勇者の友達   作:パン3

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第三十六話 四人旅そのニ

――現在

 

 

「いい加減に機嫌なおしなよ」

「……」

 

 夕食を食べた後の休息時間。

 少し離れた場所でリリィさんがスネイルさんと奇跡や魔法の使い方について話をしていた。勉強熱心な彼女にとっては、スネイルさんのような神官の知識は喉から手が出るほど貴重なものに違いない。

 話しかけるには絶好の機会だった。そう思い、ルナにこっそり声をかけるが反応がない。

 

「どうしたんだよ、リリィさんが凄くて悔しいのは分かるけど、旅は快適になったし別にいいじゃないか」

「……」

 

 再び声をかけるが、反応は相変わらずない。完全にいじけているようだった。

 

 どうしようか。焦って何とかしようとすると、以前喧嘩した時の二の舞になってしまう。

 僕の言葉に怒って言い返さないってことは、完全に不機嫌な訳じゃない。何か望んでいる言葉があるから黙っているのかもしれない。

 考えろ、ルナは何を望んでいるんだ?

 

 考え、絞り出す。そして――

 

「ルナは、寂しかったの?」

 

 ぴくり、とルナの身体が僅かに反応した。

 

「僕とスネイルさんがリリィさんばかりを褒めるから、寂しかったの?」

「……そういう訳じゃ、ない。けど……」

「けど?」

「……少しだけ、モヤモヤした。私が今まで経験して学んで来たことが、教えたことが無駄になったみたいで嫌だったんだ」

 

 両膝を立てて、彼女は目を伏せた。

 僕は馬鹿だ。

 ルナだって人間だ。調子に乗りやすくて見栄っ張りなところもあるけど、見た目以上に傷つきやすい繊細な女の子だってことは分かっていたはずなのに。

 

「そんなことないよ。少なくとも、ルナが教えてくれた色んな知識はこれまで僕を助けてくれた。その事実はリリィさんが来た今でも変わらないよ」

「ウィル……」

「まあ、旅についてはリリィさんがいてくれた方が便利だけどね」

「むっ……」

 

 ニヤリと笑いながらルナに手を差し出す。

 ルナは少しだけムッとしながらも、すぐに破顔すると手を取った。

 

「リリィには悪いことしちゃったな」

「仲直りしなきゃね」

「ちょっと怖いな」

「だよね。僕も前はそうだったし」

「あぅ……あの時は悪かったよ!」

「冗談だよ。でも、仲間と仲直りするのも大切だよ。それこそ、()()()()()なんじゃないかな?」

「むぅ。今日のウィルはなんか意地悪」

「ごめんごめん」

 

 頬を膨らましてそっぽを向くルナ。

 まるで口一杯に餌を詰め込んだリスみたいで、ひどく愛くるしい。

 

「……よし、勇気を出して謝るよ」

「うん、そうしよう。僕もついていくからさ」

「ありがとう。い、行くぞ。おーいリリ「いえ、謝るのは私のほうですわ!」うぇっ!?」

 

 背後から大声が聞こえて僕とルナは慌てて振り向いた。そこには、いつの間にか背後を取っていたリリィさんの姿があった。

 暗闇の中、焚き火の光に照らされたリリィさんの顔は控えめに言ってかなり怖い。

 いや、そんなことよりも。

 

「いつから聞いてたんですか?ていうか、どうやって会話を」

「最初からですわ。私、学院時代から人のコソコソ話を聞き取るのが得意でしたの」

「そう、ですか……」

 

 何とも反応に困る話だった。

 リリィさんの後ろに立っていたスネイルさんも、微妙な表情をしていた。

 が、それには気づかずにリリィさんは話を続けた。

 

「ルナ、あなたの気持ちに気づかずごめんなさい。私、魔法を使って褒められたことがほとんどなくて、調子に乗ってしまいました」

「ううん、そんなことないよ。私の方こそ、嫉妬しちゃってごめん」

 

 二人は互いに手を出し、握手する。

 そんな二人を、焚き火の炎が優しく照らしていた。

 

 

 

 

 ※

 

「ウィル様、とは何者なんですの?」

 

 俺はその言葉に呑んでいた水を噴き出しそうになってしまった。

 水を中途半端に飲み込んだせいで気管に入り、大きく咳き込んでしまう。

 そんな姿を見て、リリィは手巾(ハンカチ)を差し出そうとする。細かい刺繍が施された、見るからに高級そうな手巾(ハンカチ)だ。流石に汚す訳にはいかないと手で制した。

 リリィは心配そうな表情を見せながらも、手巾(ハンカチ)を片付けた。

 

 危ない、危ない。

 アネストでは神官として出世を重ねたが、金銭感覚は貧乏な孤児院時代のままだ。ああいう高級品を惜しげもなく使えるのは、流石は貴族の子女といったところだろう。

 それにしても。

 

「なんであいつに()付けなんだ。あいつは貴族のボンボンでも何でもないただの村人だぞ」

 

 服装や言動、立ち振る舞い。どれをとってもあいつが貴族に見えるとは思えない。良いところ、小さな商人の息子が関の山だろう。百人いれば、およそ九十九人が様をつけようなんて思わない平凡な子供だった。

 

「もちろん、彼がそうとは思いませんわ。けれど、勇者(ルナ)と旅をしているのです。ただの平民とは思えませんわ。例えば、そう……名を上げ、自分を捨てた親へ復讐しようとするとある貴族のご落胤とか。実は女性であるルナを護衛するためにあえて平民を演じている騎士様、とか」

 

 真剣な表情で自分の推理を語るリリィに思わず噴き出しそうになる。

 何というか、豊かな想像力だ。あいつが貴族の落とし胤や騎士として勇者一行に参加する……まあ、知らない奴から見るとギリギリ思えなくもない、のか?

 確かにあいつは、そこらの村人と比較すると字が読めるし、言葉遣いも丁寧で見た目以上に大人びて見える。確かにそういう風に見ようと思えば見えなくもなかった。

 だが……

 

「それはねーよ。あいつは、そんな打算や義務感でルナと一緒に旅をしている訳じゃない」

「えっ」

「アンタも、一度あいつと話してみたらどうだ。変に勘繰るよりも、しっかり話した方が分かることもあるぜ」

「……はい。そうですわね。私、とても失礼なことをしていましたわ。申し訳ございません、スネイル様」

「スネイルでいい。俺も元はただの孤児だ」

「けれど、勇者一行として先達で――しかも、年上の殿方をいきなり呼び捨てなんて……」

「俺はそんな風に気遣われるような善い人間じゃない。俺は、最低な人間なんだ」

 

 そして、俺は自分の罪を。

 どのようにして勇者一行に加わるようになったのかを。包み隠さずに話した。

 

 

 

 

 

 ※

 

 凄い話だった。

 

 手巾(ハンカチ)を片手に私は一人で物思いに耽っていた。

 

 先ほどのスネイルさん(流石に呼び捨ては気が咎めたので、さん付けにすることにした)のお話は、それ程までに衝撃的なものだった。

 スリとしての過去。師匠との修行。アンナさんとの出会いと別れ。

 聞いている途中で、何度も涙を流しそうになってしまった。

 

 今も、思い返すだけで目が潤んでしまう。

 それを手巾(ハンカチ)で拭う。すでに何度も拭っていたため、生地はぐっしょりと濡れてしまっていた。

 

「――ハア!!」

 

 と、そんな自分の考えを斬り裂くように鋭い声が響いた。

 その方向へと目を向けると、少年と少女が夜の暗闇の中、剣を手に戦いを繰り広げていた。

 

 駆け寄ろうとしたが、思いとどまった。

 二人の修行を止めることに気が咎めたのもそうだが、彼らの間に流れる空気がそうさせた。

 

 互いに動かず、剣を構えたまま動かない。

 二人の息づかいすら聞こえてくるような静寂。ほんの少しでも隙を見せたら命はないと思わせる重圧の中、それでも彼らは向かい合っていた。

 

 (いつ見ても、正気とは思えませんわ)

 

 夜の暗闇の中、わずかに光を反射する剣。その光は容易く命を奪う妖しい輝きを放っている。

 事実、そうなのだ。

 なぜなら、彼らが使用する剣に()()()()()()()()()()()()()()

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 ウィル様が動く。

 剣術には明るくないが、素人目にも分かる。日々鍛錬をしていることが分かる無駄の少ない良い動きだった。それに加えて魔力による身体強化によって、その突進は矢のような鋭さを持っていた。

 

「甘い!」

 

 けれどもルナは、その攻撃をひらりと躱すと、反転して彼の背中を斬り裂いた。

 鮮血が、夜空に舞い血の匂いがこちらまで漂ってきた。

 

「っ……ま、けるかあ!!!」

「いいね、そうだよウィル。敵は待っちゃくれない。生きるためには、攻め続けるんだ!」

 

 ウィル様は痛みに怯むことなく果敢にルナを攻め立てていく。

 狂気すら感じる熱量にルナの笑みが濃くなっていく。

 怪我すら恐れず剣を交わし合う。恋人同士の舞踏のように、熱く激しく、煌めいて見えて。

 

 声をかけるのも忘れて、ずっと見入ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「奇跡を使えるのですね」

「リリィさん?」

 

 剣術の修行が終わり、ウィル様は一人岩にもたれて休息を取っていた。

 少し離れた場所では、ルナはお腹が空いたと言って追加でスネイルさんが作ってくださった食事を取っている。肉ばかり食べていて、近くにいたスネイルさんから「野菜も食べろ」と叱られていた。その姿は、人類を救う勇者ではなく、父親に叱られる娘のようでどこか微笑ましい。

 

 私が憧れた光景だった。

 

 そこから目を逸らすように、ウィル様の背中の傷に目をやる。

 傷は完全には塞がっていないものの、わずかではあるが、薄く皮膚が張っていた。

 

「まだまだ未熟ですけど、ね」

「スネイルさんに治してもらわないのですか?」

「奇跡の修行です。こうでもしないと、僕は全然上達しないから……」

 

 やや自虐的な言い方は気になったものの、凄いことには違いない。

 何せ、初級の奇跡どころか、魔力操作すら習得できず、神官見習いのまま一生を終える者も珍しくはないのだから。

 

「何度もルナとの修行で死にかけましたから、身体が生きるために必死に覚えたんだと思います」

「どれだけ無茶なことをしたんですか……」

「そうですね。腕を斬り落とされたり、背中の骨を砕かれたり、一番酷い時は心臓付近を貫かれたりしました」

 

 あの時はルナもやりすぎだ、ってスネイルさんに叱られてましたね。

 面白いことのように笑うウィル様に、血の気が引く思いだった。

 自分自身無茶な修行をしたことは数多くあるが、ここまで滅茶苦茶な修行は初めて聞いた。

 

「でも、そこまでやってもらっても、僕にできるようになったのは傷に薄皮を張る程度。剣術だって、誘拐犯たちに何とか立ち向かえるくらいで、全然駄目なんです。もっと、強くならないといけないのに。ルナを守れるくらいに、もっと……」

 

 拳を握り、悔しそうに身体を振るわせる。

 彼が平民という話が本当ならば、十分に早い成長速度の筈だ。

 なのに――

 

「どうして、そこまでして強くなりたいのですか?」

「彼女は僕にとって初めての友達だからです」

 

 それから、彼は語り始めた。

 自分がどのようにルナと出会い、これまで歩んできたのかを――

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 凄い話だった。

 

 ウィル(様付けはやめて呼び捨てにして欲しいと言われた)の両親の死やルナとの出会いからこれまでの戦いの全ては、涙を誘うには十分であり、すでに湿っていた手巾(ハンカチ)をさらに濡らすには十分だった。

 

 だが、それよりも今思うのは――

 

 

 手頃な岩の前に立つ。

 夜風に当たりたいとルナ達のいる場所からは距離がある。

 駄目押しに周囲に風の結界を張る。これで万が一にも外に声が漏れることはないだろう。

 

「フ――――」

 

 息を整える。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

恋愛(ロマンス)ですわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 ビリビリと空気が震えた。

 これまでの十五年の人生で、最も大きな声だった。それほどまでに、不謹慎ながらも興奮していた。

 

「素晴らしい!美しい!健気!健全!純粋!なんて素晴らしいのでしょう!!!???」

 

 彼を貴族のご落胤や隠れ騎士などと疑った自分を恥じた。そうだ、スネイルさんの言う通り、彼は野望や義務感で動く人間ではなかった。

 その根底にあったのは、純粋な愛に他ならないのだから。

 

 昂る気持ちを落ち着けようと、持ってきた一冊の本を抱きしめる。

 辛かった学院生活で、自分の心を支えてくれた『夜空の彼方』。王子と下級貴族の令嬢が身分差を超えて愛し合うという作品で、精緻な人物描写や伏線回収の巧妙さ、そして何より主人公とヒロインの切ない恋愛が人気の名作にして聖書(バイブル)だ。

 他にも、いくつもの恋愛小説を読破してきており、いつか誰かと語り合う日を夢見ていた。だが、自分が読んできたのはいずれも貴族同士の恋愛であり、平民と勇者の恋愛など見たことがなかった。

 

「新感覚(ジャンル)!!!」

 

 駄目だ。興奮が全く収まらない。

 冷静にならなければ。

 

 

 

 

 ――ガン!ガン!ガン!!!

 

 

 目の前にあった岩に思い切り頭を打ちつける。

 もの凄く痛い。けれど、今はこの痛みが心を落ち着けてくれる。

 

 そして、ウィルの語ってくれた出来事を思い返した。

 

 

 両親の死。空虚な日々。そして出会う勇者の仮面を被った美しい少女。初めての友達。彼女を助けるために、少年は剣を取る。

 まるで恋愛(ロマンス)小説のようではないか。

 ウィルとルナは無自覚なようだが、旅に出て十数日。二人を見ていればお互いに好意を持っているのは明らかだった。

 

「素晴らしい、ですわ」

 

 無自覚な二人が少しずつ自分の好意を自覚し、やがて結ばれる。

 恋愛小説好きの自分にとってこれほど好みの展開はなかった。そういう意味でも、二人には結ばれてほしい。

 

 けれど……

 

『全然駄目なんです。もっと、強くならないといけないのに。ルナを守れるくらいに、もっと……』

 

 ウィルの言葉が蘇る。

 自分を卑下し、焦っているのだろう。年齢や、修行を開始した時期を考えれば十分な成果をあげているが勇者一行に加わるならば、力不足は否めない。

 まして勇者(ルナ)を守れるくらいの力となると、尚更だ。

 なら、私にできるのは……

 

 

 

 

 

 

 

「ウィル、魔法を習う気はありませんか?」

 

 そう告げる私に、彼は目を丸くするのだった。

 

 

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