申し訳ございませんでした!
「そのレンって鍛冶屋は何者なの?」
ルナは、前を歩くゴーシュさんに向かってややぶっきらぼうに聞いた。
棘があるのは、彼のような胡散臭い人物に頼ることしかできない自分への苛立ちと、彼の足の遅さが原因だろう。
ゴーシュさんは、そんなルナの苛立ちに気付きながらも、まるで何も気づいていないように得意げに口を開いた。
「一言で言えば、モグリの鍛冶屋です。かつてはスウォルツの一番弟子とされ、その跡を継ぐことが確実視されていた。しかし、ある事件を起こし一門を破門された」
「事件って?」
「それは――おおっと、ここからは別料金です。危ない危ない」
ゴーシュさん人差し指と親指を繋げて円を作る。
気になるところで
そんなルナを見て、ゴーシュさんはますます笑みを深めていた。
……この人は謎だらけだけど、胆力は凄いな。
そうして一刻以上歩き続けた。
周囲はどんどん人が少なくなり、道は荒れ、獣の気配が強くなっていく。
警戒心を高めながらも、思考はあることに埋没していた。
レン。
ルシウスさんが話に出していた人物と同じ名前だ。
強くなりたいなら、尋ねてみろ、と。
同一人物なのかは分からない。
けれども、もし強くなれるのならどんなことでもしなければならない。
そう決意を固めながら、僕たちは先を急いだ。
「ここが、鍛冶氏レンの工房にございます」
やがて案内された場所は、森の中にある古びた小さな家だった。
相当昔に建てられたのか、壁はボロボロでところどころに穴が空き、屋根がやや歪んで見えた。
ゴーシュさんに紹介されていなければ、こんな場所に人が住んでいるようには思えなかった。
「ねぇ、本当にこんなところにいるの?」
「おやおや、アタシを疑いで?このゴーシュ、情報屋として嘘は吐きませんとも、はい。それに、コレもかかってますからね、はい」
そう言って嬉しそうに金貨の入った袋をチャリン、チャリンと鳴らした。
彼はここに案内するための報酬として、前金を金貨五枚、情報が正しければさらに金貨五枚と要求していた。
情報料としては高すぎるが、足元を見られてしまっては敵わない。
ルナはまだ疑っているようだが、それはないように思えた。
個人的な勘だが、彼は金貨を騙し取ろうとする人間には思えなかった。
むしろ、もっと別の目的があるように――
「――危ない!!!」
ルナの声が思考を切り裂く。
声と同時に強い力で身体を押しのけられた。
ドン、と尻餅をつく。
強い痛みに閉じた目を開けて、先ほどまで立っていた場所を見ると一振りの剣が地面に突き刺さっていた。
ぞわり、と全身に怖気が走った。
もし、ルナが押しのけてくれていなかったら、僕は今頃……
「おい、待て!」
「ルナ!?」
「はあああぁぁぁぁぁ!!!」
気づけば、ルナが地を蹴っていた。
その足は、先ほど剣が飛び出た木々の奥を目指している。
剣に溢れんばかりの雷を纏っていた。
雷鳴剣で一帯ごと焼き斬るつつもりだ。
冷静じゃない。
「ルナ、待って」
「雷鳴」
「――うるさいな」
「⁉︎」
ガキイィィィィン!!!
木々の奥から一つの影が飛び出し、技を繰り出そうとしたルナの剣を寸でで止めていた。
そのまましばらく、お互いに剣が拮抗する。
力はどちらもほとんど互角だ。
このままでは決着がつかないと考えたのか、ルナが大きく後方へ飛び退いた。
着地と同時に剣を構えて、油断なく相手を見据えていた。
相手は、黒い衣服に身を包んだ長身の男だった。
年齢はスネイルさんと同じくらいだろうか。
黒い髪は短く切られている。自分で切ったためかところどころざっくりと処理されているものの、本人のセンスが良いからか顔が整っているためか、妙に似合っていた。
身長は高めであり、一見するとほっそりしているようにも見えるがよくよく監察すれば、無闇に筋肉をつけているわけではなく、しっかりと鍛えられていることがわかった。
性別や年齢の差はあれど、勇者であるルナと同等の力を発揮できるというだけでも、只者でないことは確かだろう。
そう考えていると、彼の瞳がこちらを睨みつけていたことに気づいた。
まるで、獣のような凄まじい眼力に、思わず腰に下げていた折れた剣の柄に指を掛けてしまった。
その視線を遮るように、ルナが一歩前へ出た。
「君は何者?いきなり剣を投げつけるなんてご挨拶だね。私が庇わなければ、ウィルは死んでいたかもしれない」
「別にその剣は彼を狙ってはいなかった。避けなければ地面に突き刺さって終わりだったのを、君が勝手に勘違いしただけだよ。少しでも敵の可能性があると見るや、いきなり攻撃する君の方がよっぽどご挨拶だと思うけどね。そうだろ、
男の目が聖剣を見つめながら言った。
表情は仮面のように変わらず、けれども瞳は険しいままだ。
怒っているのか、今の表情が普通なのか判断がつきにくい。
「一目で聖剣を見抜く眼力。流石だね。っていうことは、君が鍛冶屋レンかな?」
「だったら、何?」
「君に依頼したい仕事があるんだけ――「断る」」
「どうせ、そこの少年の剣を打てってていう依頼だろ。こっちは忙しいんだよ。お断りだ」
「!?……どうして、それを」
「君の剣、折れてるだろ」
「⁉︎」
そんな。
まだ、見せてすらいないのに。
「見なくても、柄に触れた時の音を聞けばその剣がどんな状態なのか手に取るように分かる。酷い折れ方だね。剣が泣いているよ。大方、自分の力量も分からずに格上に戦いを挑んだか、もしくは普段から酷使し続けていたか、その両方か。どちらにしろ、そんな奴の剣を作る訳ないだろ」
そう言ってレンさんは、こちらを見向きもせずに家へと帰ろうとする。
その背中からは、全てを拒絶するような強い意志を感じた。
「待って――待って下さい!」
家への入り口を塞ぐように回り込んだ。
彼は体格が良く、僕とは頭一つ分違う。
けれど、実際に対峙するとそれ以上の差があるようにも思えた。
ジロリ、猛禽類を思わせるような瞳がこちらを見下ろしていた。
「どうしても勝たなくちゃいけない勝負があるんです。そのためにも、新しい剣が必要なんです!お願いします!」
「関係ないね。君に協力して、ボクに何の得があるの?」
冷たく突き放すようにして、レンさんは家へと戻ろうとする。
このまま行かせてしまえば、仕事を依頼する機会は永遠に無くなってしまう。
だから。
「ルシウスさんを知っていますか?」
ぴたり、とレンさんの足が止まった。
振り返ったその表情は、今までのような冷たく不機嫌なものではなく、困惑に満ちていて、初めて青年らしい感情を覗かせていた。
ルナ達もまた、突然出た名前に困惑しているようだった。
「学院都市アリスで、かつて魔法使いとして学んでいたルシウス・エールボルトさんです。ご存知ではありませんか?」
「……ルシウスは、確かにボクの知り合いだ。君がどうしてその名を知っている」
「彼は言いました。もし、強くなりたければアスラの郷のレンを尋ねろと。これれを見れば、信じてくれるって」
懐から、彼に託された杖を差し出した。
先端は翠の宝玉と、それを守護する鷲を象った黄金の装飾がされている杖。
中途で途絶えたそれを見下ろすレンさんの瞳は細められていて、どこか悲しそうにも思えた。
「ルシウスさんはこうも言ってました。すまなかった、と」
「……入って。少しだけ話を聞いてあげるよ」
「話は分かった。剣を打ってやっても良いよ」
「本当ですか⁉︎」
家の中に案内された僕たちは、床に座って話を聞いていた。
中は外と同様に古びていて歩くたびに埃が舞ったり、小さな虫が這い回っていた。
リリィさんは不気味そうに身体を竦め、ルナは心底嫌そうに床を踏み締めていた。
対して、スネイルさんや中にまでしれっと付いてきたゴーシュさんはあまり気にしていないようだ。
この辺りは、生まれ育った環境によるものだろうか。
などと、失礼な考えが頭に浮かびながらも、僕は対面に座るレンさんに、ルシウスさんが起こした事件。そして、剣が必要になった経緯を伝えた。
話を聞いている間、レンさんは眉間に皺を寄せ、猛禽類を思わせるような鋭い眼光でこちらを睨み続けていた。
だが、先ほどまでのような怒気は感じられない。
もしかしたら、彼にとってはこの表情が普通なのかもしれない。
そんなことを思いながら話を終えると、レンさんは剣を打つことを承諾してくれた。
意外な返事に身を乗り出して声を上げた。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「ただの剣を打つだけならそこまで時間は必要ないけど、人工聖剣と打ち合える剣となると、同じく人工聖剣しかない。けれど、それを制作するためには、それなりの時間と費用、何より素材と担い手の
そう言って彼は床に置かれていた剣を握り、ゆっくりと引き抜く。
水を思わせる青い刀身に濡れたような刃紋が室内をぼんやりと照らし出す。
美しい。
その一念だけが、頭の中を支払いしていた。
こんな剣は、ルナの聖剣を除けば見たことがない。
思わず手を伸ばす。
欲しい。
この剣を自分だけのものにしたい。
思考がふわふわとして、定まらない。
そんな考えをかき消すように、刀身がピシャリと音を立てて鞘に収められた。
途端に、泡のように先ほどまでの欲求が消し飛び思考が明瞭になった。
「これは、蒼姫剣セイレーン。漁師たちを誘い、歌い魅力し、溺死させる魔物。セイレーンから得た素材を核として制作した人工聖剣だ。その特殊効果は、自身より格下の生物を魅了し、抵抗できなくさせる」
「凄い剣だ……」
「だけど、使い手の
先ほどまで美しいとさえ思っていた剣が途端に恐ろしい物に思えてならなかった。
「こういう風に人工聖剣には、その性能と引き換えに危険と隣り合わせだ。だからこそ、使い手にはそれ相応の強さが求められる」
「素材っていうのは、強い魔物なら何でもいいのか?」
「何でも良い訳じゃない。その辺りは、使い手の相性――もっと言えば、魔力属性が関係してくる」
「魔力属性、ですか?」
「……ああ、そうだ。見ての通り、人工聖剣にはそれぞれ特殊な力が秘められているけど、それは使い手の魔力属性と合致して、初めて強力なものへと変わる。君の属性は?」
「雷です」
「一番厄介な属性だね」
「そうなんですか?」
「雷は、その攻撃性能の高さから強力な剣を生み出しやすい反面、その素材となる魔物もそれ相応の強さになりやすい。加えて、雷という性質上かなり扱いが難しい」
それは、魔力属性が判明した際にスネイルさんに言われたことと、ほとんど同じだった。
あれからずっと、雷鳴剣を修得しようとして何度も挑戦しているが、一向に成果に表れない。
「ウィルなら大丈夫だよ」
ルナが勇気づけるように言った。
けれども、その言葉はどこか空虚にも思えて。
彼女自身も信じられていないように思えた。
「作る剣の属性は分かった。次は素材だけど……これは、君一人で採りに行ってもらう」
「⁉︎」
「はぁっ、何で?」
「人工聖剣を使いこなすためには、主が素材となった魔物よりも強くなくてはいけない。自分よりも遥かに強い仲間と倒した魔物から剣を打っても、取り込まれるだけだ」
「っ……」
「分かりました」
「ウィル⁉︎」
「レンさんの言っていることは正しいよ。それに何より、これは僕自身の戦いだ。だから、素材だって集めてみせる」
不安そうに見つめるルナを安心させるために、努めて笑顔を見せた。
そんな僕たちを、レンさんは不思議そうに見つめていた。
「君は彼を信じているのか、いないのかよく分からないね」
「っ……うるさ――んぐ」
「取り敢えず、やる事は決まったな。ウィルは素材を集めるために魔物を狩る。俺たちはその間、旅の準備や試合の対策や各々の修行をやる。それでいいな」
レンさんに暴言を吐こうとするルナを後ろから抑えながら、スネイルさんが言う。
その言葉に頷きながら、人工聖剣の素材となるような強い魔物なんてどこに……
「――アタシなら、その情報を知っていますよ」
と、こちらの心を読んだかのように、それまで黙り込んでいたゴーシュさんが口を開いた。
「
彼は、不気味な笑みを浮かべてそう言った。