「ウィル、どうしたのでしょうか……?」
リリィが困惑したように呟いた。
それも無理はないだろう。
先ほどから、ウィルはずっと両手で握っていた剣を片手で振るっていた。まるで
片手では、動きに制限ができる上に力も半減してしまう。おまけに私が教えた剣術とは異な理、慣れていないはずの動き。
にも関わらず、その動きには澱みがなくむしろ普段より余程軽やかに見えた。
まるで、水を得た魚のように私の剣を模倣したレンの攻撃を防いでいた。
しかし、あの動きはまるで――
「おいおい、ありゃあ」
スネイルも呆然としたように言った。
彼も同じことを思ったらしい。
そう。
まるで隻腕かのような振る舞い。
何度攻撃しても、全てを防いでしまうような剛柔併せ持った剣術。
あれじゃあ、まるで――
「ソール」
口から漏れ出たのは、憎き魔族でありながら唯一剣術を認めた剣士の名前だった。
※
「…………」
防ぐ。躱す。防ぐ。躱す。斬り返す。
火花散り、金属の反響する音がビリビリと肌を震わせた。
一体幾度この応酬を繰り返したことだろうか。
とっくの昔に体力も、魔力も底を尽き、残ったのは気力だけ。
しかしかつてないほどの疲労の中、不思議と身体は充実感で満ちていた。
(すごいな、これ……)
ほんのわずかな雑念さえも命取りになりかねないこの時でさえ、感嘆を抑えることはできなかった。
自分で実際に戦ってみて実感した。
ソール。
七魔第二柱、剣魔ソールの剣術の正体。それは――守りの剣だ。
魔剣を手に全てを薙ぎ倒し、己が覇道を歩む男からは想像もできなかったが。それは揺るぎのない事実であった。
一振り一振り剣を振り抜くたびに、その剣が身体に馴染んでいくのが分かる。
――楽しい。
今まで剣とはルナを守るため、その隣に立ち続けるための手段でしかなかった。
正直言って、楽しいものかと言えばはっきりと違うと答えていた。
未だに人を斬ることはできないし、叶うことなら剣なんてなくなればいいとさえ思っていた。
ルナの剣を学ぶ時でさえ、強くなることは嬉しかったものの、どこか窮屈で例えようのない違和感が常に身体に付き纏っていた。
けれど、今この時初めて思う。実感する。理解する。
ソールの剣は僕に
「そこ……!」
「っ――!?」
無限にも思える斬り合いの最中、ほんのわずかにレンの剣に隙が生まれた。
その針の穴のようなわずかな隙間に差し込むように剣を振り下ろす。
力の抜けた、けれども、全身の筋力と魔力を一点に集中した一切の無駄のない完璧な斬撃。
その軌跡は、僕たちの予想を超えてレンの手首へと真っ直ぐに伸びていく。
「防陣展開――!!」
橙色の光が、レンを守るように円陣を描いた。
それに阻まれて、斬撃は届かず消失。
同時に、全身から力が抜け落ちその場に崩れ落ちた。
遂に、気力も底を尽きたのだ。
視界に星のような光が瞬き、ぐにゃぐにゃと歪む。
声は掠れ、末期の言葉すら口にできない。
ごめん、ルナ――!
「……カラビナは使用者の魔力を込めることで防御陣を展開する人工聖剣だ。その守護の力は込めた魔力に比例するが、強い結界はいくつも同時に展開できない。故に、先に出した結界は崩れてしまう」
「ウィル!」
「る、な……」
ルナが、スネイルさんが、リリィさんが。
それぞれ剣や杖、錫杖を掲げてレンを取り囲んでいた。
三人から包囲されたレンは、抵抗することなく剣を鞘にしまって両手を上へと掲げていた。
「おめでとう、君の勝ちだよ……」
レンは倒れた僕に向かってそう言った。
「見損ないましたわ……!」
リリィさんが、レンを激しく糾弾した。
手に持った杖の先端は怒りに震え、魔力が光となって収束しており、いつでも放つことができるだろう。
普段の彼女からは考えられない怒気だ。
「落ち着け、リリィ」
地面にしゃがみ込んだスネイルさんが、素早く僕の状態を確認し奇跡をかけた。
先ほどまで出血で朦朧としていた意識が戻っていく。
十秒も経つと、両足でしっかりと立ち上がれるまでに回復した。
「スネイルさん、これが落ち着いていられますか。仲間が殺されかけたのですよ、魔法の一発や二発撃ち込まなければ気が済みません!ルナ、あなたもそうではなくて?」
リリィさんがルナへと聞いた。
けれども、ルナはその言葉へとすぐには答えない。
どこかぼんやりとしているようであり、気持ちが別のところへ逸れているようであった。
「ルナ……?」
「……違う」
「へぇ、流石に気づくんだ」
「何が違うのですか?」
「コイツ、多分ウィルを殺すつもりなんて最初からなかった」
「ど、どういうことですか?」
予想外の言葉にリリィさんが動揺していた。
ルナは答える。
「本当に殺すつもりなら、コイツの腕ならウィルをとっくに殺せていたよ。けれど、それをやらなかったのは聖剣を見たかっただけじゃないと思う」
言葉を切り、レンをはっきりと見つめる。
一度唇の端を噛み、悔しそうに言った。
「コイツはきっと、ウィルの成長を促すためにわざと手を抜いたんだ」
「ご名答」
髪をかきあげ、レンが答えた。
絶体絶命の危機だというのに、そんなことを心配している気配が微塵もない。
驚きを通り越して、半ば呆れていた僕たちにレンさんは説明を続けた。
「君の剣は――勇者の模倣は君に合っていなかった。そういう剣士は大勢いる。物語の英雄に憧れ、自分の体躯よりも長大な剣を求める奴。碌な技量もない癖に二刀流で戦う奴。いずれも、自分の剣と碌に向き合わない愚か者だ。そいつ自身が死ぬのはどうでも良いけど、そんな馬鹿に尽き合わされる剣の方はたまったものじゃない」
「だからこんなことを……」
「まぁ、最後まで自分の剣を見つけられなかったら、殺そうと思っていたけど」
レンさんはそう言うと剣を鞘に収めた。
そして、そのままくるりと背を向けて歩き出す。
「君がどんな剣を選ぼうと君の自由だよ。ただ、君の目指す剣と、適している剣は違う。それだけは、覚えておくといい」
「る、ルナ。大丈夫ですか?」
「……何が?」
「何がって、その……」
レンさんとの戦いが終わり、僕たちは少し遅めの昼食をとっていた。
普段ならば、和気藹々とした雰囲気なのに、今日は曇り空のように空気が重い。
その原因は明らかに僕とルナにあった。
レンさんとの戦いからこれまでずっと黙ったままのルナを心配してリリィさんが声をかけてくれるが、ルナは明らかに会話することを嫌がっていた。
どうすれば良いか悩むリリィさんに助け舟を出すように、食器を回収しにきたスネイルさんが声をかけた。
「お前らの重い雰囲気で飯が不味くなるって言ってんだ。いい加減、言いたいことがあるならはっきり喋れ!」
「すみません……」
「…………」
ルナは黙ったまま下を向くだけだった。
いつも不機嫌な時は、挑発されればすぐに言い返すルナが何も言わない。
明らかに異常だ。
「ルナは、僕がソールの剣を使ったことが嫌だったの?」
勇気を振り絞り、ルナに語りかける。
彼女が不機嫌な理由は、明らかにこれだろう。
レンさんとの戦いで、僕はルナに教わった剣ではなくソールの剣を使った。
今でも鮮明に思い返すことができる。
今までどこかズレていた感覚が、ぴたりとハマったような解放感と充実感。
剣を振うたびに研ぎ澄まされるような感覚。
何よりも、これまで感じたことのないような「楽しさ」。
どれもこれもが、ルナの剣で戦っていた時からは得られなかった感覚だった。
けれども、その剣を選択するということは、ルナから教わったほとんどの剣が無駄になることに他ならない。
いや、違う。
ルナの費やしてくれた時間が、無駄だったと選択することなんだ。
ルナはすぐには答えない。けれども、時間をかけてゆっくりと口を開いた。
「……嫌じゃない。嫌じゃないよ。けど、どう言えばいいんだろうね。ウィルに申し訳ないって思っちゃって」
「どう言うこと?」
「ウィルに剣を教えていたつもりだったけど、その実私はウィルに合う剣を教えるよりも、自分のやり方ばっかり押し付けちゃっていたんだなって。私は、自分のことしか考えていなかった」
「そんなこと」
「あるんだよ。現に、ウィルはずっと伸び悩んでいたのに、ソールの剣を使ってからは見違えるようだったよ。もう少し
ルナは笑みを浮かべながら言う。
けれども、その笑みは貼り付けたように空虚で、悲しみを押し隠す仮面のようにも思えた。
そんなふうに考えていると、ルナはレンさんから伝えられた
「――とまあ、こんな感じ。このままソールの剣を極めて進んでいけば、ウィルだって直ぐに
ルナは話し終えると、こちらの返答を待たずに立ち上がった。
そのまま立ち去ろうとするルナを慌てて追おうとすると、突然後ろから腕を掴まれた。
リリィさんだ。
彼女はゆっくりと首を横に振ると、僕と入れ変わるようにゆっくりとルナの後を追っていく。
僕は、何もできずに呆然と立ち尽くすしかなかった。
「こっから、どうすんだ?」
スネイルさんが聞いた。
正直、どうしたいのか。どうすれば良いのか分からない。
けれど、これだけは言える。
「
迷いを抱えながらも、僕は再び