勇者の友達   作:パン3

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第四十四話 迷宮

 

 一歩を踏み出すたびに、足音が壁に跳ね返り、より大きな音となって鼓膜を揺らした。

 その度に心臓が跳ねるように律動し、喉の奥から何かが込み上げてくるようようだった。

 

 地下への通路は、終わりが見えずただただ暗闇が続くばかり。

 奥からは、得体の知れない生き物の息遣いやその足音が蠢き、それが小さな蟲のように全身を這い回るような感覚を覚えた。

 

 ――これが迷宮(ダンジョン)

 

 その恐怖を紛らわせるように、僕はここにここに来るまでの道のりを思い返すのだった。

 

 

 

 

 

 迷宮(ダンジョン) 

 

 遥か古の時代より存在する、大陸各地に残存する遺跡の総称。

 その規模や形は様々だが、共通しているのは内部は文字通り迷宮のように入り組んでおり、階層が深くなるごとに強い魔物が棲みついていること。

 そして、時折見つかる宝箱には、古代人の遺した秘宝が眠っているということであった。

 

 

「戦士の修験場。そこが、アタシがご案内する迷宮(ダンジョン)の名でございます」

 

 レンさんと別れて半刻ほど。

 僕たちはゴーシュさんに案内された道を歩いていた。

 先を行くゴーシュさんの歩調に合わせながら口を開いた。

 

迷宮(ダンジョン)ってもっと山奥とか人が訪れない秘境にある印象でしたけど、郷から案内して行けるような距離にあるんですか?」

 

「ふふっ、ウィルさん。それは少し思い違いをされていますね」

 

 とても楽しそうにゴーシュさんが笑みを浮かべていた。

 本人としては、笑顔を見せているのかもしれないが、焼け爛れた顔のせいでめちゃくちゃ怖い。

  

 こちらの心情を知ってか知らずか、ゴーシュさんは話を続けた。

 

迷宮(ダンジョン)が人里離れた秘境にあるという認識に間違いはありません。間違えているのは、アスラの郷の近くに迷宮(ダンジョン)があるのではなく、迷宮(ダンジョン)の近くにアスラの郷が作られたのですよ」

 

「どういうことですか?」

 

迷宮(ダンジョン)には魔物が多数存在しており、定期的に狩りに行かなければ大暴走(スタンピード)の恐れがあります。そこで、その危険がないように迷宮の近くにアスラの郷が作られたのですよ」

 

「それって、かなり危険じゃないんですか?」

 

「勿論そうですよ。けれども、逆を言えば戦士の修行場としてはもってこいです。それだけでなく、迷宮から出土する古代人の装具品や武具といった宝物、魔物の素材は、高値で取引されます。このような農作物や家畜が育ちにくい環境で栄えることができているのは、そのためです」

 

 聖都アネストは、女神教への寄付や奇跡の治療費。

 学院都市アリスは、魔道具の開発。

 アスラの郷は、迷宮の宝物や魔物の素材の売買。

 

 これまで巡ってきた主要都市は、それぞれで独立した事業を行い、収益を得ていたのだ。

 

「だが、何百年にも渡る攻略で目ぼしい宝物や魔物は、ほぼ狩り尽くしたって聞いたぞ」

 

 スネイルさんが言った。

 

「おお、素晴らしい。そうです、その通りでございます」

 

「何が素晴らしいだよ、駄目じゃん!」

 

 スネイルさんの言葉を、ゴーシュさんが褒め称え、ルナが怒鳴り、その後ろでリリィさんが会話に入ろうとして、入れず視線をキョロキョロとさせていた。

 やがて、こちらの視線に気付き恥ずかしくなったのか、一瞬赤面した後にコホンと咳払いして口を開いた。

 

迷宮(ダンジョン)の周期が一巡して、再び魔物が活発化したのですか?」

 

「活発化?」

 

「ええ、迷宮(ダンジョン)内の魔物は、外界に存在する魔物と異なり、死んでも迷宮(ダンジョン)内の魔力が循環することで復活するという特性があるのです」

 

「おお、流石は魔法使い様。聡明でいらっしゃいますね!」

 

「そ、それほどでもありませんわ……」

 

「しかし、残念ハズレでございます」

 

「そ、そんな……」

 

「確かに迷宮の魔物は一定の周期ごとに復活します。しかし、雑魚はすぐに復活するのに対して、階層(フロア)の主である支配者級魔物(ボスモンスター)の復活には数年から数十年単位の時間を要します。事実、ジークが倒した不死鳥アーグアが現状の迷宮に残った最後の支配者級魔物(ボスモンスター)と言われ、踏破されてしまったと()()()()()()()()。」

 

()()()()()()?」

 

「ええ、そうです。しかしつい先日見つかったのですよ。隠し階層(フロア)が。それこそが、アタシがご案内する場所にございます」

 

 

 そうして歩き進めてもうじき日が暮れるかと言う頃に、僕たちはようやく迷宮(ダンジョン)――戦士の修験場へ辿り着いたのだった。

 

 

 

 

「意外と入り口は普通なんですね」

 

 古代人の遺跡。

 数多くの魔物が蔓延る伏魔殿。

 

 そんな迷宮の説明を聞いていた印象からは、程遠いほどに普通の洞窟のようにしか見えない。

 

「ええ、ええそうです。しかし、ご安心下さい。中身はキチンと恐ろしい魔物で一杯ですので」

 

「ウィル、本当に行くの?」

 

 ルナが聞く。

 彼女はこれまでの旅の中で最も顔を強張らせていた。

 本当は止めたいのだろう。

 

 けれど――

 

「うん、行くよ。強くなるために必要なことだから」

 

「……分かったよ。じゃあ、これ」

 

「⁉︎……これって、革鞄(ポーチ)じゃないか」

 

 入り口に入るものであれば、ほぼ無制限に収納することができる魔道具。

 金貨に換算すれば、豪邸が何軒も建つほどに貴重なものだった。

 

「そう。これがあれば魔物の魔石や宝物を楽に運べるよ」

 

「でも……」

 

「貰っとけよ。実際、迷宮探索では荷物が嵩張ったりして動きが鈍くなり、魔物の攻撃を受けて負傷することが多いんだよ。現に、それを防ぐために荷物持ち(ポーター)って役割があるくらいなんだぜ」

 

 そう言ってスネイルさんは、緑色の液体がたっぷりと入った硝子瓶を何本か革鞄(ポーチ)に入れた。

 

「俺からはこれを渡しておくぜ。いざとなった時に使える回復薬(ポーション)だ」

 

「わ、私からはこれを」

 

 リリィさんは、そう言っていくつかの小石を差し出してきた。

 紅、蒼、翠と様々な色が混ざり合ってキラキラと輝きを放っている。

 

「これは?」

 

「魔力結晶です。私の炎や風、水などの魔力を魔石に込めました。これを割れば、咄嗟の時の防御や攻撃になります」

 

 革鞄(ポーチ)回復薬(ポーション)、そして魔力結晶。

 そのどれもが、本来平民には手が出せないものばかりだった。

 

「ありがとうございます」

 

「ウィル」

 

 ルナが僕の手を両手で包み込む。

 本来なら、暖かい指は真冬の水のように冷たく震えているようであった。

 

「絶対に帰ってきて」

 

「うん、必ず」

 

 

 

 

 

 ――そして、時は現在へと戻る。

 

 迷宮(ダンジョン)は階層ごとに攻略する適正の強さ(レベル)の基準が定められている。

 

 一から三階層目はレベルI

 二から五階層目はレベルⅡといったように、深層に進めば進むほどに攻略の難易度は上がっていく。

 

 今の僕の強さ(レベル)はI。

 つまり、より強力な素材を落とす魔物に出会うためには、ここから能力進化(レベルアップ)をしていかなければならない。

 

 そのためにも――

 

 

「グルルルル……!」

 

 茶色の皮膚に、黒い斑点のまだら模様をつけた魔物――猟犬(ハウンド・ドッグ)が唸っていた。

 

 食いしばった口からは涎が滴り、赤黒い歯肉の奥からは短剣よりも長い二本の牙が光っていた。

 

 ――焦るな。

 

 これまでの旅でだって魔物との戦闘は何度も経験している。

 魔物との戦闘で肝心なのは、その魔物の特性を把握し、冷静に対処すること。

 

 猟犬(ハウンド・ドッグ)は、素早い攻撃とこちらの攻撃を的確に避ける危機察知能力と俊敏性、そして敵を執拗なまでに追い続ける恐ろしい習性がある。

 反面、一個体ごとの攻撃力はそこまで脅威じゃない。

 そして、知能はゴブリンよりも低い。

 

 だったら。

 

「ガウッ!!!」

 

 疲れて身体がふらついたようにわざと態勢を崩す。

 その隙に釣られた猟犬(ハウンド・ドッグ)が牙を剥き出しにして、勢いよく突進してきた。

 

 その攻撃を寸でのところで躱し、返す形で剣を真横に振り切った。

 

「ギャオゥ――」

 

 両断された猟犬(ハウンド・ドッグ)は、わずかな鳴き声とともに、倒れ伏した。

 ほどなく、死体が細かい光の粒――魔素となって消え、そのいくつかが身体に取り込まれていく。

 そして、最後には赤黒い小さな魔石だけが残った。

 血のように赤いソレは、まるで|猟犬《ハウンド・ドッグの心臓のように脈打って見えた。

 魔石を回収し、革鞄(ポーチ)へと入れる。

 

 これで倒した魔物は五体。

 能力進化(レベルアップ)するためには、自分よりも強い魔物を多く狩り、その魔素を身体へと吸収していくことが一番の近道とされていた。

 

 ルナの持つ聖剣のように、魔石の持つ魔力を全て吸収できれば良かったのだが、まだレベルⅠの僕の身体では、ほんの僅かずつしか取り込むことができなかった。

 

 そして、まだレベルが上がっていない段階で下の階層へ向かうことは、死を意味する。

 

 ――だけど。

 

 『受け攻めいくつか予想したが、そりゃあ悪手だろ』

 

 先日対戦した、金髪の剣士の姿が蘇った。

 ルナに迫るのではないかと思えるほどの圧倒的な身体能力、無駄のない太刀筋。

 一太刀も入れることができず、攻撃を躱すことが精一杯だった。

 

 ほとんど年齢も変わらない。

 にも関わらず、僕より遥かに高みにいる相手。

 ルナの隣に相応しいと思える男。

 

 彼を思えば思うほど、胸の内側に今まで感じたことのない泥のような不快感が強くなっていく。

 強くなりたい。

 少しでもじゃ足りない。

 

 今すぐにでも、強く――

 

 その足は、自然と下層へと伸びていった。

 

 

 

 

 

 ――

 

「ウィルは大丈夫でしょうか?」

 

 リリィが、心配そうに迷宮のある方角を見つめていた。

 

 気持ちは分かる。

 正直に言えば、今すぐにでも迷宮に駆けつけたい。

 

 けれど、そんなことをすればウィルの剣を作るという話がなかったことになってしまう。

 

 なぜなら――

 

「大丈夫じゃないよ。多分、すぐに死ぬだろうね」

 

「……それ以上戯言を吐いたら、殺すからね」

 

 その元凶たる男が、至極当たり前だという表情で座っていた。

 

「君は馬鹿なのかな。殺したら彼の剣を作れなくなるって分からない?」

 

「っ――お前!!!」

 

「お、落ち着いて下さいルナ!」

 

 暴言を吐くレンに対して、思わず剣に伸びかけた手を、リリィが寸でのところで止めた。

 でも、コイツには一発お見舞いしないと気が済まない。

 

「そこらへんでやめとけよ。仮にも、人類の救世主たる勇者様が聖剣使って刃傷沙汰なんて洒落になんねーんだから」

 

 何やら、大きな布袋を抱えて準備をしているスネイルが言った。

 

「なら、殴る」

 

「だからやめろ。ったくお前ってなんで誰彼構わず喧嘩を起こすんだ。一回喧嘩しないと関係性築けないのかよ」

 

「べ、別に好きで喧嘩してるわけじゃ」

 

「なら、少しは話し合いで解決する癖をつけろ。毎回感情に身を任せて動いてると、いつか取り返しのつかないことになるぞ」

 

 最後の言葉に少しだけ感情を乗せて、スネイルが作業に戻った。

 

 ……そんなこと言われたら、反論できないよ。

 

「何だ残念。聖剣を抜かないのか」

 

 クソ鍛冶屋(レン)が、至極残念そうに呟いた。

 

「あんた、もしかして聖剣を見たくてわざとルナを怒らせたのか?」

 

「そうだよ。鍛冶屋としても、伝説の聖剣は興味があるからね」

 

 何でもないような言葉に、さっきまで湧き上がっていた怒りの熱が急速に冷めていった。

 

「あのなぁ、変にルナを怒らせない方がいいぞ。コイツは腐っても勇者だからな」

 

「腐っても、は余計だよ」

 

「ごめん」

 

「そこは素直に謝るんかい!」

 

 妙に疲れてしまった。

 今まで色々な人や魔族を見たきたけど、コイツはその中でも変人過ぎる。

 

「聖剣を見たいから、殺されに来るとか頭おかし過ぎるでしょ」

 

「どこが?一つの道を極める者として、その到達点を見たいっていうのは、普通のことだと思うよ。むしろ、これまで君たちが会ってきた鍛冶屋がどうしてそうしなかったのか不思議でならないね」

 

「はぁ。そりゃぁ、そんなのじょうし「分かります!」え゙っ……」

 

「私も、ルナとの試合は命懸けでしたが、あれほど自分の力が研ぎ澄まされる感覚は経験したことがありませんでした。願うことならば、何度でもしていきたいものです!」

 

 ええ……

 いや、まあ私もリリィとの試合で実力が伸びたような心地良さは感じたけど、死と隣り合わせの感覚はそう何度も味わいたいものではなかった。

 

「ふふっ。彼女は理解しているみたいだね。そうさ、至高に到達するのに、命の一つや二つを賭けないでどうするのさ」

 

 うんうん、と大きく頷き尊敬の視線を向けるリリィに気障ったらしく髪をかきあげるレン。

 顔が良いために似合っていることが無性に頭にきた。

 

「っていうか、何で自然と私達といるの?あんたは工房にでも籠ってればいいじゃん。ていうか、そうしろよ!」

 

 今はウィルを待つ間、少しでも強くなるために修行をしている最中だ。

 ただでさえ不安で苛ついている時に、気持ちを掻き乱さないで欲しい。

 

「ん?お誘いがあったから来たんだけどな」

 

「誘い?誰もアンタなんか」

 

「俺が呼んだ」

 

 スネイルが料理に使用する具材を切り分けながら呟いた。 

 

「はぁ⁉︎どうして呼んだの」

 

「俺達は敵じゃない。いがみ合う必要はない。むしろ親睦を深めたほうが良い剣が作ってもらえるだろ?」

 

「だとしても、こんな奴と一緒に「何か苦手な食材はないか?」

 

「聞いてよ!」

 

「ミニオントマト、トゲカボチャ、ブラックピーマン、ハゴロモネギ、サンサンナスビくらいかな」

 

「……多すぎでしょ」

 

「これでも絞ってる方だよ。本気を出せば、あと十倍はあるからね」

 

「自慢になってないでしょ!」

 

「分かった。少し待っててくれ」

 

「作るんかい……」

 

 ウィルもそうだが、スネイルも大概世話焼きな気がする。

 人の役に立つために動くことが当然というか、生き甲斐になっているというか。

 私にそんな趣味はないし、あれこれ人の生き方に口を出すつもりはないが、何となくモヤモヤしてしまうのだ。

 

「少し材料を調達してくる。ウィルも入れるとなると、少し心許ないからな」

 

「!……そう、だね」

 

 そうだ。

 ウィルは必ず帰ってくる。

 そうに決まっている。

 決まっているんだ。

 

「無理だよ」

 

 けれども、そんな願いをレンはあっさりと否定してしまった。

 一筋たりとも期待していないその様子に、聖剣を抜きそうになるが、それでは相手の思う壺だ。

 怒りを何とか飲み込んで、疑問を口にした。

 

「どうしてそう思うの?確かにウィルの強さ(レベル)は低いよ。けど、ウィルはこれまで多くの激戦を戦い抜いてきたんだ。それこそ、二つや三つのレベルを駆け上がってもおかしくないほどの経験をね」

 

「でも、強さ(レベル)は上がらなかった。そうだろ?」

 

 レンはこちらの心を見透かしたように目を光らせていた。

 今までのような軽薄さが感じられない、その強い瞳に言葉が詰まった。

 

「彼は上の強さ(レベル)に上がることはないよ。なぜなら――」

 

 

 

 

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