそのまま頭を下げる。

 

「お二人には、大変失礼なことを言ってしまい、申し訳ございませんでした。こんな私でよければ、仲間に加えて頂けませんか?」

 

 本来、貴族が平民に頭を下げるなど天地がひっくり返ってもあり得ないことだった。

 けれども、彼女はそれをしている。

 これだけで彼女の気持ちは精一杯伝わった。

 

「頭を上げてください。僕はなんとも思っていませんから」

「俺もだ」

「しかし!」

「いいって。スネイルはともかく、ウィルはこんなことで怒らないから」

「おい、俺はともかくってどういうことだ?」

「へへ、逃げろ――!!」

「あっ、ルナ。お待ちになって!」

 

 リリィさんの手を引っ張り、笑顔で駆け回るルナ。

 それを追いかけるスネイルさん。

 その姿はまるで小さな子どものようで。

 

 

 

 それを見ながら、僕は思う。

 

 

 ――どうかこの時間が、ルナが幸せに感じられる時間が永遠に続きますように。

 

 

 

 

 けれども、僕はこの時知らなかった。

 破滅の時間はもう、すぐそこまで迫っていたことを。

 そして、この時僕らを遠くから黒猫が密かに見ていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女がいた。

 

 

 

 美しい女だった。

 腰まで届く長い、長い紫紺の髪。

 手には長い杖を持ち、緑の三角帽子を目深に被っていて、わずかに見える紫の瞳と、血のように紅い口紅は見る者を引き寄せるような妖しい魅力を感じさせた。

 背が高く、スラリとして見えるが、胸は豊かに膨らみ、それが胸元をきつく圧迫していた。

 

 女は目を閉じ、まるで良い夢を見ている最中のように微笑みを浮かべていた。

 そして。

 そんな彼女の眠りを覚ますように。

 

 

 

 凄まじい落雷が、彼女を襲った。

 

「――何かしら?」

「貴様、この場が誰のために開かれたのか理解していないようだな?」

 

 女を襲ったはずの落雷が、泡のように弾けて消える。

 何事もなかったように椅子に座り、優雅に足を組む女。

 そんな女を見て、七魔第一柱であるシルドは苛立ったように声を上げた。

 

「知っているわ。勇者に立て続けに殺された七魔。その穴埋めのための就任式、でしょ?」

「そうだ。そしてそのために、貴様はここにいる。新たな七魔の就任を命じるために魔王様も、我らも集まっているのだぞ。それを貴様は……」

「あら、勘違いしているのはそちらではないかしら?新たな七魔に就任してくれと、()()()()のは私の方だったと記憶しているのだけれど?」

「貴様……」

 

 挑発するような女の言動にさらに怒りを露わにするシルド。

 再びその手に雷が集まろうとしたその時――

 

 大きな手が、シルドを諌めた。

 

「よい。あの者の言葉は、何も間違っておらぬ」

「魔王様、しかし……いえ申し訳ございません」

 

 シルドが下がり、場は静寂に包まれた。

 魔王は静かに魔女を見つめる。

 その瞳の奥からは、彼の心は何も窺い知ることはできなかった。

 

「ふむ。とはいえ、人間を七魔に任ずるなど初めての試み。反対の意見が出る者の気持ちも分からんでもない。ここは一つ、皆の意見を聞こうかの」

「あら、意外ね。魔族の社会では、魔王たる貴方の決定が絶対かと思っていたけど?」

「先代まではそうじゃったし、その方が何かと円滑じゃった。しかし、それでは王が代替わりするたびに方針が変わり国が混乱、下手をすれば内部から崩壊してしまうじゃろう。ゆえに、儂の国では王など駒の一つに過ぎん。これからは国民自身が国の行く末を決めていく時代じゃよ……名付けるならばそう、民主主義とでも言おうか」

「面白い考えね。人間の貴族や王様にも聞かせてあげたいくらいだわ」

「ほぉ、賛同してくれるか。嬉しいのぅ。残念なことに儂の意見を理解してくれる者は少ない。七魔となった暁には、是非とも人間社会で学んだお主の意見も聞きたいわい」

「ええ、是非」

 

 魔女は艶然と微笑みながら、自身もまた魔王を値踏みしていた。

 魔族はこれまで魔剣に選ばれた者を王として擁立し、それぞれの時代を創って来た。

 力を信奉し、個人の力で結束している分人間のように裏切りや足の引っ張り合いが発生しにくいが、同時に王が代替わりすれば途端に瓦解してしまうという脆さを抱えていた。

 力で劣る人類がこれまで彼らに対抗できたのは、勇者が魔王を殺せば自動的に軍としての機能を失い、反撃が容易になりやすかったからだ。

 だが、今代の魔王軍は違う。

 オーマは魔剣の担い手として資格なしと判断されながらも、変わらず玉座に座り、魔剣に選ばれたソールはあくまで七魔の一柱という地位にいる。

 これによって、魔剣に選ばれる=魔王という図式は崩れ、王の代替わりという混乱を最小限に抑えることができるだろう。

 つまり、これまでのように魔王が倒されれば人類の平和が訪れるという図式が成立しなくなるということだ。

 魔族最大の弱点の克服と言っても良い。

 侮れない男だ。

 

「では決を取ろうかの。シルドはどうじゃ?」

「私は反対です」

「なぜじゃ?」

「この女が信用できない上に、人間だからです。忘れていそうな連中もいますが、七魔というのは単なる階級にとどまりません。我らは魔王様の命令なしで人類への侵略を行うことのできる『戦争の自由』を与えられています。その他に魔王様の命令を拒否できる権利、私設軍の創設権、自身の領土を保有できる権利など数多くの特権がありますが、最も特別なものが、次代の魔王候補という点です。万が一にもあり得ないことですが、もし魔王様が崩御され、他の七魔から奴が選ばれれば、人間に魔族国家が乗っ取られる危険があります。よって、私は反対です」

 

 シルドが口を切る。

 次に指名されたのは第二柱ソールだった。

 

「俺も反対だ。理由は単純。この女は信用できん」

 

 ソールはそれっきり口を閉ざした。

 こちらを見ようともしない。

 

「シルドも言っていたけど、私のどこが信用できないのかしら?」

「貴様は同族である人間を裏切って魔族につこうとしている。そんな奴を信用できるわけがないだろう」

「非道いわね。魔族側につく時に渡した始祖アリスの禁書。あれに書かれていた聖剣の情報で封印の宝玉を完成させることができたはず。聖剣の封印に成功すれば、勇者はいなくなり、人類は詰むわ。かなりの功績だと思うけど、それでも信用できない?あの禁書を盗むのには苦労したんだから」

「俺が言っているのは功績うんぬんの話ではない、精神の話だ。そんなことも理解できない奴を俺は信用できん」

 

 それっきり、ソールは完全に口を閉ざしてしまう。

 険悪で殺伐とした空気が室内に充満する中、陽気で野太い声がそれを切り裂いた。

 

「ハイハイ、アタシは賛成よ!クラウディアちゃんが提供してくれた魔法知識は、アタシの治療部隊で大いに役立ってくれたもの!」

「エリザベス。貴様、我らの話を聞いていなかったのか?」

「もちろん聞いていたわよ。だけど、別に良いじゃない裏切るとか、裏切らないとかそんなこと」

「そんなこと、だと。貴様――」

「だって、裏切ったなら殺しちゃえば良いんだもの」

「――!?」

 

 陽気な声のまま、ゾッとするような発言に再び場が凍りついた。

 その発言に賛成とばかりに幼い笑い声が響いた。

 

「はっはっは!その通りじゃ。裏切り者は殺せば良い」

「非道いですわ、お師様」

「何を言うておる。微塵もそんなこと思うとらんくせに」

 

 くっくっく、と魔女達が笑う。

 本人達の楽しそうな笑い声とは裏腹な、残酷な内容にシルドやソールは内心で引いていた。

 魔女は涙を拭きながらエリザベスへと向きなおった。

 

「賛成してくれてありがとう、エリザベス。貴方のそういう性格、嫌いじゃないわ」

「感謝なんていらないわよ、水臭い。アタシは全ての女の子の味方なんだから」

 

 片目を閉じてにっこりとエリザベスは微笑んだ。

 一連のやり取りを見た魔王は思案顔で顎を撫でていた。

 

「ふぅむ。では最後。賢魔はどう見る?」

「はっ、はい!」

 

 魔王が見つめる先には頭に二本の角が生えた小さな男がいた。

 賢魔はエリザベス同様、直接的な戦闘力ではなく魔族随一の優秀な頭脳を持って七魔に選ばれている。

 その頭脳は魔族はおろか、人類の技術よりもはるかに先に到達しているという噂であり、普段は自身の研究所に引きこもっているのだという。

 そんな人物ということで、会えることを楽しみにしていた。

 が、どうにもその雰囲気からはそのような有能さは感じられなかった。

 

「そのように怯えずとも良い。お主は欠席した賢魔の名代としてこの会議に参加しているのじゃ。賢魔の意見を伝えるだけで良い」

「そ、そのぅ。――す、と」

「ん?」

「め、面倒臭いからパス。魔王様に代理を願いたい、と」

 

 悲鳴のような代理の声が場に響き渡る。

 

「あいつ……」

 

 シルドの全身から再び怒りの魔力が吹き荒れる。

 先ほどの雷撃の比ではないほどの魔力量に魔王以外の全員が思わず全員が身構えた。

 彼は冷静な男ではあるが、規律――特に魔王の権威を貶めるような言動に対しては、その限りではない。

 

「魔王様、奴の言動は目に余ります。ここは私に粛清の許可を!」

「それはいらん」

「しかし!」

「先ほどお主が言うたばかりじゃろう。七魔には、儂の命令に対しての拒否権が与えられておる。よって、あ奴の行動に非はない」

「……承知、致しました」

「しかし、困ったのぅ。賢魔が棄権ということは、賛成二、反対二で意見が割れてしもうた。これでは儂の意見がそのままこの議題の決定となってしまうわい。しかし、これも致し方ないことか……よし、魔王としてお主の七魔就任を許可しよう」

「魔王様!」

「正気かジジィ!」

 

 シルド、そしてソールが声を荒げた。

 それに対し、魔王は二人を手で制した。

 

「じゃが、反対する者の意見も分かる。そうじゃな……就任する条件として、お主にはいくつか儂の任務を受けてもらい、実績を積むことによって皆の信頼を勝ち取ってもらうことにしようかの。どうじゃ?」

 

 魔王は良い案を思いついたとばかりに笑顔で訪ねた。

 白々しい。

 魔王のことだ。

 七魔全員の性格など知り尽くしているはず。

 こうなることも予想がついていたはずだ。

 恐らく、最初から魔王は自分を七魔にすることを決めていたのだろう。

 だが七魔には魔王の命令を拒否する権利などを始めとした様々な特権が存在する。

 下手に地位を与えると、裏切りの危険が高いと踏んだのだろう。

 そのため、わざわざ多数決で決するように場を誘導し、自分の意見が議題を左右する状況を作り出すことで首輪をかけることに成功した。

 民主主義などと謳いながら、その実肝心な部分は自分で決定する。

 

 巧妙なその手腕に最弱の魔王と評されながら、歴代でも屈指の国を創り上げた男の実力が見てとれた。

 

 この男ならば、いつか人類を支配することもできるかもしれない。

 そして、いつかはアレすらも――

 

「はい、陛下。不肖の身なれど、御身の治世に微力を尽くさせて頂きます」

「ふむ。決まりじゃな。これよりクラウディア・ソーサラーを、我が魔王軍七魔第四柱に迎え入れる」

「はっ!」

 

 クラウディア・ソーサラー。

 彼女の就任が、人類と魔族の争いをさらに激化させることになる。

 




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