「ウィル!」
工房に何とかたどり着くと、黄金の影がもの凄い勢いで突進してきた。
そのまま突き飛ばされ、後方に倒れ込む。
「ルナ。心配かけてごめん」
「本当だよ!
「……うん、本当だよ」
「無茶だよ!ウィルのレベルはまだⅠ何だから……心配させないでよ」
「ごめん」
そのままお腹に顔を埋めて涙を流すルナ。
いつものように鉄拳制裁をしてこない分、すごくやりにくい。
どこか遠慮のようなものを感じた。
どうしたんだろう。
リリィさんとスネイルさんは少し遠くで微笑みながら見ているだけだし。
「へぇ、生き残ったんだ」
そんなふうに考えていると、どこか人を食ったような声が聞こえた。
声の主は少しだけ驚いたように眉をあげ、こちらを観察していた。
「レンさん」
「ん、何だい?」
「お話があります。少しだけ、時間を頂いてもいいですか?」
「――なるほどね、父さんに会ったのか」
レンさんは考え込むように少しだけ上を見上げた。
時間にすれば、ほんのわずか。
けれどその間に、多くの葛藤や逡巡が見えた気がした。
「ということは、ボクの過去も知っているわけだ」
「はい。かつて神童と謳われた天才剣士。けれど、その道を投げ捨て鍛冶屋となって勘当された」
「ああ、そうだよ。そして、その鍛冶屋の世界からも追い出され、今じゃこんな生活をしている」
「どうして、鍛冶屋になろうと思ったんですか?」
将軍から、鍛冶屋は戦士として才能を諦めた者がなる道だと聞いた。
戦士としての才が十二分にありながら鍛冶屋の道を選ぶ者は前代未聞らしい。
「この世で最も美しい物、それは何か分かるかい?」
「?……いえ」
「それは、剣だよ」
そう言うと、彼はおもむろに一本の剣を取り上げた。
宝石や黄金といった飾りが一切ないただ『斬る』という目的のみを探求した鋼。
ただそれだけのものが、僕の目を捉えて離さなかった。
「コレの前では、どんなに煌びやかな宝石や黄金、美しい女さえも、色褪せる。剣としての機能を追求すればするほどに、その美しさは増していく。いずれは、この世に現存するどんな剣よりも美しい一振りを生み出すことがボクの夢なんだ」
レンさんは、うっとりとどこか狂気をも感じる瞳を浮かべていた。
隣に立っていたルナが、気色悪そうに表情を歪めたのが分かった。
「だからあんなに将来を嘱望されていた戦士を辞めて、鍛治師としての道を選んだんですか?」
「それは順序が逆だよ。僕が戦士として剣術を習っていたのは、究極の剣を作るために、それを扱う人間や技術について知っておかなければならないと感じただけさ。まぁ、辞める時は父さんと殺し合いになりかけたけど」
肉親と殺し合いって、そんなにさらっと言うことだっけ。
「そしてボクは、スウォルツの弟子となって鍛冶屋となり、そこから流れ着いて今に至るというわけさ」
「どうして破門されたの?」
「ちょっ、ルナ」
あまりに直接的な聞き方にレンさんを怒らせたのではないかとハラハラしてしまう。
けれど、レンさんは苛立つ様子はなく、淡々と口を開いた。
「別に隠している訳じゃないから良いよ。スウォルツを殺したから」
「は――?」
「とされてしまってね。追っ手が鬱陶しいから、こんな僻地で暮らしているんだよ」
師匠を殺した?
いや、
さっきもそうだけど、そんな重要な情報をさらっと言わないで欲しい。
「どういうことですか。殺されたって何があったんですか。犯人に心当たりはないんですか?」
「っていうか、スウォルツさんって師匠だったんでしょ!何にも感じないの?」
「一気に聞かないでくれ」
レンさんは鬱陶しそうに顔を歪めた。
師匠を殺されるなんてかなり重大なことにも関わらず、彼にとっては剣の製作に没頭できないストレスでしかないのだろううか。
「まずスウォルツのことだけど、別に何も感じないよ。鍛治氏としての技術は認めるけど、考えは全く合わなかった。それに四六時中上裸で歩き回る、汗臭い口臭い酒臭い、常に鍛えた筋肉を自慢して弟子にも押し付けようとする、性格も豪放磊落といえば聞こえは良いけど、その実何も考えていないような美しさの欠片もない男だった。どうしてあんな男が美しい剣を打てたのか未だに理解できないね」
「……」
「殺された時、アイツはどこからか依頼を受けていた。『すごい仕事が舞い込んだ!これは生涯で、いや現存する剣の中でも最高の一振りになる!この剣が完成すれば、魔族との争いにも終止符が打てるかもしれない』ってね。毎日酒を飲みながら上機嫌に語っていたよ」
「『魔族との争いにも終止符が打てるかもしれない』って、本当にそう言ってたの?」
「ああ」
「信じられない。そんなに凄いってことは、聖剣を超えうるかもしれない剣ってことでしょ!どんな剣だったの?」
ルナが興奮気味に捲し立てていた。
一人の剣士として、興味があるのかもしれない。
「さあね。あの男は、依頼人との約束だと言ってその剣の詳細は一切語らなかった……そういうところだけは、律儀な男だったよ」
「……」
重苦しい空気が、場を支配した。
その空気を壊すために、口を開く。
「そういえば、ルシウスさんとはどうして知り合いになったんですか?今のお話を聞いていると、接点がないように思えるんですけど」
「究極の一振りを創り出すためには、人工聖剣――魔法の技術も知っておかないといけないと思ってね。短期間だけ、学院都市に留学していたんだよ。ルシウスとはその時に知り合ってね。才能の欠片もない奴だったけど、泥臭く足掻くその姿は美しかったからね。金がなくて困っていた彼に自作の杖を贈ったんだよ」
「そういう意味なら、なんでウィルの力になってあげないの」
「ルシウスとそこの君では、才能と向き合い、足掻くと言っても根本的には全く異なる。まず、君が必要としているのは剣だ。杖じゃない。それに、君はたとえ新たな剣を与えらても、使いこなすことはできないよ。まるでゴブリンに宝剣を与えるようなものだ」
「そんなこと――」
「あるよ。君は強くなりたいと願いつつ、心の底では強くなった自分を信じられずにいる」
「!?――」
「そういう奴は自分と剣がいくら傷つこうとも構わずに戦い続ける。不幸なだけだよ。主にとっても、剣にとってもね。そんな奴に、ボクの剣を渡すことはできない」
反論できない。
彼の言う通りだ。
「そして、こちらの方が最も大きな理由だが――これは口で言っても伝わらないね」
彼はそう言うと、工房に飾られている剣を見つめる。
まるで、剣一本一本が生き物であり、その調子を確かめるように。
そしてその中から、一本の剣を取り出した。
「少し外に出ようか。これから、その理由を身体に叩き込んであげるよ」
「大丈夫なのですか?」
リリィさんが不安そうに呟いた。
「……レンさんの
「いえ、そうではなく」
「身体は大丈夫かって心配してんだよ」
スネイルさんがリリィさんの後を繋いだ。
その言葉に、剣を軽く握り、何度か型を繰り出してみる。
……うん、痛むけど身体は問題なく動く。
「大丈夫です」
「……まあいい。身体に異常があれば、すぐに言えよ」
「はい」
「ウィル」
ルナが自信なさげに口を開いた。
いつもは自信に溢れているその瞳はどこか陰っていて、こちらに視線を合わせず俯き気味だ。
先ほどから、どこかぎこちなさを感じていた。
「ウィルは……えっと、その……強くなっているよ。だから、頑張って!」
「…………」
その言葉には答えず――いや答えに窮してしまう。
少しだけ顎を下に動かして誤魔化すと、身体をレンさんへと向けた。
「えっと、何しているんですか?」
レンさんは目を瞑り、剣を耳に当てていた。
まるで剣の声を聞いているかと錯覚するような光景だ。
「……」
「えっと、あの」
「うるさい。見て分からないかい?この子の声に耳を傾けている最中なんだ。黙っていてくれ」
見たまんまだった。
「声なんて聞こえるわけないじゃん。頭おかしいんじゃないの?」
「ルナ!失礼だよ」
ルナはそっぽを向いた。
おかしい。普段から他人に対して攻撃的なことは知っているけど、ここまで当たりが強いなんてことはなかった。
何か理由があるんだろうか。
「――ふぅ。これだから凡人は。耳を澄ませばこの子の声は雄弁に聞こえてくるのに、剣を乱暴に扱う奴に限って聞こえないなどと言ってくる。そんなことだから、聖剣が泣いているんだ」
「はあ?剣の手入れなら毎日欠かしたことないよ」
「お決まりの台詞だね、聞き飽きたよ。手入れをすれば大切に扱っているだなんて、普段から妻に暴力を振るっている夫が毎日殴った箇所を撫でているから大切にしていると言い訳しているようなものだよ」
「なん――」
「待て待て待て!喧嘩をしている時じゃないだろ」
スネイルさんとリリィさんが慌てて介入する。
助かった。ここで二人が喧嘩したら止められないところだった。
……あれ、どうしてリリィさんがレンさんを止めているんだろう。普通逆じゃないのかな。
レンさんもリリィさんが来ると露骨に黙るし、僕がいない間に本当に何かあったのかもしれない。
「時間がもったいない、始めようか」
そうこうしていると、レンさんが剣を構えた。
素振りも、柔軟もしない。
ただ剣の声に耳を傾けるというよく分からない作業をしていただけだ。
格上とはいえ、完全に舐められているのだろう。
ジークといい、レンさんといい、最近舐められることが多いな。
自分の実力不足が原因とはいえ、少しだけ腹が立った。
ふと、中央で審判をしていたルナと目が合った。
考えるよりも先にお互いが頷いた。
作戦は決まっていた。
剣を構え、踏み込む。
魔力で強化された両脚が、地面に一瞬めり込見、次の瞬間には地鳴りと共に前方へと加速していく。
ジークとの戦いでは、格上ということに呑まれて様子見をしていることを見破られペースを乱したことで敗北に繋がった。
なら、攻める。
ルナに教えられたことを信じて、記憶にあるルナを模倣しながら。
「――へぇ」
初撃は身体を捻って躱される。けれど、この程度は予想の範囲内。
『敵は待っちゃくれない。生きるためには、攻め続けるんだ!』
いつかのルナの教えが脳裏に浮かび上がる。
そうだ、教えを守って攻め続けろ!
ひらひらと躱すレンさんに間髪入れずに連撃を繰り出していく。
一度、二度、三度。
何度躱されても諦めずに剣を繰り出した。
そして、遂に。
――キイィィンンン
僕の剣が、レンさんを捉えた。
レンさんも剣で受け止め、両者の力がしばし拮抗する。
「……少しだけ訂正するよ」
レンさんが口を開いた。
彼は、僕の瞳を見る。その奥にある何かを再確認するかのように。
「君は、ボクが思っていた以上に愚かな剣士だったみたいだね」
「つっ――!?」
均衡が突如として崩れ、一気に押し戻された。
凄まじい力に、体勢を崩さないでいることがやっとだ。
すぐに反撃が来る………………あれ?
いつまで経っても攻めてくる気配がない。
まだ加減されているのか?
「別に加減しているわけじゃないよ。そんなまだるっこしいことは、ボクの美学に反する。君は忘れていないかな?僕が人工聖剣を打つことができる鍛治氏ってことをさ」
言うや否や、彼は持っていた剣を地面に突き立てた。
「封陣、起動」
突如として、眩い光が周囲を包み込んだ。
いや、これはただの光じゃない。
「気付いたかい。これは結界だよ。この封陣剣カラビナは、地面に突き立てることで一定時間周囲に結界を展開することができる。通常は魔物に襲われた際の緊急用として用いるけど、こんな使い方もできる」
「――ル、ウィル!!!」
ドン!!ドン!!!と拳を叩いてルナたちが結界に入ろうとしているが、まるで分厚い氷に覆われたようにお互いの姿を見ることはできても、中に侵入することはできない。
「今から君を殺してあげよう。せめて、美しく散るといい」