「駄目だな、他をあたれ」
皮膚を焦がすように太陽の光が天を眩しく照らしていた。
けれども、目の前の鍛冶屋の男性の言葉は金属のように冷たい。
これで五軒目。
それまでの鍛冶屋と同じような態度に、ここも駄目だったかと心の中で溜息を吐いた。
ジークとの試合から数日後。
途中で中断してしまったため、試合は後日再戦することとなった。
試合へ向けて傷の癒え始めた僕は、折れた剣を打ち直してもらうためにアスラの郷の鍛冶屋を訪ねていたのだったが……
「……どうして、駄目なんだい。まさか、ガンセツ将軍から止められているわけじゃないよね」
怒りを抑えるように低い声でルナが聞いた。
鍛冶屋は、ルナの射抜くような視線に晒されても、全く動じることなく口を開いた。
「勇者様。それは違いますぜ。ガンセツ様はそんな卑怯な方じゃありません。この坊主の剣を打ち直さない理由。それは、単純にこの小僧がウチの剣を振るうに値しないからですよ」
「ウィルの実力を見てもいない癖に」
「見なくても、
「どういうことだい?」
「坊主のわずかな足の運び、姿勢、服の間からわずかに見える筋肉。そして身に纏う魔力や剣の傷。そんなわずかな情報だけで十分なんでさ。俺たちは毎日休みなく剣を打っています。剣は我が子も同じ。自分の大切な子供をどこの馬の骨ともわからん弱い奴に売るわけには行かないですからね。何より、俺たちは大陸一と誉高いアスラの鍛冶屋だ。だから、俺たちは常に剣を売る相手を見定めているんです」
「……」
「坊主の
「っ――!!!」
怒りが爆発し、飛び出さんばかりのルナを必死に宥めながら店を後にした。
「ムカつく――――!!!」
郷の中心を抜け、周囲に人がいなくなった途端、ルナが我慢していた怒りを爆発させた。
触れれば傷つかんばかりの形相に言葉を出せずにいるとリリィさんが宥めるように口を開いた。
「ですが、どうしますか?試合をするにしても、剣がなければそれ以前の問題です。あの鍛冶屋の言う通り、中古の剣を買うしか……」
「それじゃ駄目」
ルナが強い口調で断言した。
「ただの剣じゃジークの剣に太刀打ちできない。あの剣は――人工聖剣だよ」
「!?――」
その言葉に、スネイルさんとリリィさんの表情が強張った。
人工、聖剣……?
「人工聖剣っていうのは、文字通り勇者の聖剣の強大な力を人為的に産み出そうとして造り出された剣のこと。もっと平たく言うと魔法の力が込められた特殊な武器だよ。切れ味は言わずもがな。それに加えて持ち主への
「特殊能力?」
「多分、あいつの
「そんな武器、卑怯ではございませんか?ウィルを弱いと貶しておきながら自分だけ強い武器を使うだなんて」
「いや、卑怯じゃない」
リリィさんの言葉にスネイルさんが息を吐いた。
「アスラでは、武器も含めて自分の実力を見なされる。今日の鍛冶屋が良い例だろ。あいつが人工聖剣を握ることができるのは、それを持つに値すると認められているからだ」
「……ムカつくけど、スネイルの言う通りだよ。アイツは次の試合でも必ずあの人工聖剣を使ってくる。だからこそ、ウィルもせめてアスラの郷の鍛冶屋が打ってくれた質の良い剣を使わないと、勝負にすらならないんだ」
「って言ってもどうする?リリィも言っていたがこのままじゃ試合すらできなくなるぞ」
ルナ、スネイルさん、そしてリリィさんが議論する中、本来ならその中心であるはずの自分だけ、その輪に入れずにいた。
なぜだろう。
あの日、試合に負けてからというもの、なぜか心と身体がチグハグな気がしてならなかった。
「ねぇ、ルナ」
「えっ!?……どうしたのウィル」
ルナが少しだけ驚いたように声を硬くした。
ここ数日、ルナの態度が少しだけおかしい。
まるで僕と話すことを恐れているような。
けれど、その違和感を無視して口を開いた。
「僕を鍛え直してくれないかな」
ルナの瞳がわずかに揺れた。
「鍛冶屋に剣を作ってもらうにしろ、ジークと戦うにしろ、僕自身がもっともっと強くならなくちゃいけない。そのためにも、僕をもっと鍛えてほしい!」
「えっ、いやそれは……」
「頼むよ!」
「っ――」
「落ち着け」
何か言おうとしたルナをスネイルさんが遮るように、スネイルさんが割って入った。
肩に手を置き、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと口を開いた。
「焦る気持ちは分かるが、今は身体を休めろ。そんな状態で修行しても、良い結果にはならない」
「で――はい」
分かっている。
分かっているけれど。
ジークの剣が脳裏に浮かぶ。
目にも止まらなぬ剣技。
それを支える頑強な肉体。
真剣勝負を楽しんでいるかのような余裕を持った心。
何より、炎を纏った必殺の一撃。
どれも今の自分では到底及ばない。
年齢で言えば、ほとんど変わらないはずなのに彼との間には、天と地でもなお足りないほどの差があった。
「まずは休め。その間、俺たちはできる限りの情報収集をしておく」
「……はい」
悔しさに打ち震えながらも、スネイルさんの言葉にただ頷くしかなかった。
一度休むため、用意された宿へと足を運ぼうとした、その時。
「お困りのようですね」
どこか粘つくような声が聞こえた。
「誰?」
――ピシリ
空気がひび割れるような殺気と共にルナの指が聖剣の柄にかかっていた。
その手は、いつでも聖剣を抜けるように身構えていた。
スネイルさんやリリィさんも、共に臨戦態勢だ。
「いえいえ、怪しいもんじゃございません。武器を納めてくださいな」
そう言って姿を現したのは、汚い布を服のように纏った中年の男だった。
足が不自由なのか、歩くたびに身体はぐらぐら揺れていた。
その背骨は曲がり、布越しでも分かるほどに骨が浮き出ていた。
顔は四十代に見えるが、半分以上が焼け爛れ、唇から覗く歯も欠けているために見た目よりもずっと老けて見えた。
その表情は遠目でも分かるほどに笑顔なのだが、その瞳は全く笑っていない。
容姿も相まって魔族よりも不気味に思えてならなかった。
「それ以上近寄るな」
「分かりました」
男は足を止めた。
意外なほどにあっさりとした対応だが、ルナは全く気を緩めていない。
男の一挙手一投足、呼吸すら見逃さないと言わんばかりの警戒だった。
「怖い怖い、アタシみたいな底辺のカスのような人間が勇者様にここまで警戒されるなんて光栄ですかね」
「どうかな、人は見た目によらないよ。少なくとも、勇者を前に余裕な態度を見せられる人間を弱いとは思わないな」
「いえいえ買い被りすぎですよ。ただ、仕事柄あなた様のような強い方とお話しする機会が多いだけですよ」
暫しの間、男とルナが睨み合う。
男は笑顔で、ルナは仮面越しに。
そして、少しの沈黙の後先に口を開いたのは、ルナだった。
「君は何者?そして、何の用かな」
「アタシはゴーシュさん。大陸を股にかける情報屋、と言えば聞こえは良いですがただの流浪人ですよ」
「情報屋……」
「はい。例えばそうですね……腕の良いアスラの鍛冶屋。それも、人工聖剣を打てるほど優れた人物をアタシは一人、知っています」
ピクリ、と柄にかけたルナの指が揺れた。
ゴーシュさんは、笑みを深くして畳み掛けるように言葉を紡いでいく。
「それは、アスラ一の名工と名高いスウォルツのことか」
「おお、かの名工をご存知でしたか!」
スネイルさんの言葉に感心したようにゴーシュさんは大袈裟に手を叩いた。
ただ、その仕草はかなりワザとらしく、褒めているはずなのに、なぜか不快な気分になってしまう。
事実、普段は冷静なスネイルさんも少しだけ眉を顰めていた。
そんなことに気づいていないかのように、ゴーシュさんは目を閉じ、両手を組んで、うんうんと頷いていた。
「確かに彼は言わずと知れた名工。その技術は当代一とされています。ジークの人工聖剣、不死切りも彼が打っていますしね」
ジーク。
いきなり出てきたその名前に、心臓が跳ねた。
そんなことを知る由もなく、ゴーシュさんは話を続けた。
「が、それゆえに彼に会うのは並大抵のことではありません。その身はアスラでも選りすぐりの戦士に常に護衛され、面会が許されるのはその功績を讃えられた名誉ある戦士のみです」
「それでは、貴方はジークの剣を打った者より技術の低い者しか紹介できないということではありませんか」
リリィさんが少しだけ怒りを込めて言った。
ゴーシュさんは、また大袈裟に両手を振った。
「いえいえ、とんでもない!アタシが紹介させて頂くのは、有象無象の鍛冶屋ではありません。むしろ、スウォルツと唯一肩を並べる――いや、その才はスウォルツを遥かに凌ぐと言っても過言ではない鍛冶屋。その名を、レンと申す者です」
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