「僕を殺す……?どう言うことですか」
「僕はね、美しくない者が大嫌いだ。特に、君のように分を弁えず理想ばかり追って醜く足掻く者が、ね」
レンさんが地面に突き立てた剣を抜き、構える。
その瞳には、先ほどまで感じることのなかった本物の殺意が感じられた。
「そんなことで」
「勿論それだけじゃない」
レンさんは外で聖剣を抜き放ち、結界を断ち斬ろうとしているルナを見つめた。
いや、違う。彼女の手に握られている聖剣を見ていた。
「素晴らしい剣だ。伝承通り、細部まで作り込まれた完璧な造形。うん、魔力の伝達経路も複雑で繊細にできている……もっと近くで見たいな」
「もしかして、ルナの聖剣を見たいがためにこんなことをしでかしたんですか?」
「ああ、そうだよ。こんなことでもしなきゃ、彼女は聖剣を見せようとしないからね」
レンさんは、さも当然とばかりに頷いた。
……気が狂っている。正気じゃないのか。
レンさんは聖剣を振るっているルナに声をかけた。
「無駄だよ勇者。この結界に使われている魔力は、ボクが有事の際に備えて何年も込め続けた魔力を使用している。如何に聖剣といえども、そう簡単には斬れないし、雷鳴剣だっけ……あれならば、斬れるかもね。その余波にこの子が耐えられないだろうけど」
「本気、なんですね……」
「当たり前だろう。念のため、聞いておくけど抵抗をやめる気はないかな。最期くらい、潔く死んだ方が無様な姿を晒さずに済むよ」
「お断りします。それに僕はこんなところで死ぬ気はありません。絶対に生きて帰ります」
「そう。好きにすれば」
レンさんはこれ以上の言葉は不要とばかりに少し身体を前傾にして、踏み込む準備をする。
それはどこか、限界ギリギリまで引き絞られた弓矢を思わせた。
……来る。
「っ――!?」
踏み込みながらの突進。
それはあらかじめ分かっていたはずなのに、その速度も、重さも想像以上。
あらかじめ魔力で手足に身体強化を集中していなければ。
そして、どんな時も武器を手離さないと言うルナの教えを守っていなければ、今の一撃で吹き飛ばされ勝負がついていただろう。
「くそっ」
後方へ飛び退き、体勢を立て直す。
あそこは突進を待つのではなく、こちらから仕掛けるべきだった。
少なくとも、ルナならばそうしただろう。
ジーク戦での失敗を活かして、攻撃を重視するように心掛けていたはずなのに、何も学べていない。
しかし、そんな後悔などする暇はないと言わんばかりに、レンさんの連撃は続く。
「ほらほら、どうしたの?もっと攻めないといけないって勇者に言われていたんじゃないのかな」
「そんな隙があれば、とっくにそうしています……!」
「違うね。隙はあるものではなく、見つけるものだよ。強者であればあるほど、隙がなくなっていくのは当たり前。そこに自ら攻め入り勝機を掴むのさ。君、剣士としての才能や修行以前に心構えがなってないよ」
「っ……うおおぉぉぉ!!!」
言葉と共に雨のような激しい斬撃が降り注ぐ。
悔しいけど、闇雲に攻めても勝機はない。
焦るな。挑発の裏には理由がある。
おそらく、それは体力だ。
鍛治氏でありながら、これほど動けるのはレンさん自身の才能に依るところが大きいのだろう。
けれども、どんなに才能があろうと体力だけはどうしようもない。
事実、一撃目と比較するとわずかにだが攻撃が軽い。
全ての攻撃に全力を出せるわけじゃないんだ。
何とか距離を取り、構えて防御の姿勢を取る。
ここは焦らずに、守りを――「えっ」
信じられない光景がそこにはあった。
レンさんは、なんと剣を鞘にしまい両手を上に挙げていたのだ。
挑発、どころじゃない。
明らかな隙だ。
「ほら、攻めてこないの?」
(えっ……あっ……)
「攻められないよね。君は勇者と違って理屈で物を考え過ぎる。それは、守りにおいては大きな武器となるが攻撃には瞬時の機転と直感に身を委ね、己を信じる思い切りの良さがより重視される」
攻撃してこないことを確認したレンさんが、ゆっくりと剣を抜き、構えた。
今のは、明らかな隙だった。絶好の好機だった。
後悔しても、もう遅い。けれど、その後悔が毒のように心を蝕んでいく。
「もっと言ってあげようか。君は勇者のようにはなれない。向いてないんだよ」
戦いに集中できない。
その隙を突くようにしていつの間にか近づいてきたレンさんが剣を振るった。
先ほどまでならば防げたはずの斬撃も、今度は衝撃を吸収しきれずに大きく吹き飛ばされ、背中を地面に強かに打ち付け肺の中の空気を全て吐き出してしまった。
心と身体がちぐはぐだ。
今までの戦いの中で、最も悪い状況。そんなことを考慮してくれるはずもなく、レンさんは容赦なく斬撃を浴びせてくる。
今までだって、自分のことを弱いと言ってくる人はたくさんいた。望みは叶わないと言われてきた。
その時は、それでも理想に向かって手を伸ばすと言い返すことができた。
憧れたルナに追いつくために。
その隣を歩き、彼女を守れるようになるために。
なのになぜ、レンさんの言葉にはこれほど動揺してしまうのか。
「君は、勇者の剣に憧れたんだよね。その剣を見ていれば分かるよ。けれど、模倣は所詮模倣。よくできてはいるけれど、その実君には合っていない。実に醜いよ。叶わないものに向かって手を伸ばしている君も、向いていないことに薄々気づいていながら自分の理想を押し付ける勇者も、ね」
「っ……」
息を呑む音が聞こえた。
それが、自分だったのかルナのものだったのかは分からない。
けれども、結界を斬ろうと奮闘しているルナの手が止まったことは確かだった。
「――まれ」
「まぁ、そうやって見せかけの友情ごっこでもしていればいいさ。不向きな剣術を頑張って習得して、いつまでも弱い弱いと悩めばいい。けど、そんな奴に僕の剣を与えることは決して「黙れ!」」
ペラペラと喋るレンの懐に突進する。
もう魔力も体力も底をつきかけていた。
だが、胸の奥から湧き上がる怒りがこの身体を限界まで、いや一時的に限界以上まで突き動かしていた。
「すごいね、少しだけ驚いたよ」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
一心不乱に剣を振るう。
防御など考えない捨て身のような攻撃。心は野獣とかし、目の前の敵を撃ち倒す。
憎しみや憎悪といった負の感情を込めて振るう斬撃は、これまで何度も描いたルナの剣の軌跡に最も近いものだった。
だが――
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
「言っただろう。向いていないって」
何度打ち込んでも当たらない。稀に当たったとしても、剣で軽く受け流されるだけで決定打にならない。
そうこうしている内に、先ほどまでの勢いに翳りが見え、疲労が全身に回り始めていった。
「ま、だ……だ」
「醜いね」
何とか振り絞った最後の一撃も、難なく躱されその勢いを利用され膝蹴りをモロに腹に喰らってしまう。
巨大な鉄の塊を思いっきり腹に打ち当てられたような衝撃に、思わず膝をついて胃の中の物を全て逆流させてしまった。
レンはそれ以上追撃することなく、冷たい眼差しでこちらを見つめていた。
「その剣じゃボクに勝つことはできないよ。確かに感情を込めて剣を振るえば、攻撃力は増していく。けどその反面、動きが単調で反撃をもらいやすい。使いこなすには、持って生まれたセンスと高い技量が必要になる。何より、憎しみや怒りという感情は思った以上に長続きしない。その根底に、強い理由がなければね。君には、それら全てが欠けている」
レンの言葉が、朦朧とした意識の中で反響する。
痛みのせいで意識を保つので精一杯だ。
「せめてもの手向けだ。コレでトドメを刺してあげるよ」
そう言って、レンが剣を構えた。
その姿が彼女と重なった。
そんな――あれは。
「ふっ――」
「っ……!!!」
爆発的な踏み込みと共にレンの姿が消えると、次の瞬間には目の前に斬撃が降りかかってきた。
何とか防御が間に合った……けど、重い――!!
先ほどの攻撃が全力だと思っていた。違った。さっきまでは、全然本気じゃなかったんだ。
しかもそれは一撃には止まらず、嵐のように激しく何度も浴びせられていく。
攻撃の隙を突いて反撃しようにも、こちらの攻撃は全て避けられてしまう。まるで、空中に浮かんだ羽に斬りかかるような、そんな感覚。
これは、間違いない。
「どうして、ルナの剣を……?」
「そう難しいものじゃない。不完全とはいえ君がさっきまで見せていたし、何より勇者とは一度剣を交えている。その時の剣の声に耳を傾ければ、おおよそどんなものなのかは想像がつくし、想像できれば再現はワケないよ」
「そん、な……」
剣術の修行を始めてから数ヶ月。
どれだけ修行を重ねても、会得できなかった技術をこの人は少し見聞きしただけで……
「隙だらけだよ」
「しまっ――」
レンの一閃が、身体を斜めに斬り裂いた。
結界越しに、ルナの悲鳴が上がった。
「がっ……はっ……」
魔力を咄嗟に集中させることで何とか致命傷は防いだものの、血がドクドクと溢れてしまっている。
早く、止血しないと……!
拙い奇跡を使い、何とか血を抑えようとしていると、頭上に影が落ちた。
レンだ。
彼はトドメを刺すことなく、ただゆっくりとこちらを見下ろしていた。
「終わりだよ」
剣が振り下ろされる。
――死ぬ。
時の流れが遅くなり、これまでの記憶が走馬灯のように溢れ出した。
それは、あの日。魔王に敗北し、ルナを助けるためにゴブリンと対峙したあの瞬間に酷似していた。
――死ぬ。
ルナとの出会い。魔王への敗北。ゴブリンとの戦い。スネイルさんやリリィさんとの出会い。ルシウスさんとの死闘。
ジークとの試合と敗北。迷宮での敗走。
何かないか、この状況を打開できる何か。
けれども、思い出しても思い出してもこの状況を打開できるものはない。
「終わりだ」
残酷な死への宣言が頭上に響いた。
ルナの悲鳴が上がった。
――まだ、死ぬ訳にはいかない。
朦朧とした意識の中、その一念だけが純粋な思いとなって身体を動かし、そして僕は――
「!?………………」
これまで常に冷静であったレンの表情が始めて歪むのが何となく分かった。
それはそうだろう。
剣というのは、基本的に片手よりも両手の方が強い。
けれど、
片手で握った剣でレンの攻撃を防ぐ。
けれど、今度は真正面から受けることはしない。
レンの剣に対し、風のように受け流すことで衝撃を最小限に抑えながら身体を捻り、そのまま回避へと繋げる。
そして、間髪入れずにレンの手首へと刺突を繰り出した。
「させないよ」
――キイィィィン
火花と共に、両者の剣が激突する。
レンは追撃せずにはじめて自分から距離を取った。
「ふざけているのかい?」
レンの声が少しだけ怒気を孕んでいた。
それはそうだろう。一時の攻防ならいざ知らず、距離が離れたこの状況なら剣を両手で握るのが定石だ。
それをしないということは、はっきり格が違う相手と戦う時か、相手を舐めていることに他ならない。
けれど、今はこれでいい。